48 今年も
3年生最初の日は、変な時間に勝手に目が覚めてしまった。
「4時半って……」
はぁぁ、と息を吐きながら枕に顔を埋める。
始業式は9:00から。8:30に起きても間に合うのに、本当に早く起きすぎた。
普段なら二度寝している所だが、今日はそんな気分にもなれず、かと言って射撃場に行く気にもなれず。結局目が冴えたままベッドに仰向けに横たわり、しばらくぼーっとする。
「3年生か……」
3年生。つまり最高学年。
私は今日から、学年順位3位、バディ順位1位、そして学園3位になるのだ。
ずっと憧れてきた未来が、すぐそこまでやってきた。私は5年間も生き残ってきたのだ。
ぼーっとしていると、頭にいろんなことが浮かんできては消えてゆく。
たくさんのことが思い出されるのに、まるで一瞬のように過ぎていった5年間だった。その分、今年1年は5年分くらいの長さに感じるのかもしれないけれど。
「胸がざわつくのはなんでなのかな……」
ザワザワ騒ぐ胸をぐっと抑える。これは決して高揚感ではない。ただただ気持ちが悪い。
これではまるで、本当に悪い予感のようではないか。
それを振り払うように頭を激しく振って、頭から布団をかぶって、もう一度目をギュッと瞑る。無理矢理にでも寝れば、次起きた時にはこの気持ち悪さは消えているだろう。
そう信じて、ひたすら羊を数え続けた。
次に目を覚ましたのはアラームの音。
無機質な電子音の鳴る8時のアラームを止め、上半身を起こして伸びをする。固まった筋肉が徐々にほぐれていくのを感じる。
「あれ……おさまった……」
―――胸のざわめきは消えていた。
きっと気持ちの問題だったのだろう。
冷静になれば、何も今日だけの話ではない。ここには楽しみなんかより、よっぽど恐怖や不安の方が多いのだ。そう思ってしまうのも当然だろう。
そうひとりごちてベッドから起き上がった。
朝食をとって着替えて身支度をして、時計を見れば8:45。体育館まで5分。余裕を持って部屋を出ることができそうだ。
そう思いながら部屋の扉を開けて、目の前の光景にびっくり。思わずその場で固まってしまった。
「もーっ、遅いよ藍っ!」
「本当よ!いつまで待たせるのよ?」
「な……!と、富井に紗也?どうして?」
そこに居たのは、腕を組んで仁王立ちしている富井と紗也。2人は不機嫌そうに待ってたのに!と言っているが、しかし私は2人と約束した記憶がない。
「約束してたっけ?」
「いや、全く」
戸惑いながら尋ねれば、富井にあっけらかんと否定されて拍子抜けする。
そんな私を気にする様子もなく、富井と紗也は顔を見合わせて笑い合う。
「そりゃ、初日は3人で行きたいじゃん!ねっ、紗也ちゃん!」
「もっちろん!藍だけ仲間はずれには致しませーんっ」
「もう……全く……」
当たり前のようにそう言って笑う2人を見ていると、約束しているしていないなんてどうでもいいことに思えてきて、私もつられて笑みをもらす。
「うん、行こっか」
体育館についてまず探すのはあの2人。
「あっ、いたいた!」
富井が指さす方へと歩を進め、体育館の端の方にいた河原と財前に声をかける。
「おはよう、2人とも」
「おー、おはよう」
「あっ、まりんたちも!おはよう!」
談笑する彼らを見て、ふと高等部1年生の入学式の時のことを思い出す。
あの当時はまだ私たちはいろんな意味で幼くて、だからかまって欲しい時も気に入らない時も突っかかることしかできなかったような気がする。それはもちろん気持ちも関係しているだろうけど。
くだらない事でちょっとした言い合いをしていた河原と財前は、今では大人しく静かに話をすることだってできる。
昔のことを思い出して、一人でクスリと笑みをこぼす。昔と言っても、たった2年前のことなんだけど。
その後、近くにいた島田くんや施川さんや四木くんたちもやってきて、結局3年生全員がその場に集合することになった。
今年の3年生は20人。当然ながらクラスは1クラスだろう。つまり、今年はみんながクラスメイトなのだ。
ふと顔を上げると、和気藹々と話す私たちを見て、少し遠くにいる後輩達は戸惑いの視線を感じた。
「先輩たち、あんなに仲良かったっけ……?」
「実践なくなったから、仲良くなったんだろ。俺たちみたいに」
「あー、そっか。毎日暇だもんね、最近」
コソコソと繰り広げられるそんな後輩達の会話に聞き耳をたてていると、突然横に気配を感じる。ゆっくり横を向くと、そこにいたのは紗也だった。
「紗也」
「……どうやら後輩達は防衛任務のこと、知らないみたいだね」
「えぇ…そうね。まぁ、後輩達はそれでいいわよ」
「うわぁ、藍ってばできた先輩だこと!」
そう言って紗也は笑うけれど、でもおそらく考えていることは同じ。
「……私、なんだかんだ先輩なんだなぁ。後輩のこと守らなきゃ、って思ってる」
「…うん。怖い思いさせたくないわよね、私たちみたいに」
再び聞こえてきた紗也の声は、たしかに緊張を孕んでいた。
―――彼らは何も知らなくていい。この島は、日本軍は、私たちが守ってみせる。
始業式も終わり、3年生最初のホームルーム。担任は去年と変わらず赤羽根教官だった。
「君たちは、期待されている」
席についた私たちに向けて、彼ははっきりとした口調でその言葉を放った。私たちの身体がピクリ震え、空気に一瞬にして緊張の糸が張り詰めた。
「……だけど、そんな君たちを守りたくて、俺は今年も教官になった」
