32 襲撃(ⅵ)
おそらく、今、私と河原の考えていることは、過去稀に見るほど一致しているだろう。顔を見合わせ、声にならない声をお互いにぶつける。―――私たちの目の前にいるのは、本当に亀山大将なのだろうか?
私と河原の目の前にいるのは、顔も声も間違いなく私たちの知る亀山大将だ。しかしその態度と慕われ方は、1か月前に初めて出会った時とは全く違う。それはもう、彼は本物なのかを疑ってしまうレベルだ。
わいわい騒ぐ輪の中の一人が、呆然とする私たちに気付いて歩み寄ってくるのが見えた。それは、40代前半くらいの男性―――1か月前の会議の時、教官が全員揃っているかと尋ねた人だった。
「もしかして君たち、亀山さんのこと怖いと思ってた?」
「「は、はい……」」
そう言って大きく頷くと、彼は面白そうに笑った。
「あはは、そりゃそう思うなって方が無理かもね!もしくは三坂から何か聞いた?」
「教官は、亀山大将は怖いって……。あと、見てるだけで頭が痛いって……!」
「あっはっは!三坂、教え子の前じゃ正直なんだなぁ!」
そう言いながらさらに豪快に笑う彼に、私たちは戸惑いがちな視線を送ることしかできなかった。
まだいまいち状況が理解出来ていない。―――本当に一体全体何事なのだろうか。
彼は目尻に浮かんだ涙を指で拭いながら、私たちのことを優しげな眼差しで見た。
「いや、ごめんごめん。……三坂はさ、三坂の次に若い俺からしても5歳も年下で、本当に可愛い後輩なんだよね」
「そ、そうなんですか……」
その言葉を聞いて、そういえば教官は異例の早さで最高司令部に配属された、という話を聞いたことを思い出す。教官の次に若い人が5歳も年上ということを聞くと、本当に教官は優秀な人なのだと改めて感じる。
でもね、と彼言いながら、彼は依然として仲間たちに囲まれてからかわれている教官に視線を移した。
「一番歳が近いはずの俺にも遠慮ばっかり!もちろん他の人にはもっと遠慮するし、亀山さんとは、まぁ……色々あったみたいだけど、でも本当に恐れてて!本当は皆、三坂のこと大好きなんだけどなぁ……」
教官のことを見つめる彼の瞳が、切なげに細められた。
その表情からは、彼も、彼の仲間も、きっと亀山大将も、教官のことが本当に大好きなのだろうということが、ひしひしと伝わってきた。
彼が語り、そして今、私の目の前に広がっているのは、私たちが今まで見たことのない教官の一面。だけど、むしろ私は嬉しい。
だって、私たちのことを育ててくれたのは、こんなにも愛に溢れた人だとわかったのだ。
「ねぇ、三坂は君たちの前だとどんな感じ?」
優しく笑いかけられながら聞かれたその質問に、私と河原は一瞬考えて、そして顔を見合わせてにぃっと笑った。
「「すっごい怖い鬼教官!!」」
それはきっと、彼が予想していなかった答えだったのだろう。彼は豆鉄砲でもくらったように驚いて、何も言えないようだった。
「……でも、もちろんすっごく尊敬できる人です」
その後すぐに続いた私の言葉に、彼はこころなしか少し安心したような顔をした。
「多分教官は、私たちの前にいる時も、最高司令部にいるときも、何も違わないんです。というかむしろ、ここ最近の教官を見てたら、むしろ最高司令部にいる時の方が素なのかなぁって思うくらいですよ」
「え!?そうなの!?」
私が頷くと、彼はさらに驚いた顔をした。だけど、私の言ったことはきっと間違ってない。隣で河原も大きく頷いている。
「はい!だって教官、華田さんの前とか、皆さんの前だとあんな感じだから、きっと学生時代からこんな感じなのかなーって思って」
教え子2人ともにそう言われると、彼も流石に信じざるを得ないのだろう。しかし、まだいまいち腑に落ちないらしく唸っている。
「何話してるんですか、七瀬さん」
