28 襲撃(ⅱ)
―――お前らに話したいことがある。
100階で待っている。すぐに来い。
教官からもらった簡潔なメール。
軍は今、とてつもなく忙しいはずなのに、その間を縫ってまで私たちに話したいことなんて、きっとよっぽどのことだろう。
富井と財前と別れ、河原と急いでエレベーターに飛び乗る。100階までの道のりが、いつもに増して長く感じる。
軽い音を立ててエレベーターの扉が開くのとほぼ同時に外に出る。
100階のカフェスペース。いつもはたくさんの軍人が和気あいあいとお喋りに花を咲かせている場所。しかし今日はしんと静まり返っていて、人はたった1人しかいない。その1人というのが教官だった。
「「教官ッ!」」
エレベーターが着き、私たちが来たことにも気付かず、タブレット端末に目を落として俯いたままの教官に声をかける。
「あぁ……悪い、急に呼び出して」
疲れの色が浮かんでいるその顔を見るのは久しぶりだ。そういえば夏休みも誕生日以来あっていなかった。
手早くタブレット端末を片付けると、教官は立ち上がった。
「……とりあえず、俺の部屋へ来い」
「それって120階の……」
「あぁ。そこが一番安全だ」
そう言ってエレベーターへと向かう教官の後をついていく。
しかし、引っかかる。“安全”とはどういうことだろう。私たちの予想があってるにしろないにしろ、本部内はどこでも安全なはずだ。ここのセキュリティは世界屈指なのだ。
そんな疑問を抱えながらも気付けば120階。中心にある最高司令部の様子は見えないが、外からでもその忙しさは伝わってきそうだった。
それはつまり、教官が今から私たちに話すことは、目の前の仕事よりもずっと重要だ、ということだろう。
久々に訪れる教官の部屋はスタイリッシュな雰囲気。いつ来ても変わらないその部屋に、少し安堵する。
ソファーに腰掛け、教官と向き合う。
「……お前らはどこまで予想している」
教官の口調はいつもに増して厳しい。
「どこまでって……この襲撃の犯人なら、なんとなくは」
「誰だ」
河原が、緊張した面持ちで告げる。
「政府、じゃないですか」
その言葉を聞いた教官は、ふぅと息を吐いて少し安心したように少し目を細めた。
「さすがだな。正解だ」
―――やっぱり。予想は合っていた。
教官は厳しい表情のまま続ける。
「……しかしこの襲撃は、政府だけのものじゃない」
「それは、実行犯は別にいる、ってことですか。例えば……自衛隊とか」
「実行犯は別にいる、か。……あぁ、そうだ。それも正しい」
教官のその言葉に今度はこちらが安堵し、河原と顔を見合わせる。しかし、教官は依然厳しい表情のままだ。
その表情から何も察せない私たちじゃない。
「……実行犯は自衛隊じゃないんですね」
教官は苦い顔で首を縦に振った。
「……あぁ、実行犯は自衛隊じゃない。俺達も最初はそう考えたが、自衛隊のトップに就任した大臣は、今回の襲撃には絡んでいないということが判明したからな」
「それじゃあ、実行犯は……」
「……もっと凶悪な、裏社会の人間だ」
私と河原が息を呑む音が静かな部屋に響いた。
裏社会―――社会から見捨てられた人間の行き着くところ。
あまり詳しいことは知らないが、世の中の犯罪者のほとんどはそこの人間だという話を聞いたことがある。
人生に絶望した彼らは、何をするにも躊躇がない。それがたとえ、人殺しだとしても。
そんな人たちが実行犯だとすると、相当危険なのではないか。体の芯がすっと冷たくなるのを感じた。
「……しかし、俺が言いたいのはそれだけじゃない」
遠のいていた意識が、教官の声で現実へ引き戻される。
「……この襲撃は、軍も一枚かんでいる」
「「え……」」
河原と私の声が重なった。
鈍く痛むよく回らない頭で必死に考える。―――つまり、軍の中に裏切り者がいるってこと……?
