散歩➀
ランチのデザートを食べ終えて、ヤマト達は侍女に伯爵邸二階の部屋に案内された。
本当は伯爵自ら案内したいと言っていたが、公務のため、駄々をこねながらログネスに引きずられていったのだ。
伯爵邸二階は6部屋あって、それぞれに風呂とトイレが付属している。
そのいずれも優秀な大工が細部まで凝った造りの家具が置いてあり、ルーナレーンでも有数の高級な施設だった。
ヤマトとオロネスは先ほど三人で会議した、二階では一番豪華な部屋に通され、そこで寝泊まりするように言われた。
ファミアにはヤマトとオロネスの部屋の隣室を宿泊場所として貸し与えられた。
案内が終わると、ファミアは一度部屋の違うヤマトとオロネスと別れた。
ネルに着替えさせられた際、既に侍女に運んでもらっていた旅の荷物を解体するためだった。
しかし、ファミアはヤマトに比べて荷物も少なかったため、一瞬で終わってしまっていた。
今はふかふかの高級ベッドに腰かけて一息ついているところであった。
(ヤマトの手伝いにでも行こうかな。ヤマト、よく変なもの持ってきては鞄に入れてるし。でもこの布団気持ち良いから立ちたくないな……)
贅沢な悩みに葛藤していると、コンコンと部屋の扉がノックされる音がした。
「ファミアちゃんいるー?」
快活な女の子の声だった。
そんな声でファミアのことを「ファミアちゃん」などと呼ぶのは、伯爵邸の中で一人しかいない。
ファミアは一瞬でネルの顔が思い浮かんだ。
「いますよー!今いきますねー」
ファミアはベッドに腰掛けたまま、扉越しでも聞こえるように大きな声で答えた。
正直、助けを求めるヤマトが来たかと思っていたファミアは、彼女の来訪に驚いていた。
何の用だろう、と思いつつベッドから立ち上がり、スタスタと扉に歩いていく。
ガチャリと扉を開けると、予想通りネルの姿がそこにあった。
ネルはファミアが荷物を解体している間に着替えていたようで、服装の印象がガラリと変わっていた。
昼食時はいかにもお嬢様という雰囲気の服を着ていたが、今は白シャツに青いジーンズというカジュアルな服で身を包んでいた。
「ごめんねー、急に押し掛けちゃって」
顔の前で手を合わせてウインクするネル。
わずかな動作で鮮やかな長い金髪がなびく。
ちょっとした動きであるにも関わらず、絵の世界に迷い込んだかと錯覚するような美しさがあった。
「……」
ファミアは返事もそこそこに、思わずネルの美貌に見惚れてしまっていた。
黙りこくるファミアの顔を、ネルが不思議そうに覗き込む。
「おーい、どうしたの?」
「……っ!すみません、ボーッとしてました」
見惚れていた美貌が目前に迫って、ファミアはやっと我に返った。
我に返った瞬間にファミアの頭が冴えてくる。
ゆえにファミアは伯爵の令嬢たるネルを無視してしまうという愚行を働いてしまったのではないかと思っていた。
何か言葉を付け加えるべきかとアワアワするファミア。
メルはそんなファミアを可愛らしく思って、微笑みながら話し出した。
「そんなに怖がらなくていいよ。ちょっとこれからファミアちゃんを誘って散歩にでも行こうと思っただけ。セルメ初めてでしょ?案内するからさ」
「えっ、いいんですか!?」
ファミア自身、セルメ滞在中に散歩しておきたいと思っていた。
ファミアは少し前まで、王都を離れても炎妖族として差別され続けるものと思っていた。
しかし、王都から離れて初めに訪れた町、フェルメでは、思っていたよりも町の人に拒絶されなかったのだ。
その体験はファミアの自信となり、セルメでは積極的に町の探検をしてみたいと思っていた。
だがやはり一人ではまだ歩き回る勇気はなく、ヤマト達を誘って行こうと思っていたのだ。
ゆえに、ファミアにとってネルの話は願ってもない話だった。
「私も荷物持って来ないと行けないから……そうだねー、今から20分後に玄関集合にしよう。それで大丈夫?」
「はい、わかりました」
ファミアはネルの目を見て素直に頷いた。
「じゃあ、また後で」
ネルはファミアに手を振って、軽快なステップで歩き去っていった。
ファミアはネルからの誘いを受け、準備をするため一度部屋に戻った。
ファミアにとってこういう誘いは初めてだったので、何を持っていけば良いのか分からなかった。
(登山帽子でも被っていくべきかな。でもほんの少しダサいかも?あっ、水筒はいるかな。いやでも、重たいからどうだろう)
ファミアが何か必要な物がないかか探すが、自分の持ち物を一通り見ても、どれもいるような気がしなかった。
二週目に入ると、でもやっぱりいるんじゃないか、いやいらないか、という無限ループに入ってしまう。
あれこれと悩んでいる内に、ふと時計を見た時には20分が経ってしまっていた。
「あれっ!?もうこんな時間!?」
ファミアは慌てて財布だけポケットに入れていき、部屋を飛び出して集合場所の玄関へ向かう。
運良く廊下には侍女が一人もおらず、走っていても呼び止められはしなかった。
