新しい魔術
鍛冶国家ロームは産業大国である。
ロームは二つの大国、ゲルバンとセクレシアに面している。
そしてゲルバンとセクレシアはそれぞれ三大魔境のロスト砂漠と魔王領デルタに面している。
ロームは二大国に守ってもらう代わりに武器や防具を提供している。
そんなロームを支える主な町は王都、セタコバ、フィーロの3ヵ所だ。
セタコバで蚕や綿花を大量生産し、フィーロで織物にする。
王都では金属類の加工が盛んで、場合によってはフィーロで作られた鎧と組み合わせる。
そしてその3ヵ所ではそれぞれの産業に特化した魔術が根付いている。
ヤマトが狙っているのはそれらの魔術だった。
ラスクと別れた後、ヤマトは早速フィーロの製糸工場に向かった。
そこならば求めている魔術が見れると踏んだからである。
工場はフィーロを象徴する建物だ。
フィーロの工場は一つの大きな工場に小さい工場が複数くっついたような構造をしている。
その大きさはフィーロの町の領土の10分の1を占めるほどだ。
住民のほとんどは作業員だ。
ゆえにフィーロでは王都をはじめとする周りの町に食料需給を頼っている。
そうでもしないと大国への大量の供給が追い付かないのである。
工場正面には工場の大きさにふさわしい、縦横8メートル超の門が取り付けられていた。
普段はこの扉が使われることはまずない。
主に新しい機械の出し入れをするためのものである。
しかし、普段使わないとはいえそこには警備員が配置されている。
ヤマトは門の警備をする衛兵に声をかけた。
「この中、入ってもいい?」
ヤマトが小さな人差し指で、閉ざされた巨大な門をちょんちょんと触った。
「え?いや、ここは人が通る所じゃないよ。それとごめんね。この工場はまず、君みたいな子供が入るような場所じゃないんだよ」
衛兵は少々戸惑いつつ、しゃがんでヤマトに視線を合わせて優しく止めた。
この国では児童労働は違法だったからだ。
それを聞いたヤマトが突如、手に持っていた小さな革袋に手を突っ込んだ。
ヤマトは革袋から大量の白い糸が溢れんばかりに入った籠を三つ取り出した。
なんと腰の辺りまである糸はヤマトの腰の高さまであった。
「ええっ!?こ、これは?」
衛兵は腰を抜かして驚いた。
せいぜい昼食が入るかどうかという程度の小さな革袋から、あり得ない程大量の糸が取り出されたのだ。
驚いて当然だ。
衛兵は肝心の糸については、艶がいいというくらいで価値の判別ができたわけではなかった。
しかし、少年の一連の動きからして、ただ者ではないことは理解した。
したがって、少くともただの衛兵一人で解決するものではないという結論にたどり着いた。
「ちょ、ちょっと待っててね。工場ちょ……偉い人呼んでくるから」
衛兵は焦って転けそうになりつつ、正門横の扉を開けて工場内に入っていった。
ヤマトはポツンと一人残された。
暇を持て余すヤマトにはラスクとの会話が自然と思い出されていた。
もちろん体内魔力増幅魔術を詠唱しながら、だが。
『ねえおじさん、好きな魔術は?』
ヤマトは目を輝かせて聞いた。
ヤマトは話す人には大体いつもこの問いを吹っ掛けている。
『うーん、おじさんは魔術に詳しくないから、まず魔術をあんまり知らないんだよね。あ、でも1つ持ってるのがあるよ』
『なになになに!?』
ヤマトは上目遣いにピョンピョン跳ねた。
その目は早く話せと雄弁に物語っている。
『まあまあ、ちょっと落ち着いてよ』
一歩間違えば頭突きしかねないヤマトを諌めつつ、ラスクは荷車の中から小さな革袋を取り出した。
『この皮袋におじさんの……君の言う所の、『好きな魔術』がかかってる。聞いた話によると、亜空間魔術という魔術らしい。効果のほどは、えーっと例えば……』
ラスクはそう言いつつ、適当に積み荷を持ってきて、革袋の中に入れる。
すると人の顔くらいのサイズの箱が、たった一つの小さな皮袋に何個も何個も入っていった。
『ほらね、あり得ないくらい入るでしょ』
『おお!確かにすごいな!これはもしかしてベスゴゼル王国で手に入れたのか?』
『よく分かったね』
ヤマトは魔術を見ただけでどこのものか分かった。
ラスクはヤマトの知見の広さに素直に驚きつつも、商人として空恐ろしく思わずにはいられなかった。
『これは確か、別の空間に繋げる門みたいな働きのものを作る魔術だったはずだ。ということはおそらく、上限があると言うことなんだろうな。じゃあどれくらい入るか試してみようか!限界まで入れたらただ入らなくなるだけなのか、パンパンになって術式自体が破損するのか。破損したらどうなる!?中身は別空間にとどまるだけなのか?はたまた座標を現実空間に置き換えて中身が出てくるのか?その時の衝撃は……』
