再び出発
時は少し前に遡る。
ヤマトは気を失っているファミアを担ぎ上げ、悪魔が伏している場所へ戻ってきていた。
悪魔はそんなヤマトの姿を見て、魔力が回復してきた体をなんとか起こして這いつくばった。
「失礼を重々承知で申し上げますが、お願いがあります!」
「うるさい」
「うるさい!?」
悪魔は声のトーンを落として最大限服従の意を示していたが、ヤマトはそんなことを気にも留めずに遮った。
「ついてこい」
「ええ?」
少なくとも少しは相手してもらえると思っていた悪魔は戸惑いを隠せずにいた。
ヤマトは青筋を浮かべて火球を詠唱し始めた。
「ちょまっ、分かりましたから!」
危険を察知した悪魔は慌てて口を開いた。
それで満足したのか、ヤマトは火球の詠唱を中断し、血まみれで疲労が蓄積した体に鞭を打って歩きだした。
「あの……」
「あ?」
今にも潰れてしまいそうなヤマトを見て、悪魔は心配する言葉をかけようと思ったのだが、明らかに不機嫌なヤマトに恐怖して口を噤んだ。
それから二人は足早に町へ進んだのだが、悪魔が何か口にすることはなかった。
ヤマトと悪魔はスラム街を抜けて王都に着き、視界に収まりきらないほどに大きなレンガ造りの建物の前に立っていた。
申し訳程度に家の前にろうそくが立ててあるくらいで、辺りは真っ暗だった。
しかし、いくら暗いからといって、悪魔の羽は人間ならざるものゆえに大変目立つ。
なのでヤマトは悪魔に羽を折り畳ませ、持っていた予備のローブを上から被せることで羽を隠してた。
悪魔は後ろに侍らせておいて、ヤマトはコンコンと扉をノックした。
だが待っても中から返答はなかったので、ドンドンと強くノックした。
はーいという声が聞こえ、待っていると扉が開いた。
中から若い女性が出てくる。
「誰?こんな遅くに……って大丈夫!?」
女性はヤマトの、血まみれでファミア担いでいる姿に、目を見開いて驚いた。
「ここ治療院?」
「そう、だけど……とりあえず中に入ってもらおうか」
ヤマトは女性に中に誘導され、入り口すぐに規則正しくならんだ長椅子の一つに、担いでいたファミアを下ろして寝かせ、自分も同じ椅子に腰かけた。
「ちょっとここで待っててくれないかな?お医者さん呼んでくるからね」
そう言って女性は奥に消えていった。
治療院とは、病、怪我、精神病と幅広い治療をする場所である。
何でも治せる場所ではあるが、その分気軽に訪れることができる場所ではない。
街の中には10ほどの支部があり、支部で完結する問題ではないと判断された場合や、見るからに重たいと判断できるものを治療する場所であった。
治療院はそのような場所であるため、半強制的に、それこそ夜も、1日中開いている必要がある。
ヤマトは早急にファミアの治療をしてもらうため、治療院を訪れたのであった。
ほどなくして、猫背の男が複数の女性を連れだって出てきた。
「……!」
男は目を見開いた。
「君、歩けるかい?」
「うん」
「……と、とりあえず君を治そうか」
「先こっち」
そう言ってヤマトはファミアの頭に触れた。
「君もボロボロじゃないか。よくそれで動けてるね。安心して、すぐに治すから」
「先こっち」
ヤマトは真っ直ぐに男を見据えて復唱した。
男は思わずといった様子で言葉に詰まった。
「俺はいい」
「いや、だから……」
「お前らは!こいつが炎妖族だから治したくないのか!?炎妖族がそんなに嫌いなのか!?」
ヤマトは激昂した。
男は怯みつつも恐る恐る口を開く。
「炎妖族は触ると燃える……」
「だったら俺は今なんで燃えていないんだ!?」
「う……」
ヤマトは確かに、ファミアの頭の上に手を置いたままだった。
「でもそいつらは犯罪者の末裔……」
「こいつ自身は何か罪を犯したのか!?違うだろう!?お前らはそんなことで一つの命を見捨てるのか!?」
「しかし……」
