その頃王城では
※セドリック視点
子供の高い声が聞こえない屋敷はまるであの子が来る前に戻ったようだな。家令に見送られ今日も職場である王城へと向かう。
彼女が朝食を共に取ろうと言い出したのはこの屋敷に来てすぐだったか。
早朝に鍛錬をし、朝食後すぐに城へ向かう自分に合わせるのは辛いだろうと、初めは断っていたにも関わらず、気づけばその時間に癒しを感じていた。
一日の活力を補給する場として、無邪気な子供たちと愛する妻の顔を見る時間は最適だったんだろうな俺。
個性的な娘と末の息子は長男を困らせているのかと思えば、次の会話では娘VS息子たちという構図ができ上がっているから見ていて飽きない。
正直いきなりできた妹に息子たちが受け入れられるかは賭けだった。
いや、俺とイザベラだって「天使じゃん!?娘欲しかったし迎えようぜ」とか簡単な理由で養子にしたわけじゃない。
まぁ少しくらい動機の片隅にあったかもしれんが、そんな簡単な話じゃないのは誰だってわかるだろう。直系以外貴族でなくなる可能性のある制度のなかで、血筋以外が養子として迎えられるには侯爵家という地位は決して安易に与えられるものじゃないからな。
ただ今回は事情が特殊だった。最大のイレギュラーはコーラル殿下とその婚約者が行方不明になり、そこで出会った少女という経緯だ。
ルカ…この国で生きるために殿下に与えられた【ルカリア】という少女は、そもそもこの国の人間ではないってところがまず普通じゃない。
この国は他国との国交は殆どない。他国の商人ですら限られた地域しか入国できないほどの規制で、幼い少女が本土にいるはずがあっていいわけがないからだ。
これは薄暗い話になるが、本来用意されていたルカの処遇は決して優しいもんじゃなかった。
公にはできないが議会ではルカという少女は【太陽神の愛し子】であるコーラル殿下とバーグマン家の令嬢に勝るとも劣らない魔力を持っていると考えられている。
そりゃ王都を昼間に変えちまうような炎から何時間も身を守っていられるなんて普通じゃないだろ。そんなの我が国の宗教的にも戦力的にも許せる存在じゃない。
だから当初の議題は少女を殺すか魔力を封じ飼殺すか…いずれにせよ二度と日の目を見ることはない人生を送る方向だった。
だがそれに待ったをかけたのはコーラル殿下だった。
「君たちが危惧していることは、彼女がその力を我が国に向けることだろう。私とバーグマン嬢ですら彼女に牙をむかれては対応に困ってしまう。
ましてや君たちなんて…ね?だけど幸いにも彼女は幼く純粋無垢な子供だ。そして私たちとともに誘拐されていたにも拘らず、極めて冷静に状況を判断していた。
ならば!そんな稀有な能力を持つ彼女を懐柔し、我が国最強の守護者にしてしまおうじゃないか。
何より彼女の魔力は安易に殺すには勿体ないと思わないかい?」
その一言が議会に参加していた貴族の目を変えた。魔石に大量の魔力を込めることが出来れば、それだけで国中の魔道具の稼働率が上がるからな。
いやそもそもコーラル殿下が提案した時点で少女が貴族たちの思う通りになるわけがないのは明白だったか。
議会だなんだといってもこの国では王族の言葉は絶対。議会で何か提案や議論がなされようが、大した影響はない。国王の下にいる貴族よりも、独立機関である聖職者のほうがずっと国政に関わっているとすらいえるだろうな。
だがそのお陰でルカは殿下を後継人として、どこかの家に養子に入ることが決まった。殿下の側妃は無理でも妾にでも…という馬鹿がいたが、殿下の微笑みの前ではただの寝言だったんだろう。ったく議会で寝んなよな!
