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25 責任

そんなこんなで楽しい夏休みも終わり、私たちはまた現実に引き戻される。

―――2041年、秋。9月上旬。絶好の実践日和だ。



「河原、下!」

「オッケー、任せろ」

いつもの定位置で敵を狙う私たち。

夏休みが明けてから、どうやらみんなの意識が変わったらしい。馴れ合い組の殲滅も佳境で、両手の指で数えられるほどまでに人数が減った。

中等部入学時の約10分の1、24人まで人数が減った2年進級時。そこからはあまり人数は減っていない。確か2人だけしか死んでいないはずだ。


故に、学年順位もバディ順位も上がりにくくなっている。

バディ順位トップの私たちからすれば、バディ順位が上がりにくいのはありがたい。しかし、学年順位が上がりにくいのは少々辛い。

情報科へ行くのに必要なのは学年5位以上。それは満たしていても、やはり条件はいいほうがいい。それは最高司令部を目指す河原も同じだろう。



真下にいたバディを殺り損ね、少し機嫌の悪い河原。

「あれは絶対殺ったと思ったんだけどなー」

「まあ、向こうも強くなってきてるみたいだし、しょうがないんじゃない?」

「そりゃそうだけど、でもさー……やっぱ、キメるところはキメてぇよなぁ、と思って」

「まあ、それはたしかに」

順位が上がりにくくなってるとはいえ、うかうかしてると簡単に抜かれてしまうかもしれないし。


しかし、敵はすぐに見つかる。ありがたいことに、失敗はすぐに取り返せる。

「あ、河原、いた」

「え、どこ」

「ほら、あのビルの上。あの人達は馴れ合いでしょ?」

「あー……うん、本当だ。よっしゃ、汚名返上してやるか!」

「了解よ!」

確かにうまく隠れているけど、でもバレバレ。


「せっかくの訓練着なのに、上手く利用しないと逆にバレバレなのよね」

―――2学期から全員に新調された訓練着。カーキとベージュの生地の半袖のジャージ。下は各々自由で、私はカーキ色のショートパンツに黒のレギンス。ちなみに河原は同じ色のふくらはぎまでの長さのズボンだ。

どちらも迷彩色だから、うまく利用すれば効果がある。しかし、利用できなければむしろ目立つ。

だってここは森の中ではない。どこにいてもカモフラージュされる訳では無いのだ。


河原が隣で嬉しそうな声を上げる。

「よっしゃ、狙い完璧」

「久々ね、この感覚」

「あぁ。最近は気持ちよく狙わせてくれなかったしな!」

河原の興奮した声。まあ、気持ちが高ぶってるのは私も一緒か。

「葛西、オーケー?」

「もちろん」

「じゃ、せーのっ」

同時にトリガーを引く。まっすぐ伸びる銃弾を久々に見る。こんなにもまっすぐ伸びる銃弾は美しかったっけ。そんなことを考えているうちに、狙われていたバディの脳天に銃弾は貫通。2人が絶命したのが見えた。



全体的に見ても、今日は久々の犠牲者だったらしい。

教室へ帰ってきた時のA組の雰囲気はいつも通りだったが、噂に聞くとB組はお通夜状態だったらしい。そうしてしまった本人が言うのもおかしな話だが、同情する。

高等部の教室は全学年同じフロアにある。しかしフロアの真ん中には理科室や家庭科室などの多目的教室があり、A組とB組は逆側に位置している。故に互いの状況を判断するにはそっち側に行くしかないのだ。