「なんだってする!触りたくないなら指示さえ出してくれれば俺が代わりにやる!金は用意する!だから頼む……」
ヤマトはその場に両膝をつき、手を組んで懇願した。
それはこの世界では命乞いを意味するものだった。
にもかかわらず、男たちは一つも言葉を発さずにたじろいでいた。
「お前ら医者なんだろ!?」
その掠れかけた言葉が、彼の王都の人間としてではなく、医者としての心を突き動かした。
男が一歩踏み出して口を開いた。
「わかった。エル君は女の子を、メル君は男の子を運んでくれ。」
「え…?」
「速く!」
後ろに侍っている女達は戸惑いを見せていたが、上司でもある男の命に従って行動した。
「ありがとう…!」
ヤマトはメルと呼ばれた女に抱き上げられつつ、そう言ったのだった。
二人の手当ては夜が明けるまで行われた。
ヤマトは23箇所に浅い傷を、5箇所に深刻な傷を受けていたが、意識はしっかりと保っていた。
医者と女達は終始引いていた。
ファミアは内臓へのダメージが特に酷かったが、酷すぎて下手に触れないということで外傷のみを治療して寝かされた。
悪魔はヤマトの手当ての後、ずっとヤマトと行動をともにした。
ヤマトも手当て後は本を読みつつ、(体内魔力増幅魔術の詠唱もしつつ)ずっとファミアについていたので、実質悪魔とヤマトがずっとファミアについていた形である。
翌日の真夜中、ファミアは目を覚まし、ファミアはヤマトにすがり付いて夜明けまで泣いた。
ヤマトは不思議そうに小首を傾げていたが、なにも言葉を発することなくファミアのなすがままとなっていた。
ヤマトはファミアが起きるまで、ずっと寝ずについていたので、ファミアが再び眠った時に自らも倒れるように眠りについたのであった。
翌日、ヤマト、ファミア、悪魔の三人はファミアの病室に集まり、ヤマトとファミアは療食と呼ばれる、粥と魚の煮付けを持ち寄って食べていた。
「そういえば」
ヤマトは粥を食べていると不意に悪魔の方を向いた。
「おねがいって?」
「……!は、はい。」
悪魔は空気に一体化してヤマトの気にさわらないようにしていたため、やっと話しかけられて少し嬉しそうにした。
おねがいがうるさいと一蹴されたあの件についてだと察した悪魔は嬉々として口を開いた。
「単刀直入に申し上げます。……私を配下に加えていただけないでしょうか。」
「配下……か………うーん……まあいいよ」
ヤマトは少しの間顎に手を当てて考え込んだ後、含みのある笑顔を悪魔に向けて了承した。
「なんか実験用鼠の気持ちが分かったような気がしますが……」
悪魔はヤマトから目を反らして小声で呟くと、軽く首を振ってヤマトを見据えた。
「このオロネス、謹んであなた様の配下とならせていただきます。」
「うん」
ヤマトはいつも通りの無表情で頷いた。
「…ってちょい待てー!!」
これまでずっと口を開いていなかったファミアが目をカッと開いて叫んだ。
「こんな奴を配下に!?王都を落とそうとした悪魔なんだよ!?こいつのせいで私達は死にそうになったんだよ!?」
「死んでないよ?」
あっけらかんとしているヤマトにファミアは開いた口が塞がらない。
「で、でも…」
「なによりこいつ面白いんだよ!可能性の塊だ!いろいろ試してみたいしな!」
「………はあ……まあヤマトな大丈夫かな…」
ファミアは納得していなかったが、ヤマトの圧倒的強さも含め、目を輝かせるヤマトを見て諦めたようだ。
少し間を空け、うつむきがちにファミアは口を開いた。
「ねえ…私も、配下にしてくれない?」
その声はこれまでのファミアらしからぬ、小さな声だった。
「ダメ」
「えっ?」
ヤマトに即答され、ファミア思わず顔を上げて驚いた。
「なんで…?」
ファミアは眉をひそめて悲壮な顔をした。
悪魔が許可されたのなら自分も当然許可してくれるんじゃないかと期待していた分、裏切られたような気持ちになったのである。
