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31 襲撃(ⅴ)

順調に進んでいるようだった計画は、どうやら先が行き詰まってしまったらしい。教官の部屋へ行った日が1日、1週間と遠のいてゆく。そして気づけば、1ヵ月。政府と軍の関係だけが悪化していく、もどかしい時間だった。

その間に授業は再開したが、実践はこんな状況で再開できるはずもなく。こんなことがあったからなくなるのかとも思ったが、残念ながらそれはありえないらしい。明るみに出れば軍の信頼度が大幅に下がるリスクを負うだけのこの制度だけど、創立時から続くものなのだ。そう簡単になくすことはできないのだろう。


しかし今日、教官から新たな報告があると連絡があった。それはつまり、進展のない状況から抜け出す術の糸口がみつかった、ということだろう。

授業も久々に午前終わりになり、私と河原は急いで上層部行のエレベーターに乗り込んだ。



今回の会議は112階。エレベーターから降りて眼前に広がったのは、眩い光。

105階は薄暗い雰囲気だったのに対して、112階は周りをすべてガラスで囲まれていた。もちろん壁もない。全てがガラスだった。

「うわぁ……開放感すごい……!」

河原が感嘆の声を漏らす。確かにこの解放感は、他の階にはないものだろう。


一番近くにあった“112A”と書かれた会議室に私たちは呼び出されている。

「これはまた、外から見ても立派な会議室だこと……」

「ていうか、こんなに人いるのか……?」

「確かに……この前30人くらいだったよね……?」

「あぁ……。まあ、とにかく入るか」

「えぇ……そうね」

目の前にある白い大きなドアのノブをつかむ。意を決してドアノブをひねり、2人揃って部屋に足を踏み入れる。


「失礼しま―――……って、あれ……?」

「誰も、いない……?」

しかしびっくり仰天。意を決して入ったのに、部屋の中には誰もいなかったのだ。整然と並べられたテーブルと椅子しかない部屋を、見渡すも現状は変わらず。

「どうしよう、葛西!俺たち間違えた!?」

「そんなはずはないんだけど……!でも、疑うしかないよね……」

先程までとは違う不安が募り出す。


とりあえず教官から今日の朝もらったメールを今一度確認する。

「112階のAよね……?」

「あ、あぁ……間違ってねぇよな。じゃあ、教官のミスか?」

「でも、教官がそんな大切なこと間違える?」

「それは、そうだけど……じゃあ、時間か?」

「それしか疑うところはないけど……13:30からで間違いないはず」

「じゃあなんなんだよ……!」

不安が徐々に苛立ちに変化し、蓄積しだす。しかし、どれだけ眺めてもメールの内容は変わることはないし、新たな連絡が入ることもない。そうこうしているうちにも時間はすぎてゆく。



結局ここから動くのも怖いので、しばらく待つことにした。綺麗な円形のテーブルの端と端に座ったのはいいが、しかし何もすることがなく暇なので、少し遊んでみる。

「……河原くん、報告はあるかね?」

「ははっ、遊んでんのか葛西?……いや、ないですよ。葛西大将?」

「うわっ、私が大将?夢のまた夢ね」

「いやいや、お前はいつか大将まで上り詰めるって。俺が保証してやる」

「河原の保証かぁ……頼りないかも」

「おい!」

「うそうそ。でも、それなら河原だって大将まで行くと思うよ。だって私たちはバディで相棒だもの」

「葛西……」

嬉しそうに口角を緩める河原の顔を見て、どうしても聞きたいことが出来てしまった。席を立って彼の横へと移動する。


「葛西?」

河原が、こちらへやってきた私の顔を見つめてくる。ぱちり、と視線が合った。いつ見ても澄んだ瞳をしている。

「ねぇ、河原。……私たちがバディでいられるのって、本当にあと1年半くらいなものだけど、でも、一生相棒でいてくれる?」

こんなしょうもないけど、楽しい思い出が増えれば増えるほど、不安だけが増してくる。―――私たちは、今のままではもういられないんだろうか、と。


だけど、河原は屈託のない笑顔で大きく頷いてくれる。

「当たり前だろ!ていうか、バディじゃないから相棒やめる、ってのもおかしな話だよな。偶然俺らはずっとバディで、初等部のころの仮初のバディまで葛西だったけど、でも、もしバディじゃなかったとしても俺は誰よりもお前を信用してるよ、葛西」

