37 襲撃(xi)
「葛西、赤羽根は……」
「ダメです。まだ……」
「……そうか」
―――あれから2週間。赤羽根教官はあれ以来教室にすら顔を出していない。しかしメールを送れば返信は返ってくるから、行方不明というわけではない。
突然消えた赤羽根教官のことを生徒達は心配しているし、同僚も不審に思っているらしい。しかし最高司令部が何も行動を起こさないことにも疑念を抱いている節があるし、これ以上は隠し通すのはきついかもしれない、と思って河原と教官の部屋を訪ねた。
「赤羽根教官、そんなに大変だったんだな……」
熱を出して休んでいた河原は、後日私からその時の赤羽根教官の様子を聞いて絶句していた。当然といえば当然だ。普段は温厚な人なだけに、尚更驚きは大きい。
「えぇ……。教官、メールは返ってくるんですよね?」
「あぁ。作戦決行日はお前らにも先日告げた通り、1週間後の木曜日になったと伝えたら、了承とだけ返信があった」
「じゃあ、作戦決行日は知っている、と。……内容は?」
「彼らを連れて正面広場に来てほしいと連絡したが、それにも了解、とだけ」
「そうなんですね……」
本人に会えないのが一抹の不安だが、作戦決行日も内容も知っているので何も困ったことは無い。それが教官たちを苛立たせ、焦らせる。
「それで、学校の方はどうだ」
紅茶を注ぎながら教官が尋ねる。河原が口の中のクッキーを飲み込み答えた。
「さっきも言ったけど、皆不審がってます。赤羽根教官ってすっごく優しくて大人しい人だったから、何があったんだろうって」
「そうか……最高司令部が動いていないことに、疑念を抱いている節があるとも言っていたな」
「はい。でも、さっきの話聞いてたら、確かに動く必要ないですもんね……」
「あぁ……」
眉間を指でつまんで目を瞑って上を向く教官。困った時に彼が時々する仕草だ。
―――きっと教官は、自分を責めている。
あの時の教官は冷静さを欠いていたけれど、大声で怒鳴りつけてしまったのは事実。おまけに怒鳴りつけた相手は、自分に自信の無い赤羽根教官。友人を殺せない、という自分の意見を否定されたと思っても無理はない。
困っているわけでも、作戦が滞っているわけでもないのに、どうしょうもなく息苦しさを感じる。赤羽根教官は一体どこで、何をしているのだろう。
彼は友人を指定の場所に連れてくるだろうか。ちゃんと、任務を遂行するだろうか。
やっぱり赤羽根教官には辛すぎる任務だったのだ、という思いがぐるぐる渦巻く。それを決めたのは最高司令部でも、あの会議に連れてきたのは私だ。
「葛西、お前はまた難しいこと考えてるだろう」
しかし、そんなことは教官にはお見通しらしい。一瞬ハッとして、そして難しいこと考えてるのはお互い様なのにと思って苦笑する。
「……それは教官もね」
私の返しに一瞬、教官は虚をつかれたように目を見開いたが、やがて彼もまた苦笑した。
結局、赤羽根教官のことは最高司令部が何かしらの措置をとる、ということで決まった。今はそれしか方法がない。私たちは探すことしか出来ないのだ。
教官の部屋から出て、エレベーターに乗り込むと、河原が突然声をかけてきた。
「あのさ、葛西」
「何?どうしたの?」
「いや、そのさ……そう、昼ごはん食べようぜ、今から」
不自然な物言い。なにか話したいことがあるんだろう。
「うん、いいよ。じゃあ13階のカフェは?」
「あー、あそこね。うん、いいよ」
河原がなにか話したいことがある時に私を誘うことはよくあるし、私も話したいことがあればよく誘う。何もおかしなところはないのに、彼のどこか追い詰められたような瞳を見つけてしまい、一抹の不安が私の心をよぎった。
昼時を少しすぎていたからか、はたまた依然として軍は忙しく動き回っているからか、店内には私たちしかいなかった。
ここは最近軍に入らない人が減ってきて、その需要が増えつつある経営、接客、調理全てがAIによるお店で、他の客がいなければ本当に人は私たちだけなのだ。とても静かで、少し心が安らぐ。