そんなわけで貴族の養子になることが決まったわけだが、ここでもひと悶着あった。ルカの魔力や殿下との繋がり目当ての貴族で睨み合いだ。だがこれも殿下の一声で決まった。
「私もバーグマン嬢も彼女のことを気に入っていてね。私の信を置くマティスロア侯爵に任せようと思うんだ。武門だから万が一があっても対処できるだろうしね」
だからマティスロア家はルカを迎えることに異を唱えることなんてしない。殿下の考える万が一があった時も、詠唱を唱える間に一太刀で屠れる騎士がいる武家に預けた方が安全だとでも言いたいのだろう。
それに俺にとっても都合がいい相手だったのは幸いだった。だからイザベラも俺も彼女を[殿下から預かっている少女]としてではなく、娘として迎えることにした…
義務と打算から始まった関係だが、いつか約束を果たした時
あの空っぽな少女に何か与えられたら…
王都を囲むように連なる山々を切り開いて王城は立っている。それゆえに花々が咲き誇る広大な庭というほどものはなく、眼下の港を睨むように聳え立つ武骨な城という印象があるな。
王都を囲む山脈には今俺がいる王城だけじゃなく、妃や王子たちが住む城がある。
だがそれこそ建国から王家の従者として仕えている家の人間しか立ち入ることは許されていない。そもそもマティスロア侯爵家の嫡男で騎士である俺ですら、王族の顔はコーラル殿下しかはっきりしていないしな。
本当に王家は秘密主義だ。
辿り着いた先は第一騎士団の執務室だった。
副団長である俺の机もここにあるがゆえ、挨拶もそこそこに提出されていた報告書に目を通す。部屋付きの侍従に入れてもらった茶に口をつけていると、勢いよく扉が開いた。
「おー!セドリック!久しいな、娘と息子を亡くしたんだって?何時にも増して死んだような顔してんじゃねぇか」
「団長ぉ!?」
「ちょっ団長、そろそろ殺されますよ!?副団長だって最近は口数増えて笑顔もできるようになったんですから!」
「えっ、俺あれ嘲笑だと思ってた」
「お前は黙ってろ」
朝から元気なこいつ等は第一騎士団団長ハンス=ルノワールとその補佐官アールシュ=シロン、そして殿下の護衛となり一時的に団長補佐になっている俺の副官サイ=オリッサだ。
「おはようございます。そして団長、娘と息子は亡くしていません。五歳を迎えたので本家で教育もかねた里帰りしてるだけです。あとアールシュ、これの笑顔は娘に好評なんだ。嘲笑じゃないから誤解するな」
「はい!あ!団の奴ら副団長の嘲笑癖になってたんで、誤解はないと思います!」
まてそれは誤解だらけだろ。なんだ嘲笑が癖になるって!?ただでさえ他の団からは第一は変わったやつが多いって言われているんだぞ。
「そういやお前の笑顔って娘からのアドバイスだって言ってたな!そうか~いや俺はてっきり子供を亡くしたから表情なくしたのかと思ってよぉ。
思えば普段とそんな変わりなかったか。ハッハッハ!お前あの事件からうちに寄らず殿下の護衛だったからか、久しぶりに思えたが…そういやこの部屋以外では割とお前見かけてたわ」
「へぇ~女の子のことは話題になってたので、知ってましたが、そういえば男の子も同じ年でしたね!一番上の子でしたっけ?」
「ご長男のローガン君ですね。副団長によく似ていらっしゃる将来有望なご子息です。」
「お~さすが副団長の補佐官!面識あるんだ」
「いえ全く」
「おっと…じゃあなんでご子息のお顔を御存知で??」
「…愛の力ですかね??」
「はい!はい!副団長!この変質者今すぐ除籍してしまいましょう!」
「まぁその場合そうそう欠員を補充できないだろうから、お前と団長の仕事が増えるだけだな」
「そういうことだアールシュ。悪いがこの世界には悪は必要ってわけだ」
「団長ぉぉ~」
ハッハッハと豪快な笑い声が部屋中に響く。確かに報告だけ受けて執務室に来るのは久しぶりだ…。これでも事務仕事を団長と補佐官二人に任せっきりになっているところは申し訳なく思う。が、このテンションがずっと続くならば、執務室に顔見せるのは偶にでいいなと思ってしまうのはいけないだろうか…
「じゃあ自分はそろそろ殿下の護衛があるので」
「おぉ。今のところ城はもちろん王都で特に目立った事件はないから安心して殿下の護衛に専念しろよ。また居なくなられたりしたら何人の騎士の首が飛ぶか分かったもんじゃないからなぁ。」
「結局あの闇オークションも軍部預かりになってしまいましたもんね。騎士には挽回のチャンスすら与えられませんでした」
談笑というにはやや重たい内容を横目に、支度をする。