4時間目の授業が終わると、最近は恒例になっている紗也と富井との昼ごはん。

河原や財前と食べに行くこともよくあるが、2人にもちゃんと友達はいるので、特に約束なんかをしていなかったら、最近は一緒に食べるわけでもない。


「藍ー、行こう」

「今日は和食?洋食?どっちにする?」

「うーん、私は和食かな」

「えー、まりん洋食がいいなぁ」

「じゃ、どっちも食べられるところに行こう!」

「ちなみに紗也は?」

「え、中華」

「「まさかの!!」」

たわいのない会話をしながら下の階へ降りようとした時、突然腕を強く掴まれた。


ハッとして振り返ると、そこには怖い顔をした少年がいた。少年といっても、おそらく同い年くらい。幼く見えたのは、彼が瞳に大粒の涙を貯めていたから。

―――こういうことはよくある。


「ん?どしたの、藍?」

紗也が怪訝そうにそう言いながら振り返ったが、状況を見て察したらしい。

「あー……先、行ってるね」

「うん、お願い」

「はーい」

富井もこういうことは流石に察するらしく、何も言わずにエレベーターに乗り込んだ。きっと自分も何度も体験しているんだろう。



エレベーターのドアが締まってから、彼の手を振りほどく。

「ッ!!」

「あ、ごめんなさい。痛かった?」

「……ッ」

「喋ってくれないと、どうしようもないのだけど……まあ、とりあえずそこのソファにでも座りましょう」

ただ無言で私のことを睨みつける彼。名前も知らないけれど、きっとB組の子だ。


とりあえずソファに腰掛ようとしたその時、突然彼の手が私の目の前に伸びてきた。そして気付いた時にはパチン、という乾いた残響と、ひりひりする頬の感覚だけが残っていた。

「なんでだよ……」

彼がやっと、ポツリと呟いた。


―――なんでだよ、か。

「なんでだよ、って?」

理由なんてわかっているけど、でも聞くしかない。今私が何か言っても、きっと彼は聞く耳を持ってくれないだろう。

「なんで、お前らは、人殺しを普通に、できるんだよ……!お前らが残忍なせいで、あいつは……ここまで生き残ったのに……死んだんだ……!」

彼の号哭を、私はただ聞くことしか出来ない。



―――いつから人を殺すことに抵抗を感じなくなったんだろうか。

今だって完全にないわけじゃない。でも、私はきっと昔よりもずっと残酷になったんだろう。

中等部入学時は、初等部で抵抗をなくされていたとはいえ、そりゃ人の命を奪うのだ。抵抗はあった。中等部の教官たちは、中入生を“駒”と言いきった。その言葉に必死にしがみついて中等部を過ごした。


