24 仲間(ⅱ)
120階までの道のりがやけに長く感じる。
実際長いんだけど、なんて野暮なことは誰も言わない。
もし、本当にここに富井がいて、教官が彼女をかばったのだとしたら、私たちは彼に失望されてしまったかもしれない。
だって、最初に教官のところを訪れてもう6時間も経ってしまったのだ。まあ、今日中に気付けただけ良しとするべきか。
「まりん、どうしちゃったんだろう……」
財前がぽつりと不安を漏らす。
「確かにな。……今回は、俺は関係ねぇしな」
河原も、ちゃんと富井の気持ちと向き合おうとしている。けれど、今回は本当に何も知らないようだ。
「え、なんの話?」
「こっちの話だ。……葛西も何も知らないんだよな?」
質問を軽く流された財前だけは、頭の上にはてなマークを浮かべている。
「うん。……私たちがもしかしたら、無意識のうちになにかしてたのかもね」
考えたくはないけれど、そうとしか考えられない。図太く見えて繊細なのが富井なのだ。
とにかく、今は富井が見つかることを祈るしかない。富井の17回目の誕生日を、最悪なものになんてさせない。させてたまるか。せっかく自分でプレゼントだって選んだんだから。
120階。教官の部屋は依然としてわからないし、仕方が無いので最高司令部に乗り込むしかない。
上級軍人のなかでも、ほんの一部しか所属することができない最高司令部。私たちなんかがここにいてはいけないのはよくわかっている。でも、私たちにも譲れない理由がある。
「……開けるよ」
「……うん」
「頼む」
心臓がバクバクしている。だけどもう後戻りはできない。
意を決して、自動ドアの開く範囲へ足を踏み入れようとしたその時だった。
「何やってんだ、てめぇら」
本日3回目のその言葉に大きく肩を震わせて後ろを振り向く。そこにはやはり教官がいた。でも、その表情は怒ってはいない。ということは……
「……教官、失望しちゃいましたか?」
河原が震える声でそう言った。
「俺たち、洞察力なさすぎるって……遅すぎましたか?」
教官はしばらく何も言わなかった。
やがて、1つため息をつくと、最高司令部を指さした。
「え……最高司令部?」
「最高司令部じゃねえ。この裏に屋上へいくエレベーターがある。120階からしか行けねぇな。……そこに“彼女”はいる」
―――思わず、その場にへたりこんでしまいそうだった。ぐっとこらえたけど。
やっぱり予想はあってた。富井はここにいるのだ。
「……なんで、俺が彼女を庇ったのか知りたそうだな、財前」
教官は財前の顔を見た。財前が大きく、力強く頷く。
「……なんでですか。俺たちのせい?」
「……お前らに、置いていかれた気がしたそうだ」
「え……?」
置いていく?私たちが、富井を?
そんなことをしたつもりは全くなかった。それは河原も財前も同じらしい。
「……自覚はないみたいだな」
「あ……はい」
「……まあ、俺がもしお前らだったとしても、気付けてないだろうし、俺にも理由の一端があるから、今回だけは強力なしてやったわけだが……彼女は繊細なやつだな。早く、行ってやれ」
そう言うと教官は私たちの頭を撫でて、最高司令部へと入ろうとした。しかし、ふと思い出したようにこちらを振り返り、そして笑った。
「あと……お前らに失望なんてしてねぇよ。俺が彼女の名前を呼んだから気付いたんだろう?ならむしろ上出来だ」
そう言うと本当に最高司令部に教官は入った。
まだ聞きたいことはあったけど、それはきっと富井本人から聞かないと意味がない。
とにかく今は、一刻も早く屋上へ行くしかない。
屋上というものだから、てっきり何も無いのだと思っていたけれど、その予想は大きく外れた。
エレベーターの扉が開いて視界に飛び込んできたのは、色とりどりの花々と緑、そして滝と池。まるで何かのおとぎ話の世界に迷い込んでしまったような気持ちがした。
「すごい……!」
今はすっかり日が落ちてしまったからLEDの灯りだけど、昼間なら上の天窓から光が差し込んでくるのだろう。
この島のことを“楽園”と呼ぶゆえんが、少しだけわかった気がする。
富井は池の真ん中にある小島のようなところにあるハンモックで眠っていた。昼間は光が差し込んで気持ちよさそうだけど、今はとても寂しげに見えた。
「まりん、起きて!!!」
財前が一言かけると、富井は少し唸りながら目を覚ました。うっすらとまぶたを開け、私たちのことを認識したのだろう。突然大きく目を見開き、ハンモックから転げ落ちてしまった。
「な、大空!?それに、藍と一也まで!?なんで!?どうして!?」
「それはこっちのセリフだよ、まりん!!まりんこそ、何でここにいるの!?1日中3人で探し回ってたのに!!」
財前も我慢の限界だったのだろう。涙を浮かべながら大声で叫ぶ。
普段は温厚な財前のその姿に、私と河原だけでなく、富井ですら驚いている。
