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下手の横好き  作者: クラッシー
第二章 神聖国家ルーナレーン編 前編
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ある意味最強




「はい、戻りました〜」


 ファミアがにこにこしながら戻ってきたのは、部屋を出てから約30分後だった。


 シェルネスはずいぶん長く待たされるな、と不思議に思っていた。

 父親に何をしているのかを聞いても、見れば分かるの一点張り。

 シェルネスは不満をつのらせていた。


 しかし、ヤマトが入ってきたことで不満は吹き飛んだ。


 ――ヤマトはメイド服を着ていたのである。


 しかもかなり大きめのサイズだ。

 長すぎて床をこすっている。

 お世辞にもフィットしているとは言えなかった。


 でもそこが良い!


 あえてこすらせることによって溢れ出る何か!

 たまらない!


 自分の世界にハマっていると、ほんのり顔を赤らめたヤマトが口を開いた。

 珍しく少し恥ずかしがっているようである。


「おい、着替えてやったんだから早くやれ」


「あ、ああ、あまりにも可愛かったものでな」


 ヤマトは迷いなく火球の詠唱を始め、伯爵に向けて手を突き出した。


「すまん、すまんて、もう言わんからやめてくれ!」


 ヤマトはジト目で伯爵を睨みつつ、しかたなく手を下ろした。


「早く見せろ」


「わかったわかった」


 伯爵は苦笑いでヤマトをなだめつつ、ヤマトの頭に手をかざして詠唱を始めた。


 ヤマトは詠唱に耳を傾ける。

 知らない単語が5つ以上出てきていた。


 詠唱は10秒足らずで終わった。


「ん? なにが起きたんだ?」


 ヤマトは思わずそう漏らした。


 見た限りは何も起こっていない。

 自分に魔術をかけられたようだがなにか変わった様子もない。


 しかし、周りの人たちは恍惚とした表情を浮かべていた。


「上だ」


「上?」


 ヤマトは反射的に上を向いたが、何もない。

 その様子を見て伯爵は静かに笑いをこらえていた。


 同じくニヤニヤしているファミアが手鏡を渡してくる。


 ヤマトは不思議そうな表情で鏡を覗いた。

 自分の頭の上に、あるはずのないものがついていた。


「耳……?」


 そう。

 ヤマトの頭の上には三角形の黒い耳がついていた。

 猫の耳である。


 ヤマトはそれをふにふにといじった。


「これは猫耳魔術。その名の通り、猫耳生やす魔術だ!」


「ほほう? ……なるほど。何かの飾りとしてではなく、純粋に人の頭に生やしているのか」


 10歳の子どもが、猫耳メイド服姿で不思議そうに自分の身の回りを確認している。

 なかなかの光景だ。


 オロネスを除くその場全員がキラキラした目でヤマトを見ていた。


 次の瞬間、ネルと伯爵がヤマトに抱きつく。


「「かわいいっ!」」


 二人はヤマトの耳と頬を触って楽しみはじめた。

 表情は緩み、ふにゃふにゃになっている。


「ああ、最強だ……!」


 完全に癒されている。


 シェルネスは少しうらやましそうにしているし、ログネスまでも目をピクピクさせている。


 先程まで恥ずかしがるような素振りを見せていたのに、ヤマトが抵抗することはなかった。

 二人はそのままモフり続ける。


 が、突然、二人の耳に小さな声が入ってきた。


「鏡を見たところ俺の髪色と猫耳の色が一致している……? 少なくとも俺の髪色は完全な黒ではない。検証してみなければ分からないが、もともとの猫耳の魔術が俺の髪色とたまたま一致していたという可能性は考えにくい…………」


 それはとても小さな声だった。

 ヤマトの声だ。


 だが小さすぎて、ヤマトに抱きついている二人にしかこの声は届いていないだろう。


 けれども、確かな熱を帯びていた。


 当のヤマトは二人になすがままにいじくられていて、変顔をしているみたいになっている。

 されど、目は鏡に映る自分の猫耳に固定されていた。

 その目は真剣そのものだ。


 二人のヤマトを触れる手の動きが鈍くなる。


「いや、色どうこうよりもどういう仕組みで人体に耳を接続しているかが問題だ。

 触っている限り、触られているというのは分かるが、普通に皮膚で感じるよりも感覚はない。いや、接合部分で触られているという情報が伝わってくるというだけか。

 ということは切り離しても大丈夫なのではないか!?」


「え、ちょ……」


 二人の手が止まる。


 しかしヤマトの舌は止まらない。


「切り離して、よく観察して、これがあくまで魔術で作られたものなのか……あっ、人間の身体の一部分から生成されているという可能性もあるのか。じゃあ猫耳の毛皮も剥いで…………」


