魔術講座①
ヤマト達は王都の煉瓦が敷き詰められた街道で必要な物資を買い揃え、そこを抜け、カミソリ草原に出た。
高低差があるため歩きにくく、谷間などに魔獣が潜みやすい、少々危険な地域である。
「せっかく時間もあるんだしおまえ達に本格的に魔術について教え始めようと思う」
オロネスとファミアは固唾を飲んで次の言葉を待った。
「ネス」
「はい」
「おまえどこまで人間世界について知ってる?」
「えーと……まあ、人間界に来たのはこれが初めてですし、ほとんど知らないですね」
悪魔には、自分たちの身を守るために人間社会を監視する役割があるのだが、オロネスは悪魔社会の中で魔術の探求を深める派だったので、人間についてはよく知らなかった。
あまり関心がなかったといっても良い。
「じゃあ全部話そうかな。ファミアには当たり前すぎて少し退屈な話になるかもしれないが魔術を理解する上で重要になってくる話になるかもしれないからよく聞いておいてくれ」
ファミアは神妙な面持ちで首肯した。
「まず魔術を行使するのに必要なものは二つ。魔力と詠唱だ。魔術の規模や複雑さが上がればその分魔力消費量も多くなるが裏を返せば水球とかの下位魔術は魔力消費が少なくなるから体内魔力量の少ない民間人でも容易に使用することができる」
「なるほど。大抵の人間は水球くらいしか出せない魔力量、という訳ですか」
「そう。平均的に俺たち人間は魔力量が少ない。だから俺たち人間は産まれたときに体内魔力量を測ってその量次第でその赤子を魔術師に育てるかどうかを決めるんだ」
「じゃあヤマト様やファミア様は、産まれ持って大きな魔力量を抱えていた、ということですね」
「……ファミアはそうなのか?」
「えーとね……いや、産まれたときのことは覚えてないけど、炎妖族は代々魔力量が高かったはずだね」
「体内の炎の精霊の魔力が炎妖族に供給されていると見るか同一存在として魔力量が高いのか……いやどっちの可能性もあるな……」
「ちなみに、ヤマト様はどうなのですか?」
ヤマトはうつむいていつものように考え込んでいたが、オロネスに呼ばれて我に返り、顔を上げた。
「あー悪い悪い。で?俺の生まれつきの体内魔力量が気になるのか?」
「はい、いくらなんでも漆黒に見えるほどの魔力量があるのですから、産まれたときの魔力量もさぞ…」
「平均以下だった」
「は……?」
「え……?」
オロネスとファミアは、ヤマトが産まれつき莫大な魔力を持っていると思っていたため、絶句した。
「少し脱線したな。続けるぞー」
ヤマトは無慈悲にも、二人が事情を飲み込むのを待たずに進めた。
「魔術は大きく二つに分けられる。じゃあファミアに答えてもらおうか」
色々驚愕していたファミアは、考え込んでも無駄と直感して一度先ほどの話を忘れるために一度頭を振った。
落ちつくと、すぐにヤマトの問いに答えようと口を開く。
「…えーっと…基礎魔術と特殊魔術、だね」
「そう。基礎魔術は創世時に神が創った魔術。神はその魔術を以て世界を創造したと言われている。そして特殊魔術は一般特殊魔術と特異特殊魔術に分けられる。一般特殊魔術は基礎魔術を使いやすいように人間がまとめた魔術だ。王都で使用されているものだと鍛冶魔術とかだな。特異特殊魔術は神以外が創った言語を一つでも含んだ魔術って感じだ」
「では、特異特殊魔術以外は、神が創った言語のみで構成されていると?」
「そうだ」
悪魔は少しだけ上を向いて何度かうなずく。
ヤマトに一気に説明されて流れ込んできた情報を飲み込んでいたのである。
「あー、なるほど、理解してきました。人間界と悪魔界では少々言葉の定義が異なるようです。悪魔界では、神が創った言語、すなわち創世言語のみで構成されている魔術を一般魔術、それ以外を特殊魔術と呼んでいて、魔術をこの二つで大きく分けています。人間界で言う一般特殊魔術は、応用魔術と呼ばれていますね」
「うー、混乱してきた…」
ややこしい説明にファミアが頭を抱える。
似たような言葉が意味するものが違うため、当然の反応である。
