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下手の横好き  作者: クラッシー
第二章 神聖国家ルーナレーン編
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23/27

セルメ

「おー、あれがセルメか!」


 フェルメを出て5日。

 ヤマト一行はカミソリ草原の険しい道を乗り越え、城塞都市セルメのある小高い山の麓にたどり着いていた。


 比較的なだらかな山肌にはセルメまでの1本のグネグネした道が整備されており、両側を色鮮やかな果物がなる木々で彩られていた。

 鳥たちもご機嫌で演奏会を開いている。

 

「いっぱい木があるね。草系の魔術とかも栄えてるのかな」


 ファミアが山道の端を歩きながら、キョロキョロと辺りを見渡す。


「どうだろうな?少なくとも魔術書にはそういうことは書いてないな」


 ヤマトが微笑んで、背伸びをして木の枝に手を伸ばす。

 ファミアもそれを真似て枝をこちらに寄せる。


「うわっなにこの黒いの!?」


 ファミアが枝の先の異様に黒い実を見つけて飛び退いた。


「たしかに真っ黒だな~。なかなかこんな黒いものないんじゃないか?」


 まじまじと木の実を観察するヤマトの背後で、ファミアとオロネスは反射的に魔力視を発動させた。


「ひょっとしたら世界一黒いのかもな?」


 二人が魔力視を発動させて周囲の魔力を見ると、木の実よりも圧倒的に黒いものがそこにあった。


「ヤマトが言わないでほしいね」

「ヤマト様が仰らないでいただきたいですね」


 自然と二人の言葉が重なった。


「ん?どういう意味?」


 ヤマトは暫定世界一黒いものを体中にぶら下げながら、コテンと首をかしげた。


「まあいいよ。それより、あのセルメっていう町はどういう町なの?」


「一番の情報は、セルメから神聖国家ルーナレーンの国土に入るってことだな」


「おー、いよいよだね!」


 ファミアはかなり楽しみにしていたようで、フワリとした花のような笑みを浮かべた。


「ただ、あくまでも軍事拠点だから、教会はないらしい。残念ながら俺が探してる魔術は見れない可能性が高い」


「そっか。……じゃあなんでそんなに嬉しそうなの?」


「そんな嬉しそうな顔してるか?」


 ヤマトが振り返って自分の顔を指差し、後ろに控えていたオロネスに聞いた。


「いえ、私には分かりませんが……」


「ヤマトはね、大体いつも口角が下がってるんだけど、今日は真っ直ぐなんだよね」


 ファミアがヤマトの口元を指差す。


「よく見てるな」


「任せてよね」


 ファミアは胸を張って、えっへんと得意げな顔をした。


「まあ確かに楽しみではあるな。なにしろここの領主が元凄腕の魔術と来ている。絶対色々魔術を隠し持ってるぞ」


 後ろ向きに歩きながら弾むように話すヤマトの口角は、今度は分かりやすく上がっていた。


「悪い顔するね。ちなみにその領主様の名前は何て言うの?」


「確か――」


「ルーネス・レグラット様でございます」


 ヤマトの後方から渋くて低い男の声がした。


「あっそれだ。よく知って――」


 ヤマト声のした方を振り返ると、見上げるように背の高く、ひょろっとしているが身が引き締まっていて、黒いスーツに身を包み、気品のあるメガネをかけた白髪の老紳士が立っていた。


