勝負の行方
(負けたらヤマトの評判が下がる……)
ファミアは立てた作戦が通用しなかったとき、改めてそれを強く意識した。
負けてしまうかも知れない、そうしたらヤマトにまで影響が及んでしまう。
そんなことを頭の隅で意識しながら火球を詠唱していた。
シェルネスに飛行魔術の格子を許したときは負けを意識した。
(負ける……! 負けたら終わりだ……)
そんなのは頭から追い出したほうが良いのはわかっていた。
けれども負けを意識すれば頭の半分がそれに支配される。
ファミアは負けたくなくて、必死で食らいついた。
その思いが決壊したのはシェルネスの刃狐軍嵐と無数の火球がぶつかり合ったときだ。
(負けたら終わり負けたら終わり負けたら終わり負けたら終わり負けたら終わり負けたら終わり負けたら終わり負けたら終わり負けたら終わり負けたら終わり負けたら終わり負けたら終わり負けたら終わり負けたら終わり負けたら終わり負けたら終わり負けたら終わり負けたら終わり負けたら終わり負けたら終わり負けたら終わり負けたら終わり負けたら終わり…………)
ファミアは自分の頭に鳴り響く怨嗟に似た叫びを抑えきれなかった。
気づけば意識は途切れていた。
「ッ……!」
ファミアはガバリと起きた。
知らない場所だった。
「起きたな」
右にはヤマトがいた。
後ろにはログネスが控えている。
「うん……」
ファミアはまだはっきりしていない頭で状況を整理しようとした。
(なんだか悪夢を見てたみたいだ……。
魔術戦で、シェルネスと戦って、それで気がついたらここに……ああそっか)
「私は負けたんだね」
「ああ」
もしかしたら負けていないのではないかという淡い期待は砕け散った。
まちがいなくファミアは負けたのだ。
ファミアは俯いた。
自分が横たわっていたベッドが見える。
その瞬間、熱い思いがこみ上げてきた。
「ごめん」
ファミアは体を捩り、ヤマトに向かってベッドにこすりつけるように頭を下げた。
「頭を上げろ」
ヤマトはすぐにそう言ったが、ファミアは頭を上げなかった。
上げられなかった。
「どうした? 具合が悪いのか?」
ヤマトは抑揚のない声でファミアに声をかけた。
まるで人の心を持っていないかのように冷たい言い方だ。
けれどもファミアにはわかった。
ヤマトは普段、こんな焦ったような言葉を言わない。
ヤマトはファミアを本気で心配しているのだ。
心配いらないとすぐに返したいのに。
心配させたくないのに。
ファミアから言葉は出てこなかった。
ファミアはいろんな感情が渦巻いて泣きそうになっていた。
勝てなかったという無力感、弱い自分に対する怒り、そしてヤマトに対する申し訳なさ。
(泣いてるところ、見られたくないなあ)
ファミアは気づいていなかった。
ロームの王都での戦いの後、ファミアは同じようにベッドで横たわっていた。
その時ファミアは、一目に憚らずに泣いた。
それを誰よりも近くで見ていたのは、受け止めたのはヤマトだったはずだ。
それなのに、ファミアはヤマトに見られたくないと思っていた。
(速く、なにか返さないと)
言葉を発そうとして、息が詰まった。
それでも無理矢理言葉を出した。
「ぅあ……あぁ……」
声が出ない。
自分の感情を押し殺して、泣かずにこの場をやり過ごそうとした。
辛い感情を押し殺すことが、こんなに苦しくて、胸が痛くなるとは知らなかった。
結果出た声は泣き声になってしまった。
「ぐすっ…………ごめん、ごべん……」
「俺は気にしないぞ?」
「……違う……の…………」
ファミアは迷惑をかけて申し訳ないという感情に支配された。
ヤマトはシェルネスとの戦いをファミアに任せた(押し付けた?)時、ヤマトは負けてもいいと言った。
迷惑がかかるかも知れないと言っても、ヤマトの考えは変わらなかった。
実際負けても、ヤマトは許してくれた。
でも違う。
近い未来、最年少魔術師ヤマトのパーティーメンバーはシェルネスに負けたという噂が広がるだろう。
ギルドで、町中で、飲食店で、ヤマトの悪い噂を聞いた時のことを想像する。
ファミアは耐えられないだろう。
ヤマトは地獄から救い上げてくれたのに、恩を返すどころか名に泥を塗ってしまった。
ヤマトが許してくれたとしても、ファミアは自分が許せなかった。
ヤマトは真っ直ぐに心配してくれる。
何も気にならないというように、許してくれる。
それは紛れもない本心だろう。
そのすべてが、ファミアの心を深く抉る。
(こんな感情、誰も理解してくれない)
そうやってふさぎ込む自分が申し訳なかった。
不意に、何か温かい感触が肩に触れる。
次の瞬間、下がっていた頭がグンと持ち上がった。
「ぁえ……?」
ヤマトと目が合った。
ヤマトは口元を緩め、ぽんとファミアの頭に手を乗せた。
「よし!」
ファミアの目に映る、ヤマトの顔が滲んだ。
堰を切ったように感情が溢れ出し、涙がボロボロと流れてきた。
「うぇ……ひっ、うっ……わあああああん」
ファミアは大声で泣いた。
ファミアの感情がヤマトに理解してもらえたわけでもないのに、そうしてもらえたら一番だと思っていたのに、このヤマトの行動がファミアの中の一番だった。
ファミアが起きたのは、魔術戦をした日の夕方だった。
泣きつかれたファミアは、そのまま眠ってしまった。
ヤマトはファミアが起きるまで、ずっとファミアのそばで見守っていた。
ファミアが無事だったことを確認したヤマトは、オロネスを伴ってとある場所へ向かっていた。