「それで、河原どうしたの?」
「あー……やっぱ、言いたいことがあるってわかるよなぁ」
「そりゃあ。今回は私じゃなくても多分分かったわよ」
「え、まじ?そんなにわかりやすかったかぁ……」
珍しく元気の無い河原。まだ本調子じゃないのかと思ったけれど、彼は本調子じゃない時ほど元気なのでそれは違う、とひとり心の中で結論づけた。
河原はストローでアイスコーヒーをかき混ぜながら、戸惑い気味に口を開いた。
「俺さ……赤羽根教官の居場所、知ってるんだよ」
「えっ」
なんというカミングアウト。さっきまで教官とどこにいるのか、と話していたのに。まさか知っていたなんて。
だけど、ここで頭ごなしに責めたりなんてしない。彼には彼なりの理由があったのだろうし。
「そっか。……どこか、教えて貰ってもいいの?」
だから、なるべく冷静に。平静を保って尋ねる。
「あぁ……もちろん」
河原は、決意に満ちた瞳で私のことを見つめ返した。
「……赤羽根教官は、別館にある病棟にいる」
一瞬、河原の言っている言葉の意味が分からなかった。
「え……」
自分の間抜けな声が店内に響いて、やがてその言葉が現実味を帯びて身に染みてきた。
「病棟、って……それって、入院してるってこと?」
それでもいまいち整理のつかない頭を必死にフル稼働させて、絞り出したのはそんな質問。病棟にいるんだから当たり前か、と気付いたのはずっと後のこと。
河原はそんな私の動揺を察したらしく、余計なことは何も言わずに静かに頷いた。
「あぁ。精神病患者としてな」
「精神病患者……」
―――私のせいだ。
何を考えるより、何を感じるよりも先に、自分をぶん殴りたくなった。
やっぱりやめておくべきだった。彼には辛すぎる任務だったのだ。もっと別の作戦を考えるべきだったのだ。
「葛西、お前のせいじゃない。もちろん教官も」
「……ッでも!」
顔を上げて見えた河原の瞳は、まっすぐこちらを見据えていて、本当に私のことも教官のことも責めていないということが分かった。だけど、それでは私が自分を許せない。
「……赤羽根教官に、会いに行きたい」
「ダメだ。俺も、偶然で……実践もないくせに、何故か後輩が骨折して入院してて、そのお見舞に行った時、偶然知っただけで……。俺も看護師に聞いたけど、面会謝絶だって」
「そんな……」
つまり、私たちにはどうしょうもないということ。
病棟だってもちろん軍の管理下だけど、患者に対しての権限は、最高司令部よりも医師や看護師の方が絶対的に上。専門職なのだから当然だ。
確かにあの場で教官にこの事を告げたところで、事態は変わらなかっただろう。むしろ居場所がわかったのに面会謝絶だなんて、そっちの方がよっぽど最高司令部の人々は自分たちを責めただろう。
河原の選択は間違っていない。だけど、私はその事実を知ってしまった。知っているのに何もしないなんてことは出来ない。
「でも……方法がない……」
解決策がないことがこんなにももどかしいなんて。
「あぁ……俺らには、どうしようもねぇよな……」
河原ももどかしそうに視線をそらした。
「あれ、一也に藍?どうしたの?」
そんな中聞こえてきた底抜けに明るいそんな声にハッとして、2人揃って勢いよくそちらを向くと、その声の主は流石に少し驚いたようだった。
「うわっ、ど、どうしたの?」
「「財前!」」
レストランの入口に立っていた財前はどうやら1人らしく、富井や他の友人の姿は見当たらなかった。
「どうしたのって、それはこっちのセリフ!財前こそどうしたんだよ?」
「いや、なんかちょっとふらーっと外に出てみたら、たまたまここに一也と藍見つけてね。来てみたんだけど……何かあった?」
何かあった、と言われれば確実にあった。
だけどそのことを言ってもいいのかわからず口ごもる。
「あっ、言いにくかったらいいんだよ!」
そんな私たちを見て、財前は少し焦ったように首を横に振りながら、そう付け足した。
確かに“始末”のことは絶対に秘密だけど、財前は内容は知らなくても、私たちが何かしらの事情を抱えていることは察している。