―――その言葉だけで、私はこれからも戦える。

「ありがとう、河原」

この誰もいない2人っきりの状況も、不安でなくなってしまうから不思議だ。


「むしろそれはこっちのセリフでさ……」

今度は河原が頭を照れくさそうに掻きながら話し出す。

「葛西こそ、相棒でいてくれる?俺に例えば恋人ができたとしても、結婚したとしても、その相手が誰であろうと……相棒でいてくれるか?」

「河原……」

私たちは似たもの同士。だからきっと、不安を感じるのも同時なのだ。


「当たり前。ていうか、結婚なんていきなり話が飛ぶね。そんな相手が?」

からかい半分に聞くと、河原はわかりやすく頬を染めて声をうわずらせた。

「な!違うって、その、もののたとえだって!」

「へぇ~?本当に?」

「本当だって!本当に!」

そういえばこんな会話をいつかしたような気がする。いつだったか記憶を手繰り寄せ、そして思い出した。―――そうだ、梅雨真っ只中のあの曇天の日、紗也に河原が告白したと告げてきたあの日だ。



あれ以来、河原と紗也が話をしているところは見ていない。私の見ていないところで話しているなら全然いいんだけど、そうでもなさそうだ。

あの時は本当に、河原と紗也の気持ちを確認せずに突っ走っていた自分が恥ずかしく、情けなかった。

だけど、2人は少しずつ前に向かっている。

今、河原もおそらく、あの日のことを思い出しているはずだ。だけど、彼の顔は真っ赤だけど、穏やかなものだった。


「……葛西さ、富井はどうか、っていったじゃん」

「え、……あぁ、うん」

そんなことを考えている最中に唐突に言われたその言葉。今度は私が声をうわずらせた。

「葛西、言ったよな。富井は俺のこと、中等部の頃から好きだったって」

「……うん」

「俺がその気持ちに気付いたのは、高等部に入ってからだった。しかも、実は井上と葛西が変なちょっかい入れてくるから、何でかと考えたから気付いたんだよな」

「そうだったんだ……」

それは申し訳ないことをしてしまった、と今更ながら思う。

でも、と河原は続けた。


「俺さ、多分今、富井のこと好きかもしれない」


―――その言葉を聞いた瞬間、私の、そして何より紗也の全てが報われた気がした。実践が終わったあとの清々しい風が心の中を駆け抜けていくような感覚だった。

「そっか……!」

「あぁ。でも、告白はしない。だってまだ、好きかもしれない、ってレベルだから。……ちゃんと、あいつの思いを全部受け止められるようになってから、告白する」

「河原……」

彼は言うまでもないがとても真面目なのだ。だから、すらすらとこんな言葉が出てくるのだろう。少し羨ましい。

だけどそれ以上に、今は涙が出そうなのだ。嬉しくて、でも相棒を取られたような気がして少しだけ寂しくて。


そしてそこで、河原が何で“結婚”というワードを出してきたのか、ということに気付いた。結婚は流石に突飛な話だけど、でももし恋人ができたとしたら、それと同じようなものだと思ったんだろう。あながち間違ってはない。―――だけど、大丈夫。私の答えは変わらない。


私たちはきっと恋人にはならないし、なれないだろう。そもそもお互いその気もない。

ただ、お互いがお互いに抱いているのは、それ以上の感情だ。愛とか憎しみとかそんなもの全部超越した、何よりも大切で信頼できる関係―――それが相棒というものだと思う。

いつか私に恋人ができたり、結婚したとしても、その人と河原は別。その人が河原の上に行くことはないし、逆に河原がその人の上に行くこともないだろう。だって、そもそもの基準が違うから。私たちは、きっとそういう関係だ。



