55 ホワイトエクスプレス(ⅰ)
―――2042年、秋
2ヶ月半後、9月上旬。
私は普段は絶対に着ないようなパーティー用のドレスを身にまとい、とある列車の中にいた。車窓から見えるのは、美しい蒼の湖と濃い緑色の木々。
「わあ……すごく綺麗……!」
「ふふっ、それはよかった」
「はい……!」
そしてそんな私の目の前には、タキシードを身にまとった栗山さんがいた。
―――事の発端はもちろん、渡辺さんから告げられた任務の話。
彼の話によると、この任務の中心となるのは情報科の渡辺班。さらに、最高司令部や他の班からも数人参加するらしい。
しかし、渡辺さんは責任者として判断を下すため現場には行くことが出来ず、また渡辺班には機械系の扱いがとても優秀な人がいるらしく、その人も現場に行くことなく本部で情報解析などをするとのことだった。
また詳しいことは決まってから告げる、と言われて自室に帰ったあの日から2週間後、今度は富井と財前が赤羽根教官からの推薦を受け、教官のお眼鏡にかない、渡辺さんの方からメンバー入りを果たしたと告げられた。
ちなみに赤羽根教官は先の任務の関係者ということもあって、今回の任務のこともすべて知っていて、自身も任務に参加するらしい。
教官からその話を聞いた瞬間、私と河原は手を取り合ってその場で跳ねて喜んだ。なんでお前らがそんなに喜ぶんだ、と教官には呆れ顔をされてしまったけど、でも2人の実力が認められて、純粋に嬉しかったのだ。
私と河原は教官の直接の教え子だったし、それに前回は狙撃任務だった。故に私たちが適任だったのだろう。
しかし、実力だけでいえば富井と財前とはほぼ互角。だから、私たちが入って彼らが外される理由は見当たらないので、選ばれたのは当然の結果だと言われたらそうだと思う。それでも、仲間の実力が認められて嬉しくないわけがないのだ。
富井は二丁拳銃、財前は刃物の使い手。
使用者が少ないということは、それだけ評価してくれる人も少ないということ。つまり、評価されにくいと言っても過言ではない。
2人とももちろんそんなことは百も承知で、それでも自分の道を貫いてきたのだ。
―――もちろん、ライフルを選んだ今の自分に後悔はしていない。だけど私と河原は自分の道というよりは、いまだに教官の後を追っているという方が正しいのは事実だ。
だからより一層、2人が認められたことが嬉しく、けれど同時に少し羨ましかった。
しかし正直なところ、ただ嬉しいだけでこれほど喜んだわけではない。―――嬉しいという気持ち以上に、私たちが安心したのだ。
仕方がなかったとはいえ、みんなに隠し事をして反感を買った私たちのことを真っ先に許してくれた富井と財前が―――本当に強い彼らがそばにいてくれることほど心強いことは無いといっても過言ではない。
まあ、最初に隠し事に対して怒ったのも実は富井だったのだが、その事には目を瞑る。そんな些細なこと以上に、彼女には大きな感謝を感じているのだ。
赤羽根教官の方から任務のことが告げられた時の富井と財前は、不安げな表情の中に、溢れんばかりの自信を滲ませていた。そんな二人の横顔がとても頼もしく見えて、私と河原は顔を見合わせて笑ったのだった。
それからさらに2週間後。
招集された参加メンバーと初顔合わせが行われ、そこで担当も発表された。
政府に乗り込み、情報を集めて敵の大将を拘束するのが一番人の多い多い本部隊の役割。河原、富井、財前、そして赤羽根教官や聖菜さん、そして私たちには何も言ってなかったくせに、ちゃっかりその場にいた教官もその部隊に入っている。
その部隊に入っていない残りのメンバーは、2人1組になって標的の監視をすることが任務とされた。
今回も標的は3人。位はかつて河原が睨んだ通り、前の3人よりは高い中佐。
そんな標的の中の1人を、私は栗山さんと追うことになった。
―――そして今に至る。
作戦決行の日、標的である彼はとある列車に乗って、首都から遠く離れた地方の都市へと向かうことになっていた。
理由はわからない。ただ一つわかることは、彼が地方都市に向かう目的は、軍の任務ではないということ。
本当にただの休暇なのかもしれない。けれど、万が一向かう先に政府の人間がいないとも限らない。
そう判断が下されたので、私と栗山さんは今、彼と同じ列車―――豪華寝台列車“ホワイトエクスプレス”に乗っているのだ。
