雑な紹介Part2
「お嬢様とお呼びしても?」
「ん。好きに呼んで。」
シェラルとシオンが転移した先はヒィウスの浜辺だ。
波打ち際にしゃがみ、服の袖をまくる。
手を海に浸すとシェラルは瞳に魔力を籠めた。
部分強化である。身体強化は身体能力――身体全体を上げる術式である。対して部分強化は主に五感や体の一部を強化する術式だ。
部分強化は身体強化よりも術式自体は簡単だが、精密な魔力制御技術が必要とされている。
(魔力濃度は他の海より少し高いけど人間に害はない。弱ってるだろうし浅瀬だけでいいかな。)
「お嬢様、何をしているのですか?」
「念のため、ね。多分、オークションに出品される奴隷は弱ってるから。特に人魚は。」
質問の内容とは微妙にズレたことを言いながらシオンを一瞥した。
「一旦戻るよ。」
シオンが行き先について尋ねる前に術式が発動した。
景色が切り替わる。青い海から書類の地層のある執務室へ。
「クストアに飛ばして。」
「お嬢様、まず説明をお願いします。」
ギルバートは書類仕事の手を止め、額に手を当てる。
シオンは五歳の子供が強制転移を使ったことに驚きを隠せず、まじまじとシェラルを凝視している。
「転移魔術は一度行ったことがある場所にしか行けないから。」
ギルバートが求めていた説明とはかけ離れていた。彼はクストアに何をしに行くのかを訊いたのだが、シェラルが答えたのは飛ばしてもらう理由だった。
「お嬢様、クストアに行く理由を伺っても?」
眉間を揉みながらギルバートは言葉を絞り出した。
「奴隷オークションの会場だから。」
「お嬢様、そちらの女性は?」
それ以上聞き出すことを諦めたギルバートはシオンに視線を向けた。
「ふむ。黒髪に袴、大和帝国の者ですね。」
「はい。お嬢様に三日ほど雇われることになりました、シオンと申します。」
シオンは優雅に一礼した。シェラル達の住むリオシクス王国式の礼だった。
(大和ではそこそこの身分だったのかな。あぁ、クソ。)
「引き続き過去の帳簿の確認をお願いね。」
言外にさっさとクストアに飛ばせ、という圧を滲ませていた。
執務室の窓から見える空は赤く染まっており、太陽が沈みかけている。
レヴァーナから指定された期限まで残された時間は二日と数時間。
「オークションは明日の夜。下見は今夜しかできない。」
その一言でシェラルとギルバートの間の空気が張り詰めた。事情をほぼ聞かされていないシオンもそれを察して気を張った。
「明日の昼に合流ね。」
「承知致しました。では、お気を付けて。お嬢様を頼みます。」
最後の一言はシオンに向けられたものだった。
✽✽✽
一見すると穏やかな目だった。しかし、その奥に「お嬢様様を傷つけたら許さない」という警告があった。
(彼はこの小さな女子を案じている。)
シオンは忠義者の鏡だと思った。
シェラルという、感情を表に出さず、己の考えも必要なもの以外は明かさない小さな主の意図を彼は完璧に汲んでいたのだ。
(忠誠を誓った主でも裏切ることはある。)
シオンは知っている。
いくら主に尽くしても切り捨てられることはある、と。
(私はあの者を殺す。できるだけ残虐な方法で。そのためなら――)
シオンの脳裏に夥しい死体が過った。
臓腑が壁や天井に張り付き、床は血で染まっている光景だ。
(あの国はもう終わりだ。それなら、今後のためにも金はあったほうがいい。)
自分はほんの三日だけだ。
三日だけこの女子に雇われるだけの関係だ。
そう割り切っているはずだ。
それなのに――
(なぜ、こんなにも惹きつけられるのか。)
自分のことを雇っている小さな子供ははっきり言って不気味だ。
己の利益のためなら手段を選ばない冷酷さを持ちながら、有能な者のためならばできる限りのことをする。
あの少年――カリスがいい例だろう。
(厳密には、私自身はあの者に忠誠を誓ったわけではない。)
まだ、猶予はあるはずだ。
「いつまで突っ立ってんの?」
赤い瞳がシオンに向けられていた。
思考に耽っている間にクストアに飛ばされていたらしい。
――見極めなければならない。目の前の女子が自分の主に相応しいかどうか。
そんな思いを胸に、シオンは八歳ほどの子供の腕を掴んだ。
✽✽✽
「すごいなぁ。あんなにちっちゃくて弱そうなのに。いや、実際は弱いか。人間だし。」
燭台で揺れる蝋燭の炎に照らされている部屋の真ん中に男が一人。
彼は水晶玉を恍惚とした表情で見つめている。
水晶玉は部屋の天井付近まであり、妖しく光を放っている。そこに映し出されているのは赤い瞳に銀髪の幼い少女――シェラルだ。
「確か魔術ってほとんどの人間は発動に詠唱が必要なんだよね?ふふっ、五歳で大人でも難しい無詠唱を習得してるのかぁ。」
水晶玉に映るシェラルはこれまた幼いが、己よりも歳上であろう子供を冷たく見上げている。
「可愛いなぁ。丁度、明日であのおっさんとの契約も終わりなんだよね。対価の割には結構働かされたけど、そのおかげでこの子が来てくれたんだしチャラにしてあげよっかな。」
男は水晶玉に映る映像を止め、シェラルが大きく映し出されるように調整する。水晶玉の表面を撫で、楽しそうに呟く。
「こっちには暇潰しで来ただけだったけど……正解だったね。あんなに面白い子がいるんだもん。流石は僕。」
胸の内で、赤い瞳の子供に思いを馳せる。
(早く直接会いたいなぁ。うかうかしてたら他の奴に取られちゃうかもしれないしね。)
薄暗い部屋にはクツクツと笑う男の声が反響していた。




