62 反撃(ⅲ) -Side.K-
―――本部隊本部
「なんでだよ……ッ!?」
「おい河原、落ち着け―――」
「落ち着け!?この状況で落ち着いてられるのかよ、教官は!?」
「ッんなわけねぇだろ!でも、焦ってもどうしようもねぇのも事実だろ!」
「そうだけど……でも、葛西と連絡がつかないなんてこと、今までなかったから……!」
教官から葛西たちに連絡するように言われてから早2時間半。時刻は深夜2時。普段なら大体寝ている時刻だが、今はそんな気分には到底なれなかった。
葛西と栗山さんと連絡が取れない。
事態は単純だが、深刻だった。
葛西たちが追っている標的に関する証拠を見つけた後、他の人たちが追っている標的たちに関する証拠も見つけた俺たち本部隊は、それぞれに連絡をした。その後、すぐに彼らから標的を確保したという知らせを続々と受け、1つ1つ不安の種を排除していたわけだが、何故か葛西たちとだけ連絡が取れなかったのだ。そしてそれは、現在進行形である。
いつも一緒にいる葛西が、今はこの場にいないのだ。それだけでかなり不安なのに、連絡がとれないなんて。不安だけがただただ大きくなる。
「葛西……何してんだよ……」
メールを送っても、画面に映るのは“送信できません”という無慈悲な文字だけ。電話も当然ながら繋がらない。
ありとあらゆる手段を尽くした。もうほかの術はない。
きっと圏外なのだろう、と周りの大人達は俺に言い聞かせる。富井や財前はそれを信じている―――否、この状況では信じざるを得ないのかもしれない―――が、俺には無理だった。
教官や華田さんも、圏外であることをただただ祈っている。普段の任務中は感情を顔に出さない人たちなのに、今はそのことが2人の表情から容易に読み取れた。
葛西だけじゃなく、栗山さんのことも2人はよく知っている。葛西はまだ学生だが、情報科の一員である栗山さんは、ヘマをやらかすような人ではないと信じているのだろう。
だけど、俺はわがままだ。
とっくのとうに自覚していたが、俺はかなりのわがままで自己中心的な人間だ。
だから、俺は今は葛西のことしか考えられないし、葛西のことにしか考えが及ばない。頭ではわかっているけれど、申し訳ないが、栗山さんのことを心配する余裕まではなかった。
―――嫌だ。嫌だよ、葛西。俺はこんなところでお前を……相棒を失うのかよ……?
出来ることはすべてやった。今はただ、連絡が着く瞬間を待つしかない。それを待つ間は、まるで先の見えないトンネルの中に閉じ込められたような心地がする。
暗い、怖い、寂しい。そんな負の要素ばかりが詰め込まれたトンネルの中に、一瞬、僅かな光が差し込む。
―――本当に、すべての手段を尽くしたか?
ふいに、脳内で誰かの問いかける声が響いた。
「全ての、手段……」
全ての手段。といっても、この短時間で出来るのはメールと電話のみ。伝書鳩はさすがに今の日本軍にはいないし、手紙を送るなんてもってのほか。それはつまり、すべての手段を尽くしたことになるはずだ。
―――いや、本当に?本当にそうか?
自分の心の声が、脳内で反響する。
トンネルに差し込んだ光は、徐々に強さを増してくる。やがてその光は俺の視界を奪い、そして弾けて光の雨となる。
「そっか……まだあるじゃねえかよ、手段……!」
暗くて先の見えないトンネルはもうない。目の前にあるのは、先の見えないことには変わりないが、けれど光の道だ。
「教官、行こう!」
「は……?どこへ?」
「葛西のところだよ!連絡がつかないなら、俺たちが会いに行けばいい!」
「はぁ?河原、お前何言って……」
自分が突拍子もないことを言っているのはわかっている。
俺は、電車なんて実物を見たこととないし、どのくらいの速度で走っているのかすら、正直なところちゃんと理解していない。
だけど、可能性が―――葛西たちに会える可能性が僅かでもあるなら、かけてみる価値はあると思った。
周りを見渡せば、その場の全員が苦笑しながら俺を見ていた。それだけで、葛西から散々鈍いと言われる俺でも、誰も俺の案を真面目に受け止めてはいないことくらいは察しがついた。
―――やっぱり無謀だったのかもしれない。そんな諦めが一瞬頭の中をよぎり、だんだん怖くなって、それを誤魔化すように拳を強く握りしめる。
「いや……いい考えかもしれないわよ、一也くん」
しかしそんな雰囲気は、華田さんの一言で様相を変える。
「え……本当ですか……!?」
「えぇ、もちろん。私は嘘をつかないわよ。ねぇ、徹くん?」
「えぇ……そうですね。それに、俺もさっきは咄嗟にああ言ったが、考え直せば夢物語じゃない。会いに行くのが確かに一番手っ取り早いかもしれません」
「華田さん……教官……」
この本部隊のナンバーワンである華田さんと、実質ナンバーツーである教官のこの発言の持つ力は、果たしていかほどのものか。
俺にはそれをはかることは出来ないが、ほかの軍人たちがみるみる手のひらを返す様子を目の当たりにすれば、嫌でもその力の大きさを感じられた。
思い立ったが吉日。