そんな彼の後ろから唐突に現れた教官に、私と河原が思わず声を上げると、教官は少し不満そうな顔をした。
「おい、なんだその態度は?」
「いや、びっくりして」
「ていうか、話は終わったんですか?」
「あぁ。―――というか葛西、もっと早く気付け!お前が早く気付けばこんなことには……!」
「えっ、私の責任!?」
上司がいても、私と河原の前だといつもの教官で、それが素直に嬉しい。
「あっはっは!それは無理だよ、三坂!」
しかし、先程まで唸っていた彼―――七瀬さんというらしい―――が、教官の肩を組みながら笑ってそう言った。
「だって俺たち、細心の注意を払って見てたからねぇ。むしろ、漏れてしまった笑い声に気付いた彼女は優秀だよ!」
「細心の注意って……何やってるんですか……」
教官は七瀬さんの言葉に肩を落とす。
やっぱり彼らといる教官は、遠慮ばかりしていたとしても、ちゃんと教官だ。
私たちといる時も、最高司令部にいるときも、やっぱり教官の本質は何も変わっていない。
「ていうか教官」
なんとか話が一段落したとき、河原が不思議そうに首をかしげながら教官に尋ねた。
「亀山大将って、本当はあんな人なんですか?」
その質問に教官はわかりやすくうなだれて、あぁと答えた。そばでは七瀬さんがまた愉快そうに笑っている。
「1ヶ月前の初顔合わせの時は、みんなで話し合って、ちゃんと“想像通り”の最高司令部を演じよう、って決めたんだよね。もちろん亀山さんもグル!」
「えぇ!?」
「だけど、今回はもういいか、ってなったんだ……。でも、俺があの人のことを苦手なのは嘘じゃねぇ……!」
「えぇ!?」
「つまりそういうこと!」
そう言って七瀬さんはさらに愉快そうに笑っているけれど、頭が追いつかない。つまり、どういうこと……?
「つまり……全部演技だ」
はっきりと事実を告げた教官の言葉に、本当に何度目、驚く河原と私の声が揃った。
「「えぇ……!?」」
兎にも角にも亀山大将がそんなに怖い人ではない―――教官には本当に厳しいらしいけれど―――ということがわかって、とりあえず安堵する。
そうしている間にも14時からは10分も過ぎ、さすがにそろそろ始めるべきだということで会議が始まった。
前回と違い、皆真面目な顔付きではあるが、雰囲気が柔らかいような気がする。何より、一番奥に座る亀山大将の威圧感が、嫌なものではなくなったのが大きいだろう。
「それでは、報告を」
本日も司会を務めている教官がそう言うと、2人の男性が前へ歩み出た。
「報告します。……例の始末の対象の話です」
片方がそう言い、もう片方が資料を全員に配る。私も資料をもらい、河原と共に目を通す。私たちにも他人事じゃない。
「例の少尉3人ですが、指導科に親しい友人がいるそうです。彼に協力してもらうのが、一番早く始末できる手かと。その“彼”ですが、資料を一枚めくってもらったところに詳細を記しています」
彼の指示通り、表紙から一枚めくる。そこに現れた顔に、私と河原は見覚えがあった。見覚えがある、なんてものじゃない。ほぼ毎日突き合わせている顔だ。
「なあ、葛西、これって……」
「えぇ、教官だよね……」
―――私たちが“教官”と呼ぶのは、何も三坂教官だけじゃない。初等部、中等部、そして高等部の先生も、皆“教官”には変わりないのだ。
この資料にまとめれいるのは、そのうちの1人で、現在の担任である赤羽根凱斗教官だった。実践が始まる中等部以降の教官は、生徒とはあまり親しくならない。それは当然と言われれば当然だけど、もちろん生徒と教官としてそれなりの関係は築く。
しかし赤羽根教官は、少し気の弱いところがあって、指導科も28歳でやめることが出来たのにやめず、30歳の現在も指導科に所属している。去年の担任は放任主義だったのに対して今年の赤羽根教官は、ほかの教官よりはずいぶん生徒と親しい。だから、生徒が傷ついたり死んだりすると泣いてしまったりする。
