散歩➁
セルメはロームに面したルーナレーンの防衛の要所の1つでもある。
ルーナレーンがロームに侵攻した当時は、兵隊が忙しなく行き来する物騒な町だった。
しかし近年ではロームとルーナレーンの戦争は皆無となり、普通の町と何ら変わりはなくなっていた。
そんな普通の町に異次元の空間ができたかと錯覚するほどの美少女たちが道の真ん中を歩いていた。
一人は金髪のロングヘアにグラデーションのかかった茶色の目。
白シャツにジーンズというラフな格好をしていて、痩せているが出るところは出ている理想体型の若い女性。
ルーネス伯爵の令嬢のネルであった。
もう一人は可愛らしい10代の女の子だった。
ほとんど日焼けしていない白い肌に、真っ白な学生制服。
自身の赤い目と桃色の唇以外はすべて真っ白。
まるで絵本に出てくる白い妖精だった。
名はファミアと言い、最近話題の最年少魔術師ヤマトのパーティーメンバーだった。
セルメの町並みやそこの住人は普通なのに、その二人だけ目に見えないオーラがあった。
美しすぎて誰も寄せ付けず、それでいて誰もが目を引かれるような美貌だった。
「なんか、いつもよりもすごい見られるね」
ネルはすれ違う人の誰もが振り返ってこちらを見るため、そわそわして落ち着かなかった。
ネルは伯爵令嬢で容姿も良いが、とはいえこれ程目を引くことは、式典でもない限りなかなかなかった。
もちろん今は式典でもなんでもない。
ならばそんなに周囲の目を集めている理由は明白だ。
ファミアだ。
ファミアはとにかく白い。
異様なほどに白い。
それだけでも目を引くのに、可憐で可愛らしかった。
すれ違う人全員が二人を見るのも無理はなかった。
「そうですか? 普通だと思いますけど……」
ファミアはセルメに来てからネルに着替えさせられたが、以前からずっと服装は白一色で統一している。
理由はファミアが炎妖族だからである。
炎妖族は美しい舞いによって相手を翻弄し、圧倒する。
その舞いをするためには日常の一挙手一投足から改めなければならない。
もしその振る舞いが完全でなければ、その白い服が汚れてしまうため、一発で分かる。
そうやって炎妖族は美しい舞いを身に付けるようになるのだ。
完璧な振る舞いをして完璧に舞い踊ること。
それが炎妖族に生まれもって与えられた義務であり、白い服はそのための訓練服なのだった。
そのため、ファミアは生まれてからずっと歩いているだけで目を引くのだった。
(当然みたいな顔してるけど、十分おかしいんだよな……)
ネルはあっけらかんとしたファミアを見て肩を竦めた。
二人は周囲の目を引きつつずんずん進んでいき、町の中央近くまで来ていた。
ある場所を境に、道の色が赤くなった。
それに伴ってずっと赤茶色のレンガ造りで統一されていた建物が、道が赤になっているエリアだけ白や青、赤、クリーム色といったカラフルでモダンな建物になっていた。
歩く人たちも高級感のある鞄やアクセサリーをつけている。
「なんだか、雰囲気変わりましたね」
ファミアは一変した風景をキョロキョロと見て、そわそわとその言葉をこぼした。
「ここから高級商業エリアに入るからね。ここから北東に行ったところにウルバニア王国っていうところがあって、ちょうど私が生まれたときくらいに建築業界に革命が起きたらしいよ。で、その革命の理由が建築魔術なんだって。20年近く経った今も未だに使い手は少ないらしいけど、おかげでこういう綺麗な建物が建つようになった。まあ供給が追い付いてないから、ウルバニアに建築を頼むのは高額になるけどね。この商業エリアは入り口と違ってそういう高級店でそろえてて、店頭販売も禁止してる。だから完全に富裕層向けって感じかな」
ネルはゆっくりとゆっくりと順を追って話した。
ネルは活発で突っ走るようなところもあるが、さすが伯爵の娘というべきか、政治的背景をよく理解していた。
旅人にもかかわらず、そういう知識は歩く魔術書のヤマトに丸投げしているファミアは、ネルに憧憬の眼差しを向けた。
ネルはファミアの目を見て、ファミアに見えないように密かに唇をムズムズさせた。
少し進むと店頭がガラス張りになっている洋服店があった。
ガラスの内側には淡くて儚げな紫色の花柄のドレスが飾ってあった。
ファミアはネルの横から離れてトテトテと足早にその店に近づき、興味津々にガラスの中を覗き込む。
「わぁ!綺麗ですね!」
自分が大好きなファッションに、お気に入りの女の子が興味を持ってくれた。
それが単純に嬉しかった。
ネルは後ろから追い付き、ファミアに寄り添うようにしてガラスの中を覗き込んだ。
ファミアの言う通りとても綺麗なドレスだった。
「おっ、このドレス、初めて見たかも。すごくかわいい――」
「この板透けてますよ!透明ですよ!こんなの初めて見ました!すごく綺麗ですね!」
ネルは良いセンスしてるね、と言いかけてファミアに遮られた。
ネルはファミアがドレスのことを褒めていると思っていたが、どうやら違ったらしく、ガラスのことを褒めていた。
(後ろにあんなかわいいドレスあるのに目が行くのがガラス!?)
