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下手の横好き  作者: クラッシー
第二章 神聖国家ルーナレーン編
17/19

クトゥルネ

 緊張と期待を胸に、ファミアはギルドの両開きの扉に手を掛け、それを開いて一歩踏み込む。

 すると、落ち着いた暗い木材を全面に張り合わせた、一見質素なようで、綺麗に磨かれているためか高貴な印象さえ持たせる、広めの部屋が目に入ってくる。


 しかしそれよりもファミアに印象を与えたものは、こちらを睨む数十人の体格の良い男たちだった。

 先陣を切って歩いていたファミアは思わず足が竦んでしまう。

 男たちの目には警戒の色が浮かんでおり、こちらを品定めするような目でもあった。

 そう、初めて王都の中央の噴水に行ったときの、あの人々の目にそっくりだったのだ。


 ファミアはあの時のことがフラッシュバックした。

 固まっている間に、後ろから男たちのことを一切気にしていないヤマトがファミアを抜かして前に進んでいく。

 それでファミアは我に返り、今は一人じゃないということを思い出してヤマトに付いていく。

 そして部屋の奥にある魔術師ギルドの受付にたどり着いた。


「こ、こんにちは……今日はどのようなご用件で……」


 受付に立つ若い金髪の女性が声を震わせて、恐る恐るといった声色でヤマトに問う。

 こちらは男たちと違って、警戒よりも怯えの色が強かった。


「ただの顔出しだ」


 ヤマトはファミアに目配せしつつ、ガサゴソと懐を探って魔術師手帳を取り出す。

 同じようにファミアも手帳を取り出してヤマトに渡し、受け取ったヤマトは二つまとめてそれを提出した。


「は、はい、受け取りました。た、ただいま、確認、いたします」


 女性が手元の分厚い本をパラパラと捲る。

 魔術師ギルドの受付、通称受付嬢は、手帳に書いてある個人番号を元に分厚い本―魔術師名簿の情報と照らし合わせ、本人確認をすることになっているのである。

 受付嬢があるページで捲る手を止めて、そこに書いてある内容に目を通す。


「……はい、ファミア様と……ヤ、ヤマ、ヤマト様、ですね。あ、あなた様が、か、かの有名な最年少魔術師なのですね」


 受付嬢はかなりたどたどしくなりつつ、ヤマトの正体に気がついて目を丸くした。

 

「お返しいたします」


 そう言って女性は手帳を返し、ヤマトは返された手帳の片方をファミアに手渡す。


「一つ聞いていいか」


「は、はい、なんでしょう」


 受付嬢はどんなことを聞かれるのだろう、と緊張して唾を飲み込む。


「人が多くないか」


 ヤマトは表情を少しも変えず、声のトーンを落として疑うように話したので、受け取るものによっては威圧とも覚えた。

 女性は威圧と受け取ってしまった一人でもあり、ヤマトが話した内容はあまり触れられたくないものだった、ということもあって「うっ」と小さく呻いた。


「え、えっとですね、その、色々あって、ここの魔術師ギルドは今、周囲を常に警戒しているんです。な、なので、ヤマト様の黒い魔力に気付き、こちらに向かってきていると分かったので、その、少々恐怖を感じて入り口を固めていたんです……」


