糺す者
気がつくと見知らぬ場所……ではなく、どことなく見覚えのある景色が広がっていた。瞬間移動の副作用みたいなものなのか、移動の直後はどうも周辺情報への認識が甘くなる。単に理解が追い付いていないだけかもしれないけれど。
少し頭が慣れてくると自分のいる場所がはっきりとしてくる。地元から離れて隣の街、その中心となるターミナル駅の一角だ。目の前から伸びる下りエスカレーターの先に見えるポール型の時計でピンときた。
家族での買い物やらで何度か来たことがある。私の住む田舎とは違って平日の午後でも相変わらずの人だかりだ。
「いまの、大丈夫なの?」
状況を飲み込んだ私は慌ててシエラに尋ねた。
「なにが?」
「なにって、私たち魔法で移動してきたんでしょ? こんなに人がいたら、絶対誰かに見られて……」
と、誰かが近付いてくる気配がして声を潜めた。横目でちらりと確認すると、間違いなく私たちに用がある顔をしたグレーのスーツ姿の男が立っている。
やっぱり怪しまれたに違いない。シエラは何か手を打ってくれるのだろうかと内心で焦っていると、
「心配ないよお嬢さん。いまの術式には幻惑も組み込まれていたからね」
近寄ってきた男は爽やかな声でそう言った。改めて顔を見てみれば、私とそう歳が離れていないようにも見える。二十代前半ぐらいだろうか。
魔法とは明言しなかったけど、いまの口ぶりからして関係者であることは察しがつく。「術式」なんて言葉は日常会話でまず出てこない。
「ふむ」
男は腕時計をちらりと見て鼻を鳴らす。
「十分前行動だね。素晴らしい。日本の学校教育の賜物かな」
敢えて仰々しい口調を装う男の見せる笑顔は爽やかすぎてうさんくさい。スーツ姿も相まってどこぞのセールスに見えるけど、その方が一般人らしく見えていいんだろうか。
「依頼の内容を改めて説明してほしい」
「あは。また無視かあ。前もジョークだって言ったんだけどね。やっぱり国が違うと感性が」
「アレン」
「……もう、つれないなあ」
アレン、それが男の名前らしい。シエラに咎められて諦めたように首を振ると、彼は手にしていたビジネスバッグを足元に置いて襟元を正す。
「ところでこっちのお連れさんは?」
「今回の依頼を一緒にこなす」
依頼というのはここに来る直前に聞いた「魔法使い狩り」につながるものには違いないけど、詳細も何も聞いていないし私は承諾した覚えもない。けど、どうも参加は強制らしい。
アレンは懐を探ってスマホを取り出しながら、値踏みするように私の顔をまじまじと見つめる。
「相棒ってことね。それじゃあキミもどっちかの魔法使いなんだ」
流れからして自然な質問ではあるけど、素直に頷いていいものか迷った。シエラとは面識があるみたいだから信頼できそうだけど、見知らぬ人に素性を明かすのはやっぱり気が引ける。
「いいよ。嫌なことをわざわざ他人に話さなくていい。僕としては依頼をこなしてくれさえすればなんだっていいからね」
「……ありがとうございます」
私の心中を察したのかアレンの顔が少しまじめな風になって、安直に心を許しかけた。我ながら浅はかで笑いそうになる。もう少し敷居を高くしておかないと、今後どこかでボロが出そうだ。
「さて、シエラちゃんには既に伝えていたはずだけど、ご所望のようだから改めて依頼の内容を簡単におさらいするね」
「すみません」
「いやいや、それも僕の仕事だからね。はいこれ」
そうしてアレンから手渡されてスマホを見ると、お腹の膨らんだ中年男性の食事風景が映っていた。どこのレストランかは検討もつかないけど、テーブルや料理の雰囲気からして高級そうなお店なのはわかる。私の抱くお金持ちのイメージとぴったりだった。
「彼が今回のターゲット。武藤勤57歳。どんな形でもいいから、彼を拘束して身柄を引き渡して欲しい」
急に漂ってきた物騒な香りに息を飲んだ。端的だったけど察しは着く。
要するに、
「この人、魔法使いなんですか?」
「そう、マギアだ。普段はとある食料品系メーカーの取締役をしているけど、その陰で魔法を悪用していてね。いや、陰と言うのもおこがましいな。これを見てくれるかい?」
アレンは私の横からスマホを覗き込み、画面をフリックして別の写真を見せた。今度は女性と談笑しながら街中を歩いている風な武藤の姿が写っている。
「隣に綺麗なお姉さんがいるでしょ。これ、武藤の秘書なんだけど人間じゃないんだ。魔法と魔具からつくられた人工生物……言わゆる人造人間ってやつ?」
「人造……どうして、そんな」
「半分は彼の趣味だろうね。男としては綺麗な女性を侍らせたい気持ちはわからないでもないけど……ま、これはちょっと度が過ぎてる。製造も流通も禁止された人造人間用の魔具なんてどこで手に入れたのか知らないけど、こんな風に表立って使っているのは僕たち風紀委員としても看過できない」
「でも見ないふりをしてる」
すかさずシエラが毒づいて、アレンは苦笑いを浮かべた。
「かはっ。手厳しいねぇ。そっち側の魔法使いと言えど、キミ程の情報通ならこっちの事情もわかるだろう。いちいち説明が必要かい?」
頭をかいて弁明するアレンに対し、シエラは返事の代わりに私を指さす。
「いや、そこはシエラちゃんから……まあいいや」
アレンは呆れたように息をついて、ちらりと腕時計を見やる。後に何が控えているのかは知らないけど、どうやらまだ余裕はあるらしい。
「どこまで聞かされてるかわかんないけど、そうだな。端的に言えば武藤は金を持っている。それもたくさん。それだけの金があるってことは権力があるってこと。これはマギアの社会でも通じることでね。あとは察しがつくかな?」