怒られるかもしれない、という一心で一生懸命走ると、玄関付近の吹き抜けの空間が見えてきた。
吹き抜けの空間に突入して玄関の扉を見回すと、既にネルがそこに立って待っていた。
「すみませんっ!遅れました」
ファミアはネルの前で足を止めて、勢い良く頭を下げる。
かなりの距離を走っていたが、日頃ずっと移動しているためか、息切れはしていなかった。
「大丈夫。私も今来たところだから」
ネルはファミアの謝罪に対し、優しい常套文句で返した。
待ち合わせにおいて、後から来た人に対して言う常套文句。
先に来た側の人がいくら待っていたとしても、「今来たところだから」と言うのである。
これによって、後から来たことによって待たせてしまったのではないか、と気負う相手の不安を軽減する効果があった。
実際ネルは集合の10分前には着いていたが、それを言わず、ファミアを安心させるのが処世術である。
ネルは普段は明るい普通の女の子ではあるが、やはりこういうところで伯爵令嬢たる側面が垣間見えていた。
そんなネルが、いつも通りの快活な声で扉付近で待機していた侍女達に声をかけた。
「みんな、開けてくれる?」
侍女達が数人集まって、玄関の一際巨大な扉の手すりに一斉に手を掛ける。
初めはなかなか動きそうになかったが、やがてギギギ、という重苦しい音を立てて、ゆっくりと開いた。
なんとか開くことに成功した侍女たちは、それだけで肩で息をしていた。
「……開けるだけでも大変なんですね」
「そうなのよ。お父様ももう少し小さくしとけば良かった、とか嘆いていたぐらいだから」
ネルがその時の父親の情けない顔を思い出して半笑いになる。
ファミアはそれを見て、つられるようにクスリと笑った。
二人は目を見合わせて小さく笑い合い、ひとしきり笑ってからネルが口を開いた。
「それじゃ行こっか」
ネルがゆっくりと扉を出て歩き出す。
ファミアはネルの言葉にコクリと頷き、ネルを追いかけて歩き出した。
屋敷を出て初めに見えるのは、大きな庭である。
庭が面している方向は日当たりが良い方を選ぶのが当然である。
この庭も同じく日当たりが良い方角になるように設計されていた。
ファミアが太陽の眩しさに目を細める。
それを横目で見つつ、ネルが口を開いた。
「この庭、ちょっと特殊でしょ?」
伯爵邸の庭は華やかな花壇で装飾された鉄格子に囲まれており、内側は一定の長さに切り揃えられた芝生がびっしりと敷き詰められている。
それは一見手が行き届いた普通の庭にも見える。
しかし、これ程大きな庭でありながら装飾が一つもなかった。
花壇は鉄格子の外側にあって、内側には花壇どころか木の1本もなく、徹底されていた。
ネルの言うとおり、この庭はかなり特殊だった。
「確かに言われてみれば……」
ファミアは来たときには気付かなかった特異さに気付いて口ごもる。
「この庭はね、お父様がわざと芝生だけで敷き詰めさせたらしいんだ。なんでか分かる?」
ファミアは咄嗟に庭の全体を見渡し、思考を巡らせる。
わざと芝生だけで敷き詰めたのはなぜなのか?
しかし、いくら思考を巡らせてもそれらしい理由は見つからなかった。
「分かりません」
ファミアはフルフルと首を振って降参した。
「正解はね、ここでよく魔術の訓練をしてるから、何も壊れないようにするためだよ」
ネルは得意気に人差し指を立てて説明を続ける。
「お父様は元冒険家の魔術師だから。セルメでは魔術師ギルドを優遇して、訓練場を貸し出したり、多額の出資をしたりしてるんだ。ほらあれ」
ネルが立てていた人差し指を鉄格子の向こう側にある建物に向ける。
ネルが指差した建物は、伯爵邸に隣接しているため小さく見えるが、砦と言われても納得してしまうような大きな建物だった。
「あれがセルメの魔術師ギルド」
「ええっ!?」
ファミアが今日一大きい声を出した。
それもそのはず、ファミアがこれまで見てきた魔術師ギルドはせいぜい家二つ分ほどの大きさしかなかったのだ。
口を閉じるのも忘れて驚くのも無理はなかった。
「あれ?ここに来る時に気付かなかった?ほら、魔術師ギルドの紋章がでかでかと付いてるでしょ?」
「あ、ほんとだ……」
魔術師ギルドは他の建物との見分けがつくように、目立つところにギルドの紋章を付けることになっている。
魔術師ギルドの紋章には竜に重なるように杖が描かれている。
ギルドが設立されたのは、竜が一番恐れられていた時代だった。
そんな竜を、今ではほとんど見られなくなったが、当時主流だった杖による強力な魔術の行使によって制する、という願いが込められていたのである。
ファミアは初めての貴族との面会を前にして、ガチガチに緊張していて気付かなかったが、その大きな建物には竜と杖の紋章が付けられていた。
しかも、自分の身の丈よりも大きいほどの紋章が。
「明日どうせ行くことになると思うから、今日は行かないけど、ぜひ覚えておいて」
「分かりました」
二人はそんな話をしているうちに気が付けば伯爵邸の外に出ていた。
こうして二人の散歩がスタートした。




