ファミア
ちょうどヤマトが工場見学をしている頃、フィーロには白髪の美少女が来ていた。
彼女は真っ白なワンピースを着て腰には白い鞘に収まった刀を下げていて、深紅の目以外はすべて真っ白だった。
彼女はキョロキョロと辺りの人々の顔色を伺っており、端から見れば何かに怯えるようでも人探しをしているようでもあった。
彼女はその容姿のために町を歩く人たちの目を引いているが、今の彼女にはそんなことを気にする余裕さえなかった。
ふと黒髪長身の若い男性に目が留まる。
その人を見た瞬間、1週間前のことが昨日のことのように思い出された。
その夜は雨が降っていた。
視界が悪い中で怪しげな人影が見え、不審に思ってこっそり近づいた。
するとその人影はこっちに気が付いて目の前に立ちはだかった。
容姿は男性と似た、黒髪長身の男だった。
男は圧倒的な魔力を抱え、邪悪な笑みを浮かべた。
思わず足が竦み、戦う気などさらさら起きなかった。
男は冷ややかにこちらを煽ると、奥の森へと消えた。
思い出すだけで寒気が走る、悪夢のような現実だ。
(あれはヤバい。でも、守らなきゃ)
彼女には大好きな母親がいた。
しんどくなったときはいつも抱き締めてくれた。
でもあれが暴れれば、母親は死んでしまうかもしれない。
彼女は逃げてしまいたい気持ちをグッと堪える。
守るべきものを守り抜かなければならないから。
流石に一人では絶対に無理だ。
でも、一緒に戦ってくれる人がいたならば可能性は見えるかもしれない。
改めて決意を固め、魔力感知を発動して前を向く。
魔力感知とは言葉通り魔力を感知するものだ。
万物が持つ魔力の流れを読み取るその能力は、目の前に障害があろうとその奥の魔力の流れを透視することができる。
さらに言えば魔力感知は魔術ではなく、魔術師ならば生来備わっているもので、第六感とも言われていた。
魔力を操作して魔術を行使する魔術師には必要不可欠なものなのだ。
少女は魔力感知を使って魔力の高い人間を探し出そうとしているのだ。
すると、目の前の工場から真っ黒な男の子が出てきた。
服が黒というわけではなく、本人が影のように真っ黒なのだ。
彼女の目は男の子に釘付けになった。
その影には心当たりがあった。
それは特異魔色と名前がついている。
魔力の色は紫だ。
だが、世界には紫以外の色の魔力を体内に溜め込む者がいる。
色の違う魔力には普通の魔力の数倍以上の濃度があり、保有する魔力も人並み外れている。
そんな者達を、人々は特異魔色持ちと呼んでいた。
一目でこの少年が黒の特異魔色だと分かった。
少女はあの悪夢とは違った種類の寒気が走った。
それは圧倒的な恐怖だ。
だがしかし、不思議とそれは憧憬でもあり、希望でもあった。
(この子が居れば勝てるかもしれない……! でも、協力してくれるかどうか……。いや、ダメ元でも頼むしかない)
決意を固めると彼女の足は真っ直ぐにその男の子のところまで動いていた。
「お願いです、助けてください!」
口に出したときには、少女は男の子に跪いていた。
ヤマトは突然一人の少女に跪かれていた。
少女は特徴的な白髪に真っ白な肌で、白いワンピースを着ていた。
真っ白でないのは深紅の目だけだった。
その上可憐で綺麗だったため、歩くだけでも目立っていた。
そんな目立つ少女が少年ヤマトの前で跪いた。
それは周囲の人が立ち止まって二度見してしまうほど異様な光景だった。
しかしヤマトは人の目を気にする様子もなく少女のもとへ歩み寄り、トントンと肩を叩く。
少女は叩かれた肩をビクリと震わせた。
何を聞かれるのかと不安で押し潰されそうになりながら、おずおずと顔を上げる。
「なぁ! 好きな魔術はなんだ?」
「…………はぇ?」
少女は耳を疑った。
どんな嫌みや罵詈雑言を浴びせかけられるかと思っていたのに、ヤマトの口から出て来たのはファミアにとって心底どうでも良いものだったからだ。
「えっ?……今、ですか?」
「もちろんだ!」
困惑する少女にヤマトは即答した。
「……??」
本当に意味が分からなかった。
開口一番に聞く意味もわからないし、これ程人の目を集めているのに聞くのがそれだっていうのも意味が分からない。
だが、目の前にいるのは黒の特異魔色持ちだ。
特異魔色は魔力の塊だ。
戦えば強いのは間違いない。
特異魔色持ちには偉大な人も多い。
ならば好きな魔術が何か、と問われたのには凄まじいまでの意図があるのではないか?
