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現状把握

 シェラルはギルバートの様子に構うことなく、近くに積まれていた書類数枚を手に取り、 目を走らせた。


(この予算の申請書、似たようなのが二枚ある。片方には再提出印があるから少なくとも一度は差し戻されてるはず。だけど、少し言葉を変えただけで内容はほぼ一緒………相手するだけ無駄だな。)


「可及的速やかに処理しなきゃいけない書類は?」


「それはこちらに……」


 ギルバートは幼い令嬢から漂う妙な貫禄に押されるように執務用の机の書類を指し示した。


「じゃ、私がそれを片付けるから。貴方は先に書類整理をお願い。」


「お嬢様……?ここは貴女のような方が来るところでは……」


 ギルバートは途中で口をつぐんだ。机の上にある羽ペンをシェラルがそこら辺の文官よりも速く、正確に走らせ始めたからだ。


「お嬢様?どこでそれを「今はさっさと動いて。」」


 シェラルはギルバートの言葉を遮り、優先度の高い書類から片付けていく。

 ギルバートはそれ以上の詮索を諦め、部屋を埋めている書類の整理を始める。


(ギルバートの権限で処理できないものがかなり溜まっているな。私が生まれる前からあいつらはまともに執務をしていなかったのか?)


 シェラルは、領地に関する書類から現在の領地の状態を把握していく。


 キリのいいところまで片付けたところで、シェラルは手を止め、ペンを置いた。そして、いつの間にかシェラルの横に立っていたギルバートに問う。


「あの人達が領地の運営に全く手を付けなくなったのはいつごろから?」


「お嬢様が生まれる以前から、あの方達はあまり執務をなさるような方ではありませんでした。完全に手を付けなくなったのは、お嬢様がお生まれになる二年ほど前かと。」


「次、うちの使用人は犯罪に加担している者が大半だけど、それは使用人の総入れ替えのときに雇った奴ら?」


「はい。先代様の時代から勤めていた者は私以外には皆、解雇されました。」


「最後、スティウム侯爵家の現当主とその夫人は領民から搾取しているだけで何も還元していない。これに間違いは?」


 スティウム侯爵家の現当主はシェラルの今世の父親、夫人は今世の母親だ。公の場でない今はわざわざそう言う必要はない。ギルバートはシェラルの言葉から彼女が全て知っていると察した。


「何一つ、偽りはございません」


 何かを堪えるように目を閉じてから、ギルバートは答えた。シェラルはそれを聞いてから再び書類に視線を落とす。


(家令は嘘をついてない……書類の改竄が七年前から止まってる……つうことは改竄すらしてないのか。)


 スティウム侯爵夫妻は一応、領地運営の書類の改竄もしていた。しかし、完全に執務に手を付けなくなった年である、シェラルが生まれる二年前、つまるところ七年前からはそれすらなくなっていた。


(この屋敷でまともに動いてるのは家令だけか。)


「ねぇ、なんでこのことを告発しなかったの?」


 シェラルは書類から目を離さずに問うた。五年以上もギルバートはほぼ一人で書類を片付けていたのだ。

 寝る暇もなかったのか、目の下に濃い隈がある。

 しかし、いくら書類に忙殺されていたとはいえ、どこにも告発していないのはおかしい。シェラルはギルバートの動きを注視している。

 少しでも誤魔化そうとしたら彼女はギルバートも切り捨てるのだろう。


「私のような老骨をわざわざ新たに雇う家などそうそうありません。妻を養うためにも職を失うわけにはいかないのです。」


「ふぇ!?」


 シェラルは「妻」という言葉を聞いて目を見開き、ギルバートの左手へ視線を向ける。それは年相応の表情だった。


(家令、結婚してたのか!?左手の薬指についてる指輪は結婚指輪か?てかこの世界には結婚したら指輪を贈る文化的なのあるのか…?)


