人手不足解消の第一歩
「じゃ、行ってくる。」
「お気をつけて行ってらっしゃいませ。」
とにかく時間がない。
シェラルは外套のフードを深く被って屋敷を出た。
(侯爵邸での準備は家令がやってくれる。私は直接確認が必要なものだけ。)
侯爵邸の裏手には広大な森がある。何年も人が立ち入っていない森だ。石畳の道はひび割れ、枝や落ち葉で埋まっている。それは現スティウム侯爵家当主夫妻が領地の管理を怠っている証拠でもある。
獣道を進み、同時に感知術式を起動する。次の瞬間、シェラルは途中まで編み上げていた転移術式を解き、身体強化を全開にして走り出す。
(人間……それも、魔力量が多い。)
今回、奴隷オークションを潰す上で一番の課題は人手不足である。
ギルバート以外には使える駒がいないのだ。
(生命反応は弱い。衰弱している。)
シェラルは迷わず道を外れ、森に飛び込んだ。木から木へと飛び移って移動する。普通に走るより何倍も速いが、何倍も体力の消耗が激しい。
(少し落ち着いたら体力つけないとなぁ。)
十分もすると、魔力感知で見つけた人間が見えてきた。
シェラルの息は上がっており、移動速度も最初と比べれば少しばかり落ちている。それでも、足は止めない。
単純に時間がないから。
「はっ、はっ、はぁっ……い、生きてる……?」
倒れている人間は黒髪の女性だった。
(黒髪に袴……大和帝国出身か。)
大和帝国とは、もとは極東の島国である。しかし、圧倒的な武力と国の防衛力で他国を寄せ付けず、植民地を広げ、世界にその名を知らしめている。
大和帝国の人間は髪や瞳の色が黒に近い色であることが特徴だ。シェラルが住む国がある大陸では珍しい色でもある。
(出血が酷い。骨も何本か折れてる……)
魔力感知で周囲に敵がいないことを確認すると、シェラルは女性の治療をすべく、魔術式を編み上げた。
淡い光が女性を包み込む。
深く刃で刺されたような傷や折れた骨、潰れかけていた臓器がゆっくりと元に戻っていく。
(おぉ……動画の逆再生みたい。でも――治るのが遅い。重ね掛けするか。)
光が強くなる。その光に比例するように魔力の消費量も増えていく。
(重ね掛けしてもこの速度……長い間、手当てする余裕がなかったのか。)
治療をしている間でもシェラルの思考は途切れない。いくつもの仮説を思い浮かべ、可能性が高いものを残していく。
やがて、光が収まり、女性からは傷一つ残らず消えていた。
(光属性での治療魔術成功。)
空間に作用する魔術が闇属性に多いように、光属性の魔術には時間に作用するものが多い。そのため、この二つの属性は扱いが非常に難しく、故に他の属性と比べると使用者は少ない傾向にあるのだ。
「うっ……」
女性がゆっくりと目を開け、体を起こした。
「私の侍女になって。」
女性は状況を理解する暇さえ与えられなかった。
「なぜ?」
当然の反応である。
まだ幼い少女が魔術で怪我の治療をしたというだけでも十分おかしい事態だ。さらに侍女にならないかと訊かれる。否、質問の形をとってはいるが、ほぼ決定事項のように告げている。
「人手が足りないの。」
「それなら私みたいな素性の知れない人間じゃなくてもっと他にいるだろう?」
女性はシェラルの身なりからそう判断したのだろう。
外套から覗く服はシンプルだが、平民では手を出せない上質なものだ。一目でどこかの貴族の子供やそれに準ずる子供だとわかる。
それはギルバートのおかげである。シェラルがまともな衣服を持ってないと知ったギルバートはすぐに自費で数着の服を揃えたのだ。
「貴女じゃなきゃダメ。」
「お前は貴族じゃないのか?」
女性は揺れている。
(これは……やっぱ大和帝国で何かあったな。クソッ、さっさと情報仕入れないと。)
大和帝国の現状を知らないシェラルには彼女が何に悩んでいるかはわからない。そもそも、シェラルは他人の心などに興味がない。利用できるなら利用する。それだけだ。
「私は訳あって大和帝国に追われている。それでも雇うのか?」
(うん。予想通り。)
「つべこべ言わずに早く答えて。私の侍女になるのか、ならないのか。」
とにかく時間と人手が足りないのだ。
三日以内に奴隷オークションを潰し、アクシアに人魚を帰さなければならない。
(明日の夜には実行したい……この女を逃がすわけには……)
三本指を立てる。
「三日、とりあえず今日含めて三日だけでもいいから。給料は払う。」
(奴隷オークションから押収した金でね。)
女性は黙る。
それを見たシェラルは内心で荒ぶっている。
(さっさと結論出せ。本来なら治療してやった分請求するところを……給料まで払うって言ってんだろ。)
光属性や闇属性の魔術は使い手が少ない上に魔力消費が激しい。そのため、治療魔術や転移魔術などを専門とする魔術師までいる。最低でも一回につき金貨一枚――シェラルの前世の世界での百万円――はかかる。
平民では到底手が出せない額である。
シェラルに治療をしてもらわなければ女性は死んでいた。断るという選択肢は始めからない。
「承知致しました。」
女性の言葉遣いが変わった。先程までの少々荒々しいものとは打って変わって丁寧なものになった。
「よし。じゃ、行くよ。」
シェラルにとって、言葉遣いなどどうでもいいことの一つである。いつでも発動できるよう編み上げておいた転移術式に魔力を流し込んだ。
「少年、知っていることを全て話せ。」
転移した先には突然人間が現れたことに驚き、唖然としている少年がいた。