ヤマトの言葉を必死に理解しようとする少女にそんな考えがよぎった。
誇張したり嘘をついたりしてバレれば首が飛びかねない。
ここは素直に答えるべきだと思って慎重に口を開いた。
「うーん、好きかって言われると難しいですね……得意なのは火魔術なんですけど」
「おお! それなら間違いないな!」
ヤマトが回り込んで少女の背中をポンポンと叩く。
「よし! 何でも手伝ってやろう」
ヤマトは腰に手を当て、ニコッと笑っていた。
「えっ、いいんですか!? まだ何も説明してないのに……」
少女は嬉しさが初めに来たが、段々と不安が押し寄せてきた。
なぜか得意魔術を教えたら、それだけで快諾してくれたからだ。
不審に思わないわけがない。
だがヤマトの笑顔と勢いが少女の不安を吹き飛ばす。
「もちろんだ!」
ヤマトの笑顔は純粋で、少女にはそれが輝いて見えた。
少女はまだ不安が心にこびりついていたが、直感的にヤマトが信頼に値すると思った。
この人ならば私の町を救ってくれるかもしれない。
少女はこの時、心の底からそう思ったのだった。
二人はひっそりとした裏路地に入り込んでいた。
何を話すにしても、工場付近の表通りでは人目につきやすいからだ。
奥の方まで進んで、周りに誰もいないことを確認すると、少女が口を開いた。
「私はファミアです。13歳の魔術師です。あなたは?」
「ヤマト。同じく魔術師で、10歳」
「じゅっ!? よ、よろしくおねがいします」
ファミアと名乗った少女がペコリと会釈する。
ヤマトはかなり幼い印象があったので、もしかしたら魔術が使えないのではないかと思っていたが、心配はなかったらしい。
それどころか、10歳でもう魔術師になっている天才だった。
ファミアも今年、魔術学院を卒業して魔術師となった。
13歳で魔術師になったことに誇りを持っていたが、上には上が居たらしい。
ファミアは相当に驚いていた。
「とりあえず早めに王都に向かわないといけないので、歩きながら話しませんか?……あっ、何かご都合があれば待ちますよ」
ファミアとしては一刻も早く向かいたいが、ここでヤマトの機嫌を崩すのはまずいと思った。
「すぐ行こう」
ファミアの心配は杞憂だったようだ。
「えっ、いいんですか!?」
「いこいこ」
ヤマトはファミアを待たず、フィーロの出入り口へと足早に進む。
ファミアの方が急いでいるはずなのに、なぜヤマトの方が先に行っているのだろうか?
