異性界転生
その少女は心の底から全力で物事に打ち込んだことはなかった。
どんなことでも、少し練習すればできるようになるため、何をやっても退屈だった。
そんな彼女の近くにいるとどうしても比べられる。だから、彼女はいつも一人でいた。
ある日、初めて「両親」に呼び出された。僅かな期待を胸に少女は呼び出しに応じた。
――絶望のどん底に叩き落とされるとも知らずに――
「親の言うことを聞けないのか!?この親不孝者!」
「役立たず!お前なんか生まれてこなきゃよかったのに!」
そんな罵声さえ、彼女にとっては遠い場所から響いてくる雑音のようだった。
彼女はとうの昔に壊れていた。周囲の環境がそうさせたのか、はたまた別の理由があるのか、それは誰にもわからない。
ほんの僅かでも彼女は「両親」に期待していた。その「期待」が粉々に砕かれ、彼女はさらに壊れた。さらに歪んだ。
もう元の状態には戻れない。それでも、彼女は期待する。期待を止めたら壊れてしまうから。
***
(そういえば私、前世は引きニートだったんだっけ。)
シェラル・スティウム侯爵令嬢は五歳の誕生日を迎えた日の朝、前世の記憶を思い出していた。現在、彼女は北向きの小さな窓があるだけの、薄暗く狭い部屋の中にいる。部屋の中にある家具は、シェラルが先程まで眠っていたベッドのみ。それも、よく言えば歴史を感じられるが、悪く言えば今にも壊れそうな代物で、侯爵令嬢には到底相応しくないものだった。
(…一応、私って侯爵令嬢だよね?ここ、本当に侯爵邸にある侯爵令嬢の私室?前世で引きこもってたワンルームアパートの方がよっぽど綺麗で広いんだけど。貴人牢ももう少しマシなんじゃない?)
前世の彼女は、ただ、自らの好奇心を満たすために生きていた。興味の赴くままにゲームや小説、漫画などの娯楽に勤しみ、一生使わないであろう専門的な知識なども脳に取り込んでいた。
当然、定職には就いていなかったため、趣味に充てる資金がなくなると、どうにかして稼ぐ必要があった。
そこで、彼女は趣味の延長で作成したゲームアプリなどを公開することで収益を得た。そのゲームは特に、若者達の間で話題になった。「製作者不明」ということもあり、好奇心で購入する者も後を絶たなかった。しかも、その完成度は趣味のレベルではなかったのだ。そのようなことも相まって、ゲーム配信などでも頻繁に取り上げられ、新作が出ると競うように購入された。よって、前世で彼女はお金に困ることなく、その生涯を終えた。
(記憶が二十代の後半あたりで終わってる……ということは、老衰はないな。死因ってなんだ?)
前世では、眠くなれば寝て、空腹で動けなくなれば食べる、という生活を彼女は送っていた。三日ほど寝食を忘れるのは日常茶飯時で、酷いときには一週間以上も忘れていた。
(死因についての心当たりが多すぎる…。)
餓死、睡眠不足、実験、その他諸々――。
(ま、いっか。もう終わったことだしね。)
結論が出るのはとても早かった。シェラルは前世の自分の死因についての興味をたった数秒で失った。
「そんなことよりも、今はこの世界で何をするかのほうが重要……」
前世の死因を「そんなこと」で片付けたシェラルは今まさに体験している「異世界転生」という現象に意識を向けた。
(この世界には魔法がある………!)
シェラルにとっては、未知の力である魔法が存在すると思い至った瞬間、彼女は今にも壊れそうなベッドから飛び降りた。そして、到底三歳児とは思えぬ機敏な動きで部屋を飛び出して行った。
(魔法…!何もない空間から火とか水とかを出すやつ…!それが、現実に!)
足音を消し、気配をできるだけ希薄にし、「人間」がいない廊下を選んで移動している。シェラル自身は、その行動を自覚していなかった。それらは普通の子供ではあり得ない身のこなしだ。
しかし、彼女の瞳には星のような光が宿っていた。その瞳だけは何の汚れも知らない純粋な子供のものだった。
異世界転生をした人間がシェラルのような特殊な人間ではなく、普通の人間だったと仮定しよう。その場合、多くの者は小説や漫画など、想像の産物に過ぎない、それこそフィクションの世界の出来事に直面できたことに狂喜乱舞するなり、家族に会えない寂しさに支配されるなりするだろう。しかし、シェラルの意識はただ一点のみに注がれている。「魔法」という一点のみに。
彼女はその他に意識を向けるという発想を持ち合わせていない。当然の結果であった。
侯爵令嬢であるシェラルの私室はあまりにも粗末だった。
日当たりの悪い狭い部屋。
侯爵令嬢についているはずの使用人の姿も見えない。
彼女はそれらに気づいていないわけではない。興味を失い、頭の片隅に追いやっただけだ。
――それよりも優先すべきことがあったのだから。
一話ごとのタイトルは作者がわかりやすい物をつけてます。




