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下手の横好き  作者: クラッシー
第二章 神聖国家ルーナレーン編 前編
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なめるな




「ハッ!」


 シェルネスが目を覚ますと、視線の先には昨日と同じ天井があった。


「起きたか」


 ベッドの横には不思議な色をした黒髪の少年、ヤマトがいた。

 少し離れたところに黒髪の執事らしき人物や、父ルーネス、妹のネル、顔なじみの執事ログネスもいる。


 寝ぼけていた頭がだんだんはっきりしてきて、直ぐに理解した。

 私はヤマトに負けたのだ、と。


 ヤマトと目を合わせず、唇を噛む。


 悔しい。

 恥ずかしい。


(クソッ)


 元有名冒険者の父から生まれたシェルネスは、貴族なんかよりも冒険者に憧れた。


 魔術学園を卒業して魔術師となり、父に冒険者になりたいと申し出たところ、猶予付きで承認してくれた。

 猶予はもちろん、父の命が尽きるまでだ。


 新しいものを取り入れ、努力し続けたシェルネスは冒険者として名を上げ、とある貴族の直属の護衛になるように誘いを受けた。


 貴族の道よりも冒険者の道を選んだシェルネスではあるが、貴族になりたくないというわけではない。

 興味がないだけだ。


 だがいつかは自分も貴族を継ぐ身である。

 コネを作っておいて損はない。


 何より貴族の魔術師という仕事は名誉である。


 シェルネスは喜んで護衛の任を受けた。


 だがシェルネスは少々有頂天になりすぎたようだ。


 護衛というのは仕事が少ない。

 自分の力を高めることはないのに、仲間も町の人も、自分のことを褒め称えた。

 自分は実力者だと高を括って、自分の本当の実力を見極めようともしなかった。


 ――自分の飛行魔術は最強で、だからこそ今の名誉がある。


 そう思っていたシェルネスは、こうもあっさりとヤマトに負けてしまった。


 悔しい。

 恥ずかしい。


 シェルネスは一度目を閉じた。


 そして意を決したように目を開き、ベッドから降りてヤマトの目の前で跪いた。


「ヤマト君、いやヤマト様。私を貴方様の配下の末席に加えてください」


 周囲の人物はシェルネスの突然の行動に驚いたように目を見開いた。

 ヤマトも珍しくシェルネスを凝視して感情をあらわにしている。


「飛行魔術も教えさせていただきますし、身の回りのことからお金のことまで、何でもさせていただきます。パーティーメンバーも説得して、ヤマト様の配下に加わらせます」


 早口で言い終えたシェルネスにルーネス伯爵が口を挟む。


「シェルネスよ。それではペイロン卿の護衛はどうするのだ?」


「やめます」


 即答だった。


 シェルネスは真っ直ぐに伯爵を見据えており、伯爵はその眼差しに覚悟を感じ取った。

 やがて諦めたように首を振る。


「分かった。好きにせえ」


「はいっ!」


 シェルネスは目を輝かせて頷いた。


「ヤマト様、それでよろしいでしょうか?」


「断る」


「なんでですか!」


 シェルネスは涙目で訴えた。


「多すぎる」


「じゃあパーティー解散して私だけ配下になります」


「だめだ」


「なぜですか!」


「お前と俺は対等な存在。それなら良いぞ。様もいらない」


「……! ありがとうございます!」


 シェルネスはヤマトの言葉にハッと息を飲み、感極まって感謝した。


 あまりの急展開に、開いた口が塞がらない者が約4名。

 二人の会話はそんなことは気にならないとばかりに進む。


「そんなことより飛行魔術教えろ」


「あなたとの偉大なる契約をそんなことと言われるのは心外ですが、いいですよ」


「じゃあ行くぞ」


「今からですか!?」


