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下手の横好き  作者: クラッシー
第二章 神聖国家ルーナレーン編 前編
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29/42

見えない




「あ、おっ、おはようヤマト」


「んぁ」


 ファミアは昨日ネルに指摘され、ヤマトを意識してしまっていた。

 それに対してヤマトの反応は淡白なものだった。


 ファミアとしては少し沈んでしまうところだが、ヤマトがいつも通りなので動揺していないふりをした。



 その日ファミアは朝早くに起きた。


 昨日のこともそうだが、ファミアは今日伯爵令息との戦闘が待っているため、早くに目が覚めてしまったのだ。


 太陽がちょうど出てきたくらいの時間だったので、二度寝することはできないと思い、仕方なく起きて着替えることにしたファミアは、廊下でばったりとヤマトに会ったというわけだ。


 ヤマトは寝間着のままで、目をこすって眠たそうにしている。


「今日はいつもより早いね」


「昨日ネルにメイド服を変えろって言ったら、朝早くにあの部屋に来いって言われてな」


「あー、昨日大変そうだったもんね」


 ヤマトは声には出さずに頷いた。

 声を出すのも面倒臭いらしい。


 ファミアが昨日ネルとの散歩から帰ってくると、玄関ではヤマトが伯爵を土魔術で両手を拘束して睨みつけていた。

 何があったかは想像に難くない。


 ヤマトはネルが帰ってくるとすぐさまメイド服を変えるように言った。


 するとネルは一日だけ待ってと言った。

 もちろん嘘である。

 服マニアであるネルにはヤマト用の着替えがないということはなかった。


 理由の1つはネルとしても少しでも長くヤマトがメイド服であってほしいということだ。


(この状況は父上もお悦びだろうし)


 ネルとしてもヤマトのメイド服は大変眼福なので、せめて湯浴みまでは堪能しようと企んだ。


 そうとは知らなかったヤマトは、明らかに元気のない顔で昨日着替えた部屋へと歩いて行くのだった。






 ――コンコンコン。


「ネルー?」


 ヤマトが例の部屋の扉を叩いてネルを呼び出すと、中からネルの元気な返事が聞こえてくる。

 すぐに扉は開いて、朝早いにも関わらずネルは満面の笑みでヤマトを出迎えた。

 ヤマトが来るのを相当楽しみにしていたようである。


「お、寝間着だね〜。入って入って」


 ヤマトはネルに言われるままに部屋の中に入っていった。

 

 ネルがクローゼットルームと呼称しているこの部屋は、伯爵家の中でもかなり広い部屋だ。

 しかし、その部屋はずらりと並んだ物干し竿に大量の衣服がかけられているため、閉塞感を感じずにはいられない。


 空いているスペースといえば、衣服と衣服の間にはギリギリ人が一人通れるくらいの通路と、扉が開けられるようにしているところくらいだ。


 ヤマトは扉を閉めると、すぐそこには黒いローブがかけられていた。

 ヤマトの目がそこに釘付けになる。


 ネルはそのローブの隣にかけられてある下着類とズボンを手にとった。


「はいこれ。着てみて」


「……」


 ヤマトはネルから衣服をもらうと、ローブを見たまま無言で寝巻きを脱ぎだした。


 ネルは慌てて後ろを向く。

 別に見ても構わないとは思うのだが、 ファミアの顔がチラついたのでやめておくことにした。


 衣擦れの音が止むとヤマトの方を振り返り、着替えたのを確認してメイド服を手に取った。


(丈の短いやつにする? それとも長いものにしてあえて床をこすらせる? うーん、やっぱりこっちの方が萌えるかも……)


「黴鐵鬣黶鬣璽癭兤兤鬣黶齧……」


「なに!?」


 後ろから声がしたので振り向くと、ヤマトが火球の詠唱をしてネルの方に右手を突き出していた。

 しかし本人はなおもローブに目が釘付けである。


 だがヤマトはよそ見しているくせに、ものの数秒で右手のさきに火球を発現させた。


「わぁぁぁぁあああ! ごめんごめんごめんごめん! お願いだからやめてええぇぇぇぇえええ!」


 ヤマトは無言で手をおろした。

 なお、ローブを見たまま笑顔すら浮かべており、何やらブツブツとつぶやいている。

 完全にローブに夢中だ。


(えっ? 無意識? うそでしょ?)