「では本日の報告書も後で副団長の従者殿に渡していきますね」
「あぁ。それでは行ってくる」
三人に挨拶を終え、殿下の住まいである【太陽の宮殿】に向かう。
宮殿とは言っているが、王都の宮殿はどれも山を切り開き建てているせいか、防御手段のある城塞に見える。
中でも殿下に与えられた【太陽の宮殿】は建設当初は教会として使われていたとかいないとか…。興味がないため分からないが、殿下が楽しそうに語っていた事を薄っすらと覚えていた。
そういった宗教との結びつきのある縁か、この建物は【太陽神の愛し子】に相応しい内装だとかで、殿下に与えられた宮殿という経緯がある。
しかし、どの宮殿も政治の場でもある王城からは離れているため、役職持ちや貴族は城内を馬車で移動している。警備のためとか言われるが、身分抜きにして副騎士団長が狙われる可能性を考えねばならん城内って、相当だと思うぞ。
そんな愚痴を脳内で溢していた天罰か、馬車へと向かう途中の俺を呼び止める声が廊下に響く。
「これはこれはお久しぶりではありませんか、第一騎士団副団長殿」
面倒な奴に捕まったと思いながらも振り向く。そこには息が詰まるのではないかと思うほど首元を閉じた服に、蛇を彷彿とさせる眼光、不健康なほど白い顔には笑みを貼り付けている男がいた。
その後ろには黒のローブを被り顔を隠すように俯く集団を従えている。相変わらず廊下の場所を占領するのが好きらしい。
「何か用か、メローニ魔法師団長」
「挨拶もなしとは冷たいお方だぁ」
「悪いが今は急いでいる。用がないなら…」
俺は演技じみた仕草が鼻につき、どうせ大した内容もない話だろうと、背を向ける。しかしやつはそんな俺に、気色の悪いほど楽しげな声色でなおも話しかけてきた。
「殿下から下賜された娘はどうですか?」
「下賜だと?」
振り向くと笑みを浮かべながらも、その目は獲物を観察するように細められている。それだけこの男が悪意を持って言葉を発したことを理解した。だがこの男の発言は多くの貴族が思っている事だろう。
ルカリアを養子に迎えてはいるが、その内情は下賜と捉えられても仕方がない。所在を一時的にでも殿下の懐へ置いたがために、彼女の人権は確保されたのだからな。
だが相手は俺の機嫌もお構いなしに、その上がりっきた口角のまま話しかけてくる。
「はぁい。あぁぁ…貴方が心の底から羨ましい…あれほどの魔力なら王都中の魔石を補充できるでしょう…。机上の空論もそうではないと実現可能かもしれない。あぁ羨ましい」
そう言って自らを抱きしめるコイツは、あの子をまるで魔力を補充する道具としてしか見ていない。
いやそれよりも最悪なのが、彼女を通して兵器を見ていることだろう。だがここで声を荒げたところで相手の思う壺だというのは分かり切っている。
ただしコイツはわざと俺を挑発する言葉を選んでいるわけじゃない。本気でルカリアを魔力貯蔵の道具としてしか見ていないんだ。…それはコイツに限った話じゃないか。
「まさかメローニ魔法師団長は、殿下の決定に納得出来かねると?」
「まさか!ただぁ私は至高のお方に気に入られている貴方が心の底から羨ましいだけです。だからこそマティスロア副団長?私はその下賜された少女を至高のお方に使うこともせず、領地へ封じた事がぁ納得いかないんですよぉ。」
「…つい先ほど下賜と言っておられてたのをお忘れか?彼女は我がマティスロア家の者として丁重に扱っている。あまり他家の事に口を出すのは品が良いとは言い難いぞメローニ侯爵」
「尊きお方の臣下として、与えられた役目もお忘れになった侯爵に忠告をと思いましてねぇ。至高のお方の御心までも守ってこその護衛でしょうぅ?にも関わらず、身勝手にもルカリアを御身から離すとは…何事ですか?」
そういうメローニ侯爵は笑みを浮かべながらも目は笑っていない。
はぁ…これだから王家と太陽神への愛が重いは面倒なんだ。ましてそのどちらの要素をも兼ね備えたコーラル殿下への熱狂振りは、普通じゃない。おかげで俺への親切が止まらない奴らが多くてかなわんな。
「その事だが、これはコーラル殿下とバーグマン公爵令嬢からも許可は得ている。御二方とも我が娘の成長を楽しみにしていると言って下さっているのでね。
そして私は今から殿下の護衛にあたる。御二方に目をかけて頂いている我が娘の話をしてやりたいのは山々だが、ここで失礼するメローニ侯爵」
「えぇ。またの機会を楽しみにしているともマティスロア侯爵」
俺は奴の視線を背中に感じながらも、【太陽の宮殿】へ向かった。




