5歳のイーサン君は暇がお嫌い
◇イーサン視点
「兄さま…ルカリア…」
2人が居なくなってたくさん時間が過ぎた…領地って所にお出かけするんだと思ってお見送りしたっきり、帰ってこない。
後で母さまに聞いたら、僕たちのお家の領地?って所は今僕が居る島からずっと遠い所なんだって、絵を見せて貰って分かった。だから行くのも帰ってくるのも大変だし、時間がかかる。
なんでそんなとこに行っちゃったんだろう……僕も一緒に行きたかったのに。置いてくなんてひどいよ。
じゃぁいつ帰ってくるの?って聞いたら、3年間向こうでお勉強するんだって。3年間っていうのはたくさん寝て起きてを繰り返したら経つから、まだ兄さま達はまだまだ帰って来ないんだよ。
そんなことになるなら聞かなければよかった。悲しいし、何だかお腹の奥が熱くなって爆発しそうなくらい嫌だ。でも泣いても兄さまもルカリアも来てくれない。
もうこんなの嫌だから父さまに僕も行くってお願いしたの。でもダメって意地悪言うから僕も父さまに意地悪することにした。今はずっと父さまの事は知らないフリしてるの。
ちょっと父さまが可哀想かなって思うけど、僕だって悲しいから意地悪は続けようと思う。
2人はお勉強しに行ったんだって聞くけど、2人でいるなら僕だってお勉強するから一緒に居たい。泣いても泣いても二人は帰ってこないし、誰も僕を連れて行ってくれない。
なんで?
ーお勉強をするからー
僕も頑張るよ?
ーお兄さまたちと同じ年になったらねー
そんな答えばかりが帰ってくる。最初は2人が…というよりルカリアがいないのは昔に戻ったみたいで、のんびりしてた。朝から起こされることもないし、ルカリアに投げ飛ばされることもない。兄さまに引っ張られることもないし、2人にくっつかれて熱いなんてこともない。
なんだか兄さまとも仲良くなる前みたい。母さまとずっと居れるし本も読んでもらえる。嬉しいはずなのなのにな。
段々詰まらなくなって、二人は何をしてるのかなって気になり始めたらもう駄目だった。
1人はいやだ!全然楽しくないもん!
だから僕が2人を迎えに行こうと思う!
◇第三者視点
よく晴れた日。王都にあるマティスロア家の庭では、いつもより心なしか庭に出ている使用人の数が多いこの日。
1人の少年が植木に隠れていた。
「イーサンさま~。困ったわ…どこに行かれたのかしら」
「イザベラさまのところにもまだ来ていないみたいよ…心配ねぇ」
ーんふふっー
上等な服を着ている彼女たちは、少年の侍女であろう。下級の使用人には与えられないお揃いの制服を着たことから一目で分かる。しかし困った困ったと言いつつもこの顔には、焦りは感じられない。
だがそれもそうだろう。
彼女らが話している後ろの植木からしっかりお尻を生やし、足が伸びているのだから。
「ふふふっ…困ったわねぇ」
「こっ困ったわねぇ…。お庭にはいらっしゃらないのかもしれないわ。図書室に行ってみましょうか」
「そうね。そうしましょう」
口元を抑え震えながらも侍女が去ったことを確認した少年イーサンは、確かな自信と人形を持って植木から這い出てきた。
「すごいすごい!やっぱり僕はかくれんぼの天才っなんだっ!」
「「「ブフッ」」」
「んぅ??」
どこかから音が聞こえたような気がするが、特に疑問を持つこともなく足元に転がっている木の枝を空いている手に持った。
これは少し前のイーサンならばすぐに隠れていた違和感であっただろう。しかし自身の才能に気づいてしまったイーサンにとって、誰かから身を隠すという行為は簡単なのだと慢心してしまっていたのだった。
そしてそれは彼を陰ながら見守る人間にとっては非常に好都合なことであり、側から見れば少年を囲みように使用人が隠れて配置されているのだった。
「よしっ!兄さまとルカリアを探しに行こうダミニちゃん!」
幼子の可愛らしい声と共に掲げられた左手には、天を突き刺す一本の枝。その反対の腕には、5歳の少年が抱えておくには苦労するであろう大きさの木彫りの人形があった。
それはある日の思い出…両親が人形遊びのために少女に送った特注品である…。白木を使った木彫りの人形はドレスから髪まで全てが木製であり、その大きさは30㎝ほど。