 そう言いながらヤマトは風刃の詠唱を始めた。


「ちょいちょいちょい!」


 伯爵はヤマトが不穏な詠唱を始めた瞬間、とっさにその口を塞いだ。


 魔術は詠唱がなければ生成することはできない。

 ヤマトほどの魔術師ならば、数秒で詠唱が完成する可能性もあったが、そうなる前に素早く詠唱を中断させる事ができた。


「もい、まみふんあよ! まあせよ!」


 何を言っているのか分からないが、ヤマトはジタバタと暴れ続けた。

 なにげに力が強く、拘束から逃れられそうになる。


 伯爵の後ろに控えていたログネスがスッと近づいた。


「一度、落ち着きましょうか?」


 ログネスは苦笑いを浮かべてその場を諌めた。




 ログネスは伯爵(主人)に魔術を解除するよう求めた。


 伯爵はもちろんゴネたが、このままではヤマトを抑えきれないので渋々解除。

 ギャン泣きした。


 ヤマトも肩を落とした。


「はい、お二人とも落ち着きましたね。

 ルーネス、あのことを言わなければならないのだろう?」


「あ、ああ」


 伯爵はゴホンと咳払いを一つして、口を開いた。


「私としては、お主の任務はこれで終わり。褒美も与えたゆえ、本当にこれで終わりだと思っている。

 だが実はだな、ペイロン伯爵にこんなことを言われているのだ。

 シェルネスは勝ったのだから、つぎはヤマトとだろうと」


 不意にネルが伯爵の言葉を遮った。


「でも、本当に勝ってたのはファミアちゃんで……」


「まだ言うか」


 伯爵は静かにネルを叱りつけた。


「先程の試合、審判が勝ちと言えば後から覆ることはない。

 確かにシェルネスの勝ちだ。

 だがヤマト君は十分な働きをしてくれた。ヤマト君にそれを受ける義務はない」


「あ、だからもう任務は終わりって言ったのか」


 ペイロン伯爵からすれば、シェルネスは最年少魔術師ヤマトと戦うと思っていたが、実際に当てられたのは小娘だった。

 一番の用心棒であるシェルネスがそんな扱いを受ければ、舐められているのだと思ったはずだ。


 実際ヤマトはペイロン伯爵の会食を断っている。

 些細なことでも、貴族からすれば威信に関わる一大事だ。


 シェルネスが勝ったと聞き、ペイロン伯爵はさぞ安堵したことだろう。

『自分のところの一番の用心棒が、あろうことか最年少魔術師の手下のただの小娘に負けた』という不評被害を恐れなくて良くなったのだから。


 しかも、ここでシェルネスがヤマトに勝てば、シェルネスの名声は上がり、伯爵の名にも箔が付く。

 

 ペイロン伯爵としてはなんとしてでもヤマトとシェルネスを戦わせたいわけだ。


 しかし、あくまで『シェルネスに稽古をつけてやってくれ』と頼まれたヤマトには、その申し出を受ける義務はない。

 だが断れば、ただでさえペイロン伯爵からの評価が低いヤマトへの評価は地の底へ落ちるだろう。


 それすらもヤマトにとってはどうでも良さそうなことではあるが。


「どうだ。受けてはくれんか?」


「ん?」


 ヤマトは斜め上を見上げた。

 真面目に考えているのか、それとも何も考えていないのか分からない。


 伯爵はゴクリと唾を飲み、ヤマトが口を開いた。


「いいよ」


「おお、ありがとう!」


 伯爵は再びヤマトに抱きつこうとした。

 猫耳がなくなっても、幼さの強調されたメイド服は至高である。

 思わず抱きつきたくなるのである。


 しかし、腹にヤマトの人差し指が突きつけられて、伯爵はハグまであと一歩届かなかった。


「それ以上来たら撃つ」


「うっ……」


 伯爵は足踏みした。


 口を塞げばヤマトを御することはできるかも知れない。

 が、もしそれでもヤマトが魔術を詠唱することができたなら一巻の終わりだ。


 それに、ヤマトに嫌われるのは伯爵の望むところではない。


 伯爵は仕方なく自分の席に戻った。


「それで、今からやるのか?」


「いや、クレッドから念のため今日のところは休めと言われている。

 やつの神聖魔術の腕は確かだし、もうすでに治っていると思うがな。一応ということらしい」


 ヤマトはその場で静かに首肯した。


 そして踵を返して扉に手をかけた。


「じゃ」


 ヤマトはそのまま出ていってしまった。

 本当に気まぐれなものである。


 壁際で一言も発さずに控えていたオロネスは、突然ヤマトが出ていったことに驚きつつも、それに続いて出ていってしまった。


 執事服の割に、お辞儀すらせずに出ていくあたりが不自然だった。

 執事ならそれくらいは気にするものだ。


 伯爵は若干の違和感こそ覚えたが、よもや彼が悪魔だとは少しも考えないのだった。






 その夜。


 シェルネスは久しぶりに伯爵家で夕飯を済ませ、早くに布団に寝そべった。


 体に違和感は全くない。

 むしろ前よりも体が軽くなったようにさえ感じるほどだ。


 しかし、念のため早く寝とけと言われて自室に放り込まれた。

 彼自身も、明日のこともあるので早く寝ようと思った。


 明かりを消し、目を閉じた。


(あいつ、強かったな。ファミアって言ったか)


 シェルネスは必ず、布団についたら今日の振り返りをするようにしていた。


 思い起こされるのは今日の光景。

 後で聞いた話だが、ファミアは倒れていたときでも魔力を2割も残していたそうだ。

 あれだけの魔術を使っておいて、なぜそこまで残っていたのか分からない。


 初めの立ち回りも、もう少しでやられるところだった。

 実力は互角に近かった。


(あれだけの魔術師よりも強いというのか、ヤマトというのは)


 だとしたら化物だ。

 全力は尽くすつもりだが、勝てる保証はなかった。


(負けたくない)


 明日を迎えるのが少しだけ怖かった。

 しかし、彼の魔術を見てみたくもあった。


(楽しみだ)


 明日は絶対に油断なぞしない。


 そう心に決めて、気がつけば眠りについていた。




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