『これかなり高級だから試さないでね!?』
物騒なことが聞こえて、慌ててヤマトの肩を強めに掴んだ。
『……そっか』
ヤマトはシュンとしてしまった。
ラスクは本気でやるつもりだったのか、と戦慄した。
『あっ、そうだ』
ラスクはあることを思い付いた。
『これあと3つくらい持ってるから、お礼としてあげるよ』
『マジで!?』
ヤマトは一瞬で太陽のような、好奇心に満ちた笑顔に戻った。
だがラスクにはその好奇心にはどこか邪なものが含まれているような気がした。
『お、お願いだから、壊さないでね……』
だがラスクの念押しは、革袋を熱心に観察するヤマトには届かなかった。
(さすがに門番は素通ししてくれないだろうから、この糸を出すように言ってくれたのもラスクだし、ラスク様々だな)
ヤマトは自分の腰辺りまで積まれた糸に目を向ける。
ラスクは無計画で突っ込もうとしているヤマトにドン引きして、代替案を提案した。
それは道中で魔獣を狩って、その素材を工場に提供する、というものだった。
ちゃっかりその素材を一部買い取ったのはご愛嬌だが、ラスクの働きは上々だった。
ヤマトが改めて心の中でラスクを拝んでいると、ちょうど体内魔力増幅魔術の13週目が終わった時、衛兵が中年の男性を連れて小走りに帰ってきた。
「こちらが例の少年です」
「なるほど。で、こっちがその糸ですか……っ!これ、プラーニョの糸じゃないですか!」
男は一目見て糸の価値に気がついたようで、目を剥いて驚いた。
プラーニョとはアステラとフィーロの間にある平原では一番強い魔獣である。
討伐は相当難しいが、その糸は軽くて丈夫で、糸の理想形と言われていた。
製糸工場のあるローム国にとっては喉から手が出るほどほしいものだ。
しかし、優秀なもの達は隣国の魔境に吸い取られていくため、ロームの軍事力は低い。
プラーニョはローム国の兵ではそうそう簡単に太刀打ちできなかった。
とはいえ倒せなくもないが、倒そうと思っても人件費がかかりすぎる。
その糸から得られる利益よりも圧倒的に人件費の方がかかってしまうため、わざわざ兵を出すことはないのだ。
ゆえにプラーニョの糸はなかなか市場に出回らない、希少な物だった。
男はヤマトを観察した。
ヤマトの衣服は薄汚れたローブだ。
とても人を雇えそうなお金など持ち合わせていなさそうだった。
となれば一番可能性が高いのは単騎でプラーニョを倒したことだ。
男はヤマトの強さに驚愕していた。
「あなた、何者ですか」
「ヤマト」
その一言で男は完全に理解して態度を改めた。
この国ではそれほど説得力のある言葉なのである。
「失礼いたしました。私はここの工場長のカメリアと申します。今からこの工場を案内させていただきますが、それでよろしいでしょうか」
「ああ」
ヤマトは素っ気なく答えた。
こうしてヤマトは人知れず工場探検をすることが決まった。
「この工場での作業は大きく分けて2つです。一つは糸を作ること。もう一つは織物にすることです。まずは糸を作る作業から見ましょうか」
男は揉み手をしながらにこやかにヤマトに話しかける。
ヤマトは男を見向きもせずに答えた。
「織るとこだけでいい」
「そ、そうですか……」
カメリアは早速マイペース過ぎるヤマトに振り回されてしまっていた。
カメリアは困惑しつつ、負けじと説明を始める。
「使う糸はこの工場で制作したものがほとんどですが、まれに商人が持ち込む糸を使う場合もあります。そして……」
一生懸命説明しても、ヤマトは至極興味がなさそうに話を聞いていた。
(もう少し興味持ってくれたらいいのに)
カメリアがそう思ってしまうのも無理はなかった。
少し歩くと大きめの扉が見えてきた。
「こちらが作業場になります」
そう言ってカメリアが扉に手を掛ける。
カメリアが扉を開けた瞬間、大勢の人が見え、騒がしい声が耳に入ってきた。
この部屋が騒がしいのは私語が多いからでも、喧嘩が起きているわけでもない。
声の一つ一つが詠唱なのである。
そして詠唱するのは500を越える作業員だ。
さすがにそこまで多くの魔術師を雇うことはできない。
この作業員はほとんどが民間人であるのだ。
魔術を使うのに必要なものは3つ。
魔力と想像と詠唱だ。
魔力を使い、魔術を使うことを想像しながら詠唱する。
ここで使われている魔術には、複雑でなければ必要な魔力量は少なく、民間人でも仕様することが容易だ。
ならば後は想像と詠唱を教えて作業させるだけで魔術が使用できる。
これが魔術による大量生産の現場なのである。
「壮観だな!」
ヤマトは魔術の大詠唱に心を奪われていた。
