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下手の横好き  作者: クラッシー
第二章 神聖国家ルーナレーン編 前編
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神聖魔術




 由緒正しき魔術戦のルールが書かれた魔術戦規則魔術書は40ページにもわたる。

 武器の持ち込み禁止やフィールドの指定など、ルール自体は簡単で、決して多くもないのだが、例えばどのような武器がいけないのか、ベルトは武器になるのかなどの説明が詳細に記されている。


 ここまで多くなるのも当たり前だ。

 

 事細かに書かれていてかえってわかりにくくなっているような気もするが、戦う魔術師と周りの観客が命を落とすことがないように最大限の配慮をするためには仕方のないことだった。


 とはいえ、厳しくしすぎて魔術戦が面白くなってもいけない。


 そこで魔術戦規則魔術書には1ページ目の目立つところにこう書かれていた。


『魔術戦を行う際には、回復役として祭司を付き添わせること』


 ここで言う祭司とは、神聖国家ルーナレーンの神官、つまり中位以上の神聖魔術が使える者のことを指す。

 この世で唯一人間を治癒することができる神聖魔術の使い手がいれば、確かに魔術戦の死亡率は格段に下がる。

 

 とはいえ神聖魔術は誰でも使える物ではない。

 その中でも上位の神聖魔術が使える祭司は特に珍しい。


 魔術戦をしようと思えば、それこそ魔術学院のような国際機関でもないと難しいのである。

 結果的にフェルメでヤマトがやったような非公式の魔術戦が行われ、毎年死傷者が大量に出てくるのだ。


 だが今回行われたのは公式の魔術戦である。

 ということは近くに祭司がいるはずだ。


(祭司も気を失ってるか……?)


 ヤマトが魔力を解放したときに周囲のほとんどの人間は気を失っている。

 祭司まで気を失っている可能性があるので、観客一人一人を起こさなければならない。


 ヤマトがその面倒臭さに内心頭を抱えていると、こちらに向かってくる人影が4つあることに気がついた。

 ルーネス伯爵とオロネス、執事のログネス、そしてギルドで見かけたギルドマスターだ。


「ヤマト様、ご無事ですか!?」


「はっはっは、ずいぶんと派手にやったもんだなあ!」


 まずオロネスが心配そうにヤマトに駆け寄っていって、ルーネス伯爵がログネスを後ろに侍らせながらゆったりと歩いてきた。

 ログネスは「これどうするんだよ……」と言って、普段の執事としての口調を崩して呆れていた。


 ギルドマスターは、ルーネス伯爵とログネスを追い越して足早にこちらに向かってきていた。

 近づいて来ると、ヤマトに声をかけた。


「容態は?」


「ファミアは全身切り傷だらけで血まみれ、そっちの飛行魔術はやけどと……内蔵も損傷しているだろうな」


 ヤマトが淡々と告げると、ギルドマスターはまずファミアの額に手を当てて詠唱し始めた。


 ヤマト、ルーネス伯爵、ログネスの3人はそれを見慣れた様子で静かに見守っている。

 しかしオロネスは驚きが隠せないでいた。


「や、ヤマト様、知っている単語が一つも……」


 ヤマトは唇に人差し指を当ててオロネスの言葉を遮り、口を順番にイ、オ、エのカタチにした。

 おそらく『見とけ』と言いたいのだろうと察したオロネスは、ギルドマスターだという老人がファミアに手を当てる様子をじっと見ながら詠唱に耳を傾けた。


 オロネスほど経験を積んだ魔術師なら、詠唱を集中して聞けば何の魔術かがだいたい分かる。

 しかしその詠唱は魔術が思い当たるどころか、単語が一つも聞き覚えがなかった。


(こんなデタラメな魔術が存在するのでしょうか……?)


 詠唱は聞いても分からないと諦め、オロネスは何が起きているのかを視覚的に観察することにした。


 10秒ほど経つと、手と額の間から淡い光が漏れ出した。


 手の中に明かりを隠していたわけではない。

 間違いなく魔術の効果によるものだろう。


 そして数秒経つとその光は広がっていき、詠唱を始めて20秒が経つ頃にはファミアの全身を覆っていた。

 淡い光がきらめき、ファミアの切り傷が修復されていく。


(なんですかこの魔術は!?)


