伯爵令息
ファミアはネルに連れられ、クローゼットルームの隣の部屋を訪れていた。
クローゼットルームとは違って整理整頓がきちんとされており、机の上には鏡や化粧道具が置かれていた。
「一体何をするんですか?」
「ここまで来て分からない?」
ファミアはそう言われて部屋を見回してみたが、ネルが何が言いたいのかわからず首を傾げた。
「わかりません」
「昨日ヤマト君にその服を見せた時、何か言われた?」
ファミアの顔が一気に険しくなった。
ネルから目を背け、口をとがらせる。
「白い、とだけ……」
(うわ思ったよりひどい……)
ネルはファミアのお披露目をした時、ヤマトが何も感想を言っていないのを見た。
何も言われていないという返答が返ってくると予想していたが、現実はもっと酷かったらしい。
ネルはぐっと握りこぶしをつくる。
「ファミアちゃん、悔しくないの? 白いだよ? おかしいよね?」
「た、たしかに……!」
「見返したくない?」
「見返したいです!」
「よぉし、その意気だよファミアちゃん」
ネルはファミアの背中を押して椅子に座らせた。
机の上に鏡を置き、うまい具合に調整すると鏡の中にファミアとネルが写った。
「おぉぉお、すごいですね。私がもう一人います!」
「あっ、そっか。ファミアちゃん鏡見るの初めてだよね。
これは鏡って言って、自分たちの姿を映し出すんだよ」
「へえぇ」
ファミアはどうやらおしゃれよりも鏡に興味津々なようである。
その隙にネルはポーチから白い花を取り出した。
茎とがくを削ぎ落としているため、花弁だけが残って真っ白だ。
ファミアは白い物しかつけられない、ということを考慮してのことだ。
実際ネルは赤い花をつけたくてたまらない。
赤い花をつけたら、より一層ファミアは可愛らしくなるだろう。
ファッションマニアとしての渇望を抑えつつ、後ろからファミアのこめかみ辺りにその花をつけてやる。
同じ白なのでそこまで映えるものではなかったが、それでもとても可愛らしかった。
ファミアは鏡のなかの自分が花飾りをしていることに気づき、その花を手でツンツンと触った。
「これは?」
「チェリツォっていう、セルメでしか植えられていない花だよ。さっき取ってきたんだ」
「わざわざ白い花を……! ありがとうございます」
炎妖族である自分のためにわざわざ白い花を用意してくれた。
ファミアは嬉しくなって、花が落ちないように手で抑えつつ、深々と頭を下げた。
ネルはそれを手で制す。
「ちょっと、私とファミアちゃんの仲でしょ。頭上げて上げて」
ファミアが顔を上げる。
真紅の目からはボロボロと涙がこぼれ落ちていた。
「あ、え、大丈夫!?」
「……すみません……泣いてしまって。
今までこうやって、母以外から物をもらったことがなくて。
最近は涙もろくって、だめですね」
(私としては大したことはしてないつもりだったけど、そっか。ファミアちゃんはこういう経験があまりなかったんだね。
私がこういうところも補ってあげないと)
ファミアが歩んできた境遇を想像すると、胸が締め付けられるような感覚になる。
ネルはファミアを護らなければならないと改めて思った。
ネルがハンカチを手渡すと、ファミアはそれを申し訳なさそうに受け取り、涙を拭いた。
「私の前では泣いていいんだよ」
「……ありがとうございます」
ファミアは涙を拭うと、もう一度鏡で髪飾りの位置を確認した。
きちんと良い位置にあるのを確認すると、ネルといっしょに部屋を出た。
早起きしたはずなのに、気づけばもう朝食の時間になっていた。
(ヤマト、褒めてくれるかな……?)
ファミアは淡い期待とともに一階へと向かった。
ファミアとネルが会食場に向かうと、向かう途中でヤマトと出会った。
朝はいなかったオロネスも後ろに控えていた。
ネルは気を利かせてオロネスと先に会食場へと向かい、ヤマトとファミアを二人きりにしてあげた。
オロネスをヤマトから引き剥がすのには苦労したが、ヤマトが鬱陶しいと言ったのが決め手となり、撃沈して素直に言うことを聞くようになった。
ネルがウインクして去っていくのを確認すると、ファミアは勇気を出して口を開いた。
「ま、また会ったね。そのローブよく似合ってりゅね」
(ううぅぅぅぅ、噛んじゃったあぁぁぁ! 恥ずかしいぃぃぃ)
ファミアは顔をとっさに覆った。
顔が熱くなるのを感じる。
指の間からちらりと様子を伺うと、目の前には口角が上がったヤマトがいた。
「いいだろこれ! なんと魔力認識阻害っていう魔術が織り込まれているらしいぞ!」
(あっ、確かに魔力が見えない……!)