富井はしばらくその場からうごかなかったが、やがてしょうがない、というようにため息をつくと、ゆっくり立ち上がってこちらへ歩いてきた。
近くで見るとその目は少し赤かった。
「……ごめんなさい、大空。あと、藍と一也も」
富井の瞳から涙がポロポロ流れ出す。私たちはこんなにも、彼女を追い詰めていたのだろうか。
「ごめんっていうのは、俺たちの方かもな、富井」
河原が富井の頭を撫でながら言う。
「……俺なりに考えたんだよ、お前が俺たちに置いていかれたって思った理由」
「え……」
富井が狐につままれたような顔をした。きっと、置いていかれたと思っていたことを私たちが知っているとは思わなかったんだろう。
「……俺たち、最近3人でいることが多かったけど、それは教官……三坂さんの誕生日が近かったからなんだ。俺と葛西は初等部からの付き合いだし、財前も面倒見てもらってたから。でも、本当にそれだけ。富井を置いて行ったりなんて普段はしないよ」
河原のなだめるような口調は、富井を安心させたらしい。富井は目尻に涙を浮かべていたけれど、嬉しそうに笑った。
「……まりんね、3人が仲がいいのは知ってるんだよ」
しばらく泣いて落ち着いた頃、富井がそう切り出した。
「だってさ、大空も藍も一也も初等部から一緒なんだもんね。まりんと出会う6年も前から仲良しなんだよ。そりゃ、仲良いよね。……だから、悔しくなっちゃった。3人に置いてかれないよう、必死に練習して二丁拳銃使えるようになったし、勉強は元々できたけど……でも、頑張った。1番とれば、仲間に入れてくれるかなって思って。だから、ずっと頑張って頑張って頑張って……友達にはなれたけど、でも、仲間にはなれてないんだって、最近の3人見て思っちゃったの」
「富井……」
私たちにとって教官は大切な人で、10年前の約束も大切で、だから絶対に恩返しをしようと思って、今回の教官の誕生日は頑張った。
―――だけどそれで別の大切な人を傷つけていたなら意味がない。
こういう時、なんというのが正解なんだろう。
河原と喧嘩しても、お互い寝れば忘れる質だから仲直りなんてしたことないし、財前とは喧嘩したことないし、富井も喧嘩するような間柄じゃない。
今回も喧嘩ではないけど、でも謝るのが正しいのか、何を言ってあげればいいのか、全くわからない。
だけど、富井は私にとって―――私たちにとって、かけがえのない仲間だ。それは揺るがない。
だったら、それを伝えなくては。
「……富井が色々考えて、辛かったのはわかった。本当にごめん。でも、でもね……私に……私たちにとって、富井は大切な仲間なんだよ。もちろん友達でもあるし」
私だって、最初は絶対に馴れ合わないって思ってたのに、気付けば4人でいるのが当たり前で、心地よくて。それを作ってくれたのは富井だ。
「……だからね、富井、ありがとう。富井は既に、ずーっと前から私たちの仲間で友達だけど、今でも仲間になりたい、友達になりたいって……私たちのこと、考えてくれて」
これが、私なりの正解だ。
富井はまた涙を流した。だけどそれはきっと、悲しみじゃない。
「藍……ありがとう……っ!!」
涙でぐしゃぐしゃの顔でそう言って笑った富井のことを、素敵だと思った。……絶対、本人には言ってやらないけれど。
しばらくして突然、財前が大きく咳払いをした。何事かと3人で財前を見る。
「ところでまりん、今日はなんの日?」
「え、今日は……あっ、え、あ……誕生日じゃん、まりんの!」
「え、忘れてたの!?」
「誕生日どころじゃなかったんだもん~っ」
年に一度の楽しみなのに~、と喚く富井はいつも通り。財前と河原と小さく笑みを零す。
「ならまりん、今から誕生日パーティーしよう!まりんがいつも行ってるあのレストランで!」
財前の提案に富井が乗らないわけがない。
「するっ!するするするっ!ありがとっ、大空!大好きっ!」
「わーい、俺も~!」
いつものゆるいテンションに戻った学年2位のバディ。いつも通りだ。激しく泣く富井も、怒鳴る財前もなかなか新鮮だったけど。
「よかったな、葛西」
河原が小声でささやく。
「えぇ。……ぶっちゃけると、私、教官に失望されたかもしれない、って思ったことの方が怖かったんだけど……」
「……実は俺も。120階まで向かいながら、それだけが怖かったんだよなぁ」
「だよねぇ。……まぁ、一件落着ね」
「あ、なんか探偵みたいだぞ、葛西」
「あら、そう?なら河原は助手ね」
「えー、俺が探偵がいい」
「何よ、わがままね……」
私達もきっと、いつも通りだ。
4人で昼に訪ねたレストランに向かうと、そこには、少し前に私が電話で呼んでおいた紗也と桜庭先輩が既にいた。
「あ、来たきた」
「こっちだよ~」
大きく手招きする2人にいわれるがままに向かうと、そこには……
「すっごい!!!え、なにこれすごい!?」
