談議
ヤマト一行は伯爵家二階のヤマトの部屋に集まっていた。
伯爵家の屋敷は、一階がヤマト達が先ほどまでいた食事エリアや応接室、侍女や執事の休憩室、二階が客人用の部屋や執事長たるログネスの部屋、最上階が伯爵一家の部屋、という構造になっていた。
ヤマトが今いる部屋は、二階の客室の中でも一番豪華で大きな部屋だった。
それだけ伯爵がヤマトに気を許し、信頼し、敬意を持っている証拠であった。
そんな部屋に伯爵に断って三人だけで集まったのは、他でもなく伯爵の口から出た内容について話し合うためである。
「さっきの伯爵の話、ヤマトはどうするつもり?」
ファミアはティーカップを手に取り、口に運ぶ。
そのティーカップは、ヤマトが伯爵に話し合う時間が欲しいと言ったときに侍女が用意してくれたものだった。
もちろん侍女は退出済みである。
「まず1つ目は受けていいと思っている」
「えーと、伯爵の息子さんが明日帰ってくるから、稽古をつけてほしい、だったっけ」
ファミアが先ほど伯爵が言っていた言葉の一つ一つを思い出しながら声に出した。
「ああ、断る理由がないしな。ただし、戦闘はお前が主となって相手しろ」
「けほけほっ、えっなんで!?」
ファミアはヤマトの予想外の言葉に驚き、お茶を飲んでいる最中だったため盛大にむせた。
オロネスは先ほど着せてもらったスーツの内ポケットからハンカチを取り出してファミアに手渡す。
むせてまともに話せないファミアは、軽く会釈してオロネスからハンカチを受け取った。
「久しぶりにお前の魔術が見たいからな」
「……でも、負けるかもしれないよ」
「負けて何が悪い。逃げて何も学ばないよりも、負けて学べばそれで良いだろ」
ヤマトは何でもないことのように淡々と言葉を連ねた。
ファミアは言われた瞬間に体を乗りだし、口をモゴモゴさせて出かかった言葉を飲み込む。
何とも言えない気まずさに目をそらし、少ししてから再びヤマトの目を見る。
「わかった。でも負けたらヤマトが困るかもよ」
「ん?別に何も困らないと思うが?」
あっけらかんとしたヤマトの態度にファミアは深いため息をつく。
(私が負けたら、ヤマトが恥をかくと思うんだけどなあ。でも、ヤマトは絶対気にしないと思うし。……でも私が勝てばいいだけのことか)
ファミアは密かに絶対に負けないようにしようと決意を固めた。
「まあ、いいよ。とりあえず話進めてよ」
「わかった」
ファミアは再びティーカップに手を伸ばし、少し躊躇って口をつけた。
もう一度不意討ちを食らわないか気にしているらしい。
「次に二つ目についてだ。これは正直迷ってる」
ヤマトが珍しく苦虫を眉をひそめて俯きがちになる。
ヤマトはいつも無表情で、魔術のことになったときだけ表情豊かになる。
そんなヤマトが、魔術のことでもないのに分かりやすく表情に出ていたため、これは相当のことだった。
「えーとごめん。伯爵が言ってたこと、あんまりよくわかってないから整理させてね。確か、明日フェルメから領主様が来るから、ルーネス伯爵と一緒に挨拶して欲しいってことだったよね。フェルメの領主様って確か――」
「俺が会食断った人だな」
「うわ……」
ファミアもオロネスも自然と険しい顔になる。
「わざわざ伯爵がヤマトとその領主を会わせるのって、どんな意図があるの?」
伯爵はヤマトとフェルメの領主を会わせたいと言うだけで、伯爵の考えについてはほとんど話していなかった。
それは伯爵がヤマトを試す意図があったからに他ならない。
そうとは気付いていないヤマトは少し俯いて考え込んだが、なかなか答えは出なかった。
そんな時、オロネスがひっそりと手を上げる。
「あの、ちょっといいですか」
突然後ろから声がして、ヤマトが反射的に振り返る。
「なんだ?」
「だいたい伯爵の意図は読めますけど……」
「まじか!?」
控えめに言ったオロネスの両肩をヤマトが前傾姿勢で掴み、上目遣いに真っ直ぐ見据える。
その目はヤマトが魔術を目の当たりにしたときの目によく似ていた。
