炎妖族の秘密
ヤマトは自分に注意が向いていたサースティウルフがファミアの方に走って行ったのを見て、あわててサースティウルフが走り去った方角に駆け出していった。
森の中だけあって探しにくいかと思われたが、戦闘音が派手だったため場所は一目瞭然だった。しかし距離だけは離れていたので、駆けつけるのに時間を食ってしまっていた。
道の整備が一切されていない足元の悪い中、ヤマトはなんとか戦場にたどり着いた。
「大丈夫!?」
そう言って目に入ってきた光景は予想だにしていないものだった。まず、なんとかしなければならないと思っていたサースティウルフが血まみれになって浮いていた。次に赤毛の女が目に入り、抜き手でサースティウルフに止めを刺したまま宙に浮かせていたのがわかった。
赤毛は今にも暴走し出しそうな雰囲気を醸し出しているが、背格好や顔立ち、なにより真っ白な格好から、ファミアであるのは明々白々であった。
「ファミア…?」
たとえ状況証拠が上がっていたとしても、理解することができないのが人間である。ヤマトは今まさにそれで、白目を剥いて明らかに理性を失って様変わりしてしまった女がファミアだというのが信じられなかった。
「えっ?えっ?あっ…」
だが何かに気付き、いつも以上に緊張した面持ちでいたヤマトの表情は、段々と笑みに変わった。それは徐々に深まっていき、果てには口の端が上がるところまで上がって満面の笑みとなった。
「『白き巫女、深紅に染まり、炎に包まれる。その舞い、龍のごとし。炎の精、この地に顕現す。第二東方伝説紀第五章より』か。あの言い伝えはやはり本当だったか。悪魔と言い炎の精霊と言い本当についてきてよかったな!」
ヤマトはまるで聖書の朗読のようにらしくない趣深い言い回しで、魔術書の記述を一言一句違いなく復唱した。第二東方伝説紀は歴史書から魔術に関連する逸話を切り抜き、現代の学者が解説した魔術書である。そこには白き巫女を炎妖族と推測し、炎の精霊を顕現させたのではないか、という旨の記述があった。
「色々試してみよう!」
ヤマトは目をキラキラさせて、純粋な瞳を真っ直ぐファミアに向けた。
それに反応してかは分からないが、ファミアへ貫いていた手を抜き取り、サースティウルフが支えを失って落下するよりも速くヤマトに接近し、流れるような動きで抜き手を放つ。その攻撃は的確に心臓を狙っていた。ヤマトは小さくうめきながらそれを間一髪で躱した。
反射的にバックステップで距離を取りつつ、ヤマトは障壁の詠唱をした。攻撃をスカされたファミアは若干体勢が崩れたが、それすら感じさせないような追撃を始めた。
ヤマトは抜き手を、躱しては距離を置き、躱しては距離を置きを5回繰り返して、ドーム状に障壁を展開した。ヤマトが一息つき、ひとまず安心と思って立ち止まると、体のいたるところから血が吹き出した。
「!?」
それを見てヤマトは声もなく驚いた。抜き手はすべて致命傷を避けていたが体には当たっており、その箇所から一斉に血が吹き出したのである。
ヤマトが自分の傷に驚いている間、ファミアは舞い踊るように回転して蹴りを障壁に叩きつけていた。その脚は炎を纏っており、脚は炎の熱量を以て障壁にヒビを入れた。もう一度それを繰り返すと障壁に亀裂が広がっていき、やがて障壁はボロボロと崩れ去った。
「障壁ドーム状展開!」
痛みをこらえつつヤマトが言うと、先ほどよりも小さな障壁がヤマトを中心としてドーム状に展開された。ファミアが同じように蹴りを叩き込んだが、今度は傷すらつかなかった。
「なるほどなるほど。サースティウルフの時はさっきの障壁が一瞬にして瓦解してたけど炎の精霊はあいつよりはパワーがあるわけではないということか。じゃあこの障壁でかなり足止めできるだろうな!」
