27 襲撃(ⅰ)
そして翌日。
昨日までとは決別し、今までよりもずっと激しく、過酷な実践が始まる。
「うへー、また銃声」
「バンバン撃つわね……」
今までは上位者同士の争いがなかったからか、撃ち合いの銃撃戦なんてほとんどなくて、強いて言うなら学年末にすこしあったくらい。
しかし今日はどうだ。乱発しているわけではなさそうだが、何発も何発も銃声が聞こえてくる。
ちなみに今日の私と河原は様子見。この様子だと富井と財前もだろう。
やがて嵐のような銃声は止んだ。
「ふぅ……息が詰まるぜ」
「本当にね」
どちらかが逃げたのだろう。河原と2人安堵する。
―――しかし、何かがおかしい。
さっきまでと状況が変わりすぎている。それも突然に。
銃声は1つも聞こえなくなった。人の気配すら消えた。いや、むしろこれは消したと言うべきか……?
何も聞こえない。強い風の音だけが嫌に耳に残る。一体何があったのだろう。
私たち、もしくは富井たちをおびき寄せるためだとしたら、隠しきれていない人の気配を感じるはずだ。人の気配を察することは得意だと自負している。
それに、そうじゃないと私の勘が告げている。そして、それはどうやら河原も同じらしい。
「……なぁ、なんかおかしくないか?」
「……えぇ。人の気配が一斉に消えすぎ。でもそれは、私たちをおびき寄せるためではなさそうよね……」
改めてこの状況を考え直そうとした時、携帯端末のロックを解除した河原が、小さく声を上げた。
「どうしたの?」
「いや、電源切ってたから気づかなかったけど、連絡入ってる。教官かな?」
軽い気持ちで開いたその連絡の内容を見た私たちは、言葉を失うことになる。
「な……!」
「本当かよ、これ!?」
急いで自分の端末の電源も入れて、連絡を確認する。そこにはやはり、河原と同じ連絡が入っていた。
―――島内に侵入者あり。シェルター外にいる高等部2年生は、とりあえず気配を消してその場に隠れるように。詳細は追って連絡する。
頭が真っ白になった。―――侵入者がこの島に……!?
かつてないこの状況に、手足が震え出す。
メールが届いた時間は10分前。銃声が止み、人の気配が消えた頃だ。一致する。
「とりあえず……指示に従おう」
「うん……わかってる」
横目で見れば、河原も震えているようだった。
―――怖い。普段命を狙われているときよりも、ずっと怖い。身体が震えて止まらない。
普段と違うことが、得体の知れない人物がこの島にいることがこんなに恐ろしいなんて、思いもしなかった。
詰まった息を吐き、目を閉じた時、右手に震える温もりを感じた。ゆっくり隣を見ると、河原も目を閉じて震えていた。
「……怖いね」
「……あぁ。怖いよ」
軍に入ればこんな状況なんてザラにあるんだろうけど、慣れてない私達はただ震えることしか出来ない。それならせめて、軍の邪魔にならないよう指示に従うことだけはしないと。
息を潜め、その場にしゃがみこむ。
重なった手は依然震えている。だけど、1人じゃないことがこんなにも心強い。
やがて、遠くに人の気配を感じた。遠くに聞こえる足音は、すべて綺麗に揃っている。
「……軍か」
「えぇ……多分。といっても、きっと下級軍人だろうけど」
下級軍人―――つまり若い軍人、たとえば私たちの担任の教官のように“日本軍指導科”という機関に所属している人たちのことだ。
下級といっても、この実践をくぐり抜けて来たわけだから、私たちよりもずっと強い。
それに彼らは、徴兵された一般人と共に援軍にも行く。こういう状況には、私たちよりは慣れているはずだ。
彼らが近づくにつれて大きくなる揃った足音。建物の入口から僅かに見える、一矢乱れぬその隊列に思わず見惚れる。
「俺、とりあえずあそこに行くんだよな……」
隣で河原が呟いた。
