レーツ
「おぉ、ここがレーツか!」
ヤマト一行は伯爵家の馬車に乗って、神聖国家ルーナレーンの中心部、レーツに来ていた。
ながながと続く田園風景を抜けた先にあるレーツは、セルメ以来はじめての都市部だ。
ツヤのある、木造の建物が、ぽつぽつとならんで、いかにも貴族街というかんじだ。
聖誕祭が近いこともあって、通りには人が多い。
そこそこ賑わった街。
しかし、セルメのように商店が並んでいる、というわけではなく、商人の声はない。
人々は立ち話に花を咲かせていた。
続いてファミアとオロネス、シェルネスも馬車から出てきて、レーツの光景に三者三様の反応を見せていた。
「うう、腰が痛い……」
前の馬車からネルが降りてきた。
いくら伯爵家の馬車とはいえ、まるまる2日間も乗っていれば疲労も溜まる。
今にもへたりこんでしまいそうなネルを横目に、伯爵とログネス、つきそいのメイドも降りてきた。
「はっはっは、ネルはいつもそんな調子だな!」
「だって、ずっと座ってるの、きついじゃないですか」
「そうか……?」
父がまわりを見たので、ファミアも他の者達を見る。
ルーネス、ログネス、ファミア、ヤマト、シェルネス、オロネス。
皆、ながいたびの後なのに、余裕そうにレーツの町なみを見ていた。
全員が冒険を経験した者で、それなりにきたえている。
彼らは歩き旅の怖さを知る人間だ。
だからこそ、このくらいの移動であれば文句を言うことはない。
「え……?」
自分だけこんな状態なのか、仲間はずれじゃないかと呆然とするメル。
後ろから付き人のメイドが降りてきた。
メイドは若く、きっちりとした、いかにも使用人らしい人だったはずだが、猫背で老人のように腰をさすり、小さなうめき声を漏らしていた。
メルの顔が自然とほころぶ。
「大丈夫? 移動はきついよね? そうだよね? ねー?」
メルの顔が怖い。
なんか怖い。
よくわからないけど、怖い。
えも言われぬ恐怖を前にして、メイドはコクコクと頷いた。
「では、また」
一行はヤマト、ファミア、オロネス、シェルネスのファシヤオグループ(ヤマト命名)とそれ以外の伯爵家グループに分かれた。
ファシヤオグループは魔術師として、ギルドへの顔出し。
伯爵家グループは高級宿に向かい、部屋をとることにした。
「小さい頃に、レーツには何度も来てましてね。
この国は特殊なので、説明させていただきます」
ヤマトはいつもどおりの無表情でシェルネスを見た。
感情が読めず、怒っているようにも見えるが、そうではない。
無反応なだけで、これは続きを促しているのである。
めんどくさいが、それすら愛らしい。
至上のリーダーのために、シェルネスは街の説明を始めた。
「ルーナレーンは神聖国家で、共産主義をとっています。
国民はみな平等です。仕事も、給料も、食料も、すべてが平等です」
「へー、それはすごいですね……」
ファミアの目に暗い光が宿った。
王都で迫害の対象となり、貧困層としてスラム街で過ごした日々。
すごく、苦しかった。
この国が平等ならば、ここにはそれがない。
ファミアには、それが羨ましかった。
もしこんな国に生まれていれば、あるいは。
「すごいですよね。でも、ふつう共産国家は破綻するものです」
「なんでですか?」
「すこし考えてみてください。
一生懸命に働いた人と、一切はたらかなかった人。ふつうなら給料に差が出たり、クビになったりしますよね。
でも、共産国家ならみんな平等。給料は同じなんです」
「そんな……」
やっぱり理想にすぎなかったのか、とファミアの顔が暗くなる。
オロネスが間髪入れずに口を挟んだ。
「では、なぜこの国は共産国家として成り立っているのですか?」
「それはこの国が神聖国家だからですよ」
ファミアが顔をしかめる。
オロネスはうつむきがちに2、3度うなずいて顔を上げた。