 ネルは戦慄しつつ、ヤマトに話しかけた。


「え、えーっとぉ、じゃあ、あれ着よっか」


 怯えきってかすれた声になってしまったが、ローブを指さすと、ヤマトの顔は初めてネルの方を向いた。


「いいのか!?」


「う、うん。もちろん……」


(本当に無意識だったの!?)


 ネルが引いていると、ヤマトは颯爽とローブのもとに駆け寄り、ローブをハンガーから外した。

 ヤマトは素早くそのローブを身に纏うと、その場で一回転し、なびくローブを恍惚とした表情で見ていた。

 頬を赤くして考察し始める。


「付与魔術でローブに魔術を付与するだけではなく、ローブの布地を魔術言語で織り込んでいるのか? しかし見たこともない単語が4、いや5つもあるのか」


(おっ、正解。さすがあの怪鳥を狩るだけある……!)


 ネルはヤマトにローブの効果を説明するつもりだったが、そのまえにヤマトの考察が始まった。

 しかもヤマトの言葉は的を得ていたため、この仕組みについて自分で正解にたどり着けるのではないかとおもい、口を閉ざした。


「気になるのは魔力に干渉する術式だな。範囲を指定しているっていることは放出系の魔術ではないな。だったらなんだこの魔術は?」


「え? もしかしてヤマト君って魔術師じゃないの?」


 ネルは思わず素で聞き返してしまった。

 

 ネルは先ほどヤマト魔術を使うのを見たし、身を持って体験しそうになったところだ。

 少なくとも魔術が使えるのは間違いない。


 しかし、()()()()()()効果は着ればすぐに分かるはずなのに、ヤマトは未だに魔術の効果に気がついていない。

 ネルは違和感を感じずにはいられなかった。


 ネルが聞くとヤマトは不服そうに眉をひそめた。


「魔術師だけど?」


「じゃあなんで()()()()()()()の?」


 ヤマトはネルの言葉にしばし考え込むと、「あっ、なるほど」という声を上げた。


「つまり、このローブに付与されているのは、これを身にまとった人の魔力を不可視にするってことか」


「そうだけど……本当に魔力が見えないの?」


「うん、そうだけど?」


 ネルは目を剥いて立ち尽くした。



 ヤマトの言う通り、このローブは身にまとった人の魔力を隠し、他の人から見えなくするという魔術である。


 ヤマトはフェルメの時、魔力が黒すぎてギルドの人達に怖がられた事があった。

 実はヤマトがセルメに来たときも、その魔力見て伯爵はログネスを使いに遣っている。


 圧倒的な魔力がスケスケなヤマトは、この先それで悩まされることも多いだろう。

 それがこのローブを着れば、そんなことはなくなる。


 魔力が完全に消えるため、魔力が見える魔術師の前に立つとすぐにバレてしまうのが難点だが、ヤマトの場合は真っ黒な魔力が見えなくなることのほうが利点は大きい。


 しかしこのローブは影でコソコソとするのにはうってつけの魔道具でもある。


 完全に犯罪専用のような代物だが、ネルが伯爵(父上)に相談すると、ヤマト達なら渡しても悪用はしないだろうということだったので、ネルはヤマトにこれを着せることにした。

 ちなみに着替えるのを一日待ってもらったのは、どこかに埋もれてしまったこのローブを探すためというのがある。

 ……とはいえ他のものに着替えればよかっただけなので、ファミアが少しでも長くヤマトのメイド服を見ていたかったという理由のほうが大きいのは明白だったが。


 そんな面白い能力を持ったローブを着れば、ヤマトならばすぐに効果には気づくだろうと思っていた。

 いや、ヤマトは一目見たときからずっとそのローブを見ていたので、後ろの魔力が見えないということに気づいて、とっくにどんだ魔術化わかっているかも知れないとも思っていた。


 しかしヤマトは一向に気がつく様子はなかった。


 聞けば魔力が見えないという。


(そんなのありえるの……?)


