26 和解
「島田くん」
彼の名前を呼んだ自分の声は、心なしか震えていた。
島田くんは名前を呼ばれると、弾かれたように勢いよく私の方を振り返った。彼のバディの子は、硬直したように微動だにしない。殺されると思っているのだろうか。
無意味に人を殺すことなんてしないのに、と言いかけて、しかし私たちがいつもしているのはそれに近いと気付いて、結局何も言えなかった。
昨日も話しているからか、島田くんは彼のバディよりはずっと冷静らしかった。私のことを睨みつけながら、きつい口調で言った。
「……殺しに来たのか」
「まさか。それならとっくに殺してる」
私がそう返すと、彼は立ち上がって声を荒らげた。
「じゃあ、なんなんだよ!さっさと俺たちをころしてくれよ……!」
―――殺してくれ、か。その言葉を聞いた時、キュッと胸が締め付けられたような気がした。
彼をスコープの中に見つけた時から、少し違和感を感じていた。実際、5年間実践をやっていて一度も見たことがないほど隠れるのが上手な島田くんが、やけに目立つ場所にいるな……と。
しかしそれはわざとだったのだ。彼らは、誰かに殺してもらうためにこんなわかりやすいところにいたのだ。
私たちのこんな日々の中では、何が正解かなんてわからない。でも、間違いなく言えるのは、今の島田くんは正しくない。
その全てを諦めたような態度が許せなくて、今度は私が彼の頬を叩いた。パチンと乾いた音が響く。
島田くんは一瞬目を見開き、そして昨日と同じようにその瞳から大粒の涙を流した。
「……本当に、殺してくれよ……!」
島田くんの気持ちも、分からなくはないつもりだ。でももし河原が、財前が、富井が、紗也が……大切な友人が死んだとしても、私は河原の後を追っかけるなんてことはしない。血迷いはしても、絶対に死にはしない。
「なんでそんなことばっかりいうの……?なら、生きなさいよ、死んでしまった友人の分も。彼の分も生きて、出世して、敵取ってやるくらいの気持ちを持ちなさいよね……!」
「そんなこと思えるわけねぇだろ!お前らみたいなサイコパスじゃねぇんだよ、こっちは!人殺しを楽しめるわけねぇだろ!この5年間、ひたすら辛いばかりだよ……!」
悲痛な叫びをあげる島田くん。気持ちがわからないわけではなくても、私だって人間で、まだ未熟な学生なのだ。
「ねぇ……私達がいつ、人を殺すのが楽しいって言ったの?いつ、辛くないって言ったの……?」
そう言った自分の声は、恐ろしいほど冷たかった。彼と、黙って立ち尽くしていた彼のバディの肩が、ビクリと震える。
「そ、それは……」
口ごもる島田くん。さっきまでの威勢はどこへやら、完全に萎縮しきってしまっている。
彼のバディなんて、目に涙を貯めてその場から微動だにしないし、身動きすら取らない。完全に硬直してしまっている。
ここで畳みかければ、きっと彼のメンタルはすぐにやられる。実際彼らは馴れ合い組なわけだから敵ではあるんだけど、でもここでそんな卑劣な手を使う気にはなれなかった。
「……結局、どうするのよ。貴方は私が殺した彼の分も生きるの?それとも、彼のあとを追って死ぬの?」
「そりゃ、死にてぇよ。でも……でも、それじゃダメだっつったのはお前だろ……!?だったら闘ってやるよ!あいつの分も!」
そう言い切った島田君の顔は、同じように瞳に大粒の涙を貯めていたけれど、昨日初めて話した時よりもずっと凛々しく感じた。
結局島田くんのバディも彼の意見に合意して、彼らは馴れ合い組から脱した。
しかし本当の驚きはその後だ。
私たちのやり取りをどこかで見ていたらしい他の4組のバディが私たちのところへやってきた。
最初は敵襲かと身構えたが、彼らは私たちの前に立つと、武器を手放した。イマイチ状況が理解できずにいると、その中の1人が出てきた。ショートボブにする以前の紗也に似た雰囲気の子だった。
「施川奈歩っていいます。その、よろしく」
「あ、うん、よろしく……」