伯爵の意図が読めず、相当困っていたのだろう。
ようやく光明が見えそうで嬉しかったようだ。
「まず、なぜ伯爵のご子息とフェルメ領主が同じタイミングでここに来るかです。伯爵は元冒険家。ならそのご子息も冒険家だという可能性が考えられます。フェルメ領主の護衛だという仮説が立てられないでしょうか」
「「なるほど!」」
ヤマトとファミアの声がハモる。
ファミアはその事がおかしくて、オロネスの肩を掴むヤマトの背後で息を漏らすようにクスリと笑った。
「で?だから何なんだ?」
ファミアとは対照的に、ヤマトは一切気にせずにオロネスを興奮気味に催促した。
「フェルメ領主の立場に立って考えてみてください。おそらくヤマト様に会食を持ちかけたのは、ヤマト様を取り込むためだと思います。それを雑に断られて、多少なりとも恨みを持っていると考えられます。フェルメ領主としては愚かにもヤマト様に仕返ししたがっている可能性が高い。しかし、フェルメ領主の護衛には伯爵のご子息がついているので、伯爵の目が光っている限りは事を荒立てにくいでしょう」
オロネスはゆっくりと、それでいて退屈にならないような、不思議と内容がスッと入ってくる話し方で二人に語りかけた。
悪魔は貴族社会である。
オロネスは社会から少し離れた特殊な立場ではあったが、その優しさを感じるしゃべりは長年貴族社会に身を置いたことによって自然に身に付いたものであると言えた。
「なるほどな~」
わかりやすい説明にヤマトもご満悦だった。
オロネスが「ヤマト様は渡さない、という牽制にもなりますし」と付け加えると、ヤマトは満足気にオロネスの腰の辺りをポンポンと叩いた。
「でも1つわからないことがありまして……」
「なんだ?」
なんでも言ってみろ、と言わんばかりにオロネスを真っ直ぐに見据える。
オロネスはヤマトの目を見て、フッと表情筋を緩めて話し出した。
「フェルメはかなり大きな都市でした。おそらくその領主もかなりの権力者です。そんな御方がわざわざ他国に赴くのは、それなりの理由があるはずです」
「それはおそらく聖誕祭だな。確か1、2週間後にあったはずだ」
ヤマトは斜め上を見て、魔術書に書いてあった日程を思い出す。
ファミアは納得して手を叩いていたが、言われても分かっていない人物が約一名いた。
「すみません、聖誕祭とは何ですか」
恐る恐る手を上げるオロネス。
人間界の常識を知らないがゆえに、自分だけ話についていけていないことに対して負い目を感じているようだった。
「そうかお前は知らなかったな。聖誕祭は神がこの世を創り終えて休んだ日で、休息日とも言われている。ルーナレーンでは、例外を除いて一切の仕事が禁止され、この世の誕生、すなわち聖誕を盛大に祝うんだ」
ヤマトはオロネスの肩から置いていた手を離し、いつもの無表情で淡々と話す。
普段は魔術の事でなければこういうテンションなのである。
「なぜ聖誕祭をルーナレーンで行うのですか?」
オロネスが少し引っ掛かって気になっていた事を率直に聞く。
分からないこと、気になったことを遠慮なく他人に聞く姿勢は人間界では恥になることもあり、忌避されがちだが、真に大切にすべき事でもあった。
それを恥ずかしがったり怖がったりせずに聞けるのは、悪魔たるオロネスの特権とも言えた。
「ルーナレーンが神聖国家と言われているのは知ってるよな?」
「はい」
オロネスはヤマトがいつも神聖国家ルーナレーンと言っていたことを思い出して素直に頷いた。
「それは創造神を奉る宗教の聖地があるからだ。ルーナレーンは聖地の大聖教会を中心に政治を行っている、ちょっと変わったところなんだ」
「そうだったんですね」
ヤマトが今まで言っていたことを思い返し、様々な方面の話で辻褄が合うことを確認するオロネス。
何度か頷いて腑に落として顔を上げると、ファミアが感心するような顔でこちらをまじまじと見ていた。
「しっかし、そんなことも知らずによくここまで理解してたね」
「ヤマト様の配下ですから」
オロネスはスーツに似合わないドヤ顔で微笑みながらファミアのカップにお茶を注ぎ始めた。
