散歩③
「ファミアちゃんって炎妖族だよね?」
「……」
ネルの言葉に、ファミアは俯いて黙り込むことしかできなかった。
ファミアはヤマトに連れられて王都を出た。
王都を出るまでは、王都の外でも差別され続けるんだろうな、と思っていた。
だって、アステラの魔術学院に行っても差別され、いじめられたから。
でも違った。
隣町のフェルメに行ってしまえば差別されることなんてなかった。
フェルメでギルドの男たちに睨みつけられたこともあったが、それはファミアが炎妖族だとバレたからではない。
嬉しかった。
こんな簡単なことで良かったのかと、バカバカしく思った。
もう大丈夫なんだと、そう思っていた。
安心しきっていたファミアは、よもやネルにバレているとは思いもよらなかった。
(怖い)
ネルはやさしくしてくれたのに。
もう誰にも差別されることなんてないと思っていたのに。
ファミアはネルの顔を見るのが怖かった。
ファミアが震える手を握りしめていると、ネルは焦ったような口ぶりで話し出した。
「あっ、ごめんごめん。怖がらせるつもりはなかったの」
その言葉を聞いて、ファミアの震えはピタリと止んだ。
(怖がらせるつもりは、なかった?)
どういうことなのか、すぐにはわからなかった。
ファミアが恐る恐る目線を上げると、そこには焦ったような、心配するような、優しい目をしたネルがいた。
「ごめんね、怖がらせちゃったみたいで。
でも安心して。ファミアちゃん炎妖族だからって差別したりなんてしないから。
むしろ守ってあげたいくらいだよ」
ファミアの視界が滲んだ。
(ああ、この人も、ヤマトと同じだったんだ)
ネルには確かに炎妖族とバレてしまった。
けれど、炎妖族だからといって、ファミアを虐げる人ばかりではない。
それはファミアが一番今実感していることだ。
ヤマトはファミアが炎妖族だとわかっても、興味津々に見るだけで、決して傷つけることはなかった。
ネルもファミアを炎妖族としてではなく、一人の『ファミア』という名前の人間だと見てくれている。
ここには王都のような地獄なんてなかった。
ファミアの目から涙がこぼれ落ちる。
慌てて目元をおさえた。
「えっ、あっ、ごめん。そんなに怖がられると思ってなくて」
ネルは椅子から立ち上がってファミアの背中を擦り、ハンカチを差し出す。
ファミアはそれを受け取りながら、震える声で口を開いた。
「いや、そうじゃないんです。うれしくって。
王都に住んでたときは、こんなに優しい人がお母さん以外にもいるなんて、考えたこともなくて」
「ごめんね。配慮が足りない言い方しちゃって。
よく頑張ったね。
もう大丈夫だから。辛くなったら、私を頼っていいからね」
「はいっ」
ファミアは目の下を赤く腫らしたまま、満面の笑顔で答えた。
「おまたせしましたー。季節のフルーツ82種盛りパフェでーす」
「ありがとうございます」
「わわっ、なんかカラフルですね」
「ご注文以上になりまーす」
店員は慣れた様子で紙を軽く丸めて容器に立てかけると、そそくさと立ち去っていった。
「食べよっか」
「はい」
ネルはテーブルの端に置いてあるスプーンを手に取ってファミアの方を見た。
すぐに食べる気はないらしく、どうやらファミアが先に食べるのを待っているようだ。
ファミアはネルがするのと同じようにスプーンを手に取った。
伯爵家で食べたときもそうだったが、スプーンは銀色だった。
やっぱり高級店なんだなあと思いつつ、ファミアはパフェを見る。
赤、黄、緑、オレンジと色とりどりのフルーツがたくさん乗っていた。
(どこから食べればいいんだろ……)
ファミアはパフェをまじまじと見てから、意を決してクリームの天辺取って口に運んだ。
「……!」
「どう?」
「なんか、すごくおいしいです!」
「ふふっ、それはよかった」
ファミアはそれはもう速くに食べ終えた。
うまく言葉にはできなかったけれども、とても美味しかった。
かなりヒヤッとすることもあったが、同じ女性と、秘密をさらけだして楽しい時を過ごすことができた。
この出来事は、ファミアにとって一生の思い出になった。
「食べたねー」
「5つくらい追加注文してましたもんね……」
「4つね、4つ。5つも食べたら太っちゃうよ」
ファミアはあまり変わらないんじゃないかという言葉をぐっとこらえた。
「代わりに払ってもらってしまって……すみません」
「ふふっ、そういうときはありがとうって言うんだよ」
「あっ、ありがとうございます」
ファミアは申し訳なさそうに笑った。
「それでいいんだよ」
ネルはファミアが頼りなげに笑うのを見て、やはりファミアを守ってあげたいと思った。
(妹ができるっていうのは、こういうことなんだろうな)
ネルには兄が一人いるだけで、弟も妹もいない。
自分も兄も自由な性格で、兄妹でなにかするという機会もあまりなかった。
だから、ファミアたちが来たときは嬉しかったものだ。
ずっと妹がほしいと思っていたから。
ファミアを初めて見た時、炎妖族と疑った。
白い服以外着られないと聞いた時、それは確信に変わった。
王都に留学経験があるとはいえ、もともとセルメで生まれ育ったネルには、炎妖族への差別など古臭いとしか思えなかった。
ファミアが炎妖族に違いないと思った時、そんな古臭い人間どもから護ってあげなくてはならないと思った。
そこでネルはファミアと散歩に行くことにしたのである。
決して妹(仮)といっしょにお気に入りのパフェを食べて姉妹(真)になろうなどとは考えていない。
本当である。
だがやはりファミアを本気で護ろうと思うと、そこでどうしても気になることが浮上する。
「ファミアちゃん、ヤマト君のこと好きなの?」
「えっ?」
ファミアは歩みを止め、ネルの目を見た。
顔はみるみる赤くなっていった。
「ちちちちちがいますよ! そんなわけないじゃないですかっ。だってヤマトはただの……」
「ただの?」
ネルはニヤニヤとわざとらしく首を傾げてみせた。
「……とっ、とにかく! 違いますから!」
ファミアはプイッと顔を背け、再び早足で歩き出した。
(わかりやすい、かわいい!)
