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57 反撃(ⅰ) -Side.K-

―――葛西藍と栗山朔夜がホワイトエクスプレスで標的を監視していた、ちょうど同じ頃。首都にあるとあるホテルの一室にて。



「はぁ……疲れたぁ……」

「疲れたなぁ……」

財前と俺―――河原一也のそんな声が、虚しく室内でこだました。


本部隊としての任務のために楽園の外に出た俺たち。初日の会議を終えた後、その場にいた人々はいくつかのグループに分かれて、それぞれ別のホテルへとやってきた。

その中の一つである、それなりに良いホテルの一室が俺の部屋だった。どうやら教官が配慮してくれたらしく、俺と財前には有難いことに2人部屋が与えられていた。

ちなみに富井は女子なので別の部屋だが、泊まっているのは同じホテルだ。


分散している理由は、もちろん外部にバレないようにするため。

そもそも、ホテルなんてちゃんとした場所に泊まること自体、極秘任務なのだから大丈夫ではないような気がするが、そこは上が上手くやっているらしい。

さすが、日本軍上層部の名は伊達じゃないと言ったところか。



ベッドに横たわり、ちらりと端末に目をやる。画面は変わらず暗いまま。

「はぁ……」

突然のため息に、財前はきょとんとして首を傾げた。

「ん?一也、どうかした?」

「……いや、何でもねぇよ」

「そう?ならいいけど」

しかし、俺の言葉を聞くと、特に気にした様子もなく再び自分の世界へと戻っていく。


そんないつもと変わらない財前に、気持ちが少し和らぐ。けれど、完全に落ち着きはしなかった。

―――葛西は今頃、何をしているんだろう。



考えているのは、我が相棒のこと。


向こうも忙しいんだろう。それは分かっているし、そもそも俺たち本部隊からの連絡がないと別行動をしている葛西たちは動けないのだから、向こうから連絡は来ないだろうということも分かっている。

彼女の性格からして、こんな状況で世間話をするようなメールは送らないだろうから、向こうから連絡が来る可能性はほぼゼロに等しい。


俺たちよりもずっと大変であろう葛西たちが、早く標的を確保できるように俺たちもなるべく早く動かぬ証拠を掴まないといけない。

俺だって、経験はほぼ皆無だし、一度目の任務ではかなり情けない姿を晒してしまったけれど、ちゃんと1人の日本軍の軍人なのだ。立派に任務をやり遂げてみせる、という気持ちだけは一人前のつもりだ。


しかし、葛西がそばにいないということには、どうも慣れることができない。

相棒として学園生活はもちろん、実践の時も防衛任務の時も一緒にいたわけだから当然なのかもしれないけど。今日だって何度間違えて彼女の名前を呼ぼうとしたことか。

そのせいで財前や富井だけではなく、教官にすら笑われてしまった。だけど仕方がないじゃないか。慣れないものは慣れないのだ。


間違えて“葛西”と呼びそうになる度、何となくだがこの感覚は葛西も一緒なのではないかと思った。もちろん思っただけだが、それはほとんど確信といっていい。

どうしようもない不安だが、その思いは一緒だと思うだけで、何とか頑張れそうな気がするのだ。



「はぁ……」

「だーかーらーっ、一也どうしたのー?」

「いやぁ……何でもねぇよ……」

2度目のため息に、財前が唇を尖らせた。


端末を手に取り、“ホワイトエクスプレス”と打ち込み、一番上に表示されたページを開き、“雰囲気”と書かれたところをタップする。そこには、今日のパーティーの様子などが、乗客に配慮した解像度の低い写真と共に事細かに綴られていた。

その写真の下に、現在地は首都よりもだいぶ西の方だとも書いてあった。



本番に強い葛西がヘマをするとは思わない。それに、向こうには情報科の栗山さんもいるわけだから、心配するだけ杞憂なのかもしれない。

だけど、俺には想像もできないような場所で奮闘している葛西の―――相棒のことを心配するのは当たり前だろう。


そんな彼女が羨ましくて、眩しくて、劣等感を抱きそうになるけれど、それ以上に誇らしい。

ここに行く前に互いに誓い合った。―――次に会う時は、絶対に成長した姿で会おう、と。その誓いを、俺が破る訳にはいかない。



「よし……頑張るかな」

端末はやはり暗い。彼女からはなんの連絡もない。だけど、葛西だって頑張っているのだ。そう考えただけで、気持ちが落ち着き、みるみるやる気が満ち溢れてくる。

これが相棒の力ってやつか、と一人で笑っていると、財前が変なものを見る目付きでこちらを見ていることに気付く。

「一也、疲れてるの……?」

生暖かい視線がいたたまれなくなり、反射的に財前から視線を逸らす。でも……


「……あぁ、そうかもな」

―――でも、それでいいか。そんな些細なことは、今の俺にはどうでもよかった。

俺がそう言って静かに微笑むと、財前も優しい目尻をさらに垂らして微笑んだ。

「藍も頑張ってるよ。だから一也も俺もまりんも頑張らなきゃね」

「財前、お前……」


―――気付いてたのかよ……!


