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下手の横好き  作者: クラッシー
第二章 神聖国家ルーナレーン編 前編
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緑の風②




「「よろしくお願いします」」


 その言葉と同時にフィールドを囲うようにして障壁が生み出された。

 周辺の魔術師が各面ごとに分担して発動したものである。

 天井はないが、かなり高いところまで障壁が展開されているので、よっぽどのことがない限り観客に被害は及ばない。


 ファミアとシェルネスの両者は挨拶を終えて、障壁が展開されたのを確認するとすぐに詠唱をはじめた。


 魔術戦では武器の持ち込みが禁止されている。


 しかし、持ち込みが禁止されているだけであり、例えば土の魔術で剣を生み出して相手を攻撃するのは禁止されていない。

 あくまでも魔術で戦うのが原則である。


 ヤマトがフェルメである男と戦ったときのあれは、正確には魔術戦ではない。

 武器の持ち込みも含めたすべてを尽くしてやり合おうというものだった。


 それに、魔術戦に必要なものが足りていない。


 由緒正しき魔術戦では魔術でしか戦うことができないため、魔術戦が始まると互いに詠唱を始め、見合いの状況が生まれるというのが常だった。


 ファミアは先に詠唱を終えると、顔より少し小さいくらいのサイズの火球が5つ発現した。 

 ファミアが指を一振りすると、火球は一斉にシェルネスの方へと迫っていった。


 火球が飛び出したちょうどその時、シェルネスは下位風魔術『風球(ふうきゅう)』を詠唱を終えた。

 火球や水球と同じ球形の魔術である。

 シェルネスの前方に、ファミアの火球より一回り大きい風の球が8つ出現する。


(得意属性は風!)


 ファミアは風球が現れた瞬間にシェルネスの得意属性を予測し、詠唱を開始した。


 その間にも火球はシェルネスへと迫って行っている。

 シェルネスは8つの風球のうちの5つを操ってそれぞれ火球に命中させた。


 風球が火球に命中すると、風球はその場で一際大きな風を生み出した。

 それによって火球は火力を弱め、軌道がそれてシェルネスに当たる前に地面に炸裂した。


 当然、シェルネスは無傷だ。


 観客たちの歓声が大きくなる。

 観客の中心にいる者は魔術戦の解説を始めた。


「ファミアの火球に対し、シェルネスは後手の風球で対応しました! 完璧な制御です!

 シェルネスが有利な状況となっています!」


 後手の〇〇というのは魔術戦特有の用語である。

 ここでは、シェルネスはあえて少しだけ遅く詠唱することによって、ファミアの使ってくる魔術の種類や範囲を詠唱を終える前に認識し、後出しでファミアの火球を完璧に対応してみせた、という意味である。


 後手で魔術を撃つのは難しい技術だ。

 早すぎると相手の魔術が分からないし、遅すぎると相手の魔術が炸裂してしまう。


 だがその分メリットも大きい。

 現にシェルネスは火球に対して適切に対応し、魔力消費量を最小限にとどめた。

 今は詠唱に時間がかかるため、ファミアは数秒間魔術を撃つことはできない。

 さらに余分に3つも風球を生み出している。


 魔術戦は心理戦だ。

 先制を決めきるのもよし、後出しで優位に立つもよしである。


 ここではシェルネスがその心理戦に打ち勝ち、有利となったのである。


(なんだ、思ってたよりもたいしたことないんじゃないか? ここで詰めよう)


 シェルネスはこれをチャンスと見て、残った3つの火球をファミアの方へと撃った。

 当たっても致命的な攻撃にはならないものの、当たれば体が吹き飛んで体制が崩れ、詠唱も阻害される可能性が高い。


 ファミアは詠唱をしつつ、風球から逃げるようにしてフィールドの縁を走った。


 シェルネスはそれを追尾して迫る。

 速度で言えば風球のほうが早い。


 風球がファミアの体に当たるかと思われた寸前、ファミアは身を(よじ)って風球を避けた。

 風球は地面に当たって霧散する。


 武器の持ち込みが禁止されているとは言え、ファミアは剣士である。

 この程度はお手の物だった。


 解説者も驚きの声を上げる。


「なんと! 軽い身のこなしで魔術を避けてしまいました!」


 シェルネスはファミアが魔術師兼剣士、すなわち魔導剣士だと悟り、舌打ちして魔術の詠唱を始めた。


 ファミアも足を止めて詠唱に集中する。

 ファミアの前方に広範囲にわたって橙色のモヤが現れる。


 ファミアが詠唱を終えるとモヤは炎の網となって現れた。


 下位火魔術『格子炎(こうしえん)

 命中すれば格子状に焼け跡がつくことから名付けられた魔術である。

 火球ほどの火力は持っていないため、中型以上の魔獣に対してはあまり使われないものの、その範囲ゆえに対人戦や小型魔獣に対してよく使われる。


 本来6×6程度の升目(ますめ)ができる程度の魔術ではあるのだが、ファミアは中位魔術以上の魔力を使って25×25の広範囲にわたって格子炎を展開した。


 フィールドいっぱいに広がった格子炎を見てシェルネスは目を見開いた。


(なんだと!?)


 観客たちもざわめく。


「ファミア選手、中位魔術を使うのではなく、より多くの魔力を消費して詠唱を短く済ませました! 