密かに気分を高ぶらせながら、ファミアの後を追った。
「待って待って、わかった、わかったから。そんなんじゃないんだね」
「はい。違います」
ファミアは顔を赤らめながら上目遣いに睨んでいた。
(バレバレっ、かわいい)
「……なんですかその顔は?」
「ん〜? なんでもないよ〜?
それで? 彼はファミアちゃんが炎妖族だって知ってるの?」
「はい。初対面で好きな魔術は何かって聞かれて、火魔術って答えたら秒でバレましたね」
「おー、さすがヤマト君。
じゃあ、あの黒髪のイケメンさんは?」
「……思い出したくもないくらいすぐにバレましたね」
一気にファミアの顔が険しくなった。
ファミアはオロネスに、出会い頭で炎妖族であることを煽られ、恐怖を植え付けられた。
そのおかげでヤマトを連れてくることができて、王都は助かったとも言えるが、あのときの恨みは忘れようもない。
青筋を浮かべるファミアからは魔力が漏れ出しており、無意識に周囲を威圧していた。
ネルは威圧に当てられて、顔を真っ青にしていた。
ネルは伯爵の娘で、確かに保有魔力量が高いが、魔術師には一切精通していないため一般人も同然だ。
魔術師の中でも人一倍魔力量の多い炎妖族の威圧など抗う術もない。
かすれる声で必死にファミアを制止する。
「ちょっ、ファミアちゃん、怖い怖い」
「あっ、すみません」
ファミアは漏れ出す魔力を慌てて引っ込めた。
もしかしたら被害が出てしまっているかも知れないと思い、冷静になってあたりを見回したが、被害を被ったのは近くにいたネルだけだったようだ。
自分の魔力に当てられた人が多くいたら大惨事だっただろう。
そんなことになってしまったら、王都の外でも炎妖族が差別の対象になりかねない。
ファミアは自分の魔力量がヤマト程ではなかったことに心底胸をなで下ろした。
若干放心しているネルに、ファミアは角度が鋭角になるほどの勢いで頭を下げた。
「まだまだ未熟で、感情が高ぶると魔力が漏れることがあるんですぅぅ、ごめんなさいぃぃ」
「う、うん。次から気をつけようね?」
「ほんとにすみませんでしたぁ」
ネルは涙目になって謝るファミアを見ていると、やはり気になるのはオロネスのことだ。
「ファミアちゃんがそんなに取り乱すなんて……オロネスさんそんなにヤバい人なの?」
「はい」
(えぇ、即答なんだ)
ネルに対してずっとどこか遠慮がちだったファミアが食い気味に即答したのだ。
これはなかなか異常だ。
ネルはゴクリとつばを飲み込んで聞いた。
「どれくらいヤバい人なの?」
「ちょっと言えないくらいヤバいです」
「大丈夫なの!? 危ない目にあったら、すぐに私かヤマト君を頼るんだよ?」
なぜそんな人物と一緒に旅をしているのかは甚だ疑問でしかない。
妹(?)に危害が及ぶかも知れないと思うと、ネスの言葉には迫力が増した。
しかし、ファミアは意外にも落ち着いていた。
「大丈夫ですよ。あれはヤマトには逆らえませんからね。あれが何を考えているのかはさっぱりですが、なんとなく、あれが危害を加えてくることはないと思いますよ。
それに、気に入りませんがあれの実力は私もヤマトも認めています。まあいつか追い越しますけど。
ヤマトが認めたあれは、曲がりなりにも仲間です」
ファミアは微笑んでいた。
オロネスのことをあれ呼ばわりしているわりには、信用はしているらしい。
まだ会って一日も経っていないが、ファミアの新しい顔が見えた気がした。
「危ない目にあったら絶対に頼るんだよ」
「わかりました」
(オロネスが何なのかすごい気になるけど、これなら大丈夫そうかも)
ネルはファミアに念押しする裏で、ホッと胸をなでおろすのだった。
その日の夜。
ファミアは伯爵家で豪華なディナーを食べ、久しぶりの湯浴みを済ませた後、自室で一人ベッドの中でうずくまっていた。
(これが好きっていう感情なの?)
ファミアはこれまで、恋愛について考えたこともなかった。
学校では同級生にいじめ続けられた。
怒ってくれる先生はいたけれども、王都の貴族もいたので、それは形だけの叱責だった。
それでファミアへのいじめが後を絶つことなどなかった。
いかに速く卒業するかということしか考えられず、他の人がどうこうという噂を聞いても興味を持つ余裕はなかった。
ファミアの脳裏に浮かぶのはヤマトの眩しい笑顔。
その時に感じた熱は恋というのだろうか。
(じゃあ、なんでヤマトがあんな顔をしたときに、素直に喜べない私がいるんだろう)
わからない、わからない。
ファミアは思考の渦の中で睡魔に身を預けるのだった。




