海底探索
「魔物、多い……」
「昔はこの辺りにあまりいなかったのですが……」
シェラルとギルバートは魔物に襲われぬよう、結界の魔力を周囲の魔力濃度と同化させ、さらに透過魔術で視認できないようにしている。
戦闘などで余計な魔力の消費を抑えるためだ。海底では結界が消えれば水圧でつぶされて死ぬか窒息死の二択だからである。
「てか貴方も無詠唱できるんだね。」
ギルバートは結界を張る際に当たり前のように無詠唱を使っていた。
「侯爵家に仕える前は傭兵をしていましたから。武術も一通り修めております。」
「ふぅん……」
シェラルは平坦な声で返したが、小さくガッツポーズをしていた。
(地上に戻ったら教えてもらおう。前世の世界のとは違うものなのかな?この世界は銃刀法がそんなに厳しくないから武器普通に持ち歩けるし……)
シェラルが地上に戻ってからのことを考えていると、ギルバートが一歩、前に出た。
「お嬢様、囲まれました。」
「ん……魔物じゃないね。」
ギルバートは油断なく周囲に視線を走らせているが、当のシェラルの思考は未だに、地上に戻ってからのことについてで大半が占められていた。
シェラルとギルバートは海底の岩場で立ち止まっている。ギルバートは気配を探るために、シェラルは思考に没頭するために。
(近接もできるようになったら魔力少なくても身を守るくらいはできるようになるよね。うん。前世の武術も使えそう……)
シェラルは考え込むようにその場に座った。
直後に、シェラルの頭上を水の矢が飛来していった。
「お嬢様、そこを動かないでください。」
ギルバートは懐から取り出した暗器を投げながら、無詠唱で雷属性の魔術を発動させた。暗器が雷を帯び、岩に隠れた敵に向かって飛んでいく。
(そうか。武器に魔術をまとわせることもできるのか。なら……魔術で武器作れないかな?よし。やってみるか。)
シェラルは自分の周囲で起きている戦闘に欠片も関心を示さずに、自分の指先に魔力を集める。魔力の濃度が一定値を超えると、透明な石がシェラルの掌に現れた。さらに魔力を込めると、だんだんと大きくなっていく。
(魔石の生成はできた……変形は土属性でいけるか?……無属性なんだ。)
シェラルが武器作りに勤しんでいる間にも、戦闘は激化していく。
ギルバートの攻撃を避けながら魔法を放っていた敵が、遂に姿を現した。下半身は魚で上半身は人間の姿の魔族――人魚――だった。
魔族とは、知能が発達した魔物の総称だ。魔力の扱いに秀でており、精神生命体以外では唯一魔法を使うことのできる種族である。
(どんな武器にしよっかな。子供でも扱いやすいくて強力なもの……)
ある程度大きな魔石の生成に成功し、どのような武器にするか悩んだシェラルは一度、顔を上げた。丁度、人魚がシェラルに水の縄のようなものを投げたところだった。
(そうじゃん。純粋な魔力から作ってるからわざわざ武器の形にしなくても武器にはなるじゃん。)
シェラルはギルバートが水の縄を叩き落とすところを見届けてから掌の魔石に視線を戻した。
(人が大勢いる場所でも身に付けられるように見た目はアクセサリーにしたほうがいいかな。材質変化……)
透明だった魔石が白色になり、紐状に変化していく。紐と一緒に深い青色の魔石も編まれ、数分後には組紐になっていた。
シェラルは完成した組紐を左手首につけ、服についた砂を払い落としながら立ち上がった。
(人魚は……五人か。)
パチン、と指を弾いた。すると、次の瞬間には人魚達は氷の球体に閉じ込められていた。
氷は中が透けて見えるほど薄いが、何重にも強化魔術が施されているため、簡単には壊れない。また、下手に攻撃すれば、中にいる人魚自身が怪我をする恐れがあった。
「最初想定していたナイフとか槍ではないけど……これはこれでありだな。」
シェラルは満足そうに呟いた。
一方、突然氷の球体に閉じ込められた人魚達は信じられないとでも言うような表情でシェラルを見ている。
シェラルは氷の球体の一つを結界の中に移動させた。その球体の中にいる人魚は緩く癖のある藍色の髪に濃い青紫色の瞳の女性の姿をしている。
「ね、魔法見せて……!」
玩具を強請る子供だった。しかし、人魚が警戒して口を噤んでいると、スッと瞳から光が消えた。
(……攻撃したら驚いて使うかな?)
物騒なことを考えていると、「コホン」と咳払いが聞こえた。ギルバートだった。彼はいつの間にかシェラルの横に立ち、氷の球体をまじまじと観察していた。
「とても綺麗ですね。戦闘中にこれほどのものをお作りになられるとは……お嬢様の将来が今から楽しみですな。」
シェラルはその言葉に反応を示さず、人魚を見続けている。不穏な空気を感じ取ったのか、人魚は慌てて口を動かす。しかし、氷の球体は中の音が外に響くようにはなっていないため、口をパクパクと動かしているだけの間抜けな姿になってしまっている。
「あぁ、これじゃ話してても聞こえないね。」
思い出したように指先で氷に触れた。一瞬で球体の術式が書き変わり、外に中の音が聞こえるようになった。
「貴様……本当に人間か?」
人魚の女性の第一声はそれだった。
「そんなのいいからさっさと魔法見せて。それとも攻撃しないとダメ?」
シェラルは相手の言葉を一切気にせず、彼女にとっては一番大事な「魔法」を見せろと言った。
「一旦その物騒な発言をやめろ。それと、魔法を見たかったらせめて名乗れ。」
「シェラル。こっちは……うちの家令。」
「ギルバートと申します。」
ギルバートはシェラルの雑な紹介を受けたが、丁寧に名乗った。
「私は「名乗ったからさっさと見せて。」」
人魚の女性も名乗ろうとしたが、シェラルに遮られた。
シェラルにとって、名前などは魔法に比べたら些事に等しい。先程まで自分を攻撃していた相手でもそれは変わらない。
自分にとって面白い存在とその他くらいにしか生き物を区別していないのだ。
「……お前は躾のなってない海驢か。まずは私の話を聞け。じゃなきゃ魔法を見せてやらんぞ?」
ニヤリと人魚の女性は髪をかきあげ、不敵に口角を上げた。シェラルは「魔法を見せない」という言葉に大人しくなった。
女性はギルバートに「コイツ大丈夫か?」という視線を向ける。ギルバートは何かを諦めたような遠い目をし、フルフルと首を横に振った。
「私の名前はレヴァーナ。人魚族の王だ。」
――レヴァーナ――
その名は有名な二人の女傑のうち、片方の名である。この世界では子供でも知っている常識だ。海の支配者である人魚が治めるアクシアと空の支配者である竜が治めるエルニアは何百年も前から存在する国である。
氷の球体に閉じ込められた人魚の女王、レヴァーナは対面している者が知らぬ間にひれ伏してしまうほど王の威厳があった。
しかし、目の前にいるのはシェラルだ。当然、ひれ伏すことは愚か跪くことすらしない。
(遊園地の写真でこんな風船見たな。)
流石に口には出さなかった。だが、眉一つ動かさぬままとんでもなく失礼なことを平然と考えていた。




