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盲目の少年

「えっと……確か貴女は「ぐだぐだ言わずにさっさと話せ。時間ないんだかんな。」」


 室内に気不味い沈黙が訪れた。

 少年は目を細め、シェラルの頭の上あたりを見ている。

 女性は目を閉じて気配を薄くする。まるで、自分は関係ないとでも言うような行動だ。

 しかし、その空気を気にしない者もいる。


「最低限、お前の父親の居場所とここの地下について。この二つは絶対話せ。」


 シェラルは床に座り込み、壁に背を預け、動く気配のない少年――正確にはすぐには動くことのできない少年の顔の横にダンッと手をつく。そう、いわゆる壁ドンというものだ。

 十歳前後の少年が三歳の幼女に壁ドンされている――ただし、幼女にそんな自覚はない。当然、そこには甘い空気など露ほどもない。


「従わないなら、」


 一度言葉を切り、少年の太腿に片足を乗せた。

 力は入っていない。普通の少年ならば痛くもかゆくもないだろう。

 だが、シェラルに壁ドンをされている薄茶の髪に濁った橙色の瞳の少年――カリスは苦痛に顔を歪めた。



✽✽✽



(痛いっ……!痛い痛い痛い痛い痛いっ……)


 カリスは必死に思考を巡らせる。痛みから逃れるために最適な行動について。


 今、自分の太腿に足を乗せている人間は声からして女の子だ。それも子供。

 大人以上に落ち着いているが、幼い女の子であろう相手を突き飛ばすのは流石に無理だ。

 かといって、目の前の幼女の脇を素早く通ることはこの重い体では不可能だ。

 しかし、痛いものは痛い。

 これ以上続くようであれば実力行使に出なくては、と考えていたところで幼女の足はどかされた。


「はぁぁぁぁ……」


 カリスは安堵のため息を吐き、自分と同じ目線で真っ直ぐに目を向けているであろう幼女をキリリとした顔で見つめ返す。


(さぁ、鬼だろうが悪魔だろうがどんとこい!)


 腹に力を入れ、そんな決意をしたカリスの予想に反し、幼女は一言も発さない。

 ジーッと穴が開くほどカリスの瞳を見つめている――ような視線を感じていた。




 二人が無言で見つめ合うこと数分。

 幼女に共に部屋に現れた黒髪の女性の存在など、忘れ去られかけている。


(ひいぃっ……なんでこの子、僕のこと見てくるの!?見てるんだよねぇ!?僕の自意識過剰!?)


「少年。」


「は、ひゃいっ……」


 噛んだ。


(うわぁぁぁ、穴があったら入りたいぃぃっ……)


 羞恥なのか、それとも別の感情からか、カリスはドキドキと胸を高鳴らせながら唾を飲み込む。

 少し血の味がした。


「君、足折られてさらに奴隷契約まで刻まれてたんだね。足折って、()()奴隷紋刻んだのは誰?」


(なんでわかったの……?)


 カリスは困惑しながらも嘘を吐く理由もないため、正直に申告した。


「僕の父親です。」


 内心で考えていることを顔に出さぬよう細心の注意をはらいながら答えた。

 当の幼女は壁ドンの姿勢のまま、カリスの瞳を覗き込んでいる。一応、質問をした張本人が、である。


(この子……なんなんだ?)


 この状況を受け入れつつある自分に呆れながら幼女の腕から抜け出そうとそろりと動いた。


「動くな。」


 両頬をガシッと掴まれた。恐らく、強制的に幼女と視線を合わせられている。濁った自分の瞳を覗き込まれている。

 その証拠に幼女の瞳の色がルビーのような深紅だとわかった。


(ひえぇっ……近い近い近いっ!今から殺されるのかな!?)


 内心で慌てふためくカリスの予想は簡単に裏切られた。


「《解除(リリース)》」


 その言葉と共にカリスの体が軽くなった。

 足の痛みが消えたわけではないが、上半身は格段に動かしやすくなっている。一番驚いたことは、視界が鮮明になったことだ。数メートル先はぼやけているが、目の前の幼女の姿ははっきりと見える。

 部屋のドアの横に気配を薄くして控えている女性も見えた。


「えっ!?えぇぇぇぇっ!?何したんですか!?」


 カリスの驚愕の叫びを聞いて満足したのか、幼女は文机に腰掛け眠そうに欠伸をした。

 目を凝らすと、目の下に薄っすらと隈があることがわかった。


「奴隷契約は消したからこれで私の質問に答えられるよね?」


「は、はいっ!答えますっ!」


 カリスの目の前にいるのは幼い子供だ。しかし、肯定しなかった場合、死ぬと彼の直感が告げていたのだ。


(この人、僕より年下……だよね?)