ホワイトエクスプレス―――現段階で日本で一番豪華な列車とされているその列車は、たしかにその評判に相応しい豪華さだった。
そもそも列車に乗ること自体が記憶の中では初めてなので他と比べようがないが、豪華な食堂車の雰囲気と料理だけでも普通ではないとわかる。それに列車の中とは思えないほど広い。おまけに景色も最高。
そんな夢のような光景を目の前にしたら、任務とはいえ、心が踊るのは当然だろう。
そんなわけで目を輝かせずにはいられない私。そんな私を見て、栗山さんは可笑しそうに笑った。
どう反応すればいいのか分からず、曖昧にはにかむことしか出来なかったが、とりあえず面白いと思われたことだけはわかった。
―――それにしても分からないのは、私が栗山さんと組むことになった理由だ。
てっきり知り合いだからだと思っていたけれど、そうではないと栗山さん本人から否定されてしまった。
「ねえ、葛西さん」
「はい……?」
「俺と組んだ理由が知りたい?」
「へっ……!」
そんなことを考えている最中に突然栗山さんにそう尋ねられたら、そりゃあ変な声も出る。
色気もクソもない声色だったが許して欲しい。不意打ちにはあまり慣れていないのだ。
綺麗にテーブルクロスのひかれたテーブルの向こう側、頬杖をついて真っ直ぐにこちらを見ている栗山さん。
タキシードなんて普段は着ないものを着ているはずなのに、しっかり着こなしているあたり、流石としか言いようがない。
澄んだ大きな瞳に見つめられ、心臓が少し早く鼓動を刻み出す。
「そりゃあ、知りたいですけど……いいんですか?」
「もちろん。というか別に、隠しているつもりはないんだけどね」
ふふっ、と栗山さんは、とても綺麗で優しい笑みを浮かべた。
「俺が上に頼んだんだ。葛西さんと組ませてくれ、って」
瞬間、思考が止まる。時間すら止まったような気がした。―――それはつまり……
「く、栗山さんが、頼んでくれたんですか……?」
「あぁ。君の話は聞いていたし、興味もあったからね」
「そうだったんですね」
―――びっくりした。びっくりしすぎてどうにかなりそうな気すらした。
確かに、栗山さんとは会う機会は何故か多いけれど、全く慣れなくて会う度に私だけが緊張してしまう。ただの学生のこと、向こうはなんとも思っていないと思っていたけれど、まさか指名してもらえるなんて。
実は、私にとって栗山さんは理想の軍人像なのだ。
もちろん聖菜さんや教官のことも尊敬している。しかし、2人は歳も親ほど離れているし、位も高すぎる。雲の上のまた上の存在なのだ。
そんな2人に対して、栗山さんのことをバカにしているつもりも全く無いけれど、彼は私と歳がさほど離れていないからだろうか。まるで自分のすぐ目の前を歩いてくれているような気がするのだ。
兎にも角にも尊敬してやまない人が、自分のことを認めてくれた。それが嬉しくないわけがない。
教官に初めて褒められた時のようなくすぐったい感覚を覚え、顔が熱くなるのを感じた。
しかし当の本人は、私がこれほど喜んでいるとは思っていないらしい。コーヒーを飲みながら、ぼんやり窓の外の蒼い湖を眺めている。
「栗山さん、あの……」
「ん?どうした?」
「えっと、その……」
―――やめて、そんな不思議そうな顔をしないで。
彼にとってはなんてことない言葉でも、私にとっては感謝に値する言葉なんだから。
「……ありがとうございます。私のこと、選んでくれて」
だから、心の底からのこの言葉を私もちゃんと、恥ずかしがらずに伝えよう。
選んでくれて、というのは流石にちょっと大袈裟な表現だったかもしれない。でも私にとっては同じようなものだ。
栗山さんは、珍しく目を大きく見開き、そして穏やかな笑みを浮かべた。
「こちらこそ。頼りにしてるよ」
「はい!頑張ります!」
「ははっ、いい心構えだな」
―――絶対、彼の期待を裏切るようなことはしない。してたまるか。そして、またいつか組みたいと思って貰えるように頑張ろう。
拳をぎゅっと握りしめて、栗山さんの笑顔にそう誓った。
「あーっ、びっくりした……」
―――列車内の自室にて。山の奥の線路ばかり通る列車なので、窓の外に見えるのは相変わらず美しい緑の木々だ。
そんな景色を眺めながら先ほどのことをふと思い出して、そして顔を両手で覆う。
「頑張るしかないじゃん……!」