ファミアは疑問に感じつつヤマトを追いかけた。
「はあ、はあ、ちょっと待ってください!」
ファミアが息も絶え絶え声をかけると、前を行くヤマトが足を止めた。
ちなみに声をかけるのは5回目だった。
やっと止まってくれたと思いつつ、ファミアは走っていたのを歩きに変える。
ヤマトの早足は10歳とは思えないほどに早く、走ってやっと追い付ける程だったのだ。
ヤマトは振り返ってあっけらかんと口を開く。
「え? でも先急いでるって……?」
「いや、確かにそうなんですけど……もうちょっと、ゆっくり歩いて欲しいというか」
こんなペースで歩かれると体力が尽きて、結果的に着くのが遅くなってしまう。
「ん?難しいこと言うな」
「いやそんなことないですよ」
これから苦労しそうだと予感しつつ、ファミアは深くため息をついた。
「まあいいです。そろそろ本題に入りましょう。私からのお願いは悪魔の討伐です」
「悪魔とな!?」
ヤマトが飛び跳ねてファミアの両肩を持つ。
いきなりヤマトの顔が近くなって、ファミアの心臓が飛び跳ねた。
「ほんとなのか!?」
ファミアの肩をブンブンと前後に揺らすヤマト。
酔いそうになりながらファミアは口を開いた。
「は、はい。王都に出没しているんですが、おそらくまだ私しか気付いていません。……いや、というよりは向こうから私に接触して来たんです。それで王都の住人に悪魔が現れたよって言ったんですが、ただでさえ悪魔が珍しいのに……信じてもらえなくて……」
悪魔は三大魔境の一つであるロスト砂漠に棲む人型の魔獣である。
人間と大差ない高い知能を持っていて、悪魔界では人間とは少し違った方向性で魔術が進歩している。
さらに悪魔はその知能を以て砂漠の魔獣をまとめ上げる支配者階級である。
魔獣特有の多大な魔力量から放たれる魔術もそうだが、魔境の強力な魔獣の使役はとてつもない脅威だ。
地理的にも、そんな悪魔がロームに現れるはずがない。
そう言って町の人々に頭ごなしに否定されるのである。
それに加え、ファミアはどこか歯切れが悪かった。
どうやら町の人に否定されるのはそれだけではないようだった。
ヤマトがそこに目敏く切り込む。
「炎妖族だからか?」
「やはり分かりますか……」
ヤマトの直球にファミアは目を伏せた。
炎妖族とは内側に炎の精霊を宿す人のことを言う。
しかし、炎妖族は炎の精霊の力を自由に操れるというわけではない。
それどころか、炎の精霊を押さえるような魔道具がなければ、自我を失って炎の精霊が勝手に暴走してしまう始末である。
炎妖族は昔、暴虐の限りを尽くして民に恐れられた。
それが年月を経て、いつしか差別になったのだ。
炎妖族は皆女性で、子どもが生まれると炎の精霊はその子に受け継がれる。
炎妖族は代々差別されていて、差別意識はなんと今でも残り続けている。
その差別と言ったらひどいもので、王都では炎妖族はスラム街に押し込められ、歩いているだけで石を投げられることがあるほどだ。
だから本当は炎妖族だとは気づかれたくなかったが、ヤマトには既にお見通しだったようだ。
ファミアはこのときに初めて好きな魔術が何かを問われた理由が分かった。
炎妖族は炎の精霊の力を一部借りることができるため、種族的に火魔術が得意なのである。
やはりヤマトは油断ならない相手だと思った。
「今思えば、悪魔のことですから、あえて私に姿を見せて愉しんでいたのかもしれないですね」
ファミアはどこか遠い目をしていた。
もう怒りさえほとんど沸いて来ない。
諦めて、もうそういうものだと受け入れてしまっている、そんな目だった。
「あなたも、私のことが怖いんでしょう? 信用ならないんでしょう?」
自嘲するようにファミアが言う。
もうファミアはヤマトの協力を得ることは半ば諦めていた。
ヤマトが協力してくれるなら非常にありがたかった。