「今回の悪魔討伐の報酬について考えてたんだがな」
そう言ってヤマトは立ち上がり、ファミアの真隣に移動した。
「俺の旅についてきてくれないか?」
ヤマトはファミアに手を指し伸ばして不器用な笑顔を作った。
それがおかしかったのか、ファミアは吹き出して笑った。
「そっか。私を『配下』ということにはしたくなかったんだね」
そう言ってファミアはヤマトの手を握った。
「じゃあ……友達、だね」
ファミアはわずかに顔を赤らめて破顔した。
「はあ、はあ、やっぱり、むず、かしい」
「はぁ、はあ、はあ。フゥーーーーー。やはり、一回が限界ですね」
4日後、ファミアとオロネスは体内魔力増幅魔術の練習をしていた。
オロネスが配下に、ファミアが友達になった日の夜、二人がヤマトに頼み込んで魔術の教えを乞うたのである。
ヤマトは「どうせ教えるつもりだった」と言って快諾した。
ヤマトはまずは使える魔力を高めるのが基本だという旨の教えを伝授した。
4日間の猛特訓でオロネスは体内魔力増幅魔術の詠唱を習得していたが、連続しての使用などもっての他という様子だった。
ファミアは肺が傷んでいたため、昨日の夜から特訓を始めていた。
練習日数が足りないこともあってか、ファミアの場合は途中で息が切れてしまい、詠唱が中断されてしまっていた。
対してヤマトは、汗一つかかずに詠唱と詠唱の間に一つ息をつくだけで、ほとんど時間をロスせずに、しかも二人の1.5倍程の速さで連続して詠唱していた。
「化け物ですね……」
オロネスが遠い目をして呟くと、ファミアは不機嫌そうに首肯した。
ヤマトは体内魔力増幅魔術の詠唱を終えて一息ついた。
「休憩」
二人はその言葉を聞いて脱力した。
少し間を空けて悪魔が口を開く。
「そういえば、旅の目的地はどこなのですか?」
「目的地?ない」
「「えっ…?」」
ファミアとオロネスは絶句した。
ヤマトは無神経にも水を口に含み、それを飲み込んでから話し始めた。
「神聖国家ルーナレーン。次はそこ」
「いや目的地あるじゃないですか」
オロネスは目を細めて呆れた。
ヤマトはオロネスの突っ込みを気にも止めずに頬を紅潮させて話し出した。
「ルーナレーンにはどうやら神聖魔術なるものが存在するらしい!今回身をもって実感したが俺は人間を治癒する魔術がほしい!魔術書には神聖魔術は人を癒したりアンデッドを消滅させたりしつこいカビを綺麗さっぱり落としたりすることができると記述されていたんだ!」
「なんか変なの混ざってませんか?」
「…それでいいか?ファミア」
オロネスがすかさず突っ込みを入れたが、完全に無視してファミアに同意を求めた。
「うん、いいよ」
ファミアは呼吸を整え、はにかんで同意した。
それから3日ほど経った夜、医者がファミアの部屋に訪問し、診療の後、完治したと報告された。
「何がどうなっている…これほどの怪我、完治に2ヶ月以上が妥当なはずだろ!?…あと君も!この女の子が異常だから見落としそうになるけども君も異常だよ!意識を失わなかったのも傷が全部完璧に塞がってるのも本当になぜ!?」
報告ではなかったかも知れないが。
「そういうものなのか!おそらくファミアは炎の精霊が影響しているんだろうな!たしかに戦闘中も思ったが骨折していてもおかしくない手で抜き手を放っていたほどだからな!そして俺の治りが速かったのも気になるな!もしかしたら魔力量が関係しているのかもしれないな!そういう文献は見たことがないから新発見かも!」
我を失って発狂している医者以上にヤマトは興奮していた。
人は自分よりも興奮している人がいれば落ち着きを取り戻すものである。
それで医者も我に返り、咳払いを一つして口を開いた。
「……取り乱してしまって申し訳なかった。さて、これで二人とも退院だ。おめでとう」