「うわぁ!すごい!」
「まるでウェディングケーキだな……」
「食べきれるかしら……」
3段重ねの立派なケーキが、テーブルの上に鎮座していた。なんでもここのオーナーが、富井のことが大好きらしい。小さな体でたくさん食べてくれるから、つまりはいいカモってことらしいけど。
だから今日だけサービス、ということらしい。
その後もクラスメートや先輩が何人かやってきて、富井の誕生日を祝った。
私たち同様、毎年富井が騒ぎ立てるせいでみんな彼女の誕生日を覚えてしまったらしい。
それなのに今年は静かだったから心配すらしていたという。
普段は殺し合う仲だけど、こういう時に来てくれるということは、彼女がそれだけ愛されているということなんだろう。
その光景が微笑ましくて、少し離れて眺めていると、隣に人の気配を感じた。
「……静かにやってくるのやめてよね、紗也」
「あはは、バレたかぁ」
「バレるわよ」
「だよね~。……ねえ、藍、あれもう渡した?」
あれ―――つまり、プレゼント。
「……ううん、まだ」
ネックレスはまだ、私のカバンの底で眠っている。渡すのは、このお祭り騒ぎが収まったらでいいかと思っているのだが……
「えー、もう渡そうよ?せっかくだしさ」
「じゃあ、紗也渡してきてよ」
「嫌だよ~。2人で渡さなきゃ意味ないじゃん?」
「……それもそうね」
立ち上がって手を挙げて、和の中心にいる富井を呼ぶ。
「富井、ちょっと」
「あ、はーい?」
みんなに会釈して私たちのところへ来た富井に、紗也と2人でネックレスの入った箱を渡す。
「え……?」
「プレゼント。今年はちゃんと紗也と2人で選んだのよ?」
「まりんちゃんぽいかなーって思ってさ!」
富井は目にも留まらぬ早さでリボンを解き、箱を開けて目を輝かせた。
「かわいい!うわぁ……嬉しい!」
早速箱から取り出してネックレスをつける。ピンクゴールドのチェーンに小さなストーンのついたネックレス。大人っぽいかと思ったけど、富井にぴったりにあっている。
喜んでくれてよかった。紗也と2人で目配せして笑うと、突然目の前から鼻をすする音がした。驚いて前を向くと、案の定富井はまた泣いていた。
「なんで泣くのまりんちゃん!?」
「富井、今日泣き虫だから」
「そんなこと、ないもん……っ!でも、なんか、その……嬉しくって。2人にお祝いしてもらえて」
きっと富井は、私と紗也の関係にも嫉妬していたんだろう。私達も初等部からの付き合いだし。
そんな思いを紗也は察したらしい。察しがやらたといいのが紗也なのだ。
富井の方に歩み寄ったと思ったら、突然彼女を抱きしめた。富井も何が起こったのかわからず、固まってしまった。
「まりんちゃん、あのさ……私と藍とまりんちゃんと、3人でずっと友達でいたいんだよ、私」
「紗也ちゃん……」
「私たちさ、最初は変な関係だったけど……でも今はそれなりにいい関係だと思うんだよね。そう思わない、藍、まりんちゃん?」
そう言ってにやりと笑った紗也。私もつられて笑い、富井も負けないくらいの笑顔を見せた。
パーティーもすっかり終わり、河原と財前とも先ほどエレベーターの中で別れ、富井と2人で富井の部屋までやってきた。
そういえば今朝、私はこの部屋の鍵を……
「……富井、あの」
一応本人もいるわけだし、謝ろうと思って声をかけた時、逆に声をかけられた。
「藍、もしかしてピッキングした?」
「え、」
「なんか変な感じするから、勘だけど」
「……ごめん。居留守使ってるかと思って」
さすがに怒っているだろう。顔色を伺うように富井のことを盗み見ると、むしろ彼女は笑っていた。
「やだなぁ、まりんが藍の訪問、無視するわけないじゃん!」
「え、え……お、怒ってないの?」
「藍だもん!怒らないよ!それに、実はまりんも、やったこと、あるし……お互い様じゃん?」
「初耳なんだけど!?」
これはびっくり。というかむしろ言われなきゃ気付かなかったかもしれない。違和感を感じたことはなくもなかったけど。
まあでも、これでおあいこだ。
「なーんだ、考えることは一緒なのね」
「えへへ、だねー!」
最後の心残りも晴れたところで、そういえば、と思い出す。
「富井の部屋の机の上に、チョコレート置いてるの。一応謝罪のつもりで」
「なにそれ嬉しい!じゃあ今から一緒に食べよ!」
「こんな時間なのに?」
端末の時計は23時半。普段はこんな時間に、体も動かしていないのに何かを食べるなんてことはしないけど……でも。
昨日だって今日だって、私にとっても特別な日なのだ。そんな日があってもいいだろう。
「……まあ、いいか。食べよう」
「やった!」
意気揚々と部屋の鍵を開ける富井の背中に向かって、私はそういえばと思って声をかける。大切なことをまだ言ってなかった。
「富井」
「ん?なーに?」
「誕生日おめでとう」