だが炎妖族だとバレた以上はもう、別の人間に頼むしかない。
どうせ自分の話を聞いてくれる人なんていないのだから。
……そう思っていたのだが。
「悪魔か……会ってみたいな!」
ヤマトの関心は炎妖族の差別などにはなかった。
悪魔だったら魔術に対してどんな新しいアプローチをしてくれるのか。
ヤマトの頭の中は悪魔の使うであろう魔術で頭がいっぱいだった。
ファミアを信じる信じないの段階ではなく、ファミアが本当のことを言っている前提で話が進んでいたのだ。
頭の中でヤマトから逃走するシュミレーションまでしていたファミアとしては拍子抜けだった。
「えっ、あ、あっさり信じてくれるんですね。ありがとうございます……!」
ファミアにとって、自分が信頼されるなんていうことは本当に久しぶりだった。
恐ろしいというレッテルを貼られ、否定され、拒絶され続ける毎日。
本当に苦しい日々だった。
それが今日、やっと信じてもらえた。
ファミアは久しぶりの喜びを噛み締めた。
本当はその場で泣いてしまいたい程だったが、すぐに脳裏に悪魔の顔が浮かび、再び気を引き締めた。
「ですが、あまり油断しない方が良いと思います。おそらくあの悪魔は私の本気でも簡単な相手じゃないと」
ファミアの言う本気とは、暴走である。
自我を失って炎の精霊の力を最大限引き出すのは、リスクが高すぎるため、最後の切り札だ。
それなら倒せるかもしれないが、最悪王都まで滅びるかもしれない。
だから迂闊には使えない。
結局は打つ手なしだ。
ファミアは相当危機感を抱いていた。
「ほほう」
ヤマトはファミアの焦りも知らず、目を細めて不気味に笑った。
ファミアはヤマトがそんな顔をしているとは知らず、話題を変えた。
「報酬はどうします? 申し訳ないんですけど今お金がそこまで無くて……。あのっ、何年かかっても払おうとは思ってるのでっ、どうか協力してほしいんです……」
ファミアの頼みはかなり無理があるものだった。
悪魔の討伐は命懸けだ。
倒せたとしても、負傷は免れないだろう。
それなのに全額後払いだ。
こんな少女の言葉には信憑性などなく、用意できる可能性は低い。
ファミアはもちろん用意するつもりだ。
しかし、これで頼みの綱であるヤマトの協力が得られなくなってしまうかも知れない。
そう思うと言葉が震えた。
緊張して表情が強ばるファミアに、ヤマトが答える。
「報酬なんていらない」
ヤマトの答えはずいぶんとあっさりしたものだった。
ファミアがもしラスクのような賢い大人だったら、無償で受けるなど怪しすぎて受けなかったかもしれない。
しかしファミアはそんな経験などなく、良くも悪くも単純だった。
ファミアは無事無償の取引が成立したということだけに目を向け、ほっと胸を撫で下ろした。
そこから二人は追加で詳細に情報交換していた。
具体的には悪魔の容姿や見た場所についてなどだ。
ある程度情報共有が進んでが話題がなくなり、会話が止まると、ヤマトが体内魔力増幅魔術の詠唱を始めた。
初めは突然何か呟き始めたヤマトにファミアはギョッとしていたが、すぐにヤマトの言っていることに聞き覚えがあることに気が付いた。
「体内魔力増幅魔術ですか? 使ってる人は珍しいですね。あぁ、止めなくていいですよ、一詠唱終わったらでいいので」
体内魔力増幅魔術は1詠唱に30秒程かかるくせに、生まれたときの魔力量の1%しか魔力が増えないというクセのある魔術だ。
詠唱することさえ難しいのに効果が弱いこの魔術は、使用者が極端に少ない。
そんなものがなくても、放っておけば成長するにつれて魔力量は増えるからだ。
ファミアもヤマトが使っているのを見て、そんな魔術もあったなと思い出したほどだ。
懐かしいなと思っていると、ファミアはある違和感に気づいた。
(待って? 10歳で、魔術師で、なんかぶつぶつ言ってて気味が悪い?)