 ネルの頭には幼い頃のことが思い出された。




 ネルの父、ルーネス伯爵は魔術師である。

 ネルにとって兄である長男は、当然父の魔術師としての面を引き継ぎ、魔力を見ることができた。


 しかしネルには魔力を見る能力は備わっていなかった。


 幼いネルは、だだっ広い庭で兄がギルドの魔術師と魔術の訓練する様子を見て、ネルは魔術に強い憧れを抱いた。


 ネルは見えないながらも魔術を使ってみたいと思うようになり、庭に出て魔術の詠唱の練習をするようになった。


 詠唱と魔力すらあれば魔術は使える。

 だからこそ、人はだれでも魔術は使える。


 水球などの簡単な魔術ならだれでも使うことができるため、魔術の知識がある限り水不足で困ることはない。


 当然ネルも水球くらいなら使えたし、魔力量は多かったのですぐに人よりも多くの水球を出すことができるようになった。


 自信を持ったネルは、火球の練習をするようになった。


 兄は火球を使えなかったが、いつも相手をしている魔術師は、兄に火球を教えることがあった。

 子どもだったネルはピカピカと光る火球に憧れを持った。


 たまに兄が教えてもらっているのを横で聞いていたので、どうやって詠唱するかもわかっていた。


 試しに詠唱してみると、手の先に橙色の淡い光が灯った。

 できるかも知れない、と思って詠唱を続けると、途中でその光は霧散してしまった。


(失敗かな?)


 何度かやってみたが、うまくいくことはなかった。


(うまくいかない!)


 悔しくなったネルは、そこから3日間魔術の練習に明け暮れた。


 そして3日目の夕方、ついにネルは成し遂げた。

 かなり歪な形だったが、手のひらの先に火球を発現させることができたのだ。


(やった!)


 ネルがふっと気を抜くと、途端に火球はネルの意志に反して勝手に射出された。


 その先には運悪く屋敷があった。

 屋敷に向けて魔術が飛んでいかないように注意したつもりだったが、いつの間にか屋敷の方を向いてしまっていたのだ。

 

 このままでは屋敷の壁に直撃してしまう。


(やばい!)


 ネルは慌てて火球の軌道を変えようと試みた。

 

 しかしネルには魔力が見えないため、歪な火球のどこに魔力が位置していて、どうやって魔力を操作すればいいのかわからなかった。


 ドカン!


 火球は屋敷に当たってしまい、屋敷の一部が燃え上がった。


 執事が早くに気がついたので燃え広がることはなかったが、ネルはこっぴどく叱られた。


 魔力が見えなかったからこそ起きた事件だ。

 ネルはそれ以来魔術を使うことはなかった。




(魔力が見えない中魔術を使うのはすごく難しいし、同じくらい危ない。それなのになんでヤマト君はこんなにすごい魔術師になれたんだろう)


 不思議で仕方がない。

 

 そう思って自然とヤマトを見ると、ヤマトは目を輝かせて布地を見ている。


 美しい。

 そう思った。


 ネルが屋敷を燃やしたときはものすごく怒られた。

 けれども憧れの魔術を使えたのは嬉しかった。


 だからこそ、もう使ってはいけないと言われた時、悲しかった。


 今ではファッションにハマり、子どもの頃の美しい思い出になっているが、それでもヤマトが美しいと思えた。


(そっか。多分ヤマト君も同じような過ちはしたんだろうな。でも諦めなかったんだ。反対されても、好きなものに打ち込み続けたんだ)


 ヤマトが完璧に魔術を構築して見せたのはさっき見た。

 魔術師として名を轟かせていることからして、ヤマトは幼い頃のネルのように制御を誤ることはないだろう。


 今のヤマトは好きなものに打ち込み、決して諦めない心を持つ頼もしい男の子だ。


 だったら。


(この子ならファミアちゃんを任せられる)


 はじめはヤマトが信用に値する男の子かどうか分からなかったが、こうしてヤマトと接していると、不思議と心が暖かくなるのを感じた。

 直感的にヤマトなら大丈夫だと思った。


 ネルの心につかえていたものが取れた気がした。


(そうと決まれば全力で応援しよう)


 見たところ、残念ながらヤマトはファミアになびいているという様子はない。

 ここは一つ手を打っておくべきだ。


 ネルはファミアを呼び出し、ファミアを着飾ることに決めた。




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