ネルはそんなことある?という言葉をグッと飲み込んだ。
確かにガラスは高級素材。
こういった商業エリアでしか見られないのだ。
自分は貴族だから見慣れているが、ファミアにとってはそうではない。
ネルは確かにファミアの言うことも一理あるか、と納得した。
「あっ、ドレスもなんかいいですね」
ファミアは遅れて奥のドレスにも気がついた。
褒めてこそいたが、ガラスを褒めたときとよりも明らかにリアクションは薄かった。
よほどガラスに興味を持ったのだろうが、店側にとっては本末転倒である。
洋服好きのネルとしては苦笑いを浮かべて肩を竦めることしかできなかった。
ファミアはガラス越しに映るネルを見て、思い出したようにネルに向き直る。
ファミアは俯きがちに、斜め下に顔を背けて言った。
「そういえば、え~っと、その、かっ、かわいいですねっ、その服っ!」
ファミアは勢い良く言い切ると、顔を押さえて悶絶し始めた。
手の間から見える頬と耳は真っ赤になっていた。
ファミアの言葉を聞いて、ネルは口元を再びムズムズさせた。
(何このかわいい生き物……!)
撫でてしまおうと思ったが、なんとなく気恥ずかしくて、気を紛らわすように言葉を連ねる。
「こ、この服はね、庶民の間でも流行りの服でね、シャツはともかくズボンはロームで起こった衣類革命の時から作業着として使われてる庶民向けのものなんだけど、これが案外おしゃれに使えて結構お気に入りなんだ」
言い終えてネルはやってしまったと思った。
別に今は服装のうんちくをファミアに聞かせたいわけではなかった。
ファミアは伯爵の令嬢で、パーティーに出てもほとんどが中年男性である。
女の子に話しかけられても社交辞令。
社交辞令でネルの心が動くわけがなかった。
だからこそ、今は本当に心の底から嬉しさが沸き上がってきていた。
それなのにネルは言いたいことが言えなかった。
「……だから……だから……」
言うべきことをちゃんと言おうと思ってネルは深呼吸する。
「ありがとうね。そんな風に言ってくれて」
ネルはへにゃりと破顔した。
顔を上げてそれを見たファミアも自然と笑顔になった。
しばらく見つめ合って、同時に目を反らす。
「い、今考えたら、私たち何恥ずかしいことやってるんだろうね」
「そ、そうですね」
今さらながは恥ずかしいことをしてしまったと思った二人は顔を背ける。
お互いの視界の端にうつるお互いの顔は真っ赤になっていた。
「ほ、ほら、歩いてちょっとお腹も空いてきたし、スイーツでも食べよ」
「い、いいですね」
二人はあえてお互いの顔が見えないように歩きだした。
赤い顔が見られたくなかったし、見てしまってもいけないような気がしたからである。
スイーツ屋は二人がいる場所からすぐ近くにあって、1分とかからずにたどり着いた。
「ここだよ」
スイーツ屋は白を貴重とした建物で、店の前のちょっとした花壇や幾何学的な紋様の柵からして、明らかに高級店だった。
さすがに高級商業エリアらしい風格が漂っていた。
ネルはスイーツ屋に迷いない動作で入っていった。
溢れ出る高級感に尻込みしつつ、ファミアもネルについていく。
中に入ると女性の店員がこちらに歩いてきて、何人で来たかだけを聞いて空いているテーブルに案内した。
仕草からしてネルが伯爵令嬢であることについては気付いていないようだった。
「ファミアちゃんは何にする?」
ネルがメニュー表を見せながら聞いてきた。
ファミアはやけに名前が長いメニュー表に目を通す。