「だが大人数で少人数を入った側から睨み付ける行為は脅迫と言っていいよな?」


 ヤマトがより高圧的な声色になる。


「うちの仲間が怖がってるんだ。次にこんなことをしたら……」


 その瞬間、ヤマトの内側から黒い魔力がブワッと吹き出して広がる。


「ただじゃおかない」


 ヤマトたちは後ろを振り向いて男たちを見据え、声こそ大きくないがよく通る声でうなるように言った。


 魔力が吹き出た範囲はヤマトが手を伸ばせばギリギリ届くほど小さなものであったが、周囲にとって強烈な威圧となった。

 特に近くにいた者は、恐怖のあまり足元に名伏しがたい水溜まりを作ってしまっている。

 受付の女性はかろうじて失神寸前で突っ立っており、途方に暮れていた。

 ファミアとオロネスは戦闘時にそういう状態を見たこともあってか、最も近くにいたものの恐怖こそすれ魔力による影響はそれほど受けていない。


 はあ、と一つため息をついてヤマトは魔力を体内にしまい込んだ。


「一つ聞いておく。皮剥(ひはく)魔術についてなにか知らないか」


「し、し、しりましぇん」


 女性は顔面蒼空になりながら絞り出すように声を発した。


 ヤマトはため息を一つつくと、用事は終わったとばかりに踵を返して歩きだす。

 呆気にとられていたファミアとオロネスは、ヤマトの行動で我に返ってヤマトに付いていく。

 固まって動かない男たちを横目にヤマトは淡々と歩いて扉にたどり着き、さようならも言わずにギルドを去った。

 さすがに無礼かと思ったファミアとオロネスは、軽く一礼して「ちょっと待ってよ」などと言いつつ去っていった。




「ね、ねえ、あれで良かったの?ギルドとは温厚に済ましておいた方が良かったんじゃ……」


 ヤマトは魔術師ギルドから出て、大通りの人混みを掻き分けて、まるでギルドから逃げるように先を急いでいた。

 ファミアは眉をひそめ、長い白髪から不安そうな目をのぞかせる。


「別に構わない。俺は正しいことしか言っていない。あの対応は完全にギルド側が悪い」


 ヤマトは責めるような口調になることもなく、いつも通り無表情で、まっすぐな目をしていた。


「でも……」


 納得いかない、と思って下を向いてしまう。


「余計なお世話だったか?」


「いや……」


「それにな」


 ヤマトが立ち止まって、うつむきがちなファミアをまっすぐ見据えた。


「お前がこれを引きずって上手く魔術使えないようになってほしくないんだ」


 ヤマトはクシャリと顔を歪め、どこまでも純粋に笑った。


(そっか。ヤマトは私のために怒ってくれた……のかな。でも自己満が大きそう……?いや結果私のためにはなってるし……。でもあんなこと……)


 ファミアはぐるぐると考えが渦巻くなかで顔を上げ、そこで初めてヤマトの満面の笑顔が見えた。


(なんかどうでもよくなってきた)


 胸がモヤモヤしてはいたが、難しいことは考えなくていいや、と思って笑うファミアであった。




「ねえ」


「ん?どうしたんだい坊や」


 ヤマトは大通り沿いの店に並ぶ腰の曲がった老人に話しかけていた。


皮剥(ひはく)魔術って知ってる?」


「ひはく……?うーんごめんねえ、魔術のことは、おじさんよくわからないんだ」


 老人はにっこりと笑って、申し訳なさそうにヤマトを見る。

 その眼差しは孫を見るような目に近かった。


「そっか、じゃあね」


「ごめんねえ」


 手を振る老人にヤマトは軽く手を上げて、ファミアとオロネスはペコリと一礼して離れていった。


「うーん、これで三人目かあ。あんまり有名な魔術じゃないのかもね」


「だなー」


 ヤマトは口を尖らせて、珍しく不満だと外側に漏らしていた。


「ねえ」


 また先ほどと同じ具合で、今度は背が低く恰幅のよい女性にアタックして、短いやり取りをしてまた戻ってくる。


「ダメだった?」


「うん……。いる?」


 そう言ってヤマトが手の中の砂糖菓子を見せる。

 もらった、と短く言うと、じゃあ遠慮なく、とファミアは菓子をつまんで一口で頬張った。

 はむはむ、と食べてゴクリと嚥下すると、またその間に別の人にアタックして玉砕したらしいヤマトが帰ってきた。


「場所、変えたら?」


 ファミアが拗ね気味のヤマトをなだめつつ、柔らかく提案する。


「確かに皮剥魔術が特定の地域限定の機密魔術である可能性はあるな!でかしたぞファミア!移動するぞ!」


 一転して目をキラキラさせ始めたヤマトに、仕方ないなあ、と呆れつつ大通りから外れた道に入った。




「ダメだった」


 それからまた少しの間、別の場所を練り歩き、人と会うたびに聞いて回ったのだが、得られた成果は芳しくなかった。


「そっかあ……」


「次あの人」


 やつれ気味の中年の男にアタックしていくヤマトを見て、ファミアは暗くなってきたしそろそろ諦めた方がいいんじゃないかなあと思案し始めた。

 だがその考えはヤマトの手招きですぐに覆された。


「え、まじで?見つかったの?」


 思わずオロネスを見ると、こちらも目を丸くして驚いていた。


「おーい、はやく来いよー!」


 今日一の笑顔を見せて大きく手を振るヤマトに、ファミアとオロネスは苦笑せざるを得ない。


「見つかったのー?」


 二人は足早にヤマトに駆け寄っていった。


「ああ、このおじさん、皮剥魔術使えるらしいぞ!早速見せてもらえないか?」


「構わないよ。さすがに教えるのは企業秘密ってやつだけど」


「やった」


 あっさりと了承がもらえて、ヤマトはまるで子供のようにはしゃいでいた。

 ……実際子供ではあるのだが。


「でも一つ条件をつけさせてもらえないか」


「別にいいよ」


 ヤマトは皮剥魔術を見せてもらえるならなんでもやる、と言わんばかりに屈託なく笑う。

 それを見て、拒絶されないと分かった男は少しだけ安堵が滲んだ表情になる。

 少々間を空けて真顔になり、神妙な面持ちで口を開いた。


「僕も魔術が使える身だから分かるんだけど、君って特異魔色持ちだよね?それに後ろの二人も相当な魔力だ。一流の魔術師と見える。それを見込んで一つ頼みがあるんだ」


 男が手を合わせて膝をつき、ヤマトを上目遣いに見据えた。


「僕を!ひいてはフェルメを!どうか救ってくれないか!」


 突然のことにしばしの沈黙が訪れる。

 そして意味が分からずヤマトがコテンと首をかしげた。


「あ、ごめんね。だいぶ気障ったいことを言ってしまったね。君達は見るからに旅の人だし、知らないのも当たり前か。ちょっと長い話になっちゃうんだけどさ、この通りの裏にある通りは、町の入り口から続く商店街になっているんだ」