「……だれ?」


 老紳士は胸に手を当ててその場で一礼する。


「申し遅れました。私はセルメ領主、ルーネス伯爵の配下のログネスと言います。以後お見知りおきを」


 老紳士ログネスはシワが深く刻まれた顔を上げてニコリと笑った。


「……これどういうこと?」


 ファミアがヤマトに耳打ちすると、ヤマトはフルフルと首を振った。


「困惑していらっしゃるかも知れませんが、とりあえず伯爵の待つ館に向かいましょうか。道中の道案内は私にお任せください」


 ヤマトたちは眉をひそめつつ、しぶしぶうなずくのだった。




「あ、あの、伯爵様ってどんな方なんですか?」


 ヤマトたちはログネスを相当警戒していて、しばらく沈黙が続いていた。

 なんとかその場を和ませようと、ファミアはログネスに気になっていたことを恐る恐るといった様子で聞いた。


「伯爵は元魔術師です。あなた方と同じように各地を旅していたのですが、色々あってここに居着いて、いつの間にか領主になっていたんですよ」


「いつの間にか領主に……ってそんなことあります?」


「ここは軍事拠点です。そういう場所では、指揮ができて強ければ領主を任されることもあるんですよ」


 ログネスが、まあ、なかなかないですけどね、と小声で付け加える。


 それから軽く色んな話をしていると、ようやく道を登り終えて、大きな門に到着した。


「少々お待ちください」


 ログネスは早歩きで門に向かって行き、そこの門番らしき衛兵に話しかけた。

 ヤマトたちを指差したり、ニコリと笑い合ったりした後、最後に衛兵の方が敬礼して、ヤマトたちの方に戻ってきた。


「お待たせしました。それでは行きましょうか」


 レンガ造りの荘厳な門を抜けるとそこには広い通りがあった。

 通り沿いには屋台が立ち並んでおり、ワイワイという周囲の賑やかな声が聞こえてくる。


 ログネスが右手を胸に、左手を腰に当てて、その場で一礼した。


「ここがセルメ、ルーナレーンの入り口でごさいます。ようこそ、ルーナレーンへ」


 その一挙手一投足はとても上品で、様になっていた。

 その美しさは、その場にいた全員が立ち止まってログネスの動きに見とれてしまうほどだった。

 ……ヤマトを除いて。


「この通りをもう少し進んだところに館があります。着いてきてください」


 ログネスは微笑んで背をピンと張り、スタスタと歩き始めた。


「顔のシワ、詐偽でしょ……」


 ファミアは感嘆半分、呆れ半分の独り言を漏らしたが、それが全員の心を代弁していた。




「おっ、そこの嬢ちゃん!グラナトジュース、飲んでいかないかい?」


 屋台の前に立つ恰幅の良いおばちゃんが、木製のコップを片手にもう片方の手をあげ、ファミアを呼び止めた。


「えっ、良いんですか?」


 ファミアは言われるがままに屋台のおばちゃんから木製のコップを受け取った。


「ってうわっ!?何この黒いの!?」


 ファミアはコップの中を覗き込んで体をのけ反らせた。


「どうかされましたか?」


 前を歩いていたログネスが、ファミアの悲鳴に振り返って歩いてくる。


「えっと、なんか黒い飲み物渡されまして」


「それはグラナトという果物から搾り取ったジュースです。道中に黒い果物がありましたでしょう?」


「あっ、あれですね」


 誰かさんの魔力の黒さに負けたあれだ、と思い至った。


「またあなたですか。旅の人間を呼び止めてはグラナトジュースで驚かすのやめてください。この方々は仮にも伯爵の客人ですよ?」


「おー、そうなのかい。ごめんねえ。でも、子供のこの反応がおもしろくってねえ。やめられないのよ」


 グラナトはやれやれとため息をついて肩を竦めた。


「で、これ飲めるの?」


 おもちゃにされたファミアが、少し顔を赤らめて聞いた。


「ちょっと苦いけど、おいしいよ」


 そう言われてファミアが恥ずかしさを紛らわすようにグビッと飲むと、飲んですぐにむせた。


「こほこほっ、あんんんんまっ」


 ファミアは目を見開いてジュースを二度見し、すぐに赤い顔でおばちゃんをキッと睨んだ。


「あはははははっ」


「やめてくださいって言ってるじゃないですか」


 おばちゃんはひとしきり笑うと、お腹を押さえて目尻の涙をぬぐいながら弁明し始めた。


「だって、はははっ、面白いんだもん」


「いい年しといて『だもん』じゃないんですよ」


 必死におばちゃんを宥めるログネスを横目に、ファミアは顔を赤らめながら残りを飲み干した。




 一悶着あったものの、そこから10分ほど歩いて、ヤマト一行は無事に館に着いていた。


「お疲れ様です。ここが伯爵家の館になります」


