トマム
トマムの山に入って三日。
特に当てのある調査では無いが、「何となくあの辺に鹿さんがいっぱい居る様な気がする」と妻が言うのだ。
「なぁ…絶対に熊がいるって。ライフルくらい持ってくればいいんじゃねえの?」
「家のカミさんがな、鹿さんが可哀想だから殺したら駄目だって、銃は取り上げられちまった。」
「鹿じゃないって!熊だよクマ!!」
俺の妻は、天照命様の加護をもらっている。しかも、それを自然と使いこなしている、ずるい奴だ。天照命様は鹿をお使いとするので、今回のように「あの辺に鹿がいる気がする」というようなお告げをしてくる。
「今日はこの辺りでテント張るか…。」
俺達は日が暮れる前に、薪を集めて焚火を作ると、野営の準備に入った。
「そういや石黒がさ、札幌に道場作るって言ってたぜ。統理の許可が出たんだと。」
「ほう…それは良い事だな。子供達が学んでくれれば、嬉しいよ。そろそろ、教育とかも気になってたんだ。」
「子供らは、大人を見て学ぶだろ?だから俺は、大人こそ率先して学んで欲しいね。」
「確かにそうだな。宮川は、この先の常國がどんな國になって行くと思う?」
「そうだな…俺達世代は、日本の価値判断を引きずってしまうだろうが、修くらいの若い奴らは、俺達世代と違って順応が早い。集落ごとの巫女さんたちに『ああしろ、こうしろ』と振り回されながらも…世の中そんなもんだろ?…みたいに、それが普通になって行くんじゃないかな。」
「そうだな、この國はそれでいい。」
「道場が出来ても、学びたい奴は学べば良いし、学びたくない奴は学ばなければ良いと思うぜ。」
「俺はさ、魔界みたいな世界が理想だったんだよ。偽善のない世界…いい奴はいい奴、悪い奴は悪い奴って感じのさ。國常立尊大神様って、閻魔様のことだろ?だから、そんな世界にならないかなって、期待してるんだよ。」
「はははっ!その話、石黒に聞かせてやりたいぜ!お前、暫く口聞いてもらえなくなるぞ。」
宮川は笑いながら、自分のテントに潜って行った。
パチパチ爆ぜる焚火の炎を眺めていると、下らない俺の妄想も、満更間違いでもない気がして来るのであった。