「……つまり、信仰することで、競争がなくても意欲がわく、ということですか」
「……! さすが、ヤマト様の配下なだけありますね。いまの言葉だけでそこまで理解できるとは」
「ねえ、どういうこと?」
ファミアは不満げに声を上げた。
さもわかって当然かのように話が進んでいるが、わかっているのはオロネスだけで、ファミアにはわからない。
ヤマトは無表情を貫いているが、おそらくわかっていない……はずだ。
シェルネスはファミアに向き直り、説明をはじめた。
「みな平等であれば、働いた人と働かなかった人とで、悪い意味で差が生まれない。これでは不満がたまります」
「それはわかります」
「そしてもう一つ。差が生まれないと、働こうという意欲がわきません。
全体的に意欲が低下すると、技術というものは進歩しにくいのです」
「……?」
ファミアが小首をかしげて疑問を呈する。
シェルネスの説明に乗っかってオロネスがつけ足した。
「例えば、魔術戦で負けたら、悔しいですよね。悔しくて悔しくて、相手を倒したくて、魔術を練習しますよね。
でも、みな平等だと、魔術戦、すなわち競争がなくなるんです。
すると、技術――ここでいう魔術がいつまでたっても進歩しない」
「なるほど」
「解説ありがとうございます。
ではファミアさん、共産国家を成り立たせるにはどうすればいいか、わかりますか?」
「…………」
しばしの間、沈黙が流れる。
しかし、考えても考えても答えは出なかった。
それを見て、シェルネスが苦笑まじりに答え合わせを始める。
「正解は、競争がなくても意欲がわくようにすることです。
ルーナレーンの宗教、ディオ教の教えでは、極端に言うと、働くことは神のためになり、あの世で幸せになることができる、というものがあります。
ほかにもたくさんありますが、数えればきりがありません。
とにかく、ディオ教のお陰でこの国はなりたってるんですよ」
「……でも、神様を信仰しない人もいるんじゃないですか?」
ファミアの雰囲気が変わる。
ファミアは見た。苦しむ人達を。
のたれ死ぬ人たちを。
神なんていない、と言う人達たちを。
ファミアは生で見てきた人間だ。
シェルネスはそんなファミアに気圧されつつも、言葉をつむいだ。
「ルーナレーンは、長い永い時間をかけて、みながディオ教を信仰する国をつくったんです」
「……わかったような、わからないような……」
ファミアの雰囲気がもどった。
はりつめた緊張感が解け、シェルネスはフッと口元を緩めた。
「私もよくわかりません。わかりませんけど、この国はそうなんです」
「ふーん」
納得はいかないかったが、ファミアはそういうものだとむりやり納得した。
「共産国家であるルーナレーンは、中心部以外に目立った都市がありません。セルメのような重要拠点であれば別ですが、基本的に農村部だけです。
中心部には聖地と、外国の貴族向けの宿場町があるだけです。
ほら、商売してる人がいないですよね」
「たしかに……」
「そんな共産主義のルーナレーンは、明確なランク分けがあるギルドとの相性がよくありません。
農村部にギルドを置けば、国民は格差というものを覚えてしまいます。
下手すれば、ルーナレーンが滅びかねません」
「……よくわかりませんが、とにかくギルドはルーナレーンと相性がわるいんですね」
「そういうことですね。
とはいえ、全世界に展開しているギルドを拒絶する、というのはよくないことです。
ルーナレーンは共産主義から外れた場所である、貴族向けの宿場町にギルドを造りました。
……ちょうど見えてきましたね。あれがルーナレーン唯一のギルドです」
シェルネスがある建物を指さした。
貴族街の建物にまけず劣らずの、品のあるレンガ造りの建物に、龍と杖の紋章。
魔術師ギルドだ。