返答がなかったので、少し焦ったように医者は話し出した。
「え、えっと…お金の話になってしまうんだけど、今回はサービス。銀貨一枚だ。」
「安っ」
思わずといった様子でファミアが口に出した。
「たしかに相場は銀貨八枚くらいなんだけどね。理由は3つ。まず、自分で言うのも何だが、私が子供好きなこと。つぎに、炎妖族への見方が変わったこと。最後が本命で、ヤマト君に医者としての心を私に思い出させてくれたこと。それについては本当に感謝してるんだ」
医者は微笑んで、ファミアとヤマトの二人を見て言った。
「ラスクの言った通りありがとうには人の心を温かくする力があるのかもしれないな」
「ん?何か言った?」
「なんにも」
いつも通りの無表情でヤマトが立ち上がり、銀貨一枚を医者に渡した。
「あ、このことは誰にも言わないでね」
医者ら口元に人差し指を持ってきて言った。
医者の茶目っけをきかせた念押しに、三人は黙って首肯した。
「ありがとう」
「「ありがとうございました」」
退院時、ヤマト達は医者に礼を言って立ち去った。
一人娘がここ数週間帰ってきていない。
雨がザーザー降っていた夜。
それっきりあの子は戻らない。
私は炎妖族だ。
炎妖族は母親から受け継いで、体内に炎の精霊を宿らせる。
体内に宿らせた炎の精霊は常に暴走している。
ゆえに私達は封霊の剣を身に付けることによって炎の精霊の力を押さえつけている……らしい。
幼い時はそんなことを理解しているはずもなかったので、封霊の剣から離れてしまって自我を失って暴走することもあったけど、6歳になってからは一度も暴走したりはしないようになった。
けれども炎妖族は根深い差別が残る種族で、私自身はなにもしていなくても、拒絶され、虐げられた。
母は早くに死んでしまったので、私の心を癒してくれる人は居なかった。
もちろん私の心はボロボロになり、私は炎妖族で生まれたことを呪った。
私はとにかく炎の精霊のしがらみから逃げたかった。
自死を試みもしたが、炎の精霊によって守られた。
そんな私がたどり着いた結論は最悪だ。
『子に炎の精霊を継がせる』
きっかけは生まれたときから握っていたんだと思う。
私に父親は居なかった。
炎の精霊から逃げることしか考えていなかった当時の私には名案だとしか思えなかった。
すぐに行動して私は子どもを得た。
相手はスラム街のそこら辺でへたり込んでいた男。
私が炎妖族であることを隠して接触すれば案外簡単なことだった。
出産して死ねるならそれで良いと思っていたのだが、炎の精霊の加護は相当に厚いものだったようで、私は病を患うことも、体力を失うことさえなく元気な女の子を出産した。
その時、私は救われたのだ。
ただ想定外だったことは、その救われは炎の精霊がいなくなったことではなく、その女の子によってもたらされたものであったことだった。
娘の世話は楽しかった。
娘が可愛くて可愛くて仕方がなかったからだ。
こんな日がずっと続いて欲しいと思った。
でも4年ほど経ったある日、娘がどこかに行ったと思ったら、泣きながら帰ってきたことがあった。
理由はすぐに察した。
あいつらだ。
スラムの、あるいは王都の、あいつらだ。
だが、私自身には既に力はなくなっていたので、その憎しみを、怒りをぶつけることはなかった。
だから私は、ただ娘に寄り添った。
悔しかったが、私にできるのはそれくらいだと、そしてお母さんにはできなかったことだと、そう思った。
それ以来、娘は度々泣きながら帰ってきたり、夜に突然泣き出したりするようになった。
「お父さんは?」とか、「友達は?」とか聞かれるようにもなった。
私は娘を産んだことをひどく後悔した。
子どもの気持ちなど考えずに軽率に子を望み、実際に娘が傷ついた。
私はもっとこの子にあげられるものがあったんじゃないのか?
お母さんもこんな気持ちだったのか?
