67 反撃(ⅳ) -Side.K-
「教官、あとどれくらい!?」
「だからなぁ、河原!お前は少し黙れねぇのか!?」
「はぁ!?教官は葛西が心配じゃねぇのかよ!?」
「心配に決まってんだろうが馬鹿が!でもだからってここで騒いだってどうしようもねぇんだよ!?」
「うわっ、ちょ、教官!!ヘリ!!揺れてる!?」
―――ヘリコプターの中にて。
真っ黒な個体に乗り込んだ俺と教官は、ひたすらホワイトエクスプレスを目指していた。
どれくらい飛んだかなんてわからない。ただ今は一分一秒が惜しい。
ここは本当に日本なのだろうか。そう言いたくなるほど深い森が眼下に広がる。
その中に敷かれたレールを辿ってひたすら進んでいる最中、突然巨大な爆破音が辺り一面に響いた。
「なんだ……!?」
「何事だ……!?」
2人きりの機内がざわつく。
次いで見えたのは立ち上る黒煙。そして真っ赤に燃え盛る炎。燃えるそれを見た瞬間、思わず立ち眩みを起こしそうになる。
「教官、あれ、ホワイトエクスプレスじゃ……!?」
「あぁ……そうみたいだな。あそこは、橋の上……果たして幸か不幸か……」
「不幸に決まってる!とにかく、行かなきゃ……!」
「もちろんそのつもりだ!」
葛西も栗山さんも無事なのだろうか。
どうやら燃えているのは一番後ろの車両のようだ。そこに2人がいないことをひたすら願いつつ、急いでホワイトエクスプレスへと向かう。
煙を避けつつ、やっとの思いでホワイトエクスプレスがはっきりと見える距離にまでに近づいた時。
「え……」
―――一瞬、我が目を疑った。どうやら教官も同様らしく、操縦は安定させたまま何度も目をこすっている。
「教官、あれってまさか……!」
「あぁ、あれは葛西と標的だ……!」
自分の相棒や教え子が、まさか列車の屋根の上にいるなんて誰が想像できる。しかし、これは現実だ。
さすがに何を話しているかまでは分からないけれど、状況が状況なので談笑しているわけではないだろう。というか、そんなこと推察する前に一刻も早く救助に向かわないといけない。
命綱を体に固定し、ヘリのドアを開け放つ。
勢いよく吹き込んできた焦げ臭さが鼻をつくが、そんなことには構っていられない。
「葛西―――ッ!!」
「ダメか……ッ!河原、もっと大声で!」
「はい……ッ!」
息を大きく吸い込む。
いくら俺と葛西が目線で会話ができる仲だとしても、この距離ではそんなことは出来ない。今、俺の存在を葛西に伝えることが出来る手段は俺自身の声だけなのだ。
「か―――さ―――い―――ッ!!!」
俺の声が届いたのか否か、それは分からない。けれどその瞬間、確かに俺と葛西の視線は交錯した。
驚きを隠しきれない表情を浮かべた葛西は、次いで安堵の色を滲ませる。一方、葛西に馬乗りにされている標的の方は、何が何だか全く理解出来ていない様子だ。当然だろう。
「教官、俺、ホワイトエクスプレスに降ります」
「あぁ、頼んだ」
操縦する教官の瞳も真剣だ。この人のここまで真剣な眼差しはそうそう見れるものではない。俺の永遠の一番の憧れ。この人の気持ちもしっかり背負って、少しずつロープを下におろす。
「葛西……ッ!よかった、無事で!」
「河原!びっくりしたわ……!」
俺の足がホワイトエクスプレスの屋根についた瞬間、ふわりと香ったのは慣れない花の香り。俺をぎゅっと抱きしめる腕は震えていた。
俺も葛西も募る話はてんこ盛り。しかし今はゆっくり話をしている時間なんてない。
状況を整理すると、どうやらこの爆発は標的の片割れの独断らしい。そしてその当人と栗山さんとは連絡が取れていないとのことだった。
「とりあえず何よりも優先すべきは、列車をこの鉄橋から移動させること。このままじゃ絶対に壊れる」
「そうだな。でも、どうやって動かせば……」
「そのことなんだけど、私に案があるの」
「え、案……?」
―――胸がざわつく。聞きたくない。
本能的にそう思った。だけど耳を塞ぐわけにもいかない。
そして残念ながら、俺のそういう予感は結構よく当たってしまう。
「河原、彼だけをヘリへ連れて戻って」
「彼だけって……お前はどうすんだよ!?」
「……乗客や乗務員に指示を出してくる」
「指示って、中に戻るのか!?火がいつ回ってくるかも分からねぇ!いつ橋が崩れるかも分からねぇんだぞ!危険すぎる……!」
「わかってる!だけど、本当にわがままだし、身勝手だし、自己中な考え方だけど……乗客たちには罪はないから」
「葛西……」
教官と同じ瞳をした葛西が目の前にいる。
こんな状況なのに―――否、こんな状況だからこそかもしれないが―――自信に満ち溢れた瞳を向けられたら、俺は何も言うことが出来ない。常のことだ。
だって俺は、いつだって相棒のことを心の底から信じているのだから。
「……わかった。でも、死んだら許さねえ」
「河原……うん、わかった。絶対に生きる」
「……なぁ葛西。俺はお前の相棒だから、お前のことよく知ってるつもりだ」