「………その指輪って結婚指輪?」


「はい。そうでございます。」


「子供は?」


「娘と息子が一人ずつ……」


 ギルバートはシェラルの反応に面食らいながらも、訊かれたことに答える。


(子供、いるんだ……)


 シェラルの瞳が一瞬、昏い色を宿した。しかし、すぐに感情のない瞳に戻った。


「わかった。これからは私が領地の運営をする。あの二人はもうだめだから。」


 シェラルは話を本題へと戻した。

 ギルバートは、何か言いたげな視線をシェラルに向けた。しかし、口を開くことなどせずに、 深く頭を垂れた。


「お嬢様のご両親の暴走を止められなかったこと、深く謝罪申し上げます。」


 シェラルは一瞬、キョトンと首を傾げた。ギルバートが何に謝罪しているのか分からなかったからだ。


(ご両親……?あぁ、スティウム侯爵夫妻のことか。)


 シェラルの中では「両親」ではなく、「スティウム侯爵夫妻」という他人のような認識だった。


「謝罪は必要ない。私にとってあの二人は親じゃないから。まともに顔を合わせたこともないしね。」


 シェラルはそれだけ言って書類の処理を再開した。


(ギルバートは有能。だけど、家令としての権限しか持たない。領主にしか処理できないものが少なくとも七年分はある……。私は一応、侯爵家の嫡女だからギリギリ領主代行という言い訳ができるな。)


「明日、領地の視察に行くことってできる?」


「それは可能ですが……書類を片付けなくていいのですか?」


 執務室は領地運営に関する書類で埋まっている。辛うじて執務机から扉までの通路ができているだけだ。


「領民からの嘆願書がかなり多いから。実際に見たほうが早い。それに、もしこの嘆願書が虚偽申告だったら……ただでさえ少ない領地運営の資金がもっと減る。」


(マジで、あの二人なにしてんだよ。領地運営の資金にまで手を出すとか終わってんな。)


 スティウム侯爵夫妻は領民から税金を搾れるだけ搾り、何も還元していなかった。集めた税金で高価な装飾品や美術品を買っているだけである。


「虚偽申告、ですか。怪しいものでもありましたか?」


「いや。どれも事実だとは思う。領民もだけど領内の街の管理をしてる代官も困窮してるだろうし。だけど、書類だけだとどうしても齟齬が出ることがあるから。」


 シェラルは最もらしい理由を言った。


「承知致しました。明日の視察の準備をしておきます。」


「待って。」


 ギルバートは彼女の理由に納得し、一礼して準備をするために執務室を退出しようとした。しかし、シェラルに呼び止められたことで足を止め、シェラルに向き直った。


「貴方の得意な属性は?それと、どの程度使えるの?」


「得意な属性は水です。しかし、一応全属性の魔術を扱えます。」


 この短時間でシェラルの特性をある程度理解したのか、ギルバートは何の脈絡もなく尋ねられた質問にもすぐに答えた。


(マジか。)


 シェラルの表情は僅かに明るくなる。

 魔術には火、水、風、土、氷、雷、植物、光、闇、無属性の十の属性がある。多くの場合、自分の得意属性を中心に二、三属性ほどを鍛える。なぜなら、得意属性以外だと、習得にかなりの時間を要するからだ。

 シェラルは得意属性など気にせずに魔術書を読み、魔力切れを起こして気絶するまで魔術を使っていた。そのおかげか、全ての属性をある程度使えるようになっていた。

 シェラルはまだ魔術を学び始めて一ヶ月である。どうしても独学には限界があった。それを理解していた彼女はよく理解していた。


(よし。魔術の講師獲得。これで実技面も問題なし。)


 シェラルは良い拾い物ができたことに表では無表情のままだが、内心では狂喜している。


「お嬢様…?どうされましたか?」


 シェラルはギルバートの言葉に逸れていた思考を戻した。


「なら、空間転移は使える?」


「はい。一度行ったことがある場所であれば。」


 空間転移とは闇属性の魔術の応用だ。得意属性ではない闇属性でそれほどまでできるとは流石のシェラルも予想していなかったのか、僅かに目を見開いた。


「そう。なら、今夜中に明日視察する場所を決めるから。明日の朝、視察するとこの代官邸にそれを送って。」


 ギルバートは理由を尋ねようとしたが、シェラルに話す気がないと察し、一礼してから執務室を退室していった。


「ふぅ……」


 ギルバートがいなくなると、シェラルは背もたれに寄りかかった。前世の頃から、シェラルは近くに他人がいると無意識に身体が強張る癖があった。


「家令にはあぁ言ったけど……代官やその部下がただでさえ少ない資金を横領してる可能性もあるんだよな。その場合……代官から提出されてる嘆願書よりも領民の生活が困窮してると考えたほうがいいな。」


 そう呟くシェラルの視線は書類の上に落ちていた。しかし、その意識は全く違う別のところへ向いているようだった。


(人間は自分のためなら平気で嘘をつく。)


「………期待しないでおくか。」


 最後にそう呟くと、シェラルは再び書類と格闘し始めた。

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