突然挨拶までされたけど、全く状況が飲み込めない私。そんな私に、彼女は途切れ途切れになりながら言った。
「あの……やり取り、見てた。それで、私たち思ったの。……葛西さんの言う通りかもしれないって」
「え……」
それは、つまり……。
「……私達も、本気組に入る」
その言葉を聞いた途端、私の涙腺は決壊したらしい。滝のような涙を流す私に、島田くんも施川さんも他の8人も同様している。
「ごめんなさい、その……嬉しくて」
自分で言ってから気付く。
―――そっか。私、嬉しいんだ。
「嬉しい、のか……?」
島田くんがきょとんとした顔で尋ねる。
「……うん。なんでかなんてわからないけどね」
「……そっか。受け入れてくれるんだな」
「そりゃ、仲間になるんだったらね。当然よ」
「……ありがとう、葛西さん」
お礼を言われるようなことはしてない。むしろ、私は謝らなくてはいけない。
だけど、今だけは。
「ううん。これから、よろしくね」
下に降りて、待ってもらっていた河原の顔を見た瞬間、再び涙が溢れそうになるのをぐっと堪える。
「葛西、大丈夫だった?」
「……えぇ、もちろん」
「……泣いてる?」
「そんなわけないでしょ!」
私はどうやら河原の顔を見ると安心してしまうらしい。まぁ、今に始まったことじゃない。恥ずかしいから絶対言わないけど。
それからしばらく歩いていると、いつものブザー音。ほっと心をなでおろし、さっき起こったことを話す。
河原も当然驚いていたけれど、しばらくすると笑みをこぼした。
「そっか。よかったな」
「まぁ、驚いたけどね」
「ははっ、そりゃそうだよなぁ」
そのまま歩いて、シェルターの中に入ったその瞬間、私は思い出す。
「あっ、もしかして!」
「ん?どうした?」
隣を歩く河原が首を傾げる。
「もしかして、馴れ合い組殲滅完了?」
「あ……確かに!」
急いで教室へ戻り、クラスメイト全員で誰かが作成したリストと照合して、それは確信に変わる。
「やっぱりね!」
「はーっ、長かったなぁ!5年だぜ5年!」
「よくやったよね、本当に」
中等部入学時点で200人中140人もいた馴れ合い組。高等部入学時点ですら45人中27人もいた。
―――現在の生き残りは、馴れ合い組0人、本気組20人。
その事実は瞬く間に学年全体に伝わった。
一応今日まで共闘してきた仲間だ。明日からは敵になるとしても、5年間の絆くらいはあるらしい。
私も富井と財前と初等部入学組の一部以外とは協力しない、というスタンスを貫いてきたけれど、仲間意識は無意識にでも芽生えていたらしい。
ということで、明日からのことはとりあえず忘れて、本日は無礼講、同級生しかいないけどとにかく無礼講のパーティーが催されることになった。
富井があっという間に会場を抑え、人はあっという間に集まり、気付けば学年全員が集結していた。何故か数人、先輩たちもいたけれど。
周りを見渡すと、人が沢山いるところがある。おそらくそこに食べ物があるんだろう。
あまり行く気にはならないが、お腹は空いてるのでとりあえず行こうとそちらの方向に歩みを進めた時、後ろから声をかけられた。
「あ、葛西。珍しいな、こういうとこに来るの」
「そうですけど……それよりもなんで先輩がいるんですか?」
「いや、なんとなく?」
目の前でもぐもぐとシューマイを頬張る彼は、1つ上の先輩である北長瀬智宏先輩。表情に乏しいのが玉に瑕だが、能力の高い人で、1つ上の学年2位。
ちなみにトップはやはり桜庭先輩だ。
先輩は皿の上に乗るシューマイを食べ続けながら、私の顔をじーっと見つめる。
「な、何ですか?」
「いや……葛西、無理してないか?」
「え……」
無理だなんて、そんなこと……。
しかし、何も思い当たらないわけじゃない。
細々したこともあったけど、島田くんとの一件は確かにきつかった。
これ以上河原には迷惑をかけたくなかったし、財前にも迷惑はかけたくなかったから、泣きたいのはずっと我慢してたし。
もしかして先輩は、それを見抜いたのか。