ファミアはそんな噂を魔術学院にいる時に耳にしたことがあった。
彼は授業と授業の間にある休み時間も、ずっと勉強し続けていた。
ぶつぶつと何かの詠唱をしながら。
そして彼は学校中の人々に好きな魔術を聞いて回っていたそうだ。
もちろん話しかける人は皆初対面だ。
話しかけられた人が素直に答えなければ、彼は興味を無くして教室に帰った。
答えたならば、目を輝かせて2、3話をし、満足そうに教室に帰って行った。
それを不思議に思って誰かが話しかけると、彼は人が変わったように無視し続けた。
そんな彼を誰もが気味悪がった。
これが未来の最年少魔術師だとも知らずに。
ファミアは7歳で最年少魔術師となった天才が魔術学院を卒業した年を思い出す。
確か最年少魔術師という名前が世間に出始めたのは3年前。
目の前のヤマトは10歳。
辻褄が合ってしまった。
ファミアは心の中で頭を抱える。
実はファミアはヤマトと同じアステラの魔術学院に通っていた。
しかしヤマトは飛び級に飛び級を重ね、ファミアと同じ学年になることはなかったのだ。
その上ファミアは学生時代、同級生に苛められていたため、他人に興味を持つ余裕がなかった。
そのせいでヤマトと最年少魔術師が結びつかなかったのだ。
ヤマトが詠唱を終えたのを見て、ファミアがヤマトに話しかける。
「すごいですね。その詠唱、私できないのに」
ヤマト=最年少魔術師だと気が付いたファミアの口から出てきたものは、以外にも素直な称賛だった。
一見冷静沈着なファミアだが、心の中では動揺しかしていなかった。
(えっ? 私10歳って聞いた時点でなんで気が付かなかったの? 気が付かなかったなんて今さら過ぎるよぉぉぉぉ)
ファミアがやってしまったことは、その人が自国の国王とは知らずにタメ口で話しかけてしまったようなものだ。
魔術師たる自分が、話題の天才魔術師に気が付かなかった。
ファミアの精神はへにょへにょになっていた。
そんなファミアに、少し先を歩くヤマトが歩みを止めて話しかけた。
「気付いてるか?」
「へ?」
ファミアはヤマトに話しかけられ、正気を取り戻した。
何事かと思ってヤマトの目線の先を見ると、そこには米粒のような影が空と陸に一つずつあった。
ファミアは咄嗟に魔力感知を発動してそれが何かを確認する。
その影は大きな魔力を持っていて、かなりの速度でこちらに向かってきていた。
魔力量と魔力の形、移動速度から魔獣だと推測した。
ファミアは腰に下げた刀を抜いて戦闘体制になる。
ヤマトは二つの影を注視しながら詠唱を始めた。
ものすごい速さで近づいてくる二つの影は、ものの1分足らずで色や形がなんとなく分かるくらいまで近づいてくる。
ファミアは二つの影はぼんやりとしか見えていなかったが、ヤマトはそれがはっきり見えていた。
「あれ? 前逃がしたデザートバードじゃないか。それともう一つはおそらくレッサーサースティウルフだな。確かサンドウルフの上位種だったか。しかしデザートバードとサンドウルフは敵対関係にあったはずだよな?」
ヤマトは空を飛ぶ魔獣に見覚えがあり、思わず考察してしまっていた。
移動速度の速い二体の魔獣は、既に目前まで迫って来ていた。
にも関わらずヤマトの考察は止まらない。
「これはどういうことだ? 一時的な同盟を結んで人間界を侵略しに来たか? あるいは……」
「ちょいちょい言ってる場合じゃないですって!」
ファミアはもうこちらに攻撃しかけている魔獣達を見て、咄嗟にヤマトの考察を制止した。
だがヤマトは止められずとも準備万端だったようだ。
ファミアが叫んだ直後、ヤマトはデザートバードとレッサーサースティウルフの体当たりを障壁で受けた。
ヤマトは直前まで長々と話していた筈だ。
確かに障壁魔術の詠唱はしていた。
だがそれはヤマトが考察をする前だ。
元々展開されている障壁にぶつかっていくほど魔獣たちも馬鹿ではない。