バレてるとわかると少し恥ずかしい気がしたが、それも今更か。

「あぁ、そうだな」

静かに、けれど確かにメラメラ燃えている、こちらを見つめる純粋な瞳を見返して、大きく力強く頷いた。



―――翌日、朝6時。

ルームサービスの電話の音で俺たちは目を覚ます。

寮の自室とは違うけれど、ベッドはフカフカでなかなか寝心地がよかった。眠りも浅くなかったらしく、初日の緊張からくる疲れは残っていない。身体が思っていたよりもずっと軽い。


「おはよー、一也。よく寝れた?」

「あぁ。財前もよく寝れたか?」

「うん、もちろん!」


そう言いながら何故か飛び跳ねる財前に苦笑しながら、昨晩コンビニで買っておいたおにぎりとサンドイッチを手に取る。

「そふいへはさぁ……」

「は?……っておいおい、口パンパンじゃねえか。とりあえず飲み込めって」

何を喋っているのか分からない財前の方を向くと、彼はリスのごとく頬の中にたくさん食べ物をつめていた。再び苦笑。


何とか食べ物を飲み込んだ財前は、照れたように笑って、そして再び言葉を紡いだ。

「いやさ……そういえば、普段は意外と朝からちゃんと食べてるんだなぁ、って思って」

「あー……そう言われれば、確かにそうだな」

「でしょ?」


彼に言われて初めて気づく。

そもそも、おにぎりやサンドイッチをコンビニで買うこと自体が、俺にはあまり馴染みのある行為ではない。けれど、それはてっきりコンビニ自体が楽園には少ないからだと思っていた。

でもそうか。俺たちはまだ学生の身だから、朝の時間にも余裕がある。だからちゃんと朝食らしい朝食をとることが出来ていたのか。


上の軍人たちは、何の不満も漏らさず、むしろ当たり前のようにコンビニで食べ物を買っていた。それはつまり、彼らには朝、ゆっくりする時間すらないということなのだろうか。

「……なんて」

―――それはさすがに考えすぎ、か。


どうやら思考が冷静さを欠いているらしい。

普通に考えよう。俺たちにとっていちばん身近な軍人であり、最高司令部に務めている教官ですら、朝はちゃんと幸那さんや子どもたちと食べてるという事実を俺は知ってるじゃないか。

そもそも俺は、一体何に怯えているのだろうか。冷静になると、朝ゆっくり出来ないことの何を怖いと思ったのか、分からなくなっていた。


いけない。

どうやら俺は今、無意識に色々なことを恐れてしまうらしい。この思考回路は、あの時と―――1回目の任務の時と同じだ。

些細なことが気になり、それがやがて恐怖に変わる。気付けば自分のことすら分からなくなってしまっていた。

前回の二の舞はごめんだ。今度こそ俺は、軍に貢献してみせる。



午前10時。普段なら授業も仕事も始まっている時間。

秘密裏に、けれど確実に動いていく計画。

俺たちはホテルのとある一室に集まっていた。


政府が楽園、つまり軍に攻めているということは、一般人には知られていない。つまり向こうも秘密裏に行動しているということだ。

日本軍と政府は、緊張状態にあるが協力関係でもある。それは、日本軍の―――楽園の存在があるから。国民からの信頼のため、夜桜学園の―――つまりは実践の存在を、その残忍なやり口を知られるわけにはいかないからだ。


だから、今までの攻撃は夜桜学園の生徒しか知らない。そのせいで辛い思いもしてきたけれど、裏を返せばこちらが攻めても向こうは何も出来ないのだ。

「反撃の時間、か……」

「なんかさ、その言い方かっこいいよぇ」

「わかるわかる!言ってみたいよね」

援軍のため、待機している俺と財前と富井は、本部隊の選抜部隊が出動する前、そんな話をしていたことを思い出す。


静かに待機している俺たちも、選抜部隊の指示が出れば突入することになる。いつその時が来るのかは分からないけれど、それは決して遠くない未来のことだ。

緊張からか、はたまた高揚感からか、心臓が激しく鼓動を打ち続ける。



―――刹那、部屋に鳴り響いた大きな電子音。

その場にいた全員が一斉に音のなる端末へと目を向ける。ギラギラと、獣にも似た瞳がいくつも輝いている。

「……えぇ……うん、わかった。それで行きましょう」

情報科の華田さんが電話をしているのは、間違いなく選抜部隊の人だ。誰も何も言わないけれど、その緊張感だけはひしひしと伝わってくる。


端末から耳を離し、画面をタップして通話を終了した華田さんは、一度、ぐるりとその場にいる全員を見渡し、そしてニヤリと口角を上げた。



「それじゃあいよいよ、反撃の時間といくわよ!」



初の河原視点でした。


本部隊の話の視点は、第三者視点にしようか、など悩んだのですが、結局彼しかいないだろうということで河原視点になりました。


今まで藍が河原に対しての思いを語ることは沢山あったのですが、その思いが決して一方通行ではないということ、そして彼の繊細な内面を感じていただけると幸いです。

(どちらも恥じらうことがないのでダダ漏れなんですけどね…(笑))


後書きまで付き合ってくださり、本当にありがとうございました( ¨̮ )

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