表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
33/90

33 襲撃(ⅶ)

先頭をゆっくりどっすり歩く亀山大将、その半歩後ろにぴったりついて歩く教官、そしてその数歩後ろを歩く私と河原。―――一体どういう状況だ、これは。

教官がだんまりだったのは、1か月前の会議の後と同じ。しかしその時と明らかに違うのは、1か月前だんまりだった原因が、この場にいるということだ。



エレベーターに乗り込んでも誰も喋らない。

ちらりと教官と亀山大将を見るが、2人は大して気にしている様子ではない。そわそわして落ち着かないのは私と河原の方。

エレベーターが8階分上るのにかかる時間は大したことなく、あっという間に120階へ。ふと、去年は生まれて初めて初めて、一度だけしか来なかった120階に、今年はもう既にたくさん来ていることに気付き、一人驚く。


エレベーターから降りた私たちは、さらに歩く。

円形をしている120階。上にいけばいくほど細くなるデザインの本部なので、120階は下層と比べればずいぶん狭いが、そうは言ってもかなり広い。だって下層は本当に、意味がわからないほど広いのだ。

緩やかにカーブを描く廊下に沿って歩いていくと、屋上へと続くエレベーターが見えてきた。最高司令部の軍人の個室が黒い扉なのに対して、エレベーターの扉は真っ白なのでよく目立つ。


亀山大将と教官はそんな真っ白い扉の前で立ち止まり、上向きの矢印のボタンを押す。

そもそも私たちはどこに向かっているのかわかっていなかったが、もしかして例の屋上に向かっているのだろうか。

そう思いながら再びエレベーターに乗り込み、屋上へと向かう。依然として無言のままだけど。


例のエレベーターに乗り込んだのだから当然だけど、次に扉が開いた時に目の前に広がったのは美しい楽園のような景色の屋上。何度見てもやっぱり美しいし、おまけに今はまだ昼で、シェルター越しの柔らかな光が差し込んでいる。

「……ほう。ここに来たことがあるのか?」

「あ……はい!一度だけですが……」

無言を貫いていた亀山大将に唐突に声をかけられ、一瞬反応が遅れてしまった。しかし彼は気にした様子もなく話を続ける。

「それは、三坂に連れてこられたのか?」

「いえ……いや、でもあれは教官に連れてきてもらったことになるのかも……」

「三坂、どうなんだ?」

「え…あ、はい。私が教えました。同行はしてませんけど」

自分に話が振られるとは思っていなかったのだろう。教官も一瞬反応が遅れていた。

教官の答えに彼はそうか、とだけ言うと再び前を向いて歩き出した。

すぐに平静に戻って亀山大将の後を追う教官の後ろで、私と河原は顔を見合わせて首をかしげる。


―――ここが目的地じゃないの……?



120階同様、円形をしている屋上。真ん中にある池の中心には島があり、その島の背後には滝がある。周りには青々とした木々や、華やかな花々が咲き誇るとても美しいその風景。

しかし亀山大将は、どうやら背後のその滝に向かっているらしかった。滝に何があるのだろうか。

こっそり教官を盗み見るが、やっぱり教官は表情一つ変えず、私たちのことを見もしない。


そんな依然重苦しい空気の中、滝の近くまで来てびっくり仰天。思わず声を上げてしまった。

「え……!?」

「扉……!?」

滝の裏側にはプラスチック板があって、水は飛んでこない構造になっていた。そしてそこには、黒い大きな扉があった。

「入れ、3人とも」

亀山大将がその扉を開けて中に入り、私たちを招き入れた。扉のむこうは、屋上と同じくらいの広さのある部屋だった。

屋上は120階と比べたら随分狭いと思っていたけれど、まさかそのもう半分には部屋が隠れていたなんて。



部屋の中は、部屋というよりもはや家だった。豪奢なシャンデリアが光り輝き、見ただけでふかふかとわかるソファと黒い大理石の机。床もすべて大理石のようだった。

「適当に座れ」

亀山大将はソファを指さしながらそう言い、キッチンへと向かう。そんな彼の後ろを教官が急いでついていこうとする。

「お手伝いします」

「三坂、お前も座れ」

「でも……」

「いいから。今日は客人だ、お前もな」

低い声に厳つい風貌の亀山大将。だけど彼のその控えめな笑みはどこか教官に似ていて、思わず私まで見惚れてしまった。


「三坂を呼んだのは、お前に聞きたいことがあったからだ」

コーヒーの入ったカップを4つ、トレーに乗せて運んできた亀山大将は、そう教官に言いながら私たちの前にカップを置いた。その瞬間、隣に座る教官の身体が少し強ばったのが雰囲気で伝わってきた。やっぱり教官が彼のことが苦手なのは本当らしい。