 館の前にはクトゥルネが5体は余裕で入るほど大きな庭があって、2メートル強の鉄格子に囲まれていた。

 鉄格子の外側には切り揃えられた植え込みや華やかな花壇があって、手入れするものの手腕の高さがうかがえた。

 逆に庭には芝生が生えている程度で、こちらも手入れはされているものの、飾り気のない造りだった。

 館は木造で、三階建て。

 暗い色を基調として所々に細やかな装飾が施されており、特に二階のベランダの手すりには一段と素晴らしい装飾がされていた。


「どうぞお入りください」


 ヤマト一行は言われるがままに鉄格子の内側に入った。

 ファミアはソワソワキョロキョロしていたが、ヤマトとオロネスはいつも通りだった。


「ねえ、なんでみんな緊張してないの?」


「緊張?しないだろ」


 何を恐れる、と言いたげなヤマトと、無言でヤマトに同意するオロネスを見て、ファミアが自分の方がおかしいのではないかと思い始める。

 疑心暗鬼で緊張を忘れかけたところで館に着いた。


 ログネスが大きな扉をコンコンとノックすると内側から、今開けます、という若い女性の声がした。

 すると扉が開き始め、ギギギという重たい音をたてながらゆっくりと開いた。

 全開になったところで、その扉を開けたの両サイドの侍女がスカートの裾を持って軽く頭を下げた。


 中からログネスと似たような背格好の、一際良い服を着た老人が出てくる。

 老人はログネスと同じく白髪で、顔には深いシワが刻まれていた。

 頬には大きな傷があり、歴戦の勇姿を物語っている。


 「おお、君がヤマト君か!待っておったぞ!」


 男はヤマトに声をかけるや否や、ヤマトを抱き上げてモフモフし始めた。

 なすすべなくモフられるヤマトに、オロネスとファミアは呆然と立ち尽くすしかない。


「孫でも持ったような気分だ!」


「やめてください」


 ヤマトは虫でも見るような目で老人を見つめた。

 男はそんな視線も意に介さず、満面の笑みでモフり続ける。


「ルーネス!客人にいきなりそれはやめておけ」


 ログネスが、先ほどとは打ってかわって乱雑な物言いでルーネス伯爵を諌めた。


「ああ、すまんすまん」


 そう言うと老人はヤマトを下ろした。


「自己紹介がまだであったな!私が伯爵家当主、ルーネス・レグラットだ!よろしく頼む!」


 ルーネス伯爵はニカッと白い歯を見せて笑った。


「早速だがランチの準備をしておる。中に入っておく――」


 ルーネス伯爵の視界にファミアが入った。

 途端に伯爵の目が光って、老人とは思えないすばやい動きでファミアに近づき、頭をクシャリと撫でた。


「わわっ、ちょっとやめ……て、くだ……さい」


 ファミアは言葉とは裏腹に、満更でもなさそうな顔をする。

 その顔を見て、伯爵の笑顔と腕に一層力が入った。


「ルーネス!子供を見るとさわる癖はやめてくれ!」


「わはは!すまんすまん」


 伯爵はファミアの頭にポン、と手を置いた。

 そして屋敷の中に入っていく。


「ほれ、はよう来んと飯がさめるぞ!」


「お前のせいで遅れるんだ!」


 館中に伯爵の高らかな笑い声が響いた。




 ファミアがガチガチになりながら伯爵と世間話をしつつ、玄関の吹き抜けの空間からレッドカーペットの廊下を進む。


 すると突然、ひょこっと金髪長身の女の子が廊下の角から現れた。


「おっ、ネル!」


「お、お父様。えっと、この方々は?」


「客人だ。ほら、クトゥルネを討伐したと噂のヤマト君だ」 


「へぇー」


 ネルと呼ばれた女の子は、なぜか手で空気を揉みながらヤマト一行をじっと見ていた。


「ボロボロだ。色々整えていいかな?」


 伯爵に質問しながらもヤマトたちから目を離さないネルの目は、一層輝きを増していく。


「構わないぞ。昼食も、冷めるものではないしな」


(さっき冷めるって言ってたじゃん!)


「じゃあちょっと借りるね」


「えっ、ちょっと!」


 ファミアは最悪なことに女の子から見て一番手前にいたため、流れるように手を取って連れ去られた。


「どゆこと!?これどゆこと!?」


「いいから!」


 ネルはファミアの手を取って一緒に部屋に入る。


「わっ、何この空間!?」


「えへへ、良いでしょ。じゃあちょっと失礼して」


「キャッ!?ちょっと!?」


 ヤマト、オロネス、伯爵、ログネスの男性陣は、部屋に入って籠り気味になった女性陣の声を聞いていることしかできなかった。


 ヤマトはお腹すいたなあ、とお腹をさすった。

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