彼は他人にすこし優しすぎる人なのだ。
彼が“始末の対象”ではないことは幸いだが、彼のような優しい人が、友人を殺すための仕掛人になることはできるのだろうか。
めずらしく気に入った教官だった故、尚更心配になる。生徒に心配される時点で大丈夫か、って話でもあるけど。
「なんだ、お前ら知り合いか?」
「あ……はい。現在の担任です」
「ほう。それは幸い」
教官のその言葉に、周りにいた人たちが頷いた。
「お前たち、その赤羽根少尉と明日、14:00にここに来い」
「赤羽根教官とですか?」
「ああ。彼は当然“始末”のことも何も知らないから、不審に思われるかもしれないが、その場合は最高司令部からの命令だと言えばいい」
「わかりました。……でも、彼は優しすぎる人で、仕掛人になれるかは正直微妙かと……」
河原が私の考えていたことと同じことを言う。これは相棒だから意見が一致した、なんてものじゃなくて、本当に彼は誰が見ても不安になるような人なのだ。
しかし、最高司令部はそんなこと知るわけがないし、任務の成功が第一。その人の性格なんて知ったこっちゃないだろう。それは軍という大きな組織に属し、利益のために働くものとしては当然で、正当な選択だ。
「そうか……。わかった、その事は留めておく。だが、とりあえず頼む」
そして、私たちも生徒とはいえ、そのうちの1人。上からの指示には従うのが当然で、正当だ。それに、私たちが心配したところでどうにもならないし。
「「はい」」
だから私と河原は揃って頷き、返事をした。
その後は、細々したことを話し合った。
その中で、情報科についても話した?
「そういえば、今回も情報科は優秀だったな」
亀山大将のその言葉に、教官たちが深く何度も頷いた。
「特定が早かったですよね」
「本当にびっくりするほどな」
「さすが“渡辺班”だよなぁ」
口々に情報科を称賛する中、聞き覚えのない“渡辺班”という単語が出てきて、首をかしげる。
「渡辺班って、なんですか?」
私の質問に答えてくれたのは、2つ隣に座っていた七瀬さんだった。
「情報科って、最高司令部と同じくらいの人数しかいないんだけど、さらにその中を6つの班に分けてるんだよ。その中のトップ集団が“渡辺班”。渡辺っていうのは主任の名前なんだけど、副主任は君もよく知ってる華田聖菜さんなんだよ」
突然出てきた聖菜さんの名前。びっくりしたけど、とても納得している自分がいる。
「なるほど!すごいですね、情報科」
「あぁ、本当にね」
最高司令部が褒めるのを聞くと、本当に情報科は“片腕”なのだと、信頼されているのだということを感じる。そんな出来事だった。
その後もそんな話をして、開始からぴったり1時間後、会議は終了した。
皆が散り散りに去っていく中、私と河原は教官に手招きされた。
「なんですか教官?」
「ついてこい」
「どこに?」
「いいから、とにかく!」
妙に切羽詰まっている教官。どうしたのかと不思議に思っていると、入口の方から彼を呼ぶ声がした。
「早くしろ、三坂」
そこにいたのは亀山大将。なるほど、教官が切羽詰まっている理由がわかった。
「嬢ちゃんとボウズもくるのか?構わんが」
低い声で笑いながら、彼は私と河原を指さした。そんな私たちは、お互いを指さした。
「嬢ちゃん……?」
「ボウズ……?」
キョトンとしてお互いを見つめていると、教官の怒号のような声が飛んでくる。
「早くしろ、クソガキ!!!!!」
「「はいっ!!」」
半ば条件反射のようにとてつもなくいい返事をして、私たちは教官と亀山大将のあとを走って追いかけた。
一体全体どんな修羅場が待っていることやら。2人揃って身震いした。