最近の都市部では質素な名前よりも、飾りまくった長い名前が好かれる傾向にあるらしい。
しかし、元スラム街の住人であるファミアには書いてあるものが何が何だか良く分からなかった。
「すみません、ネルさんが決めてもらえますか?正直、あまりよくわからなくて……」
「あっ、そっか。メニューよく分からないよね。ごめんごめん。じゃあ私と同じのでいい?」
「はい」
ファミアが頷くとネルはすぐさま手を上げて、「すみませーん」と言って店員を呼んだ。
すぐに店員がやってきて注文を受理すると、奥に引き上げていった。
「ここのお店おいしいよ。最近できたところなんだけど、すごい人気なんだ。ほら、満員でしょ」
緊張していたファミアはネルに言われて初めて気がついたが、行列こそできていないものの店の中は客がパンパンに詰まっていた。
これが普通の店であれば繁盛してる方だが、忘れてはならないのはこの店は高級店であるということだ。
もちろんメニューの一つ一つが高級で、庶民にはなかなか手がでない。
なのに客がたくさん来ている。
明らかに富裕層という者も来ているが、庶民らしき人もよく見かけた。
高級でなかなか買えないとはいえ、よほど食べたいらしかった。
高級でも人気が高いこのスイーツ屋はこの町でトップクラスに繁盛していたのである。
数分ほど経つと、店員が紅茶とケーキが乗ったお盆を器用にも片手で運んできた。
店員はお待たせしました、と言って配膳してく。
並べ終えるとペコリと頭を下げて奥へ捌けていった。
「わぁ!すごく美味しそうですね!」
ファミアは感嘆の声を上げてケーキに目を奪われていた。
「私的にはまず紅茶を飲むのがオススメだよ~」
ネルはそう言ってテーブルの端に置いてあった黒いものが入った瓶に手をかけて蓋を開けた。
そしてスプーンを持って黒いドロドロしたものをすくい上げ、紅茶に入れてかき混ぜ始めた。
「これ、グラナトジャムって言って、めちゃくちゃ酸っぱいけどよく合うから試してみて」
ファミアはネルの言葉にスッと目を細める。
「騙されませんよ。グラナトは死ぬほど甘いんですからね」
「ははっ、バレちゃったか!」
ネルはクシャリと破顔して笑った。
ファミアはセルメに来たときに、グラナトのジュースを飲んでいる。
店頭のおばちゃんに苦い飲み物と教えられ、とんでもない甘さにむせたのは記憶に新しい。
ファミアはあの時の甘さを思い出して顔を歪める。
ファミアは目を細めたままグラナトジャムを紅茶に入れて混ぜ始めた。
ファミアが紅茶をかき混ぜていると、ネルは先に混ぜ終わり、スプーンを置いた。
しかしネルはティーカップに手を伸ばすでもなく、ケーキを食べるためのフォークに手を伸ばすでもなく、手を太股の上に置いてファミアを真っ直ぐに見据えた。
「私、服が大好きなんだよね。だから衣類革命が起きたロームに興味を持って、王都に留学したことがあるの。だから王都の常識もだいたい知ってる」
王都という単語を聞いて、ファミアは背中にゾクリと寒気を感じた。
ロームの王都では炎妖族への差別が激しい。
炎妖族のファミアは小さいころに散々恐怖を植え付けられていた。
正直全く良い思い出ではない。
だからファミアには、痛々しくもネルが次にどんなことを言うか想像がついていた。
「ファミアちゃんって炎妖族だよね?」
ファミアはこれまで親しくしてくれたネルがどんな顔をしているのかを見るのが怖かった。
もしかしたら失望されたかもしれない。
もしかしたら騙されたかもしれない。
ファミアは歯を食いしばって俯くことしかできなかった。