カメリアはヤマトが初めて見せる笑顔を見て、満足そうに説明し始めた。
「はい、おっしゃる通り、この工場ではフィーロに伝わる織布魔術によって作業を行っています。装飾類の細かい調整のみは機械を使って作業を行っていますが、ほとんどが魔術による作業です。かなり大人数で常に詠唱を行っているので、うるさく感じるかもしれませんがお許しください」
カメリアは熱心に説明したが、詠唱に聞き入っているヤマトは何一つ聞こえていなかった。
カメリアはそんなヤマトを見て焦りつつ、少し遠くにいる作業員に声をかけた。
「ちょっといいですか」
「はい、なんすか」
ずっと下を向いて作業していた男が顔を上げた。
「少しこの方に作業を見せて頂けますか」
男はカメリアの隣に立っていたヤマトを見る。
もとよりこの工場には貴族が見学に来ることがよくある。
しかしヤマトは子どもだし、身なりも決して良いとは言えず、むしろ貧しい印象があった。
だが男にとってはどこかで見覚えがある顔だった。
男は不審に思ってヤマトの正体が何なのか記憶をたどる。
男は成績が振るわず魔術学院を2年前に中退し、この職についた。
男とヤマトが学院に通っていた時期は重なっている。
そう、男はアステラの学院でヤマトを見ているのだ。
彼はしばしの思案の末、目を見開いて驚いた。
「も、もしかして……」
男はヤマトの正体にたどり着いた。
「早く魔術を見せてくれ!」
「えっ、は、はい、分かったっす」
男はヤマト勢いに押されてうなずく。
本当は正体を確かめたくてウズウズしていたのだが、今はそんな雰囲気ではない。
男は軽く息を吐いて詠唱を始めた。
「齧鐵鼈轟鬣癭兤贐醱轟……」
男にしては高い声が、ざわざわしている工場に一段と響いた。
詠唱が進むと縦横に敷き詰められていた糸か波打つように動き、みるみるうちに繊維が織り込まれていく。
そして詠唱が終わるころには立派な一つの布になっていた。
作業が終わると、男は深く息をついた。
「ふう……どうっすか。数年続けてるだけあって自信はあるんすけど」
男がヤマトにニカリと笑いかけると、ヤマトは男の顔を一切見ず、出来上がった布をじっと見て固まっていた。
男は一瞬、天才に落胆されてしまったのではないかと不安に思い、ヤマトの顔を見つめる。
しかし男の心配は杞憂だった。
ヤマトは心のなかで大興奮していたのである。
(なるほど!多少複雑な構造でもいけそうだな!糸を交差して織るだけのものと思っていたが、一度ほぐしてから織るという工程が挟まっているから、かなり調整が効きそうだな!それとこの工場、一般人が多いな。ということは……)
ヤマトは何度か頷き、不意に顔をあげた。
考察に一区切りついたのである。
「よし、カメリア、ありがとう、帰るね」
ありがとうという言葉を発してヤマトの脳内にはラスクの顔が思い浮かんでいた。
この際本当に魔術なのか試してみようとしたのである。
しかしいきなり帰ると言われた男たちにとってはひとたまりもない。
「ええっ!?もうですか!?」
「あの、サインとか握手とか……あっ、待って……」
男の言葉を置き去りにするようにヤマトは去っていった。
ヤマトが帰る途中、カメリアはヤマトに商談を持ちかけていた。
「あの、ヤマト様、提供させて頂いた糸を買い取らせていただけませんでしょうか」
「いいよ」
「言い値で買いますしいつでも工場に来て頂いて……ってえっ!?そんなにあっさりいいんですか?……いえ、ありがとうございます」
「あと3籠買い取って」
「そんなにいいのですか!?しかし、すぐにそんな大金、用意できるか…」
「死ぬほど安くていい」
「は、はあ、死ぬほど…」
というような具合で、相場の4分の1ほどの金額で支払いが行われた。
後日、創業史上最高にフィーロは潤ったそうだ。
工場から出てすぐ、ヤマトはぶつぶつと口にだして思案していた。
「よしよしこれで魔術書が買えるな!だがありがとうっていうのはやはり分からんな。心が温まるというのは嘘か?ラスクめ……騙したか。いやそれよりも織布魔術は面白いな!齧鐵鼈轟を冒頭に持ってくるとは精霊祝詞を省いた水球くらいでしか見たことがないな。しっかり耳コピで覚えたしいろんな魔術に応用できたらいいな!例えば……」
ヤマトが興奮気味に考察していると、白髪で真っ白な格好をしていて、目だけが赤い少女が目に入った。
その異様な格好に、ヤマトの目は少女を捉えた。
するとその少女と目が合い、なんと少女はこちらに歩いてきた。
目前まで来るとその少女は突然、ヤマトの足元で跪いた。
「お願いです。助けてください!」
ヤマトはすぐには状況が飲み込めず、その場で立ち尽くした。




