緑の風
ヤマト、ルーネス伯爵、ネルの三人は、残してきたファミア、オロネスと合流するため、数人の侍従を連れて魔術師ギルドの前まで戻ってきていた。
メイドが率先して魔術師ギルドの扉を開けると、伯爵、ヤマト、ネルの順番でギルドに足を踏み入れた。
三人がギルドの中に入った瞬間、ギルドのロビーで談笑していた者達は静まり返り、一斉に伯爵に頭を下げた。
「「「「こんにちは!」」」」
「おう! 皆、頭を上げよ! そう畏まるな!」
「「「「はい」」」」
伯爵が二カッと笑うと、その場にいた者たちは先ほどと同じように話し始めた。
貴族を前に分をわきまえずに話すのは、本来であれば失礼になる。
しかし伯爵は気にした様子もなく、一番近くにいた魔術師に話しかけた。
「よう、お主、この前見たとよりも魔力量が上昇しているではないか!」
「ええ、そうなんですよ」
「お主はまだ若いんだ。研鑽を怠るなよ」
「はい!」
話しかけられた魔術師は破顔して喜んだ。
伯爵はギルドと良好な関係を築いているようで、魔術師たちも変に緊張することなく伯爵と接していた。
魔術師ギルドはとても大きい組織だが、どの国に傾倒することもない中立の組織である。
故にその国の貴族文化に影響されにくく、よほど失礼なことをしなければ多少無礼でも許されるという特例があった。
それに伯爵は元平民の魔術師であり、功績を残してこの地の伯爵に成り上がったという経歴を持っている。
伯爵になった今も魔術に肩入れしており、自分の屋敷の敷地の一部を魔術戦の訓練場に貸し与えるほどだ。
お陰で伯爵は、普通では考えられないほど魔術師たちと距離を縮めているのである。
受付嬢も特に緊張して様子もなく、受付から出てきて伯爵に話しかけた。
「お久しぶりです、ルーネス伯爵。もしかして、後ろの黒髪の方が<怪鳥狩り>のヤマト君ですか?」
ヤマト、という受付嬢の言葉を聞き、再びあたりは静まった。
皆伯爵の後ろでキョロキョロしているヤマトを見ていた。
その目は品定めするような目でも、怖がるような目でもあり、好奇の目でもあった。
緊張が走る中、伯爵が口を開く。
「いかにも。コヤツが<怪鳥狩り>だ!」
伯爵がヤマトの背中を叩き、高らかに宣言すると、周囲の者たちの囁くような声がざわざわと広がっていった。
「おお、あいつが……」
「大魔術師だっていう……」
「最年少魔術師の……」
「魔術師に暴力を振るって賞金を多くもらったって噂もあるぜ……」
魔術師たちの噂話はどんどん広がっていき、やがて何も聞こえなくなるほど騒がしくなった。
そこで伯爵がパンパンと手を鳴らすと、周囲のものは一瞬で静まりかえった。
「まあ、色々な噂が立っているが、大魔術師ではないらしい。しかし同じような実力者だぞ」
「大魔術師じゃない!?」
「それ本当なんですか!?」
「ああ。本人が言っておるから真実であろう。
だがこいつはまだ10歳のガキだ。悪いやつでもはない。仲良くしてやれ」
「わ、わかりました」
「承知しました」
「仲良くいたしましょう」
まだ困惑の声も上がっているが、ポツポツと賛同の声が上がった。
伯爵の手前、下手に出られないというのもあるだろうが、全体として賛同する声が多くなってきていた。
やがて全体としてヤマトを受け入れようという雰囲気になったとき、自分が紹介されている間もキョロキョロしていたヤマトが、突如として群衆の中に歩き出した。
瞳がやけにキラキラしている。
伯爵はとっさにヤマトの肩を掴んでヤマトを引き止めた。
「どこに行く?」
「あの爺ちゃん、ただならぬ雰囲気を感じるぞ」
「さすが目がいいな。あの爺さんがここのギルドマスターだぞ。ここで一番強いのだ。
だが今は時間がない。悪いが後にしてくれぬか?」
ヤマトは死ぬほど嫌そうな顔をして、不承不承頷いた。
これが伯爵以外の他の人であれば、ヤマトは周りを吹き飛ばしてでもギルドマスターに会いに行っただろう。
それをしなかったのは伯爵がヤマトに好かれている証拠だった。
ヤマトが止まったのを見て伯爵は愉快そうに頷いた。
「まあほんの少しの辛抱だ。
よし。ファミア君とオロネス君を呼んでくれ」
「もう呼んでありますよ」
受付嬢がニコリと微笑むのと、二人が2階から降りてくるのは同時だった。
「あっ、ヤマト!」
ファミアとオロネスは扉の前に立っているヤマト達を見るとすぐさま駆け寄ってきた。
「大丈夫だった?」
「ペイロン伯爵に怪我をさせてませんか?」
「ああ」
「よかったぁ〜」
ファミアとオロネスはホッと胸をなでおろした。
伯爵やネルもそれが当然という顔でニコニコと話を聞いていた。
しかし、その会話を聞いていた受付嬢だけは動揺していた。
(怪我をするではなく、させる……?)