これにはファミアも苦笑するしかない。
「説明になってないけどね……」
これから苦労することになりそうだとファミアは肩を竦めた。
ヤマト一行は伯爵の待つ一階の食事エリアに戻ってきていた。
伯爵達はランチを食べ終わって、デザートが出るまでの短い間に話し合いをしていた。
そのため伯爵はログネスやネルと談笑しながらデザートタイムを楽しんでいた。
さすがに一国の伯爵だけあってその様子はなかなか絵になっていた。
「さっきのヤマト君、良かったでしょ?」
「さすがにだったな!だがスカートの裾はもうちょっと短くても萌えると思うぞ!」
「いや、逆に長くしまくって幼さを強調する方が良いと思う」
「おお!名案だな!」
話の内容さえ聞こえなければ、絵になっていた。
歴史に残る絵も意外としょうもない状況だったのかもしれない、とつまらない妄想をしていると、ヤマトが一歩前に進み出た。
「もどったぞー」
ヤマトは無表情で伯爵に告げた。
しかしファミアにはヤマトが機嫌を損ねていると分かった。
ヤマトは一見無表情に見えて、ほんの少しだけ表情が違うのである。
それも付き合いの長いファミアにしか分からない程度ではあるが。
「おお、よく戻った!それで受けてくれるか?」
伯爵はヤマトを視認した瞬間に立ち上がって歓迎した。
「まず裾は変えません」
「わはは!聞かれてしまっていたか!気にするな、冗談だ!」
伯爵の一際大きな高笑いが屋敷中に響き渡る。
あまりのテンションの高さに、ヤマトは本当に冗談かどうか疑ってしまった。
「それは良いとして、受けてくれるのか?」
「ああ、受けてやる」
ヤマトは無表情で親指を立てる。
ポージングのせいか、ヤマトは少しだけテンションが高ぶっているように見えた。
それ以上に以前メイド服なため、可笑しさの方が勝っていたが。
「おお!君ならそう言ってくれると思っていたぞ!一応理由を聞いても良いか?」
伯爵が手を広げて大げさに反応した。
それに加え、しれっとヤマトを試すべく判断の根拠を聞いた。
こういった細かなところから、伯爵がただの変な趣味を持った変人などではなく、強かさを持ち合わせていることが分かった。
「オロネス」
ヤマトがオロネスのシャツの裾を引っ張って、小声で合図する。
それに答えてオロネスが一歩前に出た。
「ヤマト様の代わりに私がお答えさせていただきます」
「ほう、面白い。許可するぞ」
伯爵が整えられた顎髭を撫でてニヤリと微笑む。
「ありがとうございます。一つ目はヤマト様も興味を示しておられて、快諾でした。問題は二つ目です。おそらくルーネス様のご子息はフェルメ領主の護衛をしていらっしゃるのではないですか。なので、ヤマト様とひと悶着あったフェルメ領主への強い抑止力になり、和平が容易になると考えました」
オロネスはヤマトとファミアに話した時とは違い、淡々とした物言いで話した。
ヤマトかそれ以外かでしっかり使い分けしているようだ。
「はっはっは!そこまで読み取られるとはな。正解だ!」
伯爵は茶目っ気たっぷりにヤマト達にウインクした。
まるで孫になぞなぞを出して答え合わせをしたときの祖父のような顔だった。
「本当にご厚意感謝します……!」
オロネスが胸に手を当てて深くお辞儀をし、最大限の敬意を示す。
今回伯爵が持ちかけた話はヤマト側にメリットが偏っていた。
一つ目は単なるお願いではあったが、二つ目に関してはヤマト側にメリットしかない。
しかもそれは貴族社会で失った信頼を取り戻すという大きなもの。
にも関わらずヤマト側には返すものが何もない。
一方的に返しきれない恩を受け取ってしまうのではないかと不安にかられたオロネスとしては、誠心誠意感謝を示すしかなかった。
「いやなに、うちの息子に稽古をつけてもらえるのはこちらとしてはかなり嬉しい。私は恩を売っているつもりはない。ただの取引だ。気にするな」
オロネスの心情などお見通しだった伯爵は、ニカッと笑ってオロネスの不安を吹き飛ばすのだった。