緊張しすぎて気づいていなかったが、ヤマトの真っ黒な魔力は綺麗さっぱり消えていた。
いや、魔力認識阻害という名称からして、消えているように見えるだけだろう。
ファミアの興味が一気にローブへと移る。
「へ〜! 布地に魔術言語を織り込んでるんだ! そんなもので魔術が発動できるものなの?」
「おそらくこの言語が関与して……」
二人の議論は熱を帯びていき、ファミアは頭についている花のことを忘れ去ってしまった。
結局会食場に着くまでこの議論は続き、ファミアは花のことを言うタイミングを逃してしまった。
ネルには「本当に頭に花でも咲いてるの?」と呆れられてしまった。
そんなこんなで朝食を終えてファミアが放心していると、あっという間に昼食も終わってしまっていた。
昼食を食べ終えるとすぐにログネスからフェルメの領主が到着したと伝言があり、伯爵、ネル、ヤマト、ファミア、ネルの5人は、ログネスを始めとする執事やメイドを伴って出発した。
伯爵とネルは外行き用に着飾っていた。
伯爵はところどころ金の装飾がされらたスーツでビシッと決めている。
金の装飾は派手すぎず、美しい紋様を作っていて、歳を重ねても美しい伯爵の容姿をより引き立てていた。
もちろんネルがコーディネートしたものである。
ネルは青いドレスに身を包んでいる。
装飾を最小限にすることによって質素な美しさを表現していた。
ひと目見たときにドレスではなく、母譲りの美しい顔に目が行くようになっている。
これももちろんネルがコーディネートしたものだ。
さすがファッションマニアだけあって、自分も含め、その人がどう見られるか、どんな服が似合うか、どういうものがその時や場合に適しているかをよく理解していた。
それに対し、ヤマト、ファミア、オロネスは昨日ネルに見繕ってもらったものである。
これから貴族に会いに行く服装としては正しいのかは微妙なところだ。
これには理由がある。
ファミアとオロネスは一度ギルド前で分かれ、後で合流するという事になっている。
大所帯になっても面倒が増えるだけなので、なるべく大勢になることは避けたかったのだ。
ヤマトは黒い魔力を隠すために、必然的に身にまとうものはローブになる。
貴族と会うのにふさわしいとは言えない。
しかしヤマトは魔術師である。
魔術師ギルドは国とは一線を画す存在なので、慣例的に魔術師は貴族に対し、よほど失礼でなければどのような服装でも許されていた。
伯爵は普段着でも構わないだろうと判断し、ヤマトの目立つ魔力を隠すことを優先したのである。
広い庭を出てギルドでファミアとオロネスと分かれると、伯爵家一行は足早に門の方へと向かった。
伯爵は町民によく話しかけられていた。
長年かけて築き上げてきた信頼の賜物である。
伯爵がそんな町民たちの声を軽く、されど暖かく受け流しているうちに門へとついた。
フェルメの領主御一行はちょうど馬車でグラナトの木が並ぶ坂を登っているところだった。
数分ほど経つと上まで到着し、馬車の扉が開く。
細身で金髪の、緑色のマントをつけた護衛の冒険者が降りてきた。
それに続いて栗毛色の髪の恰幅の良い男が降りてくる。
後に降りてきた彼がフェルメの領主である。
「長旅ご苦労様です、ペイロン卿」
「お迎え感謝します。ルーネス卿」
フェルメ領主、ペイロン伯爵はルーネス伯爵と握手した。
続いてネルがペイロン伯爵に対して完璧なカーテシーを決める。
「お久しぶりです。シェイネルス伯爵閣下」
「おお、閣下の娘さんですか。一年経っても相変わらず美しい」
「恐縮でございます」
ペイロン伯爵は次にヤマトを見て、目を細めた。
「そこの子どもは?」
「彼が怪鳥狩りのヤマトです」
ヤマトは軽く会釈をした。
ペイロン伯爵は面白くなさそうに表情を歪め、眉をピクリと動かすと、すぐに無表情になった。
「シェルネス君。前に」
ペイロン伯爵は後ろに控えていた護衛を呼ぶと、彼は言われたとおりに前に進み出た。
「いやはや、閣下の御子息は優秀ですな。今やフェルメで一番の護衛ですよ」
「いえいえ、私なんぞまだまだですよ」
まだまだだという割にシェルネスは嬉しそうに笑っていた。
「父上お久しぶりです」
「ああ、久しいな」
「ネルも久しぶり」
「はい、お兄様」
一通り挨拶を終えると、シェルネスはヤマトの方へと歩み寄り、手を差し出した。
「君がヤマト君か。よろしく」
「ん」
ヤマトは短く答えてシェルネスと握手した。
しかしヤマトはシェルネスを一切見ていなかった。
シェルネスは苛立って少しだけ手を強く握る。
「後で会おう」
「ん」
シェルネスが強く手を握っているはずなのにヤマトは何一つ声を上げず、なおもシェルネスを見向きもしなかった。
(気に入らない)
もっと強く握ってやろうかと思ったところでペイロン伯爵が口を挟んだ。
「そういえばシェルネス君はそこのヤマト君戦うそうじゃないですか。どれ、私も見学しましょう」
「構いませんよ。ただ、そうなると少し準備が必要ですね。
そこのログネスに案内させますので、観光して待っていてくださいませんか?」
「もちろんです」
「ではまた後で」
2つの集団は背を向けて歩き出した。
別れ際、シェルネスはヤマトを睨みつけていた。
「はあぁぁ。お兄様、見ないうちにかなり増長してません?」
ネルはペイロン伯爵一行が十分遠ざかるのを確認すると深くため息をついた。
「ネルよ、若い男魔術師は誰もがああゆう道を通るものだぞ。
私にもそういう頃があったものだ」
「あーあーお父様が増長してた話なんて聞きたくありませんよ。
……それにしても、気になるのはペイロン伯爵閣下ですね。
ヤマト君に対して礼の一つも言わないとは。
他にも不穏な雰囲気を感じます」
「ヤマト君が会食を断ったことを相当根に持っているようだな。後でなんとかしておこうぞ。
ヤマト君はうちの息子に専念してもらいたい。あやつの鼻っ柱を思いっきり折ってやってくれ」
「折るのはファミアだがな。任せろ」
「頼んだぞ」
かくして各々の思考が錯綜するなか、ファミアとシェルネスの戦いは目前に迫っていた。