「えぇ。私もよ」
澄み切った瞳が逆に不安を増幅させる。
今の彼女にこの言葉をかけるのは酷かもしれない。だけど、かけずにはいられない。
「……葛西、お前自身の命を一番に守れよ。乗客たちでもなく、栗山さんでもなく、お前自身のを」
「河原……でも……」
「確かに、軍人としての命は栗山さんのほうが価値があるのかもしれない。でも、葛西が死んだら俺が、教官が、富井が、財前が―――皆、悲しいんだからな。それだけは覚えておいてほしい」
「……うん、わかった。ありがとう、河原」
そう言って見せた笑顔は、俺のよく知る笑顔。
今の彼女の髪型も服も香りも、俺は何も知らない。たった2日で別人になってしまったようで少しだけ寂しかった。
でも1つだけでも変わらないものがある。その事実だけで、俺は安心できてしまうのだ。
あっという間に車内へと戻っていった葛西。その残像をしばらく見送って、そして標的に向かい合う。
標的といっても彼は日本軍の軍人。つまり俺の上司。鍛えられた体躯はスーツの上からでも分かる。確かにこれは、直接ぶつからないと捕えられないだろう。
「それじゃあ、ヘリに行きましょうか」
「……君は、彼女のバディか?」
「えぇ、そうですよ」
「なるほど……道理で似た瞳をしているわけだ」
「似た瞳、か……その言葉は結構うれしいかも」
「ははっ、それはよかった」
こう見るとただの感じのいい上司だ。けれど、葛西が馬乗りになっていたということは、つまりそれだけの抵抗をしたということだろう。
人は見かけによらない。でも、今の彼はやはりどう見てもただの感じのいい上司。果たして葛西は、彼にどんな言葉をかけたのだろうか。
―――まあ、それも後で聞けばいいか。
あっという間の再会だったけど、大切な時間だった。
標的をしっかり抱き抱えて、教官に向けて大きく丸をつくる。するとみるみるロープが上へ巻かれ、それと同時に俺たちの体もヘリへと戻っていく。
俺の事件は、とりあえずここでひと段落だ。けれどそれはあくまで“俺の”話。
「葛西……死ぬなよ……」
ヘリの中から見える列車。そこから立ち上る黒煙は勢いを増している。列車の扉が防火扉なのか、今のところ最後尾以外から火はあがっていない。けれどそれもきっと時間の問題だろう。
―――本当に葛西を置いてきてよかったのか……?
無意識にそんなことを考えている自分に背筋が凍る。
信頼してるとどの口が言ったのだ。心配から出た言葉とはいえ、これじゃあまるで信頼していないみたいじゃないか。
乗客を助けたいと言った彼女に向かって、俺は自分の命を最優先にしろと言った。酷なことを言った上にこんなことを思うなんて、葛西に失礼すぎる。
「河原、大丈夫か」
「教官……はい、大丈夫です」
「……お前の相棒だろ。信じてやれ」
「……はい」
そんな俺の気持ちなんて、教官はお見通しらしい。
この人だって教え子と部下があんなところに残っているのだ。不安じゃないわけがない。それなのに俺のことまで気を回してくれる。
俺はいつか、この人の隣に立って仕事がしたい。―――いや、必ずする。
その横顔をしっかり見据え、その夢を今一度胸に強く刻み込んだ。
当初は葛西たちのことを見守り、終わったらヘリで回収するつもりでいた。しかし、俺たちはすぐに撤退を強いられる羽目になった。
炎の勢いは弱まるところを知らず、むしろ強まっていく一方。黒煙はもくもくと立ち上り続け、辺りは真っ暗になりつつあったのだ。
このままでは俺たちまで危険になるという教官の賢明な判断により、後ろ髪をかなりひかれつつも俺たちは終着駅の近くの飛行場へと戻ったというわけだった。
飛行場は打って変わって静かだ。しかし山の向こうの空が朝焼けのように真っ赤に染まっているのは良く見える。見えすぎるくらいだ。
端末で教官が確認したところ、どうやらまだこちらの方でもホワイトエクスプレスの爆発はニュースになっていないらしい。確かに時間が早朝だし場所もかなり山奥ではあったけれど、でも時期にニュースになるのは確実。騒ぎが大きくなればなるほど収拾がつきにくくなる。
不意に感じた人の気配。横を向くと、教官が標的を連れて立っていた。
「河原、お前は駅へ向かえ」
「え……教官は?」
「俺はこいつを本部へ引き渡してくる。ヘリの中で連絡を入れたからな、聖菜さん達も既にこっちに来ているんだ」
「なるほど。でも、それなら俺も一緒に行った方がいいんじゃないんですか?」
「いや、お前は駅だ。それで―――」
大きな手のひらが頭を撫でる。
久々の感覚が妙に心地いい。
「―――葛西のこと、迎えてやれ」
その優しい眼差しは、教官のものというよりはむしろ、父親が娘に向けるものに近い気がした。自惚れかもしれないけれど、葛西も多分俺も、この人にとっては教え子以上の存在なのかもしれないとその表情を見ながら思った。
「あと、栗山もな」
「えー……」
「こら、上司だろ」
―――父親らしいのはこういうところも含めて、だけど。