 ギルドマスターは詠唱を終え、ファミアの額から手を離した。

 ファミアを包みこんでいた光は消え、傷はすべてふさがっていた。

 まるでもともと傷がそこになかったかのように。


「奇跡……!」


 オロネスがボソリと漏らした言葉はその場に響いた。

 それを聞いたルーネス伯爵が思わずといった様子でオロネスに問いかける。


「もしやお主、神聖魔術を見たことがないのか?」


「え、ええ」


 ルーネス伯爵はオロネスが神聖魔術を見たことがないのが不自然だとでも言いたげだった。

 オロネスは気圧されて曖昧に言葉を濁したが、ルーネス伯爵は顎に手を当てて考え込み始めてしまった。


(悪魔であることがバレてしまいましたか……?)


 そう思うと挙動が不自然になってしまった。

 助けを求めてヤマトを見る。


 ヤマトはその目が神聖魔術の解説を求めるものだと勘違いした。


「神聖魔術は未だに誰も解読ができていない魔術だ。お前も聞いてたように俺達の知ってる単語がなかっただろ? 俺達人間に原理は分からない。

 だがそれは使わない理由にはならない。人を癒すという便利な効果があることは分かるから使われている」


「えっと……なぜ心臓が動くかはわからないけれど、生物はそれを使って生きている……それと似たようなことですか?」


「確かにそれに近いな」


 ヤマトは倒れ伏すシェルネスに目線を向けた。

 そこではギルドマスターがファミアのときと同じように額に手を当てて詠唱している。


「俺は魔術学園で何回も神聖魔術を見ているが、詠唱に使われる魔術単語が一切分からない以上、理解はできなかった。

 だが聖地に行けば分かることがあるかも知れないだろ?」


(なるほど。だからルーナレーンに……)


 オロネスは神聖魔術がルーナレーンでしか使われていないもので、だからヤマトはルーナレーンに行こうとしているのだと思っていた。

 だがヤマトは神聖魔術を何度も見たうえで、再現することができなかったからルーナレーンに行こうとしていたのである。


 オロネスが納得していると、ヤマトは不意に首をかしげた。


「しかし、ギルドマスター兼祭司とか聞いたことがないぞ?」


「それは私からお話しましょう」


 声がしたので振り返ってみると、そこにはログネスが立っていた。

 初めに会ったときもそうだったが、気配が薄い男である。


「神聖魔術の使い手――通称神徒は、常に命の危機と隣合せの冒険者からすれば喉から手が出るほど欲しい人材です。神を信じる者だからと言って魔獣を倒すことは禁じられてませんし、冒険者のなかでも神徒は多い方です。

 ルーネスと私とそこのクレッドはもともと同じ冒険者パーティーだったんですよ」


「へえ」


「我々のパーティーは冒険者として名を馳せ、ルーネスが伯爵に選ばれたのに合わせてクレッドは魔術師ギルドのマスターに、私は伯爵家の執事長になりました」


「じゃあお前も相当強いんだな」


「いえ、私はそんなに強くありませんよ」


 ログネスは遠くを見つめ、どこか諦めたような表情をしていた。


「おーい、こっち来てくれ」


 クレッドがシェルネスの治療を終えて、手の空いている4人を呼んでいた。


「どうした?」


 元パーティーなだけあって、ログネスは親しげにクレッドのところへ歩いていった。

 ほか三人もそれに追従する。


「もうきれいに治ったんだがな、二人ともまだ気絶しとる。

 俺は魔力を使い切ってしもうた。こやつらを安全な場所へ移してくれんか?」


「わかった」


 オロネスがファミアを、ログネスがシェルネスを抱き上げた。

 二人は火球が突き抜けた障壁を超え、倒れ伏す人混みを超え、ゆっくりと、されど着実に伯爵家の屋敷に向かっていった。

 

 ヤマト、ルーネス伯爵、クレッドの三人は庭に残り、観客だった者達を起こすことにした。


「ヤマトよ。魔力を解放せねばファミアは死んでいたかも知れないゆえ、今回は許すが、むやみに魔力を解放するでないぞ。

 はあ……ペイロン殿になんと説明したものか……」


 頭を抱えるルーネス伯爵だったが、ペイロン伯爵にいつかは説明しなければならないのは事実だ。

 そこでまずペイロン伯爵を起こして事情を説明することにした。


 その間にヤマトは魔術師たちを起こすことにした。

 途中でオロネスとログネス、屋敷のメイド達も参戦したので30分ほどで皆を起こす事ができた。

 

 ルーネス伯爵はペイロン伯爵の説得に時間がかかり、皆が起きてもなお説明を続けていた。

 頭を低くして何度もお辞儀している。


 貴族界の洗礼を受けるルーネス伯爵を、昔のパーティーメンバー達はニヤニヤと見守っていた。


「伯爵なんてろくなもんじゃねえな」


「ちがいない」




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