そう言ってヤマトは詠唱を開始した。やがてヤマトの体周囲に10ほどの火球が生まれる。火球はそれぞれが、見れば太陽を直視したように眩しい閃光を放っていた。そして障壁に小さな穴が空き、火球が障壁の外側に放り出され、すぐに障壁の穴が閉じた。
「行け!」
ヤマトの言葉に呼応して火球がファミアに向かっていく。ファミアはそれを一瞥すると手を前に突き出した。一直線にファミアに向かっていた火球は、あろうことか軌道を逸れて地面に着弾した。だが、一つだけ逸れた軌道を戻し、ファミアの背中に命中していた。ヤマトが一つだけであるが、火球が逸れるのを見て咄嗟に軌道を戻していあのである。
「無詠唱!?…炎の精霊は無詠唱で炎を操ることができるのか。もしかしたら魔術は精霊祝詞によって精霊の力を借りるようなものなのかもしれないな!フフフフフフフ。興味が尽きない!」
火球を受けてファミアは動きが少々鈍くなっていたが、おもむろに詠唱を始めた。
「火球の攻撃は入るのか!以外だな!だがやはり炎の精霊としてダメージは少なそうだな!そしてその詠唱……ん?これって……!」
ヤマトは何らかの危険を察知して詠唱を始めた。それは下位水魔術「水球」であった。火球の姉妹魔術でもある水球は、火球と性能が良く似ており、火を水に変えただけとも言える代物であった。威力は火球に劣るものの、術式は水球の方が簡単で魔力消費も少ないため、小回りがきく魔術とも言えた。
そして、詠唱に徹していたファミアがとうとう動き出した。ファミアが咆哮を上げると、ファミアの3メートルほど背後から炎の風が吹き荒んでくる。
それは中位火魔術「鳳凰熱」であった。「鳳凰熱」は、鳳凰が身にまとっているような猛火に指向性を持たせて撃つ、広範囲に高熱をもたらす魔術である。
その高熱に耐えられず障壁はゆで卵のように亀裂が入り、トドメに蹴りを叩き込まれたことで障壁は瓦解した。猛火はその勢いのままヤマトに向かっていく。
ヤマトは発動させた大きめの水球を四つ目の前に並べ、炎と相殺させていく。だがそれも虚しく蒸発してしまい、猛火はヤマトに被害をもたらした。
「いっ」
すぐにヤマトは多く発動させていた水球を呼び寄せて炎を消火した。服の胸元が燃え、胸に火傷を負ってしまっている。しかし、それ以上にヤマトが危機感を持ったことがあった。
「まずい森が!」
ヤマトに消火されなかった鳳凰熱が突き抜けて木々に着火し、火事を引き起こしてしまったのだ。
ヤマトはすぐに水球を火事が起きているいたる所に放ち、消火を試みた。猛火はすさまじく、水球を1つの木に2個も消費していたが、消火自体はできていた。
さらに魔術の余波による被害を防ぐため、水球20個をヤマトとファミアの戦場の外側に回転させた。上から見れば相撲の土俵のように見えなくもない形状だ。
もちろんファミアへの牽制も忘れてはおらず、ファミアに10程の水球を向かわせていた。ファミアはそれを最低限の動きで躱そうとするが、最低限ゆえに水球は少し軌道を変えるだけでファミアに命中していた。ファミアはそれに悶え苦しむように呻き声を上げて体勢を崩した。
消火、森林保護、戦闘。この三つを並行して行うヤマトには相当の負荷がかかっていた。魔力は問題ない。本人は見えていないが体内の魔力の色はまだ漆黒である。問題は操作することによる頭への負荷だった。あまりの頭痛に顔をしかめて頭を抑え、両鼻から鼻血を出している。そんな状況でもへたり込むことなく立っているのは、流石の一言であった。
「水はやはり特効か。…ぐぅ。だが俺が持たないな。この戦闘を終わらせるにはやはりあの変貌の理由を解くしかなさそうだな。」
ヤマトはそう言って、頭を抑えていた手を顎に持ってきて、少し上を見上げて思案し始めた。水球による消火は意外とすぐに終わったため、負荷が少々軽くなり、ヤマトの脳はいつもの回転を取り戻した。
