ストリートチルドレンを籠絡しよう!
「とりあえずこれは返してね。」
シェラルはシオンが捕まえた子供の懐からビー玉ほどの宝石をあしらったペンダントを回収した。
「ふざけんなっ!」
低い声で子供は叫んだ。
薄汚れた髪と肌、ボロボロの服を身に着けたストリートチルドレンである。帽子の下から、こちらを睨んでいる。
(なるほど。考えたね。)
「ごめんね。これはどうしても渡せないの。だけど、君が少しだけ私に協力してくれるならこれあげる。」
そう言ってクラッカーの入った紙袋をちらつかせる。
子供はそれを視線で追っている。
(隙だらけ。)
「てめぇ……」
帽子を取ると、子供が女の子だとわかった。帽子で顔を隠し、男物の服装を着ることで誤魔化していた。さらに、声まで男のものに似せていた。
「クストアの治安が悪いから?」
子供は黙ってシェラルを睨んでいる。それは肯定と同義であった。
(ま、女の子だと舐められやすいもんね。)
「ほら、どうすんの?私は別に君じゃなくてもいいんだよ。でもさ、君は今すごく空腹で、さらに仲間もそんな状態なんでしょ?」
「なっ……」
男装していても、治安の悪い街では子供は格好の的だ。騙しやすいし、連れ去りやすい。
「君は優しいね。こんな環境でも逃げずに必死になって生きてる。やっぱ協力しなくてもこれはあげる。」
クラッカーの入った紙袋を差し出す。
表情こそ変わらないが、ほんの少しだけ羨むような視線を向けていた。
その言葉は紛れもなくシェラルの本心からのものであった。
「はっ、お貴族様の施しなんざ要らねぇよ。」
(普通はそれが正解だもんね。)
シェラルを貴族だと見抜いた観察眼、そうだとわかっても一歩も引かぬ度胸。何より、圧倒的に自分が不利な状況であっても近くにいる仲間に注意を向けられないようヘイトを常に集め続ける胆力。上に立ち、集団をまとめ上げる長の資質だった。
弱く、無力な子供を全員が全員哀れんでくれるとは限らない。しかも、大多数の人間は哀れむだけで終わる。
その哀れむことが彼ら彼女らの尊厳を踏み躙っているとは知らずに――
(この子、ここで終わるには惜しいな。)
「クラッカーには何も入ってないよ。屋敷にあったただの保存食。味は保証しないけど。」
「何が目的だ?」
シェラルはクラッカーを差し出しながら頭を下げ、朗々と言葉を発した。
「私はシェラル・スティウム。まずは謝罪を。現スティウム侯爵夫妻が貴族の責務を放棄し、貴女方領民を苦しめたこと、一応血の繋がりのある私にもそれ相応の責任があって然るべきことだ。」
淀みなく響く言葉はたった一人の子供に語るにはあまりにも仰々しく、真摯だ。
「これから、スティウム領に住む領民に誓おう。この国、並びに世界の中で最も住みやすい地にすることを。そのための協力を私は貴女に、そして貴女の仲間達に頼みたい。」
これらの言葉は見えないところに身を潜める彼女の仲間に聞かせる意味もあった。
現スティウム侯爵夫妻が領地の運営を全て放棄したのはシェラルが生まれるよりも前のことである。それでも、シェラルは自分自身に責任が一切ないとは思っていない。
(私は転生してから一ヶ月、ずっと図書室にいた。その間に領地の改革を進める計画を立てることくらいは可能だった。それをしなかった責任を負わないなら私もあいつらと同類だ。)
基本的に好奇心の赴くままに行動するシェラルだが、稀に例外が存在する。それが今の状況だ。
シェラルは己の責任を果たさない人間が大嫌いだ。嫌悪し、軽蔑している。
(遊んでいいのは責任を果たしてからだもんね。)
シオンと、彼女に掴まれた子供はシェラルの言葉に唖然としていた。
普通、貴族の令嬢は蝶よ花よと育てられ、領民にここまで真っ直ぐに付き合う者はほぼいない。令嬢に限らず、令息やその親達もそうであろう。
しかし、シェラルは領民に対して頭を下げるという行為を躊躇いなくやってのけた。貴族特有の傲慢さも威圧的な態度もない。
本気で責任を果たそうとしているのだ。
「なんでだよ。お前はまだ子供だろ?」
「それは君も。それも、経済的に困窮して親に捨てられた、ね。仲間達も似たり寄ったりってとこ?」
シェラルは頭を下げたままだ。
まだ、相手の返答を聞いていない。その状態で勝手に頭を上げるのは相手への誠意を欠いてしまう行為である。
「……そうだよ。」
その言葉は震えていた。
低く、怒りを抑えるような声。くぐもった、涙を我慢する声。子供が出す声ではなかった。
「お前ら貴族達が何も考えずに税を上げっから俺は捨てられた!俺の仲間もそんな奴ばっかだ……」
(男言葉が自然に出るくらい男装して生活してきたのか。)
シオンがいなかったら間違いなく、シェラルは噛みつかれていただろう。この狂犬のような少女に。
「貴族は憎い。だけど……」
下唇を噛み、必死になって激情を堪える姿は痛々しかった。
権力者は常に考えなければならないのだ。力の使い方を。それを誤れば、この少女のように未来に希望が満ちていたはずの子供が潰れてしまう。
「お前になら、協力してやってもいいぜ。」
照れ隠しのようにそっぽを向き、耳を薄っすらと赤くしながらその言葉を述べた少女はやはり、上に立つべき人間だとシェラルは思った。
(私より領主向いてんじゃね?私が領主代行してる理由、打算と下心だけだし……)
「俺はミラ。しょうがねぇから協力してやる。いつまでも頭下げてねぇでさっさと上げろ。」
シェラルは頭を上げ、クラッカーの入った紙袋をその手に置いた。ミラが右手を差し出していたからだ。
ミラの眉がピクピクと引きつる。
「違うわ!握手だよ!あ・く・しゅ!協力の証の!」
叫びながらも、しっかりとクラッカーは回収していた。
「あぁ、ごめんごめん。」
シェラルは今度こそミラの手に自分の手を置き、握手をした。「誓いを破ったら容赦しねぇ」とばかりに強く握られた。
それが終わると、ミラはスゥと息を吸い込む。
「オメェ等!話は聞いていたな。今日から俺らもこの領地の立て直しに協力することになった!異論はねぇな!」
その姿はシオンに掴まれているにも関わらず、様になっていた。何人かが姿を現し、それ以外の気配はどこかへ消えた。
「オメェはいつまで俺を掴んでる気だ!?」
すっかり暗くなり、星が瞬いている空にそんな怒号が響いた。
(平和だな。)
シェラルはミラに憧憬の滲む瞳を向けていた。




