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魔術は素晴らしい!

(もうここに住みたい……!)


 シェラルが図書室の重厚な扉を開けるとすぐに本棚が視界を埋めた。その本棚には無数の本が収められている。

 さすがは侯爵家と言うべきか、スティウム家の図書室にはこの世界では平民には手が出ないほど高価な本が大量に所蔵されていた。二階の吹き抜けの天井まで本棚が並ぶ光景は圧巻の一言に尽きる。革装丁の背表紙から、ジャンルごとに分けられていると一目で分かる。


(魔法についての本は……あった!)


「『初級魔術理論』……?魔法じゃないの?」


 シェラルは首を傾げながら本棚から取り出した魔術書を読み始めた。


(魔法と魔術の違いは、空気中の魔素及び体内の魔力に直接干渉するか否か……)


「要するに、人間は魔素や魔力に直接干渉して動かせないから術式を介して『魔術』という形で現象を起こす。一方、物理的な体を持たない精神生命体は直接干渉できるから術式が不要。よって、『魔法』と。」


 シェラルは魔術書を大人顔負けの速度で読み進めていく。

 前世で本を読むうちに自然と身につけた速読能力のおかげである。

 それだけではなく、シェラルが前世、ジャンル関係なく吸収した様々な知識が魔術を理解することに大いに役立っているのだ。


 それから、シェラルは朝と昼は図書室でひたすら魔術書に耽り、夜に学んだことを実践する、という生活を送った。当然のように、睡眠と食事は最低限である。大人でもこんな生活を続けたら過労で倒れる。しかし、シェラルは疲弊するどころか、魔術を知るほど、 理解するほど、水を得た魚のように没頭していった。




 シェラルが前世の記憶を思い出してからおよそ一ヶ月が経った。彼女は侯爵邸の図書室にある魔術書を全て読破した。その数は軽く四桁は越えている。内容を理解し、実際に行使することは無理でも、大人であれば読むことだけなら可能かもしれない。しかし、シェラルは内容も全て理解し、魔術書の魔術も全て行使できるようになっていた。

 シェラルは知らないが、この世界では十歳になってから魔術を学び始めることが一般的だ。 五歳児に魔術を理解させるなど、逆立ちをしても不可能だ。

 しかし、シェラルは前世の記憶や経験をフル活用することでその偉業を成し遂げたのだ。


「やっぱり効率悪いな…詠唱をもう少し短くしたい…」


 そしてシェラルは現在、魔術の詠唱について頭を抱えていた。

 例えば、火球を生み出し、対象に当てる場合、魔術師は火球の大きさや形、温度などを決め、術式に編み込まなければならない。さらに、対象との距離を基に、速度や角度まで組み込む必要がある。また、周囲の環境によっても微調整をしなければならない。

 魔術師は詠唱をしている間は無防備になる。ある程度慣れれば短くすることもできる。それが短縮詠唱である。普通に詠唱した場合、短縮詠唱の倍以上の時間がかかってしまう。そのため、短縮詠唱ができるというのは魔術師の中ではかなり優れている部類である。しかし、シェラルは一切納得していない。


「こんなに長ったらしく詠唱してたら剣士に心臓を一突きされる………ゲームならコマンド入力ですぐ発動するのに……………あーッ!」


 シェラルはブツブツと独り言を呟いている途中、いきなり顔を上げ、声を上げた。その表情はさながら、天啓を得た信徒のようだ。


「魔術は術式とイメージ………術式は全部脳内で組み立ててる。あくまで詠唱はイメージの補助装置に過ぎない……コマンド入力の要領でいけるか………?暴発する恐れは……」


 シェラルの思考はどんどん加速していく。それと比例するように、シェラルの目はキラキラと輝いていく。


「詠唱、なくてもいいんじゃね?」


 思考の末にシェラルは魔術の発動に詠唱は必要ない、という結論にたどり着いた。


「《水鏡(ウォーターミラー)》」


 シェラルが瞬時に脳内で術式を組み立て、無詠唱で魔術を発動させた。すると、次の瞬間には彼女の目の前に水でできた鏡が現れた。

 鏡には銀髪に赤い瞳の幼女―シェラルが映っていた。


「やった、成功……!」


 シェラルはほんの僅かに口角を上げた。

 無詠唱という考えに至ってから僅か数分でシェラルはそれを実現させたのだ。


 シェラルは現在五歳である。前世を含めても三十歳に届くかどうか、といった年齢だ。

 短縮詠唱とは、優秀な生徒であれば学園在学中に習得することもある技術だ。学園を卒業後も、教科書を読み込み、鍛錬を怠らなければ数年ほどで習得できる者も少なくない。しかし、無詠唱となれば話は別だ。学園を卒業し、実践経験を経てようやく行使できるようになる代物である。それを、彼女は魔術を学び始めて僅か一ヶ月で習得した。無詠唱を着想からまたたく間に形にしてしまったのだ。


(前世で暇潰しにやってたゲームのおかげでイメージはしやすい……絶対にこっちのほうがいいじゃん。)


 シェラルは年相応の無邪気さで無詠唱が成功したことを純粋に喜んでいる。


――しかし、シェラルはまだ気づいていない。


 彼女はこの一ヶ月、一度も図書室から出ていない。

 それにも関わらず―――屋敷の使用人は誰一人としてシェラルのもとを訪ねてこなかった。今世の両親さえも。

 シェラルは魔術の探求を邪魔されないから全然オッケー、程度にしか思っていない。彼女にとっては食事や睡眠、他者からの関心などよりも好奇心を満たすことのほうが何倍も大切なのである。


 シェラルは自分が侯爵令嬢であることも忘れ、ただの子供のようにはしゃいでいる。静かな図書室の中にはシェラルの楽しげな笑い声だけが響いていた。

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