受付嬢はギルドの運営側として噂には流されないようになったつもりだったが、暴力的な振る舞いをしたというのはあ強ち間違いではないと思うのだった。
30分後。
ヤマト達と伯爵家に加え、ギルドのほとんどの魔術師が伯爵の屋敷の庭に集結していた。
ギルドを訪れてファミアとオロネスと合流すると、二人と受付嬢に事情を説明した。
ペイロン伯爵のための設営を手伝うように掛け合うと、いつの間にかヤマトたちとシェルネスが魔術戦をするということがその場にいた全員に伝わってしまい、結果的に100人程の魔術師が魔術戦の観戦をしたいと申し出た。
伯爵がこれを面白がって快諾し、ヤマトも快諾したことで今に至る。
大勢が手伝ってくれたおかげで、わずか30分弱で設営が完了していた。
そこに観光、もとい視察を終えたペイロン伯爵がやってきた。
先程はいなかった数十人の魔術師を引き連れている。
シェルネスと同じ、緑色のマントをしていることから、シェルネスの仲間であるようだ。
ペイロン伯爵がルーネス伯爵のところまで歩いていくと、座っていたルーネス伯爵が立ち上がった。
「突然のわがままを聞き入れていただき、ありがとうございます」
「この程度、お安い御用ですよ」
二人の伯爵が軽く挨拶をすると、ペイロン伯爵はログネスに案内されて、ルーネス伯爵から少し離れた、豪勢なイスに腰掛けた。
シェルネスは仲間に軽く声をかけると、ペイロン伯爵に対して一歩進み出た。
「では、行ってまいります」
「頑張ってきなさい」
シェルネスはペコリと一礼すると、魔術戦用のフィールドまで歩いていった。
フィールドの外側にはたくさんの観客が見守っている。
魔術師もたくさんいるが、中には一般人もいることが確認できた。
その多さに驚きつつも、顔には出さずにフィールドの真ん中までたどり着いた。
フィールド内には中年の男が仁王立ちして待っていた。
どうやら彼が審判であるようだ。
早くヤマトが出てこないかと待っていると、人混みの中から白髪に白い服を着た、一際目立つ少女が出てきた。
腕を伸ばしながら、真剣な目つきでこちらに向かってくる。
どうやら彼女が挑戦者であるらしいと感じ取ったシェルネスは、険しい顔で叫んだ。
「おい! ヤマト……君が相手じゃなかったのか!?」
怒鳴られた少女は顔をしかめて答えた。
「私もヤマトが良いかと思っていたんですが……ヤマトは私が行けと言って聞かなくて……」
「おいヤマト君! これはどういうことだ!?」
ヤマトは人混みの中から一歩歩み出てフィールド内に入って口を開いた。
「うるさい」
(……は?)
シェルネスはなにを言われたのかすぐにはわからなかったが、すぐに怒りへと変わった。
周りの観客たちもはじめは困惑していたが、やがて堰を切ったように笑い出した。
ヤマトは何食わぬ顔で群衆の中に戻り、ルーネス伯爵のもとに戻った。
ヤマトの動きを目で追っていると、ルーネス伯爵もネルも腹を抱えて笑っているのが見えた。
(観客どころか父上まで……!)
シェルネスは皆が自分を嘲笑っているかのように感じ、怒りを増大させた。
(くそっ!! 見てろよぉぉぉぉ……)
シェルネスが屈辱を噛み締めていると、白髪の少女が口を開いた。
「あ、準備終わりました」
少女は何食わぬ顔で周りの様子が何も気になっていないようだった。
マイペースなだけなのかもしれないが、ヤマトがこのような発言をするのにも慣れているのかもしれない。
シェルネスはそれすらも気に食わなかった。
しかし、少女の高い声が響き渡ると騒いでいた観客は一斉に静まり返った。
やっとこれで魔術戦が始められる。
シェルネスは目の前の少女を叩きに召してヤマトを見返すということを心に決めた。
(たとえ女でも容赦はしない)
シェルネスが闘志をみなぎらせていると、審判が口を開いた。
「ルールは通常通り、魔術師ギルド公式、魔術戦規則魔術書に基づき、一割法を採用いたします。
私が戦闘不能と判断した場合や降参した場合、また魔力量が一割を切ったと感知した場合、敗北といたします」
魔術戦では専用の魔術をかけられ、魔力量を測定して勝敗を決定するのである。
二人は今この瞬間に審判に体内魔力測定魔術をかけられた。
この魔術は繊細なので、魔力を一気に外側へ解放すると解けてしまうのだが、それをやっても反則負けというルールになっていた。
一度試してみて、失格になるという経験は魔術師ならば一度は誰でも通る道である。
審判は魔術をかけ終えると、二人から少し距離をおいた。
「では、お互い名を名乗りなさい」
「私は緑の風リーダーのシェルネスです」
「ファミアです」
由緒正しき魔術戦は互いに名を名乗ることから始まる。
この魔術戦でもそれは同じだった。
審判は改めて両者の状態を確認し、手を上げて開始の合図を出した。
「それでは……始めっっっ!」
「「よろしくおねがいします」」