私は娘を探した。
それはもう、血眼になって。
今さら私がどうにかしてあげられるのだろうか。
自分の持つ問題から逃げ、子どもに擦り付けた。
こんな自分がなんとかしてあげられるのだろうか。
分からない。
でも。
お母さんにはできなかったことだから。
探し始めて2週間ほど経っただろうか。
毎日探しているのに見つからない。
今日も見つからなかった。
もしかしてもう…
そう思って上着を置いたとき、鐘が鳴った。
その鐘は来訪者が来たのを知らせる鐘だった。
娘が帰ってきたのではないかと思い、上着を放り出して扉を開いた。
そこには今一番求めているものがあった。
にも関わらず、声は出なかった。
「……」
「ただいま…!お母さん…!」
その声を聞いて、私は衝動的に娘、ファミアに抱きついた。
「おかえり…!」
私はただただ咽び泣いた。
どのくらいそうしていたのだろうか。
ファミアが私の肩に手を置いて立ち上がった。
「お母さん、取りあえず中に入って話そう」
「うん……」
言われるがままに私は家の中の古ぼけた椅子に座らされ、そこで初めて気がついた。
ファミアの後ろに見知らぬ人達がいることに。
「誰っ!?」
「安心して。悪い人達じゃない」
被せるように言われて、私は混乱しつつも黙りこくった。
「っていうか今さら気づいたんだ…」
ファミアは小声でそう呟いた後、咳払い一つして私に向き直った。
「紹介するよ。私を助けてくれた恩人。名前はヤマト」
私は久々に帰ってきたファミアに、驚くべきことを矢継ぎ早に聞かされた。
悪魔に挑発されたこと。
フィーロまで行って、ヤマトという男の子に助けを乞うたこと。
悪魔との戦闘で勝ったこと。
人狼に殺されかけたこと。
炎の精霊が暴走したこと。
ヤマト君に助けられたこと。
医者によくしてもらったこと。
後ろに立っている男が悪魔だということ。
もうすぐ出立すること。
まあ、それはそれは驚いた。
悪魔の正体が明かされたときは気絶するかと思った。
けど、ファミアがあまりにも楽しそうに話すものだから、驚きは些細なものだった。
最後のことについても同じだ。
こんなにも楽しそうなんだったら止める気も起きない。
思い返せば、魔術学院に入学したのもそうだが、ファミアは私やお母さんと違って、炎の精霊、もっと言えば自分から逃げようとしなかった。
私がファミアにしてあげられたかもしれない、後悔している、私が取らなかった選択だ。
だったら私に止める権利などない。
でも、これだけは。
「ヤマト君」
「ん?」
その子は眉一つ動かさず、ただこちらを見た。
「あなたは娘を、ファミアをどう思っていますか?」
「ちょっ、お母さっ…」
「面白い人だと」
ファミアが頬を赤らめて遮りかけたが、ヤマト君は少し口元を緩め、まっすぐにこっちを見て答えてくれた。
止める権利は無くても、責任は取らなければ。
そう思ったのだが、どうやら杞憂だったみたいだ。
炎妖族を悪く思う気配もないし、その目は信頼できそうだと直感した。
だから。
「分かったわ。行っていいわよ、ファミア」
「あ…ありがとう!お母さん!」
「まあ、少しゆっくりしていきなさい。残念ながら寝泊まりできるような場所なんて無いから、今日中に出発してもらうしかないわね」
「ありがとう!」
そこには顔をクシャクシャにして笑うファミアがいた。
何年ぶりに見たか分からない。
けどその顔を見て、やっぱりこの子はこんなスラム街で収まっていい子じゃないと確信した。
もっと広い世界を見れば、この子は笑顔になれるだろう。
私みたいに軽率な行動を取ることも無くなるだろう。
ヤマト君もいるし。
寂しいけど、大丈夫だ。
ファミアには口が裂けても言うことはないけど、私はファミアを産んだ時以来に、産んで良かったと思えた。
一時間ほどして、三人の出発準備が整った。
「それじゃあ、行ってきます」
「また」
ファミアが芯のある強い声で、ヤマト君は短く言葉を発して、悪魔は一礼して、別れを告げた。
「たまには帰ってきてね」
語尾が震えた。
「うん」
ファミアが抱きついてきた。
ファミアが泣いていたので、つられて泣いてしまったが、整理はついている。
「じゃあ、頑張って」
「うん!」
目元の涙を拭って不器用に笑みを浮かべ、こちらをまっすぐ見て一言。
「ありがとう!」
それだけ言って、三人は振り返って旅立っていった。
ファミアの姿が見えなくなったとたん、私は情けなくも、糸が切れたように膝から崩れ落ちて泣いた。
「行こうか!目指せルーナレーン!」
そう言って、ヤマト一行は王都から出発したのだった。