「なんですか、亀山さん」

それでも持ち前のポーカーフェイスで、教官はなんとか平静を装う。しかし、亀山大将にはお見通しらしい。

「ふん……そう固くなるな。いつも言っているが、お前のことは端からなんとも思ってねぇよ。もちろん、許す許さないなんてこともない」

「いえ、それは私自身の問題で……」

なかなか進まない2人の会話を聞きながら、河原と顔を見合わせて苦笑する。


―――どうやら2人は不器用すぎるらしい。

お互いに歩み寄ろうとして全く歩み寄れていない。ここまでくるといっそ、教官も亀山大将も可愛く思えるから不思議だ。


そうこうしているうちに、また重くなりかけた2人の間の空気。それを払うようにこほん、と河原が咳払いする。

彼は持ち前の笑顔を浮かべ、教官と亀山大将に笑いかけた。

「なんだ、河原?」

「まあまあ教官、それくらいにして。それより、亀山大将が教官に話したいことって何なんですか?」

河原のおかげで本題を思い出したらしい亀山大将は、ソファに深く腰掛け、背もたれに寄りかかって天井を見上げた。

「あぁ、そうだな。……三坂、お前は最高司令部内でも一、二を争う切れ者だ」

「そんなことは……」

「謙遜はいい。……そんなお前を見込んで聞きたいことがある」

「……なんでしょうか」

亀山大将の表情が、わずかに厳しくなったような気がした。


「……この事件、本当に“裏切り者”は3人の少尉だけなのだろうか、と思ってな。お前の意見を聞きたい」



その言葉が発せられた瞬間、部屋の空気が一瞬にして変わった。それはまるで、とても強い電流が流れたようだった。

教官は瞳に強い光を宿し、力強く頷いた。

「……同意見です。私もそう思っていたところです」

「ほう……やはりな」

教官のその言葉に、亀山大将もにやりと笑った。教官と亀山大将のその表情はとても良く似ていて、2人はやはり似たもの同士なのだと感じた。



「少佐以上の軍人が怪しいですよね」


「「「え……」」」


突然聞こえてきたそんな言葉。それは私と教官だけでなく、亀山大将まで驚かせた。隣に座る河原を反射的に見る。

「河原、今っ……!」

「ん?どうした葛西?」

しかし河原本人は特に気にした様子もなくコーヒーをすすっている。その様子が教官と亀山大将をさらに驚かせる。


「ッおい、河原!」

教官は河原の肩を鷲掴みにして、すごい形相で顔を近づける。河原は驚いて肩を激しく震わせた。

「き、教官!?何!?」

「河原、お前気付いていたのか……!?」

教官の驚きに満ちたその質問にも、河原は不思議そうに首をかしげながら答えた。

「え、だって位の低い3人で出来ることじゃないですよね。3人いれば仕事量もリスクも3分の1でいいから楽だし、情報を送る分担でもしてるのかなー、とも思ったんだけど、でも逆に、多分そんなめんどくさくて危険なことは政府はしないだろうし、ならもしかして3人とも囮なのかなーって思って」

「河原、お前……!」

自分の推理と河原の推理がほぼ一致していたのだろう。教官は瞳を輝かせながら、嬉しそうに河原の頭を撫でる。亀山大将までもが感心したように河原をまじまじと見つめている。

「ちょっと、教官!?」

「お前すごいな……!」

「え、今俺褒められてる?」

「あぁ!褒めている!」


褒められているとわかった途端、嬉しそうな河原。そんな彼に亀山大将が質問をぶつける。

「河原くん、と言ったか」

「は、はい!」

「……もし君なら、誰を疑う?」

そう問われた河原は少し考え、やがて「あ」と言って手を叩いた。

「怪しくない人って、例えば政府に家族がいる人とか……?そんな人いるのかわかんないですけど、でもその人には、軍も政府も手出しできないし安全かもしれませんね」

「なるほど……!」

その一言で、亀山大将も興奮しているということが伝わってくる。

当然だろう。私だって河原がこんなに頭が切れるなんて知らなかった。正直かなり興奮している。



しかし当人は、そのすごさにいまいち気付いていないらしい。まあ、そこが河原らしいといえばそうなんだけど。

「ちなみにそんな人はいますか?」

河原のその問いに、教官と亀山大将が顔を見合わせて頷いた。

「あぁ……いることにはいる」

「だが、我々は彼にはかなりの信用を寄せている。疑うのは心苦しいが、彼なら軍のためと理解してくれるだろう」

「彼は聡明な人ですからね」

「あぁ。ならば早くするべきだろう。……三坂、頼む」

「はい」

かつて聞いたことがないほど力強く大きな声で返事をした教官は、カップの中のコーヒーをすべて飲み干して勢いよく立ち上がった。

「葛西、河原行くぞ」

「あっ、はい!」

「はいっ!」

その後に続くように私と河原も立ち上がり、そして3人揃って亀山大将に頭を下げる。


「「「お邪魔しました!!!」」」


見事に3人、声が揃う。

亀山大将は一瞬だけ驚いたように目を見開いたが、やがて呆れたように、しかしどこか楽しそうにあの控えめな笑みを漏らした。

「あぁ。あとは頼む、若き同士たち」

その視線はまっすぐ教官を捉えていた。そして、教官もしっかりと亀山大将を見つめている。

2人の関係が決して友好的なものではないとしても、その眼差しは、本当はお互いのことを信頼していて、大切に思っているということを物語っているようだった。



「ところで教官、聞きたいんですけど」

亀山大将の部屋を去り、120階の緩やかなカーブの廊下を歩きながら、河原が教官に尋ねた。

「疑ってる人って誰なんですか?俺の知っている人……?」

「いや、知らないだろう。いや……葛西は知っているかもしれないが……」

「え……?」

―――その言葉を聞いた瞬間、何故か胸がざわついた。

「誰ですか……?」

教官は前を見据えたまま、その名前を静かに呟いた。

「―――日本軍情報科渡辺班の栗山朔夜中尉だ」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