新しい魔術
ラスクと別れた後、ヤマトはフィーロの製糸工場に向かった。工場はフィーロを象徴する、巨大という言葉が似つかわしくない程に大きな建物であった。正面には、その大きさにふさわしい、縦横8メートルの正門が備え付けられている。ヤマトはその門の警備をしていた衛兵に声をかけた。
「この中に入っていい?」
「え?いやここは子供の立ち入る所じゃないよ」
衛兵は少々戸惑いつつヤマトを制止した。
ヤマトは眉一つ動かさず、手に持っていた小さな革袋に手を突っ込んだ。次の瞬間、大量の白い糸が溢れんばかりに入った袋が取り出される。
「これあげる」
その糸はプラーニョという、平原に巣を作る体長3メートルほどの大きな蜘蛛の糸であった。驚くべきは、小さな革袋からあり得ない体積の糸が取り出されたことであった。
衛兵はその糸の価値が判別できたわけではなかったが、少年がただ者ではないことを理解した。
「ちょ、ちょっと待っててね、偉い人呼んでくるから」
ヤマトはその間、することもなく暇だっため、ラスクとの会話を思い出していた。
「ねえおじさん、好きな魔術は?」
ヤマトは目を輝かせて聞いた。
「うーん、おじさんは魔術に詳しくないからわからないなあ。あ、でも一つ分かるのがあるよ」
「なになになに!?」
ヤマトはかなり食いぎみに急かした。
「まあまあ、ちょっと落ち着いてよ。」
そう言ってラスクは小さな革袋を取り出した。
「聞いた話によると、これは亜空間魔術という魔術が組み込まれたものらしい。効果のほどは、例えば…」
ラスクはそう言いつつ、積み荷のいくつかをその中にいれる。
「ほら、あり得ないくらい入るでしょ。」
「確かにすごいな!これはベスゴゼル王国で手に入れたのか?」
「よく分かったね。」
「これは確か別の空間に繋げる門みたいな働きのものを作る魔術だったはずだ。ということはおそらく上限があると言うことなんだろうな。じゃあどれくらい入るか試してみようか!限界まで入れたらただ入らなくなるだけなのかパンパンになって術式自体が破損するのか。破損したらどうなる!?別空間にとどまるだけなのか座標を現実空間に置き換えて中身が出てくるのか?その時の衝撃は…」
「これかなり高級だから試さないでね!?」
「…そっか」
ヤマトはシュンとしてしまった。
「あ、そうだ。」
ラスクはあることを思い付いてヤマトに言った。
「これあと2つくらい持ってるから、お礼としてあげるよ。」
「マジで!?」
「お願いだからこわさないでね。」
(さすがに素通ししてくれないだろうから、プラーニョを狩るように言ってくれたのもラスクだし、ラスク様々だな)
などと考えていると、衛兵が中年の男性を連れて帰ってきた。
「こちらが例の少年です。」
「これは…」
男は糸の価値を見極めた。プラーニョはアステラ、フィーロ間の平原では一番強い魔獣である。そしてその糸は軽く、丈夫で、まさに糸の理想形であった。
しかし、プラーニョの強さはローム国の兵力では簡単に太刀打ちできず、倒そうと思っても、糸の利益よりも人件費の方がかかってしまうため、わざわざ兵を出さない、という希少な物であった。
男はそれを理解した上で、少年の強さに驚愕した。
「あなた、何者ですか」
「ヤマト」
その一言で男は完全に理解して態度を改めた。
「失礼しました。私はここの工場長のカメリアです。それでは案内させていただきます。」
「この工場の作業は大きく分けて2つです。一つは糸を作ること。もう一つは織物にすることです。まずは糸を作る作業から見ましょうか。」
「織るとこだけでいい」
「そ、そうですか…」
カメリアはマイペース過ぎるヤマトに完全に振り回されてしまっている。
「使う糸はこの工場で制作したものがほとんどですが、まれに商人が持ち込む糸を使う場合もあります。そして…」
ヤマトは至極興味がなさそうに話を聞いていたので、カメリアが(もう少し興味持ってくれたらいいのに)と思ってしまうのも無理はなかった。
少し歩くと正門と比べると小さいが、大きめの扉が見えてくる。
「こちらが作業場になります。」
カメリアが扉を開けた瞬間、騒がしい声が耳に入ってくる。
「おお!すごい数の詠唱だな!」
ヤマトが工場に入ってはじめて笑顔を見せた。
「はい、おっしゃる通り、この工場ではフィーロに伝わる織布魔術によって作業を行っています。かなり大人数で常に詠唱を行っているので、うるさく感じるかもしれませんがお許しください。ちなみに、熟練の魔術師も何名かいますが、ほとんどが一般人です。なので、細かい調整などのみで機械を使っています。」
カメリアは少し遠くの作業員に声をかけた。
「ちょっといいですか。」
「はい、何すか。」
「少しこの方に作業を見せて頂けますか。」
作業員の男はヤマトを見て困惑した。お客かと思えば少年だったので無理もない。しかし彼は思案の末、目を見開いて驚いた。
「も、もしかして…」
「早く見せて!」
男は魔術師であったため、ヤマトの正体に気づいたが、興奮しまくっているヤマトに急かされてしまった。
「は、はい、分かったっす」
男は一つ息を吐いて、すぐに詠唱を始めた。
「齧鐵鼈轟鬣癭兤贐醱轟…」
すると縦横に敷き詰められていた糸か波打つように動き、みるみるうちに布になっていく。作業が終わると男は深く息をついた。
「どうっすか、数年続けてるだけあって自信はあるんすけど」
ヤマトは微笑みつつ数秒固まっていた。男は一瞬、天才に落胆されてしまったと思って不安げな顔をしたが、それを見てか、ヤマトができた布にさわりつつ熱を込めて話し出した。
「なるほど!多少複雑な構造でもいけるのか!糸を交差して織るだけのものと思っていたが調整が効きそうだな!」
「はい、もう少し複雑に織ることもできるっすよ。けど、複雑なほど魔力を食うんすよね。」
「よし、カメリア、ありがとう、帰るね」
「あの、サインとか握手とか…」
男の言葉を置き去りにするようにヤマトは去っていった。
移動中、カメリアはヤマトに商談を持ちかけていた。
「あの、ヤマト様、あの糸を買い取らせていただけませんでしょうか。」
「いいよ」
「そんなにあっさり…いえ、ありがとうございます。」
「あと三袋買い取って」
「そんなにいいのですか。しかし、すぐに用意できるか…」
「死ぬほど安くていい」
「は、はあ、死ぬほど…」
というような具合で、工場に今ある分の四分の一ほどの金額で支払いが行われた。
後日、創業史上最高にフィーロは潤ったそうだ。
工場から出てすぐ、ヤマトはぶつぶつと口にだして思案していた。
「よしよしこれで魔術書が買えるな!それ以上に織布は面白いな!齧鐵鼈轟を冒頭に持ってくるとは祈りを省いた水球くらいでしか見たことがないな。しっかり耳コピで覚えたしいろんな魔術に応用できたらいいな!例えば…」
などと呟いていると、目の前で白髪の少女が跪いた。
「お願いです。助けてください!」
その赤い瞳の目に宿したかすかに揺れていた。