 男が指差して商店街がある方を示した。


「あ!あの廃れてたところね。やっぱり廃れちゃったのにはなにか理由があったの?」


 ファミアは、フェルメに入ってきたときに疑問を抱いてまだ記憶に新しかったため、男の言う通りのことがすぐに思い当たった。


「廃れてた、と言われるとちょっと悲しくなってくるね」


「あ、なんか、すみません」


「いや気にしなくていいよ。実際廃れてるしね。この通りは商店街の裏側。つまりは店を営む人の家ってことだ」


「え、じゃああなたもお店の経営者さんなんですか」


 ファミアが僅かに目を見開いた。


「そう。そしてここまで衰退してしまったのは……何と言ってもあの忌々しい怪鳥のせいだ」


 男は悔しさと怒りを滲ませて、絞り出すように言った。


「今回君達に頼みたいのそいつの討伐だよ」


「怪鳥……面白そうだな」


 ヤマトが囁くように言うと、口角がみるみる上がって、嗜虐を含んだ笑みになる。


「どんな奴なんだ?」


「名称はクトゥルネ。怪鳥とか暴喰(イーター)とか呼ばれてるよ。魔力探知ができる鳥でね。雑食で魔力が大きいものを標的にして、だいたい何でも食べる。魔力が主食とも言われるほどだ。もちろん人間も食べてしまう。そして、最悪なことに、クトゥルネは裏の商店街をよく標的にするんだ。それで人もいなくなってしまうから、物理的にも社会的にも潰れてしまったんだよ。しかもここ最近かなり凶暴化してるし、本当にフェルメの危機なんだ」


「なるほど、だからギルドの連中もピリピリしてたのね」


 納得、というように呟くファミアに男がうなずく。


「そうなんだ。もし依頼を達成してくれたらうちの店で好きに食べてくれても構わないし、僕ができることならなんでもする。どうか頼めないか」


「わかった」


 いつの間にか無表情に戻ったヤマトが淡々と告げる。


「ほ、本当ですか!」


 これで助かるかも知れない、と男はようやく見いだした希望に期待を抱く。


「その鳥は結構頻繁に来るのか」


 ヤマトは男が感激しているのを完全に無視して問うた。


「ええ、今日も朝の方に現れたかと思います。出現するのは日中が多いですが、夜でもたまに来るときがありますね。キエー、みたいな耳障りな声がするので、結構分かりやすいかと思います」


「分かった。倒したらすぐに来るから覚えておいてくれ」


「もちろんだよ。くれぐれも無理はしないようにしてほしい」


 男は人の良さそうな笑みを浮かべていた。


「じゃあまた」


 そう言ってヤマト達は去っていった。

 男は一行の姿が見えなくなるまで手を振り続けた。




 日が落ちてすっかり辺りが暗くなり、ヤマト一行は宿に戻ってきていた。


「一つ聞いてもいいですか」


「なんだ」


「……あのときのパンの上に乗ってたのってクトゥルネの内臓でしたよね?」


 ヤマトは分かりやすく目を泳がせた。

 パンとはもちろん、3日前にヤマトが作った真っ黒焦げになったパンの上に禍々しい紫色のなにかが乗った、もはや食べ物かどうかあやしい謎の物質である。


「え?うそ?」


 静かだったオロネスが宿に戻って突然衝撃的な発言をしたので、ファミアは素で驚いていた。


「……はい、ソウデス」


 なぜか片言になったヤマトに、オロネスは呆れてため息をついた。


「え、じゃ、じゃあ、凶暴化したとかいうのも……」


「……多分おれ。番だったんだろうな……」


 ファミアはよくやった、と言えばいいのか、凶暴化したのお前のせいじゃねえか、と言えばいいのか複雑な気持ちになって言葉を発せなかった。


 そんな折り、キエエエエという奇妙な鳴き声が聞こえてきた。


「おー、おでましだな」


「これがそうなんだね」


 ヤマト、ファミア、オロネスの三名が一斉に立ち上がって上着を手に取る。

 確かにその夜は冷え込んでいた。


「じゃあ、行こっか」


 散歩でもしようか、というノリでヤマトは部屋の扉を開けたのだった。

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