ファミアが寝かされている寝室から少し歩いた場所にあるとびらをコンコンとノックする。
中からはすぐに、はーいという返事が帰ってきた。
内側から扉が開かれる。
そこにいたのはネルだった。
後ろにはベッドに座っているシェルネスが見えた。
その側にはルーネス伯爵とログネスの姿があった。
ネルが遠慮なく入ってと言ったので、ヤマトは素直に部屋の中に入った。
ログネスも勝手についてきている。
イスが余っていなかったので、ヤマトは立つしかなかった。
そのままシェルネスを真っ直ぐに見据える。
シェルネスは露骨に目をそらした。
ヤマトは構わず口を開く
「今回の魔術戦について、少し言っておきたいことがある」
シェルネスは眉を潜めた。
「なんだ? なにか文句か?」
「ファミアがお前を炎纏で攻撃した後のことだ」
シェルネスの肩がピクリと跳ねる。
なにか心当たりがあるようだ。
「魔術戦では、魔術を用いない暴力は禁じられている。その項目について詳細に書かれている欄には、『何らかの魔術で強化していない限り、相手を殴ってはならない』というような旨の記述があるぞ。
お前、水蒸気に隠れてファミア殴ったよな?」
シェルネスの顔が真っ青になった。
シェルネスはあの時、ファミアに負けると思って感情的になり、つい殴ってしまったのだ。
だが水蒸気に乗じて殴ったので、誰にも見られていないと思っていた。
しかし、人一倍目が良いヤマトには見られてしまっていた。
ネルがガタンと音を立ててイスから立ち上がる。
「お兄様、いくらなんでもそれはないでしょ」
ファミアの声がワントーン下がる。
確かな怒りを表していた。
ファミアは長年付き合ってきたが腐ってしまった兄ではなく、ネルの味方をすることにしたのである。
「私、いまから審判と掛け合って交渉してくる」
「「待った」」
ヤマトとルーネス伯爵が同時に声を発した。
ヤマトが伯爵に目で合図を送ると、伯爵は軽くうなずき返した。
「ネルよ。魔術戦では途中にいかなる反則があったとしても、審判が勝負を決めてしまえばその反則は無視されるのだ。
今から交渉に行ったとしても、結果は覆らん」
「でも……」
魔術戦をする兄を見てきたネルには、審判の判定が絶対だというのは知っていた。
これ以上言うのはわがままになる。
ネルは自分の感情をぐっと飲み込んだ。
それでも想像せずにはいられない。
審判がその光景を見ていたら。
もしファミアが反則だと気づいていたら。
今頃ファミアが勝っていただろう。
近くで聞こえたファミアの泣き声もなかっただろう。
「ねえお兄様、なんで言わなかったの? 気づいてたんでしょ?」
「ネルよ、それも間違いだ。
魔術戦で自分の反則を隠すのはルールに反さない。
あくまでも勝ちに貪欲である……それが魔術戦だ。
ファッション大会で、優勝したのに、過大評価だと言って優勝を取り消させる馬鹿はおらんだろ?」
ネルは唇を噛んだ。
納得はいかないが、魔術戦とはそういうものなのである。
声のトーンを落としたままヤマトに問いかける。
「ファミアちゃんには話したの?」
「話してないし、話すつもりはない」
「なん゙でっっっ!!!」
ネルは激上した。
「理由は2つある。
まずファミアに伝えたところで結果は変わらないから。
次にファミアに悔しいという感情を持ってもらうためだ」
ファミアに今回の反則のことを伝えれば、ファミアはもしかすると本当は勝ってたんだと言って自分の力を過信するかも知れない。
それはヤマトの望むところではない。
それならばファミアには負けたんだと思わせて、悔しいという感情を持たせたほうが良い。
悔しいという感情は原動力だ。
ファミアはその感情を糧にして成長していくだろう。
ネルにもそんなことぐらいはわかっている。
けれども。
「そんなの…………ファミアちゃんがかわいそうだよ」
ネルはかすれるような声を絞り出した。
たしかに反則を隠したほうが論理的には良いかも知れない。
けれど、ファミアは深く傷ついている。
すぐにでもファミアにこのことを伝えたいが、それはできない。
ネルは不満を燻ぶらせながらも、座り込んで沈黙することしかできなかった。
「それで伯爵、例の魔術を見せてもらっても良いか?」
「ああ、もちろんだ。良い働きをしてくれたものだ」
「それはお互いそうだ。早く見せてくれよ!」
ヤマトの目が輝いた。
相変わらず魔術には目がない。
「お、お父様? 例の魔術とは……?」
「ああ、ヤマト君にお前の稽古を頼んだとき、報酬として魔術を教えることにしたのだ」
「待ってください、私はヤマトから稽古を受けていません」
「よくそんなこと言えるね。ファミアちゃんにちゃんと勝てなかったくせに」
ネルは兄シェルネスを思い切り睨んだ。
シェルネスは萎縮して縮こまった。
妹とはいえ、女性からの怒りは怖いのである。
伯爵はその様子を苦笑いして見守りつつ、一つのことを思いついた。
「これを見せるにはある条件がある。すぐに終わることだから、頼んでも良いか?」
「何でもいいぞ!」
新しい魔術が見られるのであれば、もとより何でもするつもりだったヤマトは即答した。
伯爵は満足げにうなずき、陰険な雰囲気を纏うネルに声をかけた。
「ネル、あれを頼んで良いか?」
「あれ? ……あっ、アレね! わかった。
はい、ヤマト君行こうねー」
ネルは、さっきまでの雰囲気が嘘みたいに明るいオーラを出してヤマトを連れ去っていった。