「ああ」


「いいですね。行きましょう!」


 トントン拍子で話はまとまり、二人は部屋を出ていった。

 嵐のようだった。


 呆けていた4人は数秒経ってようやく我に返り、慌てて二人の後を追いかけるのだった。




 4人が廊下を出ると、前方でシェルネスが一方的にヤマトに話しかけながら歩いていた。

 シェルネスは体をヤマトの方に傾けて、笑顔で話している。

 ヤマトはそれに口数少なく返していた。


 一見ヤマトはあまり会話をするのが乗り気ではないように見える。

 しかし、いつものヤマトを知っているオロネスからすれば、今のヤマトはかなり楽しそうに話しているように見えた。


「ヤマト様」


 オロネスが早足でヤマトに追いついて話しかける。


 ヤマトは声をかけられても足だけ動かして微動だにしていないが、これは無視しているように見えて詳細を話すのを待っているサインだ。

 面倒くさい性格である。


「ファミア様には言わなくて良かったんですか?」


「ん?」


「シェルネス様がご加入されることに、ファミア様はあまり良い顔をしないのでは?」


 ファミアはシェルネスに負けて、かなり精神をやられている。

 突然、相談もなしに、勝手に加入したと言われ、ファミアは不快な気持ちになるのではないかと思ったのだが、そこでやっと気づく。


(本当に、私が言う事ではありませんね)


 今でこそマシになってきているが、オロネスはファミアの故郷を壊そうとした張本人なのだ。 

 今でもファミアには恨まれているに違いない。


 突然配下にすると言われて、ファミアはどんな気持ちだっただろうか。

 

「ま、なるようになるだろ」


「…………」


 ファミアのことは、悪魔ながらに申し訳なく思っていた。

 ここで指摘するのはファミアに失礼だ。

 ヤマトは楽観しすぎていると思うが、それを指摘する権利など、オロネスにはなかった。


 ヤマトは話は終わったとばかりにシェルネスの方を向いた。

 彼も彼で父親と話をしている。


「なぜ、あそこまで態度を改めたのだ?」


「ヤマト様が素晴らしいお方だと分かったので」


「だが、悔しかったのだろう?」


「……そう、ですね」


 シェルネスはためらった。


 父の言葉は正しい。

 シェルネスが起きて初めに感じた感情は、確かに悔しさだった。


 でも。


「でも、ワクワクするじゃないですか。これだけ強い人と何回も何回も戦って、高めあったら、私はどれだけ強くなれるのだろうかと」


「うむ。わかるぞ」


「それに、きれいだと思ったんです。魔術がきれいだと思ったことは、幾度となくありました。

 見た目がきれい、術式がきれい、位置設定がきれい。何度そう思ったことか」


「私もそうだ」


「でも、詠唱がきれいだと思ったのは初めてなんです」


「……なるほどな」


 伯爵はシェルネスの頭に手を置いた。


「やはりお主は、私に似ている」


 伯爵はニカッと笑ってみせた。


 息子シェルネスにとって、父ルーネスは一番の憧れだ。

 子供の頃から、ずっと、ずーっと憧れ続けた。

 冒険者になった理由も、なることができたのも、父のおかげだ。


 そんな父が、自分に笑顔を向けてくれている。

 シェルネスは胸が一杯になった。 


「……ありがとうございます!」


 伯爵は頭を撫で始めた。


 父が人の身体をさわるのが好きなのは知っている。

 だが、20才を超えてもなお甘やかされるのは、なんだかいたたまれない。


 シェルネスは無理矢理話題を転換した。


「……えっと、ペイロン伯爵のことは大丈夫なんですか?」


「うーむ。良い顔はされんだろうな」


「うっ。その、申し訳ありません」


「良いのだ。お主はまだ若い。迷うことがあったら、より面白いと思う方に行くのだ。

 ペイロン卿のことは任せておけ」


「……! はい!」

 