「最高司令部に行こうと思ったら、とりあえず指導科だよな……。教官もそうだったし」
「まぁ、そうだね」
「……俺、今こんな役立たずなのに、数年後あそこにいられるのかなぁ」
河原は期待と不安の混じった眼差しを軍の隊列に向けている。
「……大丈夫よ」
空いている左手で、私の右手の上に乗っている河原の左手を握る。
「私だって情報科のことほとんど何も知らないし、不安だらけだから。お互い様だって。2人で頑張れば怖くないよ、きっと」
「葛西……そうだな、ありがとう」
そう言った河原の顔を見て、少し驚いた。
―――彼が泣きそうな顔をしたところなんて、一体いつぶりに見ただろう。それほどまでに、彼の中で今の状況は恐怖なのだろう。
私たちが隠れていた場所は、どうやら襲撃のあった場所からは離れているらしい。
足音が聞こえなくなった後は、何も聞こえなかった。銃声はしないから、話し合いでもしているのかもしれない。
私たちは、依然その場でじっと息を潜めることしかできない。
ずいぶん長くそうしてたような気がする。
俯いて黙っていた私たちが揃って顔を上げたのは、再び足音が聞こえてきたときだった。
「どうなったんだろう……」
気になるが、ここで軍に声をかけることはできない。静かにその隊列を見送る。
その数分後にはいつものブザー音。
普段なら、音が聞こえると、隠れていた人も戦っていた人も全員動きを止めて、やがてさっきまでの撃ち合いはなかったかのようにだらだらと談笑しながらシェルターの中へと戻っていく。
しかし今日は違う。誰も出てこないし、囁き声ですら聞こえない。
いつまでこうしておけばいいのだろう、と思い始めたその時、携帯端末がブーブーと震えだした。河原と2人、急いで自分の端末で連絡されたことを確認する。
「とりあえず今は安全だから戻れ、ってどういうことだよ……」
「今は、っていうワードが引っかかるわね……」
モヤモヤした気持ちは晴れず、むしろ不安を大きくしたような気すらするが、シェルターの中へ戻ってもいいという連絡はありがたかった。
結局その日のその後の授業は中止。
担任の教官たち―――つまり下級軍人―――も含め、軍全体での会議が持たれているらしい。私たち生徒は何一つ知らされることなく、全員寮の自室へと返された。
でも、黙ってそれを受け入れることは私にはできない。疑問点が多すぎる。
そもそもこの島が“楽園”と呼ばれている所以は、有りもしないパレードなどのうわさ。しかしその信ぴょう性を高めているのは、この島の見た目だ。
この島は高度なホログラム技術のおかげで、外からだとステンドグラスに囲まれているようにしか見えない。それは、ホログラムで囲まれていない島の船着き場でも同じように見えるほどで、外からでは絶対に実践の様子は見えないのだ。
さらにそのホログラムも、どこからでも入れるわけではなく、決まったポイントがあり、そこからしか入れない。しかもそのポイントは、軍人しか知らない。私たちですら知らないのだ。
その2つをかいくぐることはとても難しいし、楽園の外の海にも何かしらの仕掛けがしてあるらしく、普通の船ではここにやってくることはできない。教官たちが使うクルーザーは、その仕掛けが作動しないようにされているらしい。
つまり、ここにこれる人なんて一般人ではいないのだ。ならば、軍の関係者を疑うべきなのかもしれないが、関係者ならあんな連絡は来ない。―――そうすると、答えはおのずと絞られる。
ベッドの上で仰向けになりそんなことを考えていると、突然誰かがドアをノックした。
起き上がってドアを開けると、そこには案の定富井がいた。富井だけじゃない、河原と財前もだ。
「藍、今大丈夫?」
「もちろん。あがって」
他の人たちは静かに自室で待機しているようなので、バレないように素早く3人を部屋に入れる。