「…ふむ。俺的には悪魔界の魔術区分の方が好みだな。実に合理的だ。人はどうしても自分たちの功績を強調したがるから神しか創ってないか人の手が入ってるかで分けたがるんだよなー。これだから伸び悩むんだよ人間たちは。功績ばかりに拘っていてはさらなる魔術の研究などないと…」
「えっと、とりあえず、話の続きを…」
ファミアが恐れや戸惑いを含んだ笑顔を張り付けてヤマトを制止した。
「あー悪いな。えーと…?魔術区分の話だったか。基礎魔術は「火」「水」「土」「風」「草」「雷」「氷」などの属性に分けられる。だがまあ正直この魔術だけで世界などという大それたものを創れるわけがないからこれらの属性は人間が覚えている範囲での神が使った魔術ってところなんだろうな。あとさらに基礎魔術の場合は強さや複雑さで四段階に分類されている。下から順番に「下位魔術」「中位魔術」「上位魔術」「超上魔術」といった具合だ」
「あ、えっと、ごめん、話の腰を折るようで悪いんだけど……もうちょっとゆっくり話してくれないかな。ちょっと処理が追い付かないというか…」
「え?あっごめん」
ファミアの言う通り、ヤマトが話す速度はとても速かった。
それは詠唱時に途中で息切れしないようにするための練習の賜物ではあったのだが、他人に何か教えるには速すぎたのである。
それを意識して修正するため、一度目を閉じ、年相応のあどけない咳払いを一つして口を開いた。
「というか、基礎魔術はネスも理解してると思うから、割愛しても大丈夫だったか」
ヤマトの話し方はぎこちなさは残るが、かなりマシになっていた。
「ええ、そうですね。ですが、人間界と悪魔界との違いに気がつけたので、気にする必要はないと思いますよ」
「それもそうだな。…じゃあ、次は一般特殊魔術について説明しようか。これはさっきも言ったように、人間が使いやすいように出力や魔術の復唱回数などの詳細設定をまとめた魔術だ。大抵、独自の名前をつけて魔術書などにまとめておくものだな。」
「やはり、悪魔の応用魔術と同じですね」
「じゃあ一般特殊魔術と応用魔術はほぼ同一と見て良いかもな」
ヤマトは二人に聞こえないように「まあ正直興味ないしどうでもいいけど」と呟く。
そして満面の笑みになって口を開いた。
「それじゃあ最後に特異特殊魔術について話そう!特異特殊魔術は人が創った人造魔術言語が組み込まれた魔術だ!この人っていうのはまあ悪魔も含めると考えてもらって構わないがあまり気にしないでいこうか!これには人の夢が詰まっているんだ!普通じゃ叶わないあんなことやこんなことが魔術ならできる!言語がないなら創ればいい!言語を創るにはフィーナトルゼという聖域で精霊に認めてもらわないといけないがこの認めてもらえ得る言語の可能性は無限大だ!俺もいつか創ってみたいものだなー!」
あまりにも興奮しすぎてファミアに止められる前よりも速い速度で喋っていた。
言葉の隙間が無さすぎて、ファミアとオロネスは声をかけるタイミングを見失っている。
「あーそうそうちなみにこの旅の目的も特異特殊魔術だからなー!なぜか一般特殊魔術と特異特殊魔術はまとめている魔術書を市場に流さないからやっぱり現地に行かないとそれが一般特殊魔術か特異特殊魔術かさえ分からないんだよな!それがめんどくさいが逆に燃えてくるものがある!」
「え、えっと、ちょっと、落ち着いて…」
「特異特殊魔術には面白い特性があってな!」
「ちょっと一回止まってえ」
「あ、あー、うん」
ヤマトはファミアが大声を出してやっと止まった。
本当に魔術オタクなんだなと呆れつつ、ファミアとオロネスは思わず苦笑いを浮かべた。
特異特殊魔術の話ではヤマトのしゃべりが速すぎて内容が頭に入ってきにくいと思ったファミアは、別の話を振ろうと考えた。
「そ、そうだ!ヤマトの使ってる異次元の火球!あれのやり方を教えてよ」
「いいぞ!というか、これから教えるものの目標として、あの火球がある。なかなかいい質問だぞ!まず知っておいてもらわないといけないのが…」
このときファミアとオロネスは知らなかった。
ここから先、ヤマトの口から出てくるものが、ただの興味本位で聞いたものが、特異特殊魔術への興奮を別の方向に向けようとしただけのものが、後々世界の魔術の研究を大幅に躍進させるものであるということを。