その人形が着るドレスには、植物のツタのような青色の曲線に咲く真っ赤な花が描かれている。母であるイザベラのドレスにもたびたび見られる意匠はそれだけで、イーサンのお気に入りだった。
さらに今から探しに行ことしている兄ローガンと姉ルカリアとの思い出の品であり、お人形遊びをした時に名付けた【ダミニちゃん】という名前が物から友人のような親近感を抱かせた。故に【ダミニちゃん】は2人がいなくなってから、イーサンの孤独を埋めてくれる唯一の友達だと言えた。
「ルカリアはダミニちゃんのこと怖いって言うけど、僕がそんなことない言って教えてあげるからね!だから2人にあったら4人で遊ぼうね!」
やはりずっと抱えるには重かったのだろう。枝を放り投げ「んしょっ」と人形を横にし、両手で持ちながらも、イーサンは庭にある丘へと覚束無い足取りで向かって行った。
が、やはりその後ろには、不安そうに見守る使用人たちが、少年にバレないように隠れている。ある者は地面に這いつくばり、あるもの木に登り、あるものは屋敷の窓から…各々職務を全うしていたのだった。
そもそもなぜイーサンが1人(だと思っている)でいるのか。さらにその後ろを見守るように使用人が配置されているのか。
それは遡ること30分前…。
「んぅぅううんああぁぁぁ」
この日もイーサンのご機嫌は麗しくなかった。1人遊びなんぞ遠の昔にやり切り、侍女が相手をしてもそれは何か違うらしい。それもそうだろう。子供同士の手加減のないやり取りや、多少のスリルを、雇い主の子供に対してできるはずがない。
故にそれらの楽しさを知ってしまった後では、大人の忖度を含む遊びは面白みに欠けるようであった。
「ダミニちゃんもさみしいよね」
子供というのは興味が移ろいやすいのだろう。先程まで座っている侍女の膝に縋り付くように泣いていたのに、今では人形を抱え庭を眺めている。
ふっくらとした頬は人形の頭に乗っかるように盛り上がり、思わず突いてしまいたくなるような愛らしさがある。いや姉のルカリアは【ダミニちゃん】を苦手としていたから戸惑いと萌えの間で唸っていたかもしれない。
しかしそのどれもができる身近な相手も今はイーサンを置いて、2人で遊んでいるのだ。庭は2人がいた時と変わらないのに、兄と姉はいない。日々成長していくイーサンは、記憶が思い出になっていく過程に、幼いながらも恐怖を感じていた。
「うぅぅ…」
幼い子どもが静かに涙を零す姿は痛ましい。例えそれが何日、何ヶ月続こうとも、哀れであることには変わりないのだ。
イーサンの涙は頬を伝い、やがて人形に吸い込まれるように吸収される。そうすると侍女はすかさずハンカチをその頬に当て涙を拭く。
これはイーサンには言えないが、涙を吸っている人形は非常に高価な木材と職人の技術を持って仕上げられ、本来ならば観賞用として飾られるような一品なのである。さらには子どもにはまだまだ難しい事情もあり、人形というものは権力の象徴でもあるのだ。
故に価値を知っている侍女はイーサンの意向は尊重しながらも、人形にも注意を払っていたのである。
「でも、だって…。うん。やっぱり待ってるだけじゃダメだよね!兄さまたち僕がいないとすぐ喧嘩しちゃうし!うん、そうする!」
「イーサン坊っちゃま?」
イーサンは庭を見て何かを決意したように頷くと、侍女の困惑も無視して走り出す。その腕には勿論相棒がいる。
「僕、ダミニちゃんと一緒に領地に行ってくる!兄さまとルカリアを捕まえてくるから!」
「えぇ!?」
「探さないでって母さまと父さまに言ってて!」
そう言い放つとイーサンは庭へと駆け出した。来客や馬車がくる正面の庭ではない建物裏にあるプライベートの庭は、子供達が遊べるよう芝生が敷き詰められ石は丁寧に取り除かれている。
「はぁっはぁっはぁっ!」
イーサンは全速力で庭に飛び出ると、後ろから追いかけてくる足音に肩を跳ねさせた。急いで周囲を見渡すが広い芝生の庭に隠れる場所なんて存在しない。少し行った場所には林が茂っているが、それも子供の足ではそれなりの距離がある。
「うっあっもう!んん!」
