第7話③~疾風怒濤レーサー~
ゲームワールドオンラインを管理する国際機関WGCの公認プロゲーマー『オフィシャルプレイヤー』。その一人である天野槍一郎は、桐山剣と不届きなプレイヤーたちの揉め事を見兼ね、自ら審判役を買って出た。彼はこのレースを通じ、剣の本質を試そうとしていた。
WGC公認プレイヤーとは、名実ともにトップクラスの実力者であり、全プレイヤーの手本となる存在だ。
剣もそれを理解していた。彼の眼前にて中途半端なプレイは許されない。
陰険な連中を黙らせると同時に、オフィシャルプレイヤーを唸らせる走りを見せなければならない。ここで底を見せれば、最強を目指すという目標すら危うくなる。
槍一郎が放つプロの威圧感が、剣の神経を鋭く刺激する。
重圧を撥ね退けるように、剣は『F-MAX』の筐体に乗り込んだ。
(こんなザコに構ってる場合ちゃうな。素人みたいな真似してたら、期待外れどころじゃ済まされへん)
剣はプレッシャーを集中力に変え、マシンのコンディションやペダルの感触を確かめる。
「コースは『エイトクロスサーキット』。剣君を含めた計8名でレースを行います。ラップは3周、排気量は最大クラスの200cc。ルールに反する行為には相応のペナルティを与えます。……いいですね?」
槍一郎の凛とした説明からは、スポーツマンシップと厳格なフェア精神が伝わってくる。剣を含めた全員が承諾の合図を送ったが、対戦相手の連中がどこまで理解しているかは怪しいものだった。
8台の筐体と、観客用のスクリーンにコースが映し出された。俯瞰視点で見れば、大きく「8」の字を描いたシンプルなサーキット。だが、攻略のカギは二箇所の急カーブ、そして立体交差の合流地点にある。
「さぁ、ドライバーの眠気も吹き飛ばすスピード勝負、見せてもらいましょう!」
『―――READY?』
槍一郎の合図とともに、スタートアナウンスが鳴り響く。同時に、8台のエンジンが猛々しい咆哮を上げ、排気口から熱気が吐き出された。
シグナルが赤く灯り、発進へのカウントダウンが始まる。
3、2、1――刹那!
『START!!』
轟く爆音と共に、8台のカートが弾かれたように飛び出した!
風を切り、韋駄天の如く先頭に躍り出たのは3台。1位は陰険プレイヤーの親玉、2位はその手下、そして3位に桐山剣がつける。
抜群の反応を見せた三者は、後続を大きく引き離して最初の直線コースを駆け抜けた。
(あ~、やっぱ下手くそやな! あんな腕でようデカい口叩いたもんや。あとは前のボス猿が何を仕掛けてくるかやな)
剣は冷静に格差を見せつける。最初の勝負所、ファーストカーブに突入した。
剣はアクセルを踏み込みつつ、絶妙なタイミングでブレーキを当てる。速度を維持しながら、ラインは中央を死守。一筆書きで鮮やかな弧を描くコーナリングを披露した。
「剣くん、ドリフト上手い!」
「そうだね。第一印象こそ短気そうだが、ハンドルを握れば繊細なセンスを発揮するようだ」
みのりと槍一郎は、ビジョンスクリーンを見上げながら剣の走りに感心していた。
カーブを抜けると、約500メートルの直線ラインが続く。その先にはレースの戦局を左右するアイテムボックスが浮かんでいた。
走者たちが一斉にボックスへ突っ込む。獲得したアイテムが即座にマシンへ転送される。
剣が手に入れたのは『M』だ。
「よーし、見てろよ……!」
剣は前方の2位を狙い定め、ハンドル中央のボタンを押し込む。リアから放たれたミサイルが白煙を上げ、一直線に敵機へ突き刺さった!
――ドカァァァァァァン!!
見事な命中。爆風で跳ね飛ばされた前走者を、剣は一気に抜き去る。これで2位。残る標的はあと一人だ。
「残すはアンタやな。すぐにトップを譲ってもらうで!」
「――ッ! 調子に乗るなクソガキが!」
迫る二つ目のカーブ。1位の男が、追いすがる剣を阻止せんとアイテム『T』を投下した。時限爆弾が剣の目の前に転がる!
「おおっと!」
―――ドォォォオオオオン!!!
剣は神業的なハンドリングで、起爆寸前の爆弾を真横へ回避。爆風に車体を揺らされながらも、ノーダメージで先頭との距離をさらに詰めた。
剣のマシンが、トップの背後にピタリと張り付く。
「オイ! 俺の後ろを走るな!」
「そんな固いこと言うなよ。レースは先頭の背中を見て走るもんやろ?」
剣は不敵に笑う。前方車両が壁となり、剣のマシンにかかる空気抵抗が激減する。
(――!? 剣くんのマシンが……!)
次の瞬間、剣のカートが風を切り裂くようなエフェクトを纏って急加速した。
「ねぇ槍一郎くん、今の何!? 魔法?」
「魔法じゃないよ。あれは【スリップストリーム】。実際のモータースポーツでも使われる基本技術だ」
みのりは手元のプレイギアで、祖父・矛玄から教わった辞書アプリ『G-バイブル』を検索した。
★【スリップストリーム】
前走車の直後を走行することで空気抵抗を減らし、加速を得る技術。多くのレースゲームでもシステムとして採用されている。
《G‐バイブル『レースゲーム入門』より引用》
「スリップストリーム自体は基本だが、注目すべきは剣君の判断力だ。至近距離での攻撃を回避した直後、淀みなくあの位置に潜り込む……並のプレイヤーにできることじゃない。彼は今、本能のままにこの勝負を支配しようとしている」
「…………槍一郎くん、貴方は一体……?」
なぜ槍一郎はこれほどまでに剣を高く評価し、見極めようとしているのか。みのりが疑問を抱く一方で、抜かれた男の顔は屈辱に歪んでいた。
(クソが……大人をナメるなよ、ケツの青いガキが!!)
劣等感に駆られた『陰プレ』の悪意が、レースに不穏な波乱を巻き起こそうとしていた。
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