しかし、次の言葉でその糸はすぐに程よく緩む。赤羽根教官が優しく微笑むと、自然と私たちからも笑みが漏れた。
赤羽根教官は、去年の段階で既に軍の総務部に入る資格を有していた。それなのに彼は、今年も私たちの教官でいてくれるのだ。
すっと立ち上がった河原が赤羽根教官の目を見据えて、そして頭を下げた。
「赤羽根教官、ありがとうございます。そして、今年もよろしくお願いします」
それに続くように私たちも立ち上がり、口々に感謝を述べる。
「みんな……」
赤羽根教官の目尻に、輝くものが見えた。
しかし彼はそれを拭うことなく、さらに笑みを深めて笑った。
「こちらこそ、ありがとう。よろしくね」
こうして終わった3年生最初の日。
授業はないけれど、春休み中は軍が代行していた防衛任務だけは今日から再開される。
前の班から任務を引き継ぐ10分前、4人で中央広場に集合してからシェルターの外へと向かう。ちらりと伺った3人の顔は、久々ということもあってか心なしか硬かった。
かくいう私も、自分の心臓が激しく鼓動を打っていることには気付いている。
小さく深呼吸して、心を落ち着かせる。
―――大丈夫。今までだって何も無かったのだ。きっと今日も何も無いはずだ。
そう考えるのは簡単だけど、しかし春休み前とは違って今は大切な選挙のうち1つが終了しているし、もしかしたら何かあるかもしれない。
とにもかくにも、気をゆるめる訳にはいかない、と両手で頬を叩く。
例のスタイルで見回り続けるも、結局今日は何の動きもなし。強いて言うなら私たちの胃の動きだけは活発だったけれど。
とりあえずほっと胸をなでおろす。それとほぼ同時に聞こえてきた河原の声。
「はー……腹減ったぁ」
「本当にね。何か食べて帰る?」
「お、いいな!葛西は?」
「うん、私も行きたい」
お腹がすきすぎて、労いよりも先に食料を欲しているあたり、やはり育ち盛りの男子と言うべきか。
そんな3人の少し後ろを、私は苦笑を漏らしながらついていく。
昼食は、私たちにしては珍しく定食屋でとることになった。ご飯のおかわりが何杯でも無料、というところに3人は惹かれたらしい。
頼んでる時からお腹をグルグル鳴らしていた3人は、料理が出てくるや否や勢いよくご飯をかきこむ。その一生懸命すぎる姿に一瞬呆気に取られたが、やがてそれがおかしくなって笑ってしまう。
「ん?なんだよ?」
「ううん、何でもない。たくさん食べて大きくなってね?」
「葛西は俺らの母さんかよ」
ゆるやかで穏やかな昼下がりの時間が流れていく。
島田くんと四木くんとはそこで別れ、河原と向かったのは100階のオープンスペース。ここに来たということは、つまりそういうことだ。
「教官、お待たせしました」
「いや、構わん」
1年前とは違い、優雅にコーヒーを飲んでいる教官は、顔色もよく目も冴えているようだった。
そんな教官は私たちの顔をしばらく見つめ、そして目を細めて微笑んだ。
「そうか、お前らももう3年生なのか」
コーヒーを飲みながら、ふと去年の今ごろ、私たちは教官から不意打ちのプレゼントを貰って動揺しつつ、とてつもなく喜んでいたことを思い出して少し笑い声を漏らす。
そんな私のことを河原は怪訝な顔で、教官はじっと真顔で見つめた。
「なんだよ、葛西?今日のお前、笑いすぎ」
「そうかな?……ううん、なんでもないの」
河原とそんな会話を交わしている間に、教官は唐突にカバンの中を探り、そこから何かを出した。そしてそれをポン、と私と河原の手の上に乗せたのだった。
「やる」
「「えっ」」
予想外の出来事に、2人揃ってしばらく呆気に取られてしまったが、すぐにハッと我に返る。
手のひらに乗っていたのはのはピアッサーだった。
「本当は悩んだんだ。体に傷つけるものだし、でもまあ、するしないは自分の判断に任せようと思ってな」
そう言いながら頭をかく教官。その髪の隙間からチラリと見えたのは、私と河原の手のひらにある物と同じシルバーのピアス。
私たちの視線に気付いた教官は、元々ピアスホールは開けていたんだ、と慌てていいわけをする。本当かどうかは分からないけれど、確かに実際にピアスをしているところは初めて見た。
顔を赤く染めて、睨むような目つきで私たちを見る教官。普段なら背筋が凍りそうになるそんな視線が、今日はむしろ温かい。
なんだか心の奥がくすぐったくなって河原の方へと視線をそらすと、パッチリと彼と視線があった。
「……ふふっ」
「あははっ!」
「「ありがとうございます、教官!」」
顔を見合わせて笑ってそう言えば、教官は苦笑を漏らした。
「やっぱり変わらねぇな、お前らは」
―――パチンッ、と耳元で響いた大きな音に大きく肩を震わせる。反射的にキョロキョロと周りを見回してしまったが、もちろん自室の洗面所に誰かがいるはずもなく。
顔を上げて大きな鏡で自分の耳たぶを見ると、そこにはシルバーのファーストピアスが控えめに光っていた。
まるで、少しだけ大人になった気分。
「……確かに、思ってたよりは痛くないかも……」
まあ、全く痛くないという訳でもなかったけれど、でも本当に一瞬の出来事だった。
ネックレスもピアスもどちらも控えめだけれど、チラッと見えた時に絆を感じることが出来る。それが少しだけ気恥しいけれど、でもとても嬉しいのだ。
―――2042年、春。
始まった―――始まってしまった3年生。
泣いても笑っても、死のうが生きようがあと1年。それで全てが決まるのだ。
ここまで来たのだ。もう既に、私たちにはやってやるしか道は残っていない。