そうして悩んだ末にエントランス脇にある植木に潜り込んだのだった。
そしてイーサンが庭に出る少し前、早いとは言い難い5歳児の後ろ姿を追いながら、侍女たちにはある選択肢が与えられていた。
このままイーサンを確保するか、見失ったフリをするかだ。
しかしイーサンを部屋へ連れ戻したとして、また涙を流し落ち込むかもしれない。考えたくは無いが最悪周囲の目を盗んで、1人で屋敷を抜け出してしまう可能性もある。
「私これ以上坊っちゃまの寂しそうなお姿を見ていられないわ」
「えぇ…それに久しぶりに走り回る坊っちゃまを見ましたわ。ずっとお部屋に籠っていらしたもの。少しくらい冒険してもよろしいのでなくって?」
「えぇ!ええ!そうですわ!他の方々にも協力してくださるようお願いしてきますわ!」
「では私は奥様にお伝えしてきます!」
意見のまとまった侍女たちは、廊下を優雅に素早く歩きそれぞれの仕事に取り掛かる。
こうしてイーサン5歳の大冒険(with見守り隊)は始まったのであった。
イーサンは丘を登りきり頂上から景色を見下ろした。人形を連れて登るのは苦労したようで、その額には薄らと汗が滲んでいた。
「ダミニちゃん兄さまとルカリアどっちにいると思う?」
「ふんふん、確かに母さまは海の向こうって言ってた!じゃあまずは海を探そう!」
小さい子供が物に命があるような行動を取ることは自然であり、可愛らしい人形に話しかけている姿は見た者の目尻を下げてしまう。隠れて見ている使用人たちはその顔に笑みを浮かべながらも、初めての1人での大冒険に興奮している坊っちゃまの後ろ姿を見守った。
「うぅぅ怖いぃぃ」
「ピャッ!?」
「うあぁあああんんん!足いだぁいい!!母さまぁぁぁ」
「うっうぅ、兄さまのばか!ルカリアのばかっ!もうきらい!」
管理された林の奥。薄暗い森を突き進むイーサンを待つのは恐怖と痛みと孤独であった。本格的な危険は使用人たちが先回りして排除しているが、そんなことは知るよしもない少年には、鳥の羽ばたきですら恐怖の対象である。
さらには靴づれ、空腹、疲労など、屋敷で大切に育てられてきた少年には耐えられないであろう困難が押し寄せてくる。
陰から見守ると決め許可を出したイザベラの指示もあり、使用人たちは奥歯を噛み締めその姿を見守っていた。
「ダミニちゃん…ダミニちゃん」
「うん…う…ん…っ…もうちょっとがんばる…」
折れそうなイーサンの心を守ったのは間違いなく【ダミニちゃん】だろう。転けたイーサンの腕から放り出され汚れようと、泣き喚き乱暴に扱われようと、結局イーサンの側にいたのは物言わぬ木製人形だった。
そんな苦難も終わりが見える。木々が開け眼前に穏やかな水が広がっていたのだ。
「はぁはぁはぁ…これが…海?」
『『『『いいえ違います!』』』』
全身を泥と草で汚したイーサンは荒い息を吐き、目を輝かせていた。その頬には涙の跡があり、この旅が彼にとって困難なものであったかが伺える…が、しかし、いくら苦労を重ねようと、そこは海ではなく、屋敷から少し外れた場所にある湖であった。現実は残酷である。
「そうだよね!」
『『『『!!』』』』
「この先に兄さまとルカリアがいるんだね!」
一瞬使用人たちの心の声が届いたのかと思ったが、希望はすぐに打ち砕かれた。しかし空は暮れ始め、いつもならお昼寝の時間をひたすら歩き回っていたのだ。イーサンは休憩しようと座り込み、大きなあくびを溢す。
「んん~ダミニちゃんごめ…ぼくちょっと…ねむ…ね」
まるで気絶するように眠りについたイーサン。ここまで5歳児とは思えないほどの忍耐を見いてきた使用人たちの中には思わず涙を浮かべるものまでいた。しかしその大冒険もここまでのようだ。
「坊っちゃんっ…お疲れ様でしたっ…本当にご立派になられてっ」
まるで葬式のように眠る少年を囲み涙を流す大人達。
「貴方も坊っちゃまを励ましてくれてありがとう」
イーサンを抱き上げる前に、その腕から外した人形に声をかける人間もいた。白木は若干薄汚れ、よく見ると細かな傷がたくさん付いている。
そうして使用人達はイーサンと【ダミニちゃん】を抱き上げると、夕暮れに照らされる湖を背に、屋敷に帰っていくのだった。