お茶を出そうと冷蔵庫を開けようとした私に河原が言った。
「俺はこの襲撃、政府の仕業だと思ってる」
―――やっぱり、私達はバディなのね。
こんな状況なのに、思わず笑みが漏れる。そんな私を見て、河原もにやりと笑った。
「……意見は、一致してるみたいだな」
「えぇ。私も今そう思ってたところ」
しっかり見えた河原の顔は、実践の時とは違って頼もしく見えた。
実は実践のときの河原も新鮮で、可愛くて面白かったということは、私の心の中だけに秘めておいてあげよう。
私と河原の意見はこうだ。
この島の本当の姿は一般人は絶対に知らない。知っているとすれば、軍に配偶者がいる人くらいだろう。
この場合の一般人とは、もちろんテレビなどで活躍する芸能人も含む。彼らもまた一般人だ。
では、この場合の一般人じゃない人とは誰なのか。―――それが、政府の人間だ。
政府のトップ、つまり内閣の大臣だけはこの島の本当の姿を知っている。なぜなら、表向きは軍と政府は共闘関係にあるからだ。
しかしそれはあくまで表向き。実際は犬猿の仲なんて言葉じゃ言い表せないほど仲が悪い。お互いがお互いを目の敵にして憎みあっている。
その理由は詳しくは知らないが、戦後のどこかでその確執の原因があったらしい。
もし今回の襲撃が、政府の仕業だったとしたら、全て辻褄が合う。
政府内には、緊急時の時のために全てを知っている人が数名だけいるという話を聞いたことがある。しかし彼らはシェルターの中には入れない。
もし彼らが首謀者なら、今回の襲撃は屁でもないし、シェルターの中に入ってこないのも頷ける。入ってこないのではなく、入れないのだと。
そして今回の襲撃で、今まで緊張状態だった政府と軍の関係はさらに悪化した。
今まではお互い干渉しないと決めていたはずだ。確執の原因は教えてくれないくせに、政府とは関わるな、ということは毎年毎年何度も言ってくる。
それだけお互いにとって、緊張状態であるという事実が大切なことなんだろう。
しかしその均衡は崩れた。
武力行使になると、政府は絶対軍には勝てないだろう。こっちは幼い頃からずっと戦ってきたのだ。若く力もある下級軍人で事足るだろう。
しかし、政府も黙ってはいない。
そこで私はふと思い出す。そういえば、自衛隊のトップに内閣の大臣が就任した、というニュースを三坂教官から聞いたような気がする。つまり、もしかすると自衛隊は既に政府の手の中なのかもしれない。
軍は絶対に戦力を見せたりしないから、向こうがこちらの力を知ることはないだろうが、対抗するために自衛隊に選抜部隊を作ることはできる。
つまり、今回の襲撃は、私たちが考えている何倍も危険だということだ。
そしてこの襲撃に対抗するべく、私達も駆り出されるだろう。軍は今、若くて強い戦力を欲しているだろうから。
「……まりんたち、どうなっちゃうのかな」
一通り話し合った後、富井がぽつりと呟いた。
「まりんたち、戦うのかな。もし、藍と一也が言ってることが正しいとしたら、自衛隊か何かの強い人たちと戦う、ってことでしょ。……出来るのかな」
「まりん……」
財前と富井が不安げな顔をする。
「……私たちが言ったのは、あくまで“可能性”の話だから」
「……そうだよ、だから大丈夫」
富井を不安にさせないためにそう言ったが、私と河原の中には確信があった。
おそらく、私たちの予想は当たっている。
でも、万が一がある。だから、富井と財前にはそう言う方がいい。
あまり長居はしない方がいいだろう、という河原の言葉で3人が私の部屋を去ろうとしたその時、私と河原の携帯端末が鳴った。
富井と財前も慌てて携帯端末を取り出したが、何も連絡はない。つまりこれは……。
メールの差出人を見て、予想はついていたけれど、河原と2人、息を呑む。
「やっぱり……」
メールは、三坂教官からだった。