一度逸らした視線を、再び先輩に向ける。彼は再び美味しそうにシューマイを食べていた。幸せそうなその笑顔に、思わず笑いが漏れる。
「ふふっ、先輩やっぱりすごいですね」
「え、何が?それよりこのシューマイめっちゃくそ美味しいんだって。ほら」
箸に突き刺されたシューマイ。確かに肉汁がじゅわじゅわ出ていて美味しそうだ。
この先輩は、こっちがドキドキするようなことを普通に言うくせに、自分ではなんとも思ってなかったりする。きっと今回だってそうなんだろう。
「ほら、食べろって」
「じゃあ、遠慮なく……」
少し大きめだったが、シューマイを一口で食べる。途端に広がるなんとも言えない絶妙な美味しさ。
「ん!美味しい!」
「だろ!?あー、うまいうまい!」
そんな風にご満悦な先輩を見ていると、こっちまで幸せになるから不思議だ。
その後先輩とは少し言葉を交わして別れ、まだ引かない人の群れを確認する。……しょうがない、少し外に出よう。
外に出ると、少し涼しくなった心地よい風が吹いていた。瞳を閉じて風に当たっていると、聞き覚えのある声が聞こえた。
「あっ、藍いた!どこいたの?」
「ごめんごめん。ちょっと風に当たりに」
「それはお酒を飲む人がいうセリフだよ!」
両手に山盛りのスイーツが乗った皿を持った富井が、器用にバランスを取りながら走ってくる。
「それ、1つ貰っていい?」
「うんいいよ!てか座ろーよ。まりん疲れた」
「ずいぶんはしゃいでたもんね」
はしゃいだと思えばため息をつく忙しい子だ。まあ、今に始まったことじゃないけど。
とりあえず中に入り、近くにあったソファーに腰を下ろして会場全体を見渡す。
「……まりんさ、本当に本当に怖かったんだよね」
懐かしむような口調で富井が静かに言った。
「楽園って呼ばれてるじゃん、この学校。だからさ、すっごく楽しみにしてきたのに……入ったら殺し合いだよ?昨日まで一般人だったはずのまりんたちが、そんなことできるはずないじゃん。でも、殺さなきゃ殺されるって言われて、本当に本当に怖かった」
「富井……」
「……今だからいうけど、まりん、大空に紹介された時、一也に一目惚れしたんだよね。あと、藍にも。もちろん意味はlikeとloveで違うけど……だから仲良くなりたかった。でも2人は強くて、まりんなんて足元にも及ばないんだなぁって悲しくなって。でも、そしたらね、まりんの中の何かが目覚めたの。2人と仲良くなりたかったら、強くなればいいんだ!って。そしたら死なないし、一石二鳥じゃん?ってね。だから怖いのだって我慢したし、勉強は元々できたけどさらに頑張ったし、練習だって人の何倍もしたつもりなんだ」
そう言う富井の顔は笑っていたけれど、その笑顔の奥に一体どれだけの不安を抱えていたのだろう。そんなに昔の事じゃないのに、彼女は短期間でこんなにも強くなったのか、としみじみ感じた。
差別なんてつもりはないけど、富井は外部生だ。本当に一般人だったのだ。
だから、きっと私たちよりも何倍も馴れ合い組の気持ちがわかっただろうし、自分が強くなればなるほど本気組の気持ちもわかってしまったのだろう。
一体それが、どれだけ辛かったことか。
こんなこと言いたくないし、認めたくもないけど、でも今、この瞬間だけは認めよう。
―――この学年のトップは、間違いなく富井まりんだ。
言いたいことを言ってすっきりしたのだろう。富井はまた美味しそうにスイーツを頬張り始めた。
「富井、ありがとう。私たちと仲良くなりたいって思ってくれて。仲良くなってくれて」
その笑顔を守りたい、なんて思わない。だって彼女はもう、自分自身で自分を守れるから。そう信用しているから。
「えっと……藍にそう言われると、なんか、その、照れるね!えへへ、でもありがとう!」
富井はそう言いながら、頬を染めた。
本気組の連携は終わっても、私たちと富井たちの間の提携はまだ続く。だけど、でもとりあえず今日は最後の日。しんみりする日があってもいいだろう。