 父の言葉はいつもシェルネスにとって特別な意味を持つ。

 今の言葉はまたも心の奥深くに突き刺さった。


「ああ、 根に持たれて、見えないところで制裁をうけるのだろうなあ。

 ヤマト君のことはうまく行ったとおもったのになあ。

 もういっそ金とか指とか猫耳とかで解決してくれんかのぉ」


 シェルネスは父の小言を聞いて本当に大丈夫かと思ったが、父の言葉は重たいのである。

 任せろと言われれば、もう口出しできることはないのである。


 シェルネスは気まずそうに苦笑いを浮かべつつ、庭へと向かった。






 庭に着くと、シェルネスは思い出したようにヤマトに声をかけた。


「あ、ヤマト様!」


「様はいらない。で、なんだ?」


「あの、私を倒した魔術って何なんですか? 詠唱していなかったように思えるのですが……」


 ヤマトがシェルネスと戦ったとき、詠唱したのは2回だけだったはずだ。

 一番初めの障壁魔術と、シェルネスが飛行魔術を使った瞬間に打ち込んできた風球。


 だがヤマトは障壁と牽制の風球、そして背後からシェルネスを吹き飛ばした魔術と、トドメの魔術で4つの魔術を使っている。


 数が合わない。


 障壁と風球は確認しているが、他2つは詠唱無しで使ったことになる。


「ああ、それはな」


 ヤマトはそう言って風球の詠唱を始めた。

 

(ああ、きれいだ)

 

 戦闘中は集中して聞けなかったが、本当に美しい詠唱だった。

 伯爵やログネス、メイドたちも同様に聞き入っていた。


 そして儚くも、すぐに詠唱は終わってしまった。

 ヤマトの目の前に3つの風球が現れる。


 左からごく普通の風球、身の丈の3倍もあるバカでかい風球、そして小指の先ほどの小さな風球だ。


(一回の詠唱で、こうも大きさに違いをつけられるのか……!)


 一度の詠唱で同じ魔術を複製するのは容易だ。

 だが、それぞれの大きさや威力を設定するとなれば、場合分けが発生してより複雑な術式になる。

 術式が長くなればなるほど誤作動も生じやすいので、難易度が高いのである。


 もっとこの美しい魔術を深く知りたいと思い、魔力視を発動して驚く。


 一番左のものは本当に一般的な風球だ。

 

 しかし、真ん中の風球に込められた魔術は通常の8倍。

 右の極小の風球は通常の15倍以上はあった。


 真ん中の風球は大きいので、対象に当たっても十分にその威力は発揮されない。

 威力よりも、吹き飛ばす方に作用するだろう。

 だが、あの極小の風球であれば、当たった対象に最大の威力を一点に絞って叩き込める。


「なるほど。ヤマト様があのとき使った魔術は風球だけだったのですね」


 自分で言っておいておかしいと思う。

 あれだけ特性が異なった魔術を同時に構築するだけの頭脳と、そのおおきな魔術を成り立たせ、かつ複雑な術式に対応できるだけの魔力量。

 人間離れしている。


「ヤマト様、あなたはいったい……?」


「おーい、ヤマト! 何してるのー?」


 屋敷の玄関から、真っ白な格好をした少女、ファミアが出てきた。


「あっ、シェルネス……様……」


 ヤマトに駆け寄る途中でシェルネスに気づき、複雑そうな顔で立ち止まる。

 シェルネスは自然な振る舞いでファミアに近づき、頭を下げた。


「ファミアさん、私は本日からあなたと同じパーティーに入ることになりました」


「え?」


「どうぞ、よろしくお願いしますね?」


「はあああああ!?」


「あっ、申し訳ありません。突然のことで驚かせてしまいましたよね。

 靴でもなんでも舐めますので、どうかゆるしてください」


「えっ、えっ? どういうこと? く、靴?」


「やはり靴をご所望ですか。なめましょうか、なめてほしいですよね? なめます!!」


「なめるな!」


 シェルネスはどん、と顔面に蹴りを入れられて、地面に伏した。

 シェルネスは薄れ行く意識の中で、なんとか靴の裏を舐めることに成功した。




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