「まずなぜ暴走しているか。まあこれは炎の精霊がファミアの体を乗っ取ったからだろう。となると正常なファミアの状態はパッと思い付くのでいけば精霊を完全に押さえ込めていたか意識を共存させていたかの2パターン。次になぜ髪が変色しているか。これはおそらくもともと髪色のないファミアに元の精霊の髪色が干渉した結果だろうな。ということは髪色が白だったときは完全に精霊を押さえ込めていたはず。あくまで推測だが共存していればファミアの髪色も尊重されて桃色になるはずだからな。じゃあファミアはどうやって押さえ込んでいたのか。考えられるのは精霊に耐えうる精神の持ち主だったか魔術で押さえ込んでいたかの2通りか?いやどちらも考えられないか?2つとも睡眠中に隙ができるのは変わらない。ということは安定するのは永続的な魔術に頼るか何らかの強力な外的要因に頼るか。待てよ?ファミアはいつも剣を肌身離さず持っていたはずだ。だが今は攻撃方法も一転して剣を持っていない。あの剣相当頑丈だったみたいだしな!重要なものだったのは違いない。他にも色々辻褄も合う。フフフフ。これはビンゴか?」
ヤマトは剣の秘密に気付いたが、考察に少々時間を掛け過ぎていたらしい。ヤマトが周囲を見渡して剣を探そうとしているところに、水球を対処しきったファミアがヤマトに突撃してきていた。移動から攻撃に移り変わったのを感じさせないほど滑らかな動きで、喉を狙った抜き手を放つ。
「…っ!」
ヤマトは間一髪で致命傷は避けたが、頬に切り傷を作っていた。躱した抜き手の先には指向性の炎が発生していた。幸いヤマトに当たることは無く、ヤマトの維持していた水球に当たって消えた。
ヤマトは距離を取りつつ水球を詠唱して応戦する。ファミアは再び距離を詰めて抜き手を放ったが、それを今度は余裕を持って避け、反動で一瞬硬直しているファミアの脇腹に水球を叩き込んだ。
一瞬ひるむファミアを横目にヤマトは走って剣を探し、やっとの思いで木陰で見えにくくなっている剣を発見した。
「あった!」
ヤマト思わず声に出してしまう。ファミアは、ヤマトがそれによって一瞬気が緩み、隙を見せたのを見逃さなかった。背後から背骨を狙って抜き手を放つ。
ヤマトはファミアの影を視界の端で捉えていたのか、すぐに振り返った。そして迫りくる抜き手と自分の体の間に右手を差し込んだ。そして攻撃が来たタイミングで抜き手を包み込むようにファミアの手を握り込む。
「うあっ」
痛みに耐えつつ、バックステップで剣が落ちている位置まで跳んだ。剣を持とうとして右手を伸ばすと、右手の手のひらが血まみれになっているのが見えたため、左手で剣を持った。
「頼むから落ち着いてくれよお!」
ヤマトは初めて自分からファミアに向かっていき、慣れない左持ちで剣を振りかぶると、途中からファミアの動きはピタリと止まった。ヤマトはファミアに切りかかろうとしていたが、途中で勢いを弱め、剣の腹をファミアに押し当てるに止まった。
「止まっ……た?」
白目を剥いていたファミアの目が戻り、髪色が赤から白に戻った。ファミアは数秒立ち尽くしていたが、すぐに倒れ込んだ。度重なる吐血でただでさえ動けなくなっていた体を酷使したのだ。当然である。
「おお!やったぞ!この剣の謎は深まるばかりだな!あとで成分分析してみよっと♪………とりあえず、治療、か。」
ヤマトは自らも血まみれになっていたが、全く気にする様子もなくファミアを担ぎ上げた。
「フィーロでも、使った、けど、こういう、時が、しっくり、くるな。」
ヤマトは興奮が少し冷めて言葉に詰まりつつ、そんな風に前置きして隣のファミアの顔を見て言った。
「ありがとう」