「河原、強くなったね」

私がそう言うと、河原は頭を掻きむしって視線をそらした。これは、彼が本気で照れている時のくせだ。

それがおかしくて笑っていると、河原はムッとした表情を浮かべたけど、それすらもおかしくて仕方がない。

「なんだよ葛西!からかうなよ!」

「からかってない、からかってない!」


「何をからかったんだ、葛西?」


突然聞こえたその声の主は、入口に寄りかかって突っ立っていた。

「「教官……!」」

彼の姿を見てようやく、私たちは会議の場所がわからず困っていたのだということを思い出した。

「教官、会議の場所か時間間違ってませんか!?」

「あ?そんなわけねぇだろ」

河原の質問に教官は半分キレながらそう返した。しかし、私が見せたメールを見て徐々に顔をこわばらせる。

「あー……いや、わざとじゃないから、許せ」


「「教官~っ!!」」


私と河原の怒りのこもった声と、教官の乾いた笑い声が部屋に響いたのは、ほとんど同時だった。



「いや、悪い悪い。でも場所はあってるし、時間も遅くを教えたわけじゃねぇんだから、そんなに怒らなくても……」

「そんなの関係ないって教官!俺らめっちゃ不安だったんだけど!?」

「いや、だからな……」

「だからじゃないって、もう!」

先程から繰り広げられている河原と教官の言い合い。昔からよく見るけれど、教官が劣勢なのは初めて見たかもしれない。

河原は教官の言葉は聞こうとせず、食い気味に返す。教官もさすがに今回は非が自分にあると思っているのか、いつもの聞いてるだけで生きた心地のしない暴言は飛んでこない。


河原の怒りはまだ収まらないらしく、目尻を釣り上げて教官を鋭い目つきで見ている。睨んだら流石にやばい、ということをわきまえてギリギリの目つきにしているあたり、本当にちゃっかりしてる。

「だってさ、教官は―――」

河原がまだ続けようとした時だった。ドアの方からクスクスと小さな笑い声が聞こえたような気がして、振り返る。


「ちょ、河原、教官……あれ……!」

私の言葉で我に返った河原と、耳を塞いで目を瞑っていた教官が、私の指差す方を向いて、2人揃って赤面する。

「「うわ……っ!!」」


そこにいたのは―――

「おーい、三坂ー、もう教え子との喧嘩は済んだのかー?」

「負けてるじゃねぇか、三坂ー?本当に教官かー?」

「お前と息子の喧嘩に、娘ちゃん戸惑ってんぞー?」

「馬鹿、いっそ父親というよりおじいちゃんだろ、なぁ三坂?」

―――たくさんのスーツ姿の人、人、人。全員最高司令部の軍人だろう。みんな揃いも揃ってニヤニヤしながら私たちを見ていた。


これにはさすがの教官も敵わない。

面子をざっと見た限りじゃ、教官は一番年齢は若いだろう。年上の人たちにからかわれる教官は新鮮だ。

「すいません……!」

「ははっ、いいっていいって。それに、まだ亀山さんは来てねぇからな!」

「あの人は来るの遅いからなぁ」

「本当に、みっともないところを……!」

ひたすら頭を下げる教官を見て、河原と2人、口をあんぐり開けてしまった。


「すげぇ……」

「教官が人に謝ってる……」


もちろん教官にその言葉が聞こえなかったわけはないが、上司の手前、これ以上恥ずかしい思いはしたくないのだろう。肩を怒りと恥ずかしさで震わせているが、何も言ってこなかった。まあ、ここで調子に乗ればあとが怖いので、これ以上は何も言わないけど。



その後すぐにぞろぞろと部屋へと入ってきた最高司令部の面々は、教官の周りを取り囲んでさらにからかい出す。教官は珍しく顔を真っ赤にしている。

「もしかして、教官っていじられキャラなの……?」

「確かに……!可能性高いよな……!」

そういえば聖菜さんも、教官のことをとても可愛がっているようだったし。

私たちの前では怖い教官として頑張っていても、実際彼はたくさんの人に愛されているのだということを感じる光景だった。


「何をしている」


しかし、その声が聞こえた途端、彼らも教官も私たちも体をこわばらせた。―――間違いない、この声は亀山大将だ。

皆が一斉に入口の方を向き、敬礼する。私たちも一応敬礼しておく。

携帯端末のロック画面を盗み見ると、会議が本当に始まる予定の14時を表示していた。

彼らは大丈夫だろうか。怒られはしないだろうか。

私が心配してもどうにもならないが、ひやひやしながら彼らを見る。


一歩一歩、亀山大将が彼らに近づく。そして―――

「俺だけ仲間はずれか?いい度胸だな?」

突然亀山大将は、近くにいた男性と肩を組んだ。

「わははっ、大将も入れて欲しいならそう言ってくださいって!」

「勘違いしますよ!なぁ、三坂?」

「いや……三坂は許さん」

「大将~、いつの話してるんですか~?」

「そろそろ時効でしょう?三坂も珍しく緊張してますよ?」

「ちょ、珍しくってなんですか先輩……!?」



「「へ……?」」


―――今の状況をいまいち理解出来ていない私と河原の間抜けな声が、室内に虚しく響いて消えていった。

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