慣れというのは本当に恐ろしい。

最初は実践の度に泣きわめいていた富井が、今では学年トップ。抵抗があった私ですら3位だ。

人の命を奪いたくないけど上には行きたい。そんな綺麗事が通用する世界ではないと、中等部で痛いほど学んだ。

私はその上で、自分の利益をとったのだ。


人を殺すことに激しい抵抗はない。かと言って快感があるわけもないけれど。

しかし、銃弾が標的に向かってまっすぐ伸びるのは、気持ちいいと思うようになった。

―――彼の言う通りだ。私たちは残忍で残酷だ。きっと人として馴れ合い組は正しい。


でも、ここは、それが通用する世界ではないのだ。

生きるか死ぬかを自ら選択するしかない、楽園という名の地獄なのだ。


だから私は、学年上位者として、この世界のことを彼に教えなくてはならない。

何が正しいのかなんてわからない。普通を装っても、私たちの手は血にまみれてる。

それでも、私たちは生きるための術を教えなくてはならないのだ。それが私たち上位者のさだめだ。


―――それがたとえ、自分の心の奥深くに眠る本心から目を背けることになっているとしても。



少し乱れた心を落ち着かせるため、小さく息を吸う。そして、彼の瞳を見据える。

「……君は、私に何を言ってほしいの?謝罪?それをして、君の大切な人は還ってくるの?」

「それは……ッでも!」

「でもじゃないよ。私は利益第一主義だから、私にも君にも利益のないことはしないわよ」

冷たい人間だと思われたって構わない。

きっと目の前の彼が求めている私は、そういう人間だ。


案の定彼はまた涙を浮かべ、私のことを強く睨みつけた。

「お前らなんか、さっさと死んじまえばいいのに……!」

彼の言葉一つ一つが、まるで鋭利なナイフのように心を突き刺す。でも、それは悟られてはいけない。

私に出来ることは、彼の望む私を演じること。罪の意識なんて持たないようにしてるけど、せめてもの罪滅ぼしだ。


「……そうね。死んでしまえれば、どれだけ楽かしらね。でも、私は強くなりたい。だから生きるわ」

また彼が手を上げた。ああ、殴れる。でもしょうがないか。

そう思って瞳を閉じた。



―――しかし、痛みはいつまでたってもやってこない。

おそるおそる目を開けると、そこには腕を掴まれて萎縮しきった彼がいた。彼の手を握っていたのは……

「財前……」

「藍、大丈夫?」

「大丈夫だけど、どうしてここに?河原と一緒に行ったんじゃ……」

「あーうん、そうなんだけどね。一也とエレベーターに乗る前に、藍と島田が見えたから気になって。あ、島田ってこの人の名前ね」


財前はにこやかな表情だったが、その目は笑っていない。彼―――島田君の腕を握る手も、力がこもりすぎて血管が浮き出てしまっている。

「ねぇ、島田。藍と何話してたの?」

「……別に」

「別にって何?気になるんだけど?」

誰が見てもわかる。財前は、とても静かに怒りに震えている。


もちろん、それを察せない彼じゃない。

彼は半ば強引に財前の手を振り払い、そして背を向けて即座に逃げた。

「あ、まだ話したいことあったのに……」

「え、藍もしかしてあんなのがタイプ?」

「なんでそうなるの。そうじゃなくて、その……自分がやってることが、世間では大間違いでも、ここでは正解だってのは知ってるから……だから、そのことをちゃんと伝えたかったんだけど」

「……そっか。藍はやっぱり優しいね」

財前は優しく微笑む。私はそんなに優しい人間ではないけれど。



気付けば昼休みは終わっていた。

紗也と富井は帰ってきても何も聞かなかった。一方の財前は、河原に質問攻めにされていたけど。

でも、今回は正直助かった。

彼―――島田くんは、おそらく私たちが彼の友人を撃ち抜くシーンを見たのだ。だから、理性的な判断なんてできるはずがない。話も聞いてもらえるはずもなかっただろう。

それなら今回は見送るべきだったと思った。


「はい、葛西」

「え、どうしたの、これ」

突然机にやってきた河原は、私の目の前に袋に入った美味しそうな5個入りのミニクロワッサンを差し出した。

「財前から、お前も何も食べてないって聞いたから」

「そういう財前は?」

「あいつも食べてるよ。ほら」

指さす先には、幸せそうにパンを頬張る財前。

お腹がすいていただろうに、昼休みを潰してしまって申し訳ない。


「なぁ、葛西。……ごめんな」

財前をぼーっと眺めていると、唐突に河原がそんなことを言った。

そこで何で、なんて聞くほど察しは悪くない。河原だって他人事じゃないし。

でもだからって、その場にいなかった河原を責めるなんてことはしない。別にその事を恨んだりなんてしてないし、私の知らないところできっと彼も言われているだろうから。

「ううん、全然。それよりも、ちゃんと昼ごはんまだ買ってきてくれてありがとね、相棒」

「……いや、こちらこそだよ、相棒」

少しおどけた感じになったけど、その言葉は紛れもない本心だ。



それでも、私はやっぱり何とかして島田くんと話したい。むしろこれは義務だ。

一度関わったからには、割り切ってここのルールを教えてあげなくては。……なんて、そんな風に偉そうに言える立場でもないけど。



―――翌日。実践の時間。

「あ、」

「どうした?」

「いや、なんでもないけど……」

スコープから遠くを眺めていると、彼を見つけ、思わず間抜けな声が出てしまった。

このまま撃てば、彼は確実に死ぬ。私の成績は上がる。だけど……

「……ねぇ、河原。私の銃口の先、生徒がいるんだけど……」

「……撃ちたくねぇ理由があるんだろ?ならいいよ」

「河原……」

さすが。こういう場合だけ察しが良すぎる。


しかし今日の河原の察しの良さは、常のそれを遥かに凌いでいた。

流石に実践の最中に話しかけに行くのは気が引けたので、とりあえず今は何も言わずにいつも通り過ごしているつもりだった。

しかし河原は、唐突にライフルをケースにしまい始める。

「河原、どうしたの?」

「どうしたの、って……会いに行きたいんだろ、あいつに」

「え……」


まさか、そこまで気づかれているとは。

驚きで一瞬言葉が出なかった。これももしかすると、相棒であるがゆえになせる技なのかもしれない。私は彼のことを察することが出来るか微妙だけど。


とりあえず今回は河原の厚意に甘え、一人島田くんの元へと向かう。彼は私の存在に気付いていないらしく、バディの子とずっと暗い顔をして俯いている。

また少しだけ、胸が痛んだような気がした。


彼は本当に私の顔なんて見たくもないかもしれない。不快な思いをさせるかもしれない。

でも私にだって、貫きたいことはあるのだ。


拳を強く握って、息を吐き、意を決して、彼に声をかける。

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