それに、赤羽根教官がいなくなったことは、原因は“始末”にあったとしても、みんなが知っている事だ。
河原と顔を見合わせる。どうやら彼も同じ結論に至ったらしい。深く頷き合うと、河原が財前に向かって手招きした。
「財前、来い」
「えっ、はーい」
河原に呼ばれた財前は、一瞬戸惑ったような表情を浮かべたが、すぐに受付ロボットに追加1名で、と告げて私たちの方へと小走りでやってきた。
そうして一通り赤羽根教官について財前話した河原は、また先ほどのように考え込んだ。
「でも、会いに行く方法がねぇんだよ……」
「何かあればいいんだけど……」
しかし、財前は私たちが悩んでいるのを見ながらあっけらかんと言った。
「あー、もしかしたら俺、方法あるかも」
「「……えっ!?!?」」
もったいぶる様子もなく、普通にそう言われて一瞬反応が遅れたが、河原と2人思わず大声をあげてしまった。
しかし財前は特に気にした様子もなく、携帯端末をカバンから取り出すと、突然誰かに電話し始めた。
「……あ、もしもし?うん、久しぶり。……あはは、話が早いね。うん、実は頼みたいことがあって……」
電話の相手はわからないが、とても親しい人だということはわかる。
しかし、方法があるとはどういうことだろうか。財前は医療関係者に知り合いでもいるのだろうか。
しばらく財前は電話越しに相手と話していたが、そしてどうやら話がうまくまとまったらしい。いつもの明るい声でまた後で、と言って電話を切った。
「よし、一也、藍、行こう!」
かと思えば突然立ち上がってそう言い出す財前に、私も河原も頭がついていかない。とりあえず大きく頷くだけ頷いて、手早く会計を済ませて店を出る。
小走りで本部を出て、向かう先はもちろん病棟。前を走る財前の後ろ姿は、こころなしか楽しそうに見えた。
「財前、さっき電話してたのは誰だ?」
「病棟に行けばわかるよ。俺の一番頼りにしてる人!」
声を弾ませながら笑顔でそう言い切った財前に、少し疑問がわく。
彼が一番頼りにしているのはバディである富井だと思っていた。富井は実力もあるし、バディとして不足はない。そんな彼女よりも財前が信頼している人がいるなんて。
「あっ、見えた見えた」
楽しそうに財前が指さした先には、丸々一棟全てを病棟として使っている軍の別館が見えていた。
入口を抜けた先にはインフォメーション。ここには本部の総務部の人も数名在中している。そしてそ左手に見えるのがナースステーション。
財前は病棟に入るや否や、ナースステーションへまっしぐら。慌てて私たちもその後をついていくと、財前が電話の相手を見つけたらしく、大きく手を振り出した。
「おーい!」
その声に反応して手を振り返したのは、まだ若い女性の看護師だった。見た目で判断するに、20代後半から30代前半くらいだろうか。タレ目の魅力的な美しい人だった。
彼女はナースステーションから出てきて、財前の元へと駆け寄る。
「大空、久しぶりね。元気だった?」
「もちろん!俺が母さんおいて死ぬわけないでしょ?」
「あら、かっこつけて」
仲睦ましく話す2人。だけど、私と河原は顔を見合わせて、財前の言った言葉を反復した。
「「母さん……?」」
すると財前はあぁ、と言いながら話をやめて、その女性のことを紹介し始めた。
「この人はこの病棟の副看護師長をしててる財前碧月。俺の母さんだよ」
“母さん”。せいぜい年の離れた姉にしか見えない彼女のことを、何度聞いても財前はそう言った。
とてつもない衝撃が私と河原を襲う。何も言葉を発することが出来ず、ただただ口をぱくぱくさせる私たちは、そりゃあ滑稽だっただろう。だけど、今はそんなことどうでもいい。
目の前にいる女性は、どう見てもまだ若い。仮に35歳だったとしても、財前を産んだのは18歳だということになる。
晩婚化と女性の社会進出が進んだ現代、女性の初婚年齢と初産年齢の平均は、余裕で30歳を超えていて、彼女が現在妊娠中だったり、幼い子供がいると言われたって何ら違和感はない。