 素晴らしい構想です! しかし、序盤にここまで魔術を消費して良いのでしょうか?」


 見れる余裕はないが、計測器では魔力量が大幅に減っているだろう。


 そう思いながらファミアは格子炎を放って前進させた。

 速度は火球の半分ほどで決して速くはないが、格子炎はフィールド全体に広がっているため逃げ場はない。


 シェルネスはすでに詠唱していた魔術を中断し、水球を詠唱し始めていた。


 水魔術はシェルネスが2番目に得意な魔術である。

 風魔術のほうが詠唱に時間はかからないが、ファミアが出した格子炎は風で簡単に軌道を反らせるとは思えなかった。

 格子炎に対応するには水魔術が適切だと考えたのだ。


 詠唱している間にファミアの格子炎はシェルネスの目の前に迫っていた。


 シェルネスは一歩下がっていつもよりも速く水球を詠唱し終えた。

 シェルネスの目の前には身の丈程の水球が現れた。


 水球は展開したところだけではあるが、確かに格子炎を飲み込んでシェルネスの身を守った。

 ファミアが発動させた格子炎は範囲のみならず火力も高かったようで、水球の体積は減り、熱を持った水蒸気を発していた。


 シェルネスはすねから下に焼けるような痛みを感じた。

 思わずうめき声を上げ、顔をしかめた。


 詠唱を速くしなければならなかったために詠唱は雑になった。

 その影響で水球は歪な形になってしまっていた上、体積が減ってしまい、格子炎は下の方だけ水球に当たらずにシェルネスの足を焼いたのある。


 シェルネスは痛みのあまり反射的に下を向いた。

 だが、戦闘中においてそれはあまりにも悪手としか言えなかった。


 突如、首が燃え上がった。


「ああっ!!!」


 何事かと首をよじると、痛みとともに水蒸気の中から白い手が見えた。

 ファミアの手である。


 耳元でファミアが呟くのが聞こえた。


「炎纏」


 シェルネスは自分の首を炎纏の魔術が焼いているのだと悟り、憎悪を顔に浮かべた。




 ファミアはいつも魔術戦をするとき、詠唱は後手を取らせても良い、という方式を取っていた。


 理由は単純で、後手を取って完璧な対応ができる自信がないからだ。

 不甲斐ないと感じつつも、そこは無理だと割り切っていた。


 結果シェルネスに有利な状況となってしまったが、風の魔術が得意だと知った時、ファミアは前日から立てていた作戦を実行することにした。


 火球に対抗できる風魔術といえば、詠唱の速度的にまずはじめに思いつくのは風球である。

 それであれば、当たっても致命的なダメージにはならないし、体幹は良いのでかすっても耐えられる。


 ファミアは少し攻めることにした。

 避けながら魔術の詠唱を無理やり通す、いわばゴリ押しだ。


 結果的にそれは刺さり、ファミアは詠唱の主導権を握った。


 そこで詠唱するのは格子炎である。

 多くの魔力を使って、格子炎をフィールドいっぱいに広げる。

 そして魔力を下に集中させるのだ。

 集中させるのはだいたい地面から人の背丈くらいの範囲。

 そうすればを容易に上を飛び越えられることもなく、必要なところだけ火力を集中させられる。


 格子炎を打ち消す方法と言えば、土魔術を使うか、水魔術を使うかだ。


 この時、相手の選択が土魔術であれば、目の前が土で覆われるので、こちらを一時的に視認できなくなる。


 相手の選択が水魔術であればなお良い。


 高火力の火魔術を相手の水魔術にぶつけることによって、水蒸気を発生させることができる。

 このとき水蒸気は高温になるし、なにより蒸気は目眩ましになる。

 あわよくば水魔術を貫通して相手にダメージを与えることできるかもしれない。


 水魔術だった場合都合が良すぎる気もするが、どちらでも目隠しになれば良い。

 そう思っていたが、シェルネスの選択は運よく水魔術だった。

 しかも格子炎はシェルネスにダメージを与え、大きな隙が生まれた。


 ファミアはその隙に一気に距離を詰める。


 ファミアの本領は魔導剣士だ。

 機動力が発揮される接近戦の方が得意である。


 ファミアはシェルネスに気づかれずに、難なく首に手を置くことができた。


 そこで発動するのは、ファミアが小さいころから何百、何千と使ってきた『炎纏』だ。

 人に対して使えることも学生時代に体験している。

 失敗するはずがなかった。

 

 炎纏は無事に発動し、シェルネスの首を燃やした。


 シェルネスがこちらに気づき、その目に憎悪を宿して睨みつけた。


 ファミアはピクリとその感情に反応して動きを止めた。


(久しぶりに見たな……)


 学生時代に腐るほど見た目だ。


 ファミアは炎妖族であることを理由に差別され、蔑まれてきたが、魔術戦は滅法(めっぽう)強かった。

 負かした生徒は蔑んできた相手に負けたことに激しく悔しがり、憎悪した。


 シェルネスもその目をしている。


(でも、勝つんだ)


 ファミアが今背負っているのはヤマトの名誉だ。

 ここで負ければ、リーダーであるヤマトの名に泥がつく。

 負けるわけにはいかない。


 ファミアはトドメを刺すために炎纏の範囲を拡大させるべく、思い切ってシェルネスの腹に手を突きつけた。


(服が燃えても構うもんか)


 だが、ファミアの手は途中で止まってしまった。

 手首がシェルネスの掴まれている。


(まずいっっっっ!)


 とっさに掴まれた手をひねって抜け出そうとしたが、シェルネスはファミアの肩を横から強く殴りつけた。


「くっっ!!」


 ファミアが苦悶の表情を浮かべてよろめく。

 シェルネスはとっさにファミアと距離をおいた。


 急いで水球を詠唱し、頭からかぶって首から燃え上がる火を消し止めた。


 しかし、なおも首は真っ赤に腫れ上がり無惨にただれている。


 痛みが、屈辱が、すべてが目の前のファミアをなんとしてでも倒せと言っていた。


「やってくれたなぁぁぁぁぁあああああああああ!!!!!」


 シェルネスは憎悪に満ちた表情で吠えた。


 ここからシェルネスの反撃は始まった。




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