仇
真夜中の静まり返った病棟。その一室の扉が、静かに開けられる。
ひとつだけ置かれたベッドに、忍び寄る影。
「…何しに来たんだよ…」
「…意識が戻ったと聞いてな。」
「…」
「右手はできる限りの事はしてもらった。済まなかったな。」
「…殺してやる…」
「…そうだ…俺達は仇同士だ。いつでも殺しに来い。」
「…絶対に…絶対に殺してやる!」
「…今のお前は弱い…精々強くなるんだな…俺を殺せるくらいに。」
「…」
薄暗い病室に、少女の押し殺した泣き声が、妙に響いていた。
「俺達の手に落ちたお前は、今後お前の仲間達からも命を狙われるだろう。それでも、俺を殺す為には生き残るしかない。」
「…」
遠くから声がする。
「…お前を助けたアイツに感謝するんだな…」
気が付くと、男の気配は闇に溶けて消えていた。
「…うっ…うっ…母さん…」
宮川の一族は龍に仕える為に存在している。
その歴史は数千年とも伝えられていた。
長い長い守り人としての彼等の歴史は、血にまみれた戦いの歴史である。
そして先祖返りにだけは、先代達の記憶が引き継がれているのだ。
宮川は、恐ろしい量のその戦いの記憶を、その身に宿して生きていた。
長い歴史の中には、仇なす者との和解を探る痣持ちもいた。だが宮川の宿すその記憶は、繰り返される更なる悲劇だけであった。
「…なんとかしたいよな…」
あの夜、思わず溢したその言葉に、宮川自信が揺れてしまった。
「また、同じ事を繰り返すのか…。」
宮川は、胸の龍の痣がモゾモゾと蠢くような、そんな不快感を抱きながら病院を後にするのであった。