「権力があるから悪いことをしても許されるってことですか?」
私の問いかけに、アレンは明後日の方向へ視線を流して罰の悪そうな顔をした。
「はは。いくらキミが魔法使いと言えど、女子高生に聞かせるような話じゃないよねえ」
素性は知らないけれど、きっと彼自身は何も悪いことをしていないはずだ。それでも責任というのか、どこか後ろめたいような気持ちを感じているのはすぐにわかった。
第一印象から軽そうな雰囲気だと思っていたけど、意外とそうでもないのかもしれない。
「そうだよ。キミの言う通り。どこの社会も金がある奴が偉くて、強い。だから武藤が禁忌を犯して人造人間を侍らせていようが、それを悪用して人殺しをしていようが、下にいる僕たちは見て見ぬふりしかできなかったってわけ。資産家の魔法使いなんてそうそういないもんでね」
「人殺し……?」
「ああ。把握出来ているだけでも三人は殺られてる。もう数人は被害者がいると踏んでいるけど、踏み込んだ調査はできていない。いやほんと、この写真を撮るのですら苦労したんだ。彼ってばあんななりしてもの凄くセンシティブなんだよ。日頃からかなり広範囲に感知の魔法を展開しててさ。笑っちゃうよね」
そう言うアレンが見せたのは自重的な笑みだった。背景情報はまだ飲み込めていないけど、歯がゆい気持ちは痛いほどわかる。無力な自分に対して渦巻く思いも。
こういうことに巻き込まれるのは避けたかったけど、いざ話を聞くと力になりたい気持ちも芽生えてくる。刹那的な感情に左右されやすいのは昔から、死に損なったいまでも変わっていない。それが吉と出るか凶と出るか。かりんと向き合う道のりから大きく外れなければいいけれど。
ただ、この依頼が魔法の制御を学ぶ場として適切だとは思えない。人殺しの経験があるような相手にそんな悠長なことをしていられるだろうか。シエラが本当に私のことを考えてこの場へ連れてきてくれたのか、はたまた別の意図があるのか。いまさら訊くのも馬鹿馬鹿しい気がした。
「でも、彼もようやく罰せられそうでほっとしてるよ。風紀委員としても、いち魔法使いとしても。キミたちの活躍次第ではあるけどね」
「失敗はしない」
「うんうん。僕もシエラちゃんの実力を見込んでこの依頼を斡旋したからね。用心深い彼のことだから対ネクロマギアの戦法も心得ているかもしれないけど、失敗はそれほど危惧してないよ」
自信ありげに答えたシエラに対して、アレンがかなりの信頼を寄せているのがわかった。簡単な依頼だとは思えないけど、それ以上にシエラの能力が高いのかもしれない。
「この話、アレンさんからの依頼ではないんですか?」
「ああ、僕はあくまで仲介役だからね。依頼主はステラ社の重役だよ」
「ステラ社……」
思いがけない名前が出てきた。よく知っている有名な文具メーカーだ。私の筆箱にもステラ社製のペンが何本か入っていたと思う。
そういえば、父さんから貰った最後の誕生祝いもステラ社のものだったっけ。
「権力をねじ伏せるには権力ってね。マギアの社会じゃ、あそこに目を付けられちゃお終いさ。この様子だと知らないんだろうけど、ステラ社は裏でマギア向けの魔具も扱っているんだ。界隈では最大手の魔具メーカーだよ」
「えっ」
「あはは。知らないことがいっぱいで楽しいねぇ」
アレンが含みもなく楽しそうに笑う。どこか癪に障るけど、知らないことが多いのは間違いじゃない。楽しいかどうかはさておいて。
呆気に取られる私からスマホを取り返すと、アレンは用が済んだとばかりにビジネスバッグを手にした。
「さて。僕はそろそろ行かないと。後は任せる……っと、そうだ。二人になっても報酬は変わらないけど、そこは理解してるよね?」
「いい」
端的で淡白なシエラの返答に、アレンは満足気に頷く。
「じゃ、連絡待ってるね」
そう言い残したアレンは瞬間移動をするでもなく、風に乗るでもなく、普通にエスカレーターを下って歩き去って行った。
「なんか、すごいね」
独り言のようにぽつりと声が漏れた。
「何が?」
「普段の私たちが知らないような魔法の世界が、社会がちゃんとあるんだなって。妹が観てるアニメみたいに選ばれた人しか魔法使いになれない、そんなイメージがあったけど全然違った。思ってたよりも身近なものなんだね」
五七からお金の話を持ちかけられた時にも薄らと感じていたけど、生々しい。かりんが夢見ていたようなものとは程遠くて、自分のせいではないのに心が痛む。私が死んだあの日、軽率に魔法のことを話そうと押しかけた自分がいかに愚かだったか。
その愚かさが無ければ……なんて、ありもしない未来は考え出したらキリがない。かりんを喪ったことも、私が死んだことも。
「魔法使いが特別なことには変わりない」
私の言葉に反応してくれたのか、シエラが口を開いた。
「その中で特別でいたいと思うか、普通でいたいと思うか、問題はそこにあるとわたしは思う」
追い討ちのように思い出す。シエラと出会ったあの駅のホームでかけてもらった言葉を。
こんな身体に「普通」の選択肢があるのかどうかはいまでも半信半疑だけど、あの時よりはもう少し希望が持てている。それは自分のことと周りのこと、その両方が少しずつわかってきたおかげだ。このままネクロマギアとして成長していったその先で、できるだけ後悔しない選択肢をとれたら良いと思う。
「うん」
まだ不安は多い。それでも昨日の私より強くなった気持ちで、私は頷いた。