閉ざされているこの楽園では、軍が子育て支援などを充実させているのでいくらか初婚年齢も初産年齢も若いけれど、それにしても彼女が財前の母親だというのはにわかには信じられなかった。
彼女もそれを察したのか、はたまはしょっちゅう聞かれるからなのか、苦笑しながら私たちに言った。
「驚くのも無理ないわ。だって私、まだ29歳だもの」
29歳。つまり、現在17歳の財前を産んだのは―――
「「じゅっ、12歳!?!?」」
12歳。この学園でいう初等部6年生。
だれがどうみてもまだまだ子供。親になるなんて考えられるわけがない歳。彼女は、そんな歳で財前を産んだのか。
やっぱり信じられなかったけれど、今彼女と財前が目の前にいるのが何よりの証拠だった。
彼女は副看護師長という立場を利用して、私たちと赤羽根教官を会わせてくれるらしい。確かに彼女の立場があれば可能だろう。
病室へと向かいながら、彼女が私の隣へとやってきた。突然のとこで少し体がこわばったが、軍人ではない彼女はそれには気付かなかったらしい。
「名前、聞いてもいい?」
「えっと……藍です。葛西藍」
「へぇ、藍ちゃんかぁ。素敵な名前ね」
「ありがとう、ございます」
優しい笑顔。若いけれど、とても素敵な人だった。こうしていると、どこにでもいるような母親だと思う。
彼女は私の顔をのぞきこんで、目を細めた。
「……大空を産んだ時のこと、知りたい?」
「え……」
聞いてもいいのだろうか。わからないけれど、でも―――
「……はい、お願いします」
ちらりと前を伺うと、河原と財前は何かしらの話題で盛り上がっているようだった。
病棟の大きな窓からはたくさんの太陽の光が差し込み、庭の木々は少しずつ散り始めていて、そういえばもうすぐ11月なのだと感じた。いつの間にか季節は秋になっていた。
―――2041年、秋
差し込む秋の光に目をさらに細めながら、彼女は懐かしむように財前のことを見た。
「……私が妊娠に気付いたのは、6年生の秋のことだったかな。当時の私は本当にダメな子で、親とも喧嘩ばっかりしてて、年上のチャラチャラした男の人と、子供ができるようなこともやってたから、当然と言われれば当然の結果だったんだけどね」
今のおとなしい姿からは想像もつかないけれど、でも12歳で子供ができるということは普通ではないし、なんらかの事情があるのだろうということは、なんとなく予想はしていた。
「……妊娠に気付いた時には既に堕胎できる期間を過ぎてて、だから正直なところ産むしかなくって。もちろん今は、堕ろさなくてよかったって心の底から思ってるわよ」
なんてことない様に話してくれたけれど、決してそんなことは無い。子供が子供を産むのは普通じゃなくて、きっと好奇の目や有りもしない噂に苦しめられてきたのだろう。
だけど今、それを乗り越えて自分の息子を愛せる彼女のことを、なんて強いひとなのだろうと思った。
―――それと同時に、財前が少し羨ましくなった。
私の母が私のことをなんとも思っていなかったなんて言わないけれど、私はきっともう母親には会えない。
「お母さんがそばにいるっていいなぁ……」
意識せずに漏れたそんな言葉に、思わず口を抑える。彼女は驚いたように目を見開いたけれど、やがてふっと笑って私の頭を優しくなでた。教官のとは違う、柔らかな撫で方だった。
「母親って思ってる以上に子供のこと、大好きなのよ。だからきっと藍ちゃんのお母さんも、どこかで見守ってるわ」
「そうだと、いいんですけど……」
「絶対そうよ。私だって幼い大空を手放すのが嫌で、進路をわざわざ看護に変えちゃったんだから」
そう言っていたずらっ子のようにウインクを決める彼女は、たしかにまだ若い。だけど、たしかに母親の温もりに溢れていた。
そんな彼女の言葉に、私は大きく頷いた。
「あっ、あったあった」
突然、前を歩いていた河原と財前が立ち止まった。小走りでそこへ向かってその部屋のネームプレートを見る。
「赤羽根凱斗……」
やっと赤羽根教官と話せるのだ。この機会、無駄にはしない。