「僕の父は昼の少し前にここを発ちました。恐らく、行き先はポルトです。この地下は……」


 カリスが言葉を躊躇うと、急かすようにダンッという音が鳴った。机を叩いた音である。


(ひいっ……)


 恐怖で身がすくむ。舌がうまくまわらないまま、急いで言葉を続ける。


「に、人魚ぎゃっ……」


 また噛んだ。

 そもそも、カリスは普段()()()()と話さないのだ。しかも、最低限の会話のみ。言葉を忘れていないだけマシである。


「やっぱか。今はもういないの?」


「はい。」


(噛まなかった……!)


 そのことに胸の中で喜んでいると、幼女は机から降り、トコトコとカリスの近くでしゃがんだ。そして、カリスの不自然に曲がっている足をゆっくりと触る。


(痛くならないように配慮してる…?できるなら最初からやってほしかった……)


「無理だね。」


「な、何がでしょう?」


()()()()治すの。こんなに何度も折られて変にくっついてたら無理。」


 どうやら、幼女はカリスの足を触診していたらしい。


「大丈夫です。それはもう諦めているので。」


 カリスの言葉の真意を図るように幼女は彼を見据える。

 そして数瞬後――


「そっか。ま、とりあえず足の治療についてはこっちで考えとくから。君は今まで通り代官の事務仕事をお願いね。」


 あまりにもあっさりと宣告された。


(は……?)


 カリスの胸にドロリとした感情が生まれる。突然現れ、自分を踏んで威圧して、一方的に結論を告げて去ろうとしている幼女に怒りが湧いた。


(結局、権力を持つ人間は全員――)


 奴隷契約を解除してくれたことには感謝するが、巻き込むだけ巻き込んで放り出されることに腹が立った。


「説明しろよ。」


 ボソボソと呟いた。

 幼女はそれを聞き、カリスのほうへ向き直る。


「何?」


 終始変わらぬ無表情。

 カリスを置いてけぼりにしてどこまでも一方的に接する態度は父と同じだ。


「説明してください。僕は巻き込まれた側です。知る権利はあるはずだ。」


 口角を上げる。カリスが考えうる中で最も不敵な表情で言葉を紡ぐ。


「名前も名乗らずに去るのはいかがなものか。貴女も侯爵様と同じなんですね。」


(多分、この女の子は侯爵様の子供だ。外套の下に着てる服は上等なものだ。窓から街の様子を見る限り、ここら辺では売っていないもの。黒髪の女性は……護衛か?)


 外の世界をあまり知らないカリスが精一杯、幼女を観察し、推測をして導き出した答えは的を射ていた。


「私はシェラル。」


「そちらの女性は?」


「この人間は……侍女?」


 シェラルの雑な紹介では何一つ女性の素性についてわからなかった。

 あまりにも予想外のことにカリスの怒りはしぼんでいく。


(ジジョ?侍女か?……もしかして名前知らないの?)


 思わず、カリスは黒髪の女性を二度見してしまった。こちらもシェラルに負けず劣らずの無表情である。


「私はシオンと申します。」


「だって。」


「名前知らなかったんですか!?」


 カリスのツッコみにシェラルはコクリと頷いた。

 名前も知らない女性を貴族の令嬢が連れていることは世間知らずのカリスでもおかしいと理解できた。


「で、ではなぜシオンさん?はシェラル……様と一緒に?」


「森で死にかけていたところを拾われまして。ひとまず、今日を含めた三日間だけ侍女をすることに。」


「そうですか……」


(いろいろあったんだなぁ……)


 カリスはそれ以上何かを訊く気が失せた。


(この人達はヒィウスの代官である……レイズを裁きに来たのかな?うん。そういうことにしよう。)


 正直、二人に着いていきたいが、自分は足手まといにしかならないことは分かっている。自分はいつも通り、書類とにらめっこをしていようと思い、腕を動かし、オットセイのように文机のほうへ移動する。

 シェラルとシオンもこれ以上長居する気はないらしく、部屋の隅に移動する。


「あっ、これ。」


 ポイと無造作に投げられたものをカリスはギリギリで受け取ったが、バランスを崩し、床に肩を打ち受けた。


「明後日の夜に窓のほうに置いておいて。」


 それだけ言い残すと、シェラルは消えた。シオンも消えている。

 瞬き一度の間に跡形もなく姿を消していた。


「嵐みたいな人だったなぁ。」


 シェラルから投げ渡されたものはビー玉ほどの宝石があしらわれたペンダントだった。


(こ、こんな高そうなものを投げたの!?)


 ペンダントは落ちて割ったり傷をつけないよう文机の真ん中に置いた。

 カリスは端のほうで書類との格闘を再開した。

 いつもより何倍も速いペースで。


「久しぶりだな。あんなに怒ったの。」


 カリスは奴隷紋を刻まれるずっと前から感情を表に出さないようにしていた。父親の琴線に触れないように息を殺して生活していた。


 カリスはどこか吹っ切れたような表情を浮かべていた。

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