つまりヤマトはたった今、魔獣たちの攻撃にあわせて障壁を展開したのである。
詠唱の中断と再開。
ファミアが知っているのは一定期間なら、何も言葉を発さなければ途中で中断した詠唱を再開することができる、というものだ。
だがヤマトは間にこれでもかと話していたのにも関わらず、詠唱を再開して見せた。
目の前で起こったことがにわかには信じがたく、ファミアは戦闘中であることを忘れて呆けてしまった。
ヤマトは当然という顔で尊大に宣言する。
「デザートバードは貰うぞ」
「ではレッサーサースティウルフは私が相手します」
ファミアは必然的に余った狼の方を相手することになった。
だが、空中戦が苦手なファミアにとって、ヤマトの提案はありがたいものだった。
「障壁が崩れる。少し離れて戦うぞ」
「了解です」
手短に作戦会議を済ませると、ヤマトは障壁を解除した。
下手に障壁が崩れ、意表をつかれるよりも、こちらから解除すれば主導権が握れるからである。
障壁が突然なくなったことで魔獣たちの攻撃は空を切り裂いた。
ヤマトとファミアはその一瞬の隙を見逃さなかった。
お互いの攻撃が当たらないように、15メートルほど距離が開くように誘導する。
ヤマトはデザートバードの攻撃をヒラリヒラリと躱しながら、火球の詠唱を始めた。
「黴鐵鬣黶鬣璽癭兤兤鬣黶齧……」
デザートバードは飛翔速度が速く、普通ならば躱すことは難しい。
だがヤマトは嘘みたいに躱し続けた。
結局デザートバードの攻撃はヤマトに当たることは無く、詠唱が完了してしまった。
右手のまわりに7つの火球が生み出される。
「もう一回だ。本当に詠唱してるか確かめてやろう!」
その言葉と同時にヤマトは右手を突き出した。
それに呼応した火球がデザートバードを追っていく。
まるでラスクの前でやった時を再現しているようだ。
デザートバードはやはり、あの時と同じように一定の速度を越えた時に鳴き声をあげた。
「……ほうほう興味深い。最初の精霊祝詞をすっ飛ばして『強風』の詠唱をしているのか! というかそんなこと可能なのか? まず魔獣が実際詠唱しているのが面白い。だが魔獣たちは詠唱の意味を理解していないな。おそらく本能的に詠唱を使ってるんだろうな。中位魔術を使わないのも詠唱が難しいからって所か」
ヤマトが長々と考察する間も、火球はデザートバードを追っていった。
デザートバードはどんどん加速していったが、なんと火球の速度はそれ以上だった。
結果的に火球が2、3発命中した。
勝てないと悟ったデザートバードは小刻みに震えて情けない鳴き声を上げ、再び逃亡し始めた。
「えー逃げるのかあ。まあ今は逃げていいよ、また会いそうだし、その時でいい。それよりも……」
ヤマトはファミアの方に視線を向ける。
ヤマトの蹂躙とは違って、ファミアの戦いは激戦だった。
ファミアは鉤爪を受け止めて、鉤爪を受け流して、鉤爪を受け止めてを繰り返していた。
受けられてこそいるが、全く反撃できていない。
レッサーサースティウルフはとにかく速かったのだ。
それこそ、ファミアの反撃を許さないほどに。
それよりヤマトが気になっていたのは、レッサーサースティウルフはが頻繁に吠えていたことだ。
「吠えすぎじゃないか? デザートバードのこともある。詠唱の可能性もありそうだな!」
ヤマトがご満悦で考察する裏で、ファミアはある魔術の詠唱を始めた。
そのせいで今まででもいっぱいいっぱいだったのに、受け止める時に押し負けるときが出てきた。
その時はヤマトが先ほどの戦闘で残った火球をレッサーサースティウルフに牽制として、ギリギリ当たらないように放った。
そのお陰でファミアはレッサーサースティウルフが迂闊に動けないのを利用して、体制を整えることに成功していた。
ヤマトがレッサーサースティウルフを倒すのは簡単だ。
魔術を併用して、空を自由に飛び回るデザートバードにさえ、火球を命中させて見せたのである。
デザートバードよりも遅いレッサーサースティウルフを屠ることなど雑作もない。
しかしヤマトはそれをしなかった。
ファミアが使う魔術を見たかったからだ。
そうとは知らないファミアは、ヤマトに試されていると思っている。
期待に答えられるよう、ファミアは必死になった。
「……韉鬣黴璽醱贐鏽璽贐癭鼈霽鑿轟」
ファミアが苦戦しつつも詠唱を完了させる。
するとファミアは剣の腹をなぞり、剣が炎を纏って燃え出した。
それは炎纏という、下位火魔術だ。
使用者の武器や防具を対象に、その形に沿って炎が纏わりつく、という魔術だった。
ファミアが先ほど同様に鉤爪を受けると、鉤爪が根元から燃え上がった。
レッサーサースティウルフは一度動きを止め、熱さに顔をしかめる。
一度引いて、燃え上がった部分を叩いて消火を試みた。
しかしその健気な消火活動が命取りだ。
ファミアは踏み込んで隙を晒すレッサーサースティウルフに数度切り込み、皮膚を燃やしてさらに鈍らせることに成功した。
だがしかし、流石はサンドウルフの上位種だ。
これだけ燃えても高い防御性能を誇る皮膚で致命傷には至っていなかった。
「やっぱり固いね。じゃああれを使うか」
このままでも攻撃し続ければ確実に倒せるだろう。
だがファミアは一撃で沈めるべく、詠唱を始めた。
「韉鼈齧黴黴璽贐齧……」
「中位魔術か! 流石だな!」
ヤマトは詠唱の一番初めに来る精霊祝詞を聞いて、ファミアがこれから中位魔術を使おうとしていると気づいた。
ファミアは中位魔術を使うことができると知って、ヤマトは認識を改めた。
「しかし気になるのは異様にレッサーサースティウルフが速かったことだな。おそらく踏み込み易いように土壌の操作をする魔術を使っていた。……土の下位魔術、沼化か。やはりこれも詠唱を省いているのか?そもそも……」
ファミアが一生懸命詠唱する中、ヤマトの考察も響き渡っていた。
レッサーサースティウルフもなかなか動けずにいるので、これを邪魔するものもいない。
だが、互いの話を一切聞かず、それぞれ同時に好き勝手なことを言い合っているようなカオスさが、その空間にはあった。
「……そろそろ詠唱が終わるな」
詠唱も終盤、後一節というところでヤマトは考察を中断した。
ファミアは詠唱を終わらせ、大量の汗を流して叫んだ。
「爆炎火球!」
その言葉に応じて、直径が人の腕ほどある、歪な形の火の球が生み出される。
そしてそのまま動けないレッサーサースティウルフに直撃した。
「たーまやー」
着弾と同時に爆炎火球は神秘的な虹の光を発して、多段的に爆発した。
ヤマトは汗だくのファミアのもとへスタスタと歩いて行って、ハイタッチした。
念のため爆炎火球の跡を調べると、なんとウルフの死体は残っていた。
皮膚が固かったため、原形はなんとか留めたようだ。
ウルフの死体は血をある程度洗い流してから、ラスクからもらった革袋にしまった。
死体処理をしているうちに日が落ちてきた。
特にファミアの疲労は物凄く溜まっていた。
そのためその場で夜営することになり、ファミアは持っていた天幕を張って、その中央に簡易的な仕切りを立てた。
ご飯はファミアが全て担当した。
ヤマトは絶望的なまでに食への興味がなく、パサパサで若干変色したようなパンしか持っていなかったからだ。
ファミアは残飯に群がるハエを思い浮かべてドン引きした。
ファミアは仕方なく、疲弊した体に鞭を打ってご飯を作った。
ヤマトは寝ている間も体内魔力増幅魔術を詠唱してるいた。
ファミアはゾンビを見るような目で引いたが、ヤマトは既に寝ていた。
しかしファミアは寝つきがよかったのでほとんど気にならなかった。
うるさすぎて寝れないということにはならなかったらしい。
翌日以降は真っ直ぐに王都へ向かっていった。
魔獣の襲撃もなく、順調に進んだので3日ほどで着いた。
「ここが王都か!」
ヤマトは新たな魔術を想像して目を輝かせた。