責任者である華田さんはさすがにその場を離れるわけにはいかないので、俺と教官だけが身一つで飛び出すことに。
「一也」
「……富井、財前」
「……藍のこと、守るんだよ、絶対」
「あぁ……当然だろ」
出発間際、俺の手を力強く握りしめた富井と財前。2人にとっても葛西は大切な存在であることに違いはない。2人の気持ちも乗せて、俺は葛西の元へ向かうのだ。
葛西たちの乗っているホワイトエクスプレスの走行速度は、普通の電車と比べると決して速くないらしい。専用の線路の上を走り、途中で止まったりするくらいだ。むしろ遅いほうだと言われた。
故に走行距離も驚くほど長いわけではなく、2泊3日にしてはむしろ短いくらいらしい。
そんな列車だからこそ、リニアに乗ればすぐに追い越せる。
リニアの駅は日本全国どこにでもある訳では無いが、幸いなことにホワイトエクスプレスの終着駅には、リニアの駅も存在している。
計画はこうだ。
2010年代後半から徐々に登場し始めた下からの電力供給の技術のお陰で、2040年代の列車が走る道には邪魔な送電線は必要なく、故に上空から接近するのが一番効率的だろうということで、まず俺たちはリニアから降りたら真っ先に近くの飛行場へと向かう。そこで小型のヘリを借り、明るくなってからそのヘリで列車へと向かうのだ。
やはり馬鹿げていると思われるかもしれないが、日本軍の最高司令部の軍人にはそれを可能にするスキルがある。小型のヘリにも、それを可能にする技術が詰め込まれている。
現に、実は同じようなことを日本軍は何度か成功させているらしいし、一流の救助隊員ならそれくらいは今のご時世、当たり前に出来てしまうらしい。
それを聞いた時は、さすがに目玉が飛び出るかと思った。
兎にも角にも、計画は万全。あとは計画を完全に遂行するだけだ。
リニアを待つホームに人はいない。
無人で動くリニアが出来てから、リニアは朝から晩までいつでも動くようになったらしい。こういう時はとても助かるけれど、さすがに深夜の3時にリニアに乗る人はほとんどいないようだ。
静かな時間は続く。高い位置にあるホームに届く光はほとんどなく、ホームの薄ぼんやりとした光のみが俺たちを照らしている。そんな光を眺めながら、あとどれくらいでリニアは来るかなぁ、なんてことを考えていると、唐突に教官が俺の頭を豪快に撫で始めた。
「ちょ、教官!?」
「全く……相変わらず面白いことをするな、河原」
「え……?」
俺よりまだ身長の高い教官のことを見上げる。彼は、優しい父親のような顔をしていた。
「お前の一言で、あの場の状況は一気に変わった。動き出した。そもそも、まだ見つかっていなかった標的について聞いた時だって、お前の目の付け所には目を見張るものがあった」
「いや、そんなこと……」
「あるんだよ。河原、お前にはな、そうさせるだけの力があるんだよ」
「俺に、力……?」
「あぁ。まぁ、今はまだ分からねぇだろうがな」
力。俺には周りを変える力がある。……らしい。
正直、にわかには信じられない。だけど、教官が言うのだから本当なんだろう。というか、そう信じたい。
俺は、教官の言うその力をこれから先、生かすことが出来るのだろうか。宝の持ち腐れになってしまわないだろうか。
不安は尽きない。だけど、今は自分の可能性を少し、信じてみよう。
ホワイトエクスプレスで3日間かかる距離も、時速500キロのリニアに乗れば大したものじゃない。
その駅から無人タクシーを使って飛行場へと向かう。その道中、車の慣れない息苦しさから窓を開け、ふと、何の気なしに空を見あげた。
「うわぁ……すげぇ……」
「どうした、河原?」
「いや、空……」
「空?……あぁ、本当だ。すごい」
そこに広がっていたのは、満天の星空。
深夜でも明るい楽園では見ることの出来ないその光景に、教官と2人、息を呑む。
「俺、すごい星空見たことないです」
「俺もだ。星はこんなにたくさんあるんだな……」
ちらほら電灯の明かりがついているここで、これほど綺麗な星が見えるのだ。山の中を走っているホワイトエクスプレスからは、きっともっと綺麗な星が見えるのだろう。
葛西は、この星を見ているだろうか。そんな余裕はないかもしれない。だけど、俺も葛西も教官も、財前や富井もみんな、この星が見えるところにいることには変わりない。
―――みんな同じ空の下、ってことか。我ながら、痛いことを言うなぁ。
……なんて思うのは今更か。
俺は自己中心的だし、痛いし、弱い。でもそんな俺でも、相棒と仲間と恩師を助けたいって思う資格がないわけじゃない。
時刻は午前5時。日の出まであと約30分。空が徐々に明るみ始める。
空が明るくなったら、ヘリで2人の元へと向かう。果たして俺は上手く任務を遂行できるのか。―――否、違う。遂行できるか、ではない。遂行するのだ、絶対に。
「教官」
「……なんだ」
「……絶対、2人の力になりましょう」
「ふん、誰に向かって言ってんだ。当たり前だろ」
「はい……!」
―――1時間後。すっかり明るくなった空に向かって、俺と教官を乗せたヘリは飛び立った。




