第19話―精霊と【黒魔法】
「そして、神という存在を認識できる、唯一の種族が、我ら精霊です」
霊眼を左眼に浮かべたまま、彼女は続ける。
「言わば、精霊という種族こそが、神に抗う唯一の手段となります」
「神に抗う、って……」
「神とは、精霊と違い、世界の停滞を望む者達。神は人前には姿を現さず、自らの遣いを現界へ遣わせます。その遣いの者の名、それが――」
「――〝裁定者〟」
彼女の言葉に被せたのは、誰でもない、僕だった。
〝裁定者〟のことを知っていたのが予想外だったのか、半ば無理矢理奪うように発した僕の声に、彼女は眼を丸くする。
「知っているのですか、それを?」
「ラテン殿から少々、この世界の話を聞きまして。世界の停滞を望む者という所で、もしやと思ったのです。とはいえ、あの方から聞いた話と少し相違があったので確証は持てませんでしたが」
「……なるほど、〝剣神〟様から……。ならば合点がいきます」
「えっと、その、〝裁定者〟とか、『この世界の話』って何なんだ?」
さっぱり解らないといった様子で、姉さんが僕達に問う。……まあ、その時姉さんはお酒を飲んでどんちゃん騒ぎだったので知らないのも無理はないが。
「この世界、つまり、“魔界”と“聖界”ができた時の話ですよ。簡単にいうと、この世界の創世についてで――」
その瞬間、姉さんが少し被せ気味に食いつく。
「何っ、私の知らない間にそんな面白そうな話をしてたのか!?」
「あの時お酒をずっと飲んでたじゃないですか……」
口を尖らせながら異を唱える姉さんに、僕は若干呆れ気味に答える。
「知らない方がほとんどかと思いますので、軽く説明しますと、この世界の起源は五柱の〝原初の精霊〟と呼ばれる者達から始まります。〝透白の精霊〟、〝六花の精霊〟、〝灰緑の精霊〟、〝紫藍の精霊〟、〝漆黒の精霊〟――」
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
ティタルニア王の言葉に、姉さんから待ったがかかる。
「その〝六花の精霊〟と〝透白の精霊〟ってのは初めて聞いたが、その他の三つの精霊って……」
どこかデジャヴな姉さんの言葉に僕は首を傾げていると、ティアタルニア王が答える。
「貴女の予想通り、〝魔女の一族〟の親、というべき存在でしょうか。貴女方〝魔女〟の魔法、すなわち古代系統外属性魔法を生み出し、己の別身体とでもいうべき存在を創りました。それが、〝魔女〟です」
「……そんな特別な存在だったのね、私達……」
サーリャ殿が驚いたように呆然と呟く。無理もないだろう。確かに〝魔女の一族〟は他の魔族とは一線を画す魔力を有しており、それぞれの魔女の前につく〝色〟の通り、系統属性魔法とは異なった、いわば固有の魔法を有している。とはいえ、創世の頃からの歴史があるなどと、誰が予想できようか。
「けどさ、ヴァイ達はまあ解るけど、〝漆黒の魔女〟はどうなんだい?あの〝魔女〟はヴィルティスの憎悪に呼応して生まれた魔女なんでしょ?」
「たしかに。そうやってあのお方自身が語られていたしな」
アリオスの疑問に、シュタリウス王も頷く。……本当にいつものシュタリウス王なのだろうか。
そんなくだらない違和感を頭を振って払いながら、ティタルニア王の言葉に耳を傾ける。
「彼は所謂、理を逸脱した特殊な存在です。彼の魔法――古代系統外属性魔法【黒】が意思を持った存在、ヴァルヘイトが、〝始まりの魔女〟であり、堕ちた精霊でした」
「えっと……どういうこと?」
ティタルニア王の説明に、メロウ殿が首を傾げている。他の皆も理解し切れてはいないようだ。……かくいう僕も、だが。
「…………?」
そんな中、さも全てを知っているような表情の人物が、レナ殿とセンラ殿を除いて一人だけいる。ジャック殿だ。いつも溌剌とした性格の彼が、何故か黙って頭の後ろで手を組んでいる。それに他の皆は気付いてないようで、僕は違和感を覚える。
「つまり、【黒魔法】というのは創世当時より存在はしていました。ですが、彼の存在は強大すぎるあまり、破壊に傾きすぎたのです。みかねた他の〝原初の精霊〟が、精霊の資格を剥奪、魔法という何とか自分達が御する事のできるモノへと昇華させ、管理していました。それが数千年の時を経て、初代サザンクロシニアス連合王国国王の憎悪に共鳴し、復活した。これが、先の戦いの全貌です」
「そんな歴史があったんだな……」
ティタルニア王の話が一段落するなり、姉さんがため息混じりに呟く。
ラテン殿からある程度の話を聞いてはいたものの、やはり知らない事だらけだ。彼女の話だけで、自分達の知らなかった歴史が次々と明らかになっていく。
「ずっと気になっていたのですが、その〝原初の精霊〟というのは、まだ生きているのですか?」
ラテン殿から話を聞いた時から思っていた疑問を訊くと、相も変わらぬ淡々とした表情と口調で答える。
「精霊というのは基本的には不死の存在です。魔族や人族とは違い、物理的な肉体を持つことはなく、空間に存在する魔力で存在していますので。その場で滅びても、時間経過によって蘇ります。しかし、彼のお方達は、〝漆黒の精霊〟を魔法へと昇華する際、その身体を構成する魔力の殆どを使ってしまい、瀕死となったのです。緊急手段として、自分達の分身体たる存在を〝魔女の一族〟として創りました。あとは、先程の説明の通りです。現在彼らは、我が“精霊界エニスィテューレ”の王城の隣にある大祭壇にて、永き眠りについております」
「……“大祭壇”、ねぇ……」
「ジャック、何か言ったか?」
何か聞こえたのか、シュタリウス王が首を傾げながらジャック殿に問う。しかし勘違いだったのか、こちら同じように首を傾げながら答える。
「ん?んーん、何にも言ってないよー?」
「……そうか。うし、精霊と龍についてはある程度解った。皆引き止めて悪かったな。精霊王様も、話してくれてありがとよ」
「いえ……。こちらも説明の義務を果たせず、申し訳ありませんでした」
シュタリウス王が霊眼を収めながら謝ると、ティタルニア王も申し訳なさそうに頭を下げる。
「いいってことよ。にしても、だいぶ長居しちまったな。そろそろ戻ろうぜ。身体が鈍りそうで仕方がねえ」
「同感だ!私も身体動かしたくてウズウズが止まんねぇんだ……!」
そう言いながら、二人は同時に両の拳を打ちつけ合う
「フフッ、二人とも相変わらずだな。では、戻ろうか。私も“術”の習得に励まねば」