気を張りすぎると失敗してしまう傾向があるので、適度に肩の力を抜いて頑張りたいと思っていたけれど、どうやらそれは無理そうだ。
こうなったらいつでも全力で、最善を尽くして頑張るしかない。
ふう、と息を吐きながらベッドに倒れ込もうとして、やめた。自分の今の髪型を思い出したからだった。
―――出発前、聖菜さんにしてもらったのは普段の自分とは全く違う髪型。どうなっているのか全くわからないほど複雑に編まれた後ろ髪と、ゆるくウェーブがかけられてかきあげられた前髪。
聖菜さんが選んでくれたパーティードレスも相成って、鏡の中には別人がいるようだった。
列車の旅は3日間。ホテルに泊まることはなく、ただ延々と山奥の木々や湖や空の中を列車は走り、客は豪華な部屋で寝泊まりをする。映画もショーもギャンブルすらも揃っている列車の中だから、きっと客は退屈はしないだろう。まあ、私たちは遊びに来たわけじゃないけど。
その3日間で着る服は、実はすべて聖菜さんが選んでくれた。任務服だから、と言い張ったのでお金はすべて経費から出たらしいけど、普段は絶対行かない高そうな所にばかり連れていかれたから、その値段はきっと私の普段着よりも0の数が何個も多いのだろう。怖いから知りたくはないけど。
1日目はパーティーがあるので、ドレスコードに合わせてドレス。もちろん本格的なものは着慣れないので、ワンピースタイプのシンプルなものだ。
2日目からは特に厳しいドレスコードはない。もちろんジーパンなんかはNGだけど。
ということで2日目は真っ赤なルビーのカメオが真ん中に付いている黒の薄手のニットのタートルに、革素材のコルセットベルト、そして真紅の少しタイトな膝下のスカートだ。そして最終日3日目は、黒いレースのトップスにフレアスカート、そしてベルトチョーカー。
正直着こなせるかどうかは危ういし、明日からは自分で髪型もどうにかしないといけないので不安だらけだ。でも、任務を成功させるには必要なことだと言われてしまえば、渋々とはいえ頑張るしかない。
冷蔵庫を開けて、用意されていた缶のオレンジジュースを飲み干してから部屋を出る。向かう先は隣の部屋。
「失礼します」
「あれ、もう休憩は大丈夫?」
「はい、もちろん」
そこにいるのは当然栗山さん。同じく備え付けられていたペットボトルの天然水片手に彼が眺めているのは、9つに画面が分かれている大きなテレビ。
この部屋は栗山さんの部屋ではない。ちなみに彼の部屋はこの部屋の隣だ。
この部屋は、標的を監視するための部屋。標的の部屋、食堂車、娯楽室などなど、列車内のありとあらゆる所に監視カメラを設置し、私と栗山さんの2人で24時間監視するのだ。
もちろん乗務員にも秘密。カメラはさり気なく手早く設置したし、監視のための機械も勝手に積み込んだ。
「私、見ておきますから」
「そう?なら、少し頼む。シャワーを浴びたくてね」
「任せてください」
頼もしいな、と笑う栗山さんと監視役を交代して、テレビを眺める。標的は現在、自分の部屋にひとりでいる。端末を触っているが、何をしているのかまでは分からないのがもどかしい。
何をしているのか、と言えば。
「……河原たち、上手くやってるかな」
端末のホームを開いてなんの通知も来ていない画面を見て肩を落とす。
今朝別れたきり、本部隊から連絡はない。経験豊富な人も多いし、失敗するなんてことは無いだろうし、そもそも私が心配したところでどうにもならないけど。
でも、遠く離れた相棒の安否は当然気になる。その気持ちはきっと、あちらも一緒だと信じている。
そしてもう1つ。
「……亀山大将も、どうしてるかな……」
―――彼の意識は已然として戻っていない。撃たれた傷も治癒し、脳への損傷も見られない。それなのになぜか目が覚めない。
「あの人がいないと、きっと日本軍はやってけないんだろうなぁ……」
あの大きな背中がひどく懐かしい。あれが最期だなんて思いたくない。
島に残っている高等部3年生は変わらず防衛任務にあたっている。軍の臨時トップは玲子さんに落ち着き、なんとか回るようになってきたな、と言い合う教師同士の会話を盗み聞きした。
軍全体の時間は、きっとあの襲撃の日で止まってしまった。その止まった時間を進めるために、私は―――私たちはは何としてもこの任務を成功させてやるのだ。