「……裏切り者がいる、ってことですか」
私が尋ねるよりも先に河原が震える声で尋ねると、教官は静かに頷いた。
なるほど、だからこの部屋が“安全”なのか。防音対策がしっかりされているこの個室なら、誰に聞かれることもない。
「……お前らを呼び出したのは、そいつを“始末”してほしいからだ」
唐突に告げられたその言葉。それを理解するのに、少し時間がかかった。一瞬、河原と顔を見合わせたまま、動けなくなってしまった。
やっと絞り出した声は、自分が思っている以上に頼りなかった。
「殺すんですか、私と河原が」
「……あぁ」
教官が低い声で答えた。
「……さっきまで、軍の会議があったのは、お前らも知っているだろう」
「はい、一応」
「だろうな。……実は、全体会議の他にも、最高司令部だけの会議もあってな、そこで裏切り者の存在が疑われた。……現段階ではあくまで容疑だが、残念ながら事実だと思う」
教官は淡々とした口調で続ける。
「始末……つまり暗殺には、スナイパーが一番向いている。だから最高司令部は腕利きのスナイパーを探した」
ようやく回り始めた頭は、教官の言葉をゆっくりと理解し始める。しかし、腑に落ちない。
「じゃあ、何で私と河原なんですか?腕利きのスナイパーなら、他にたくさんいるはずなのに……」
「自信がないのか」
俯いたままの私と河原に、教官が言った。
「それは……」
その言葉を聞いた瞬間、頬を誰かにつねられたような気がした。河原を伺い見ると、同じような顔をしている。
―――そうだ、私達は自分たちの腕に自信が無いのだ。だから、この話を聞いた時も真っ先に感じたのは“恐怖”だったのだ。
恐る恐る教官の顔を見る。口ごもるばかりで何も言うことはできなかったけど、顔だけは、目だけは見ないと、と思った。
しかし、そこにいたのは怖い顔をした教官ではなく、優しい顔をした教官だった。
「え……怒ってないの?」
ただただ驚いて、考えるよりも先に言葉が出た。教官はその大きな手のひらを、私と河原の頭に乗せた。瞬間、広がる安心感。
「……俺だって怖いさ、教え子を他の奴より早く戦場に出すのは。でも、俺はお前らなら出来ると思ってるから、最高司令部で葛西と河原を推薦した」
優しく頭を撫でながら教官は言った。その言葉は、今までもらったどの言葉よりも胸に響いた気がした。
教官は、私たちの力を信じてくれてるのだ。最高司令部で推薦までしてくれた。
―――私たち自身が、自分たちの力を信じれなくてどうする。
河原と今一度顔を見合わせる。
河原の瞳にも、おそらく私の瞳にも、もう“迷い”なんて浮かんでいない。
恐怖は消えない。だけど、逃げるわけにはいかないのだ。それに、私達は独りじゃない。
「葛西、やろう」
「えぇ。やるしかないわよね」
力強く頷きあって、まっすぐ教官を見据える。
「教官、その任務、俺と葛西でやらせてください」
「お願いします。必ず、成功させます」
私たちのことを信じてくれていたのだろう。
教官は私たちよりも安心したような、しかし少し不安げな笑みを浮かべていた。
「……あぁ、頼む。信じてるからな、葛西、河原」
きっと教官だって、私たちと同じくらい不安なのだ。ポーカーフェイスが上手い彼なのに、今は不安が滲み出ている。
だからこそ、私たちは教官のために、この大切な任務を遂行しなくてはならない。
私と河原の将来への第一歩は、こうして踏み出されたのだった。
「「ふぅ~……」」
教官の部屋からの帰りのエレベーターの中、河原と2人揃ってため息をつく。
今日はもう帰っていいと言われたが、明日には最高司令部との合同会議に出席することになった。我が国が誇る軍のトップと会うことが出来るのだ。誇らしいことだが、不安もある。
「……河原、本当にできるかな」
無意識のうちに漏らしてしまった不安に、河原の肩が一瞬強ばった。
「……わかんねぇよ」
河原はただそう答えた。顔はよく見えなかったけど、どんな顔をしているかは想像がつく。多分、私と一緒だ。
「……そうだね」
少しずつでも喋っていないと、気がどうにかなりそうだった。だけど、2人とも言葉が出ない。いつもはくだらないことばかり話しているくせに、こういう時はろくなことすら言えない。
不安はどうやっても消えない。だけど、もう後戻りはできない。教官のため、お互いのため、軍のため、自分のため。
失敗は許されない。だけど、やるしかないのだ。
理解していても、何度もそのことが頭をめぐる。
「あーもう!」
50階も近付いてきた頃、唐突に河原が大声をあげた。一瞬肩が震えた。
「な、何?」
「なぁ葛西、俺もうわかんねぇよ!できるかもわかんねぇ!でも、やるしかねぇ!なら、やろう!ていうか、もうやるしかねぇからさ!な!?」
ものすごい剣幕で私の方を掴んだ河原が、勢いに任せて言い放つ。
驚いた。だって、私も同じことを考えていたから。だけど、河原のその熱に気圧され、何故か笑えてくる。
「ふふっ……あははっ……!」
「な、何だよ!?」
「ううん、なんでもないの。でも、河原があまりに必死だから、つい……!」
「酷い!俺今すっごく不安だらけで死にそうなんだけど!?」
「そんなの私もだよ。でも、そうだね。……不安なのも自分だけじゃないし、独りぼっちじゃないしね。なんとかなるよ」
実践のときと同じように手を重ねる。
「大丈夫。だって私たちトップだよ?」
トップなんて胸を張って言える立場じゃない、って思ったけど、でも大丈夫。
今は何故かそう思えた。
「……そうだな。トップバディだもんな。なんとかなるよな……!」
河原は私の手を握り返し、笑顔を浮かべた。
―――そうだ、大丈夫。私たちはバディだ。これは第一歩だ。
そう言い聞かせながら、お互いの手を強